第八十三話「王都」
美味しかった………。
「やっぱりお腹すいてたみたいだね?
どうせだったらもう1匹捕まえとけば良かったかな?」
嬉しそうに私を覗き込んでくる銀一。
確かに食べ出したら止まらなかった……。
それにもう少し食べられる気がする……。
あのあと銀一は、無駄な殺生をすることなく1匹だけ咥えて帰ってきた。
あの親子の親の方ではないと思うんだけど、正直私には見分けがつかない。
私は直前にあんなのを見てしまったので、食欲をなくして一度は食べるのを断っていた。
でも、私は思い直したのだ。
死んでしまったらもう生き返らない。
だったら大切に命をいただくことにしよう。
そしてお醤油も捨てることなく冷凍して持ち帰る。
命を無駄にしてはいけない、と。
それにしても、食べると言うことは大切な命をいただいていることなんだと、改めて思い知らされた気がする。
生きていく為に必要な殺生。
難しい問題だよ……。
普通に日本で暮らしていたら、こんな身近に考えることはなかったよな。
今は「いただきます」の言葉がすごく重く感じられる。
「そしたら今度は我に任せろ!
川を渡る時にでも捕まえてやる! ギギより素早く捕まえるんだからなっ!」
すかさず元気な声を上げ、胸を張るルル。
「い、今はもういいわよ。ルルだってもうそんなに食べられないでしょ?」
「ドラゴンになればまだまだいけるぞ!」
「ちょ、ちょっとルル。そんなことしたら、何のために王都から離れて着陸したかわかんないじゃない?」
「そうだった……」
指についた醤油をチュパチュパ舐めながらエヘヘと笑うルル。
ルルはこうして薄造りにして食べるのは初めてだったみたいで、シーラスカイマンの美味しさに目覚めたみたい。
特にお醤油が気に入ったみたいで、切り身にたっぷり絡めて食べていた。
ちなみに普段はドラゴン姿なので丸呑みしてたみたい。
「じゃあ、暗くなる前に行きましょっか?」
「そうだね。そうしよう!」
少し食後の休憩を入れたいところだけど、これからの時間は陽が落ちるのが早い。
とにかく先を急ぐことにした。
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幸いにも川はそこまで深くなく、みんなで巨大化したレムの肩にのって渡った。
また魔法で渡るつもりだったけど、レムが張り切って肩にのるようピコピコ申し出たので、ここはレムを頼ることにした。
出番少なかったしね。
川を渡ると一帯が農地になっていた。
野菜畑や果樹畑が綺麗に区分けされていて、実り豊かな土地なのがその管理の仕方などからも伺えた。
そして目指す王都は城壁の向こう側。
森との境目にあった壁とは比べ物にならない立派な城壁だ。
今度は誰に見られるかわからないので、魔法で乗り越えたり壊したりするのは避け、正規の出入り口から入ることにした。
とは言っても入り口の場所がわからないので、まばらに点在する人家の一つを訪れて聞くことにした。
やはり人家はこの辺りの農家さんだった。
急な訪れにもかかわらず、出てきたおじさんは親切に教えてくれた上、「道々妹ちゃんと食べるといい」と、 小さなグレープフルーツが葡萄みたいな房になってる果物を一房持たせてくれた。
ルルを私の妹と勘違いしたみたい。
ルルは目がグリーンだし面立ちも西洋風なんだけど、同じ黒髪とペアルックが決めてだったのかも。
とにかく、もらった果物を食べ食べ小一時間ほど歩いてきた。
道は土を叩き固めてあって、森の中に比べたら雲泥の差で歩きやすい。
ただ、流石に空が暗くなってきて、夜のそれになってきている。
緩やかなカーブの先から松明の灯りが見えてきた。
あそこが出入り口に違いない。
思わず小走りになってしまう。
「お嬢ちゃん達、こんな時間にどうしたんだい?」
ルルと手を繋ぎながら駆けていくと、驚いたように老兵士が声をかけてきた。
老兵士は一応は鎧を身に纏っているけど、主に農家の出入り口のせいか、のほほんとした感じのおじさんだった。
「ナッハターレ辺境地区から来たんです…」
「ナッハターレってお嬢ちゃん、随分と遠くから来たもんだねぇ……。
それに、だったら正門の方が近かっただろうに……通り過ぎちゃったのかいな?」
「いや、途中から森の中を歩いて来たので……」
「お嬢ちゃん達二人でかい?」
おじさんは目をまん丸にして驚いている。
「はい。この子も一緒でしたが……」
足下から銀一が顔を出すと、おじさんはポカンと口を開け、見比べるように私と銀一を交互に見た。
「ホーバキャット………?
ま、まさかお嬢ちゃん達、スパイって事はないよな?」
「ち、違いますよ、王都に用事があって来ただけで、スパイなんてしませんって!」
「フフフ、冗談だよ、お嬢ちゃん。
ホーバキャットなんか連れてるから言ってみただけで、お嬢ちゃん達がスパイだなんて思っちゃいないよ。
こんな可愛らしいスパイがいるわけないからねぇ?」
おじさんはそう言って、人が良さそうにシワっぽく笑う。
そしておじさんはポリポリ頭をかきながら、
「お嬢ちゃん達みたいな旅行者は、本当は正門からじゃないと入れないんだけど、この時間に正門まで戻るのは流石に酷だからねぇ」
と言って、口に人差し指を立てながら鉄の門を開けてくれた。
「ありがとうございます!」
「いいんだいいんだ。その代わり今度は間違いなく正門から入るんだよ?」
「はい。気をつけます……」
いい人で良かったよ……。
どのくらい離れてるかわからないけど、確かに今から正門まで戻るのはキツイもん。
「フフフ。でも用事って言うけど、何処へ行くんだい?
王都へは初めてなんだろう? 道はわかるのかい?」
そうよね。初めてだから何が何処にあるかわからない。
それに、こんな暗くなってから探すのも大変そう。
「とりあえず冒険者ギルドに行きたいんですけど、何処にあるか教えてもらえますか?」
「ギルドかいな? お嬢ちゃんは冒険者なのかい?」
「いえ、違うんですけど、ギルドへ行って知らせることがあるんです」
「ギルドに知らせること……ねぇ?」
一気に不審な表情を浮かべるおじさん。
「私が無事に王都に着いたってことを、ある人に連絡したいんです…」
「おお、ギルドのオミニラーデだな?
しかし、そんな個人的な事で使わせてもらえるかわからんぞ?」
「ある人って言うのが、ナッハターレ辺境地区のギルド副支部長なので、多分その人の名前を出せば使わせてもらえると思うんです」
「そうかそうか、だったら大丈夫そうだな?
じゃあ時間も時間だし、ギルドまで送ってやろう…」
おじさんは鉄の扉に閂を打ち、ガシャリと鍵をかけた。
「いいんですか?」
「ん? もうこの時間だと農民の出入りはないんで、少しくらい離れても大丈夫さ。
フフ、交代の時間までに帰って来れば、離れた事なんて誰も気がつかないだろうしな?」
おじさんは「だからこれは内緒だぞ」と口に人差し指を立てて笑ってみせる。
「でも道順を教えていただければ、私達だけで行けますよ?」
「うん。そう難しい道順でもないから、教えれば行けると思うんだが、ちょっと物騒な区画を通らなきゃならないんだよ。
お嬢ちゃん達だけだと危ない場所だからな?
まあ、おじさんの事は心配いらないから、遠慮せずについておいで」
おじさんは柔らかく笑って歩き出してしまう。
本当に親切な門番さんだ。
あれこれ身元確認されることを考えると、正門から入らなくて良かったかも。
ルルは抜群の場所に着陸してくれたってことね。
私はおじさんに感謝しつつ、ルルの手を引きながらおじさんの背中を追った。
やっとルークさん達と連絡がとれる。
そう思うと、たちまち気がはやってきた。
お読みくださりありがとうございました。
次の更新は日曜日の予定です。




