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第七十話「あぶないイオンフォーエヴァー」

 


 ボスキンゲスカーデは静かに発光しているだけで、まるで彫刻のようにぴくりとも動かない。

 ただ、動かなくても無言の圧力で押しつぶされそう。


 あのボスキンゲスカーデには攻撃魔法が効かない。

 氷槍アイスランス火炎球ファイアボールが効かないんじゃ、私にはもうお手上げ。


 どうすればいいのよ……。


 私はこの状況に困惑して、無意識のうちに銀一の姿を探していた。


「ギギ後ろ!」


 銀一の姿を認めると、爪を一閃した銀一の後ろに二匹のキンゲスカーデが、猛スピードで銀一へ突進していた。

 叫んだと同時に氷槍アイスランスを発射。

 シュンシュンと両手から発射された氷槍は、間一髪のところで二匹のキンゲスカーデに突き刺さり、その勢いのままキンゲスカーデを吹き飛ばす。


 間に合って良かった……。


 こっちのキンゲスカーデには効くみたい。

 やっぱりあのボスキンゲスカーデが特別なんだわ。


「ありがとイオン。

 それにしてもコイツらちょっと変だよ?」


 銀一が身軽に方向を変えて私の側に駆け寄ってきた。

 その間もレムは休むことなく張り手を連発し、私も次々に氷槍アイスランスを連射している。


「な、なにが変なの?」


 次から次へと襲い来るキンゲスカーデへ氷槍アイスランスを連射しながら聞き返す。

 まさにシューティングゲームみたいな状況。


「茂みからうようよ出てくるキンゲスカーデのことだよ。

 アイツら、息絶えると体が砂みたいになって崩れてなくなるんだよ」


 本当だ。


 次々に狙いを定めて連射していたので気がつかなかったけど、たった今、私の氷槍アイスランスが刺さって吹き飛んだキンゲスカーデは、地面に落下するや体が粉々に崩れ落ちた。

 確かに砂にでもなったみたいだ。


「今まで見たことなかったから、ただの噂だと思ってたんだけど、高位のキンゲスカーデは特殊な魔法を使うって聞いたことがあるんだよ。

 あの砂みたいになっちゃうヤツは、魔法で創り出したものなのかも知れないね?」

「魔法……」


 とすると、私の魔法がボスキンゲスカーデに効かないのは、バリアみたいな魔法を使っているってこと?

 とにかく氷槍アイスランスが体を通り抜けたんだし、何かしらの魔法を行使していたのは間違いない。

 あの場面を思い出して確信に変わった。


 だからと言って打開策がない。


 それに、次々と襲い来るキンゲスカーデの対応で、今はボスキンゲスカーデをチラリとも見る間すらない。

 明らかに増えるスピードが上がっている気がする。


「でも氷槍アイスランス火炎球ファイアボールも体をすり抜けちゃうし、アイツにだけは魔法が効かないのよ…」

「そうなんだ……」


 銀一は黙ってしまい、ズバァンズバァンとのレムの張り手の鈍い衝撃音と、キンゲスカーデが地面に叩きつけられる地響きだけが轟く。

 私も忙しなく氷槍アイスランスを連射して、レムと一緒にキンゲスカーデを撃退している。


 氷槍アイスランスで仕留めたキンゲスカーデは、ことごとく粉々に崩れて砂のようになっている。

 今のキンゲスカーデは、粗方魔法で創り出されたものなのだろう。


 でも……。


 仕留めても仕留めても次々に新手がやってきて切りがない。

 やっぱりボスキンゲスカーデをやっつけないことには、いつまで経ってもこの攻防は終わらないみたい。


 ただ、私の魔法は効かない……。


「イオン、アイツだ!」


 銀一の声。

 アイツってなによ?

 次々に迫り来るキンゲスカーデでそれどころではない。


「アイツが群れ長の本体だよイオン!」


 群れ長の本体?

 本体ってことは、あのボスキンゲスカーデは分身か何かってこと?


 ただ、見たくても見られる状況じゃないのよ。

 一瞬でも魔法の手を休めたら、キンゲスカーデの体当たりを喰らってしまう。

 あんなのに衝突されたら私なんかイチコロだよ。


「レム! 一旦攻撃はやめて、手を広げてヤツらを食い止めろ!

 少しの間だけ身を挺してイオンを護るんだ!」

「ハイ、ギギ、レム、イオン、マモ、ル、クイ、トメ、ル…」


 銀一の叫び声に淡々と答えるレム。

 ズバァンと鈍い衝撃音を最後に、両手を広げたレムが私の前に立ちふさがった。

 幸いにもキンゲスカーデの攻撃は、今は360度からの攻撃ではなく、せいぜい200度程度。

 背後からは襲われていない。

 その代わり200度ほどの範囲には、凄まじい数のキンゲスカーデが集中している。

 ボスキンゲスカーデの左右の茂みから次々と湧き出ているのだ。


「よく見てイオン、きっと群れ長はアイツだよ!」


 銀一の前足が背後の茂みを指す。

 三匹のキンゲスカーデがじっと動かずにいた。

 私に気づいたのか、真ん中の一匹を護るように左右のキンゲスカーデが一歩前に出た。

 逆に真ん中のキンゲスカーデは少し後ずさる。

 色も大きさもいたって普通のキンゲスカーデ。

 むしろ真ん中のキンゲスカーデの体は、他に比べて若干小さい。


 あれがボスキンゲスカーデ?


「イオン、あの真ん中のヤツを狙って氷槍アイスランスだ!」

「わ、わかったわっ」


 背後で絶え間なくドスドスと重い衝突音が聞こえる。

 レムが身体を張ってキンゲスカーデの突進を食い止めているのだろう。


 早く何とかしなければ……。


氷槍アイスランス!」


 瞬時にかざした右手から氷槍アイスランスを発射。

 シュンと光になって飛んでいく。


「あ……」


 氷槍アイスランスはボスキンゲスカーデを仕留めることなく、すんでのところで木の陰から飛び出してきたキンゲスカーデに阻まれた。

 氷槍アイスランスを受けたキンゲスカーデは、そのまま後方へ吹き飛んでいく。


「あ、逃げた!」


 銀一の言葉通り、件のキンゲスカーデは逃げ出した。

 二匹のキンゲスカーデも背後を護るようにして茂みに消える。

 そして茂みや木の陰からうじゃっと出てくるキンゲスカーデ……。


 シュンシュンシュンシュンシュンと、立て続けに氷槍アイスランスを発射。

 氷槍アイスランスは次々に的を捉え、キンゲスカーデを砂へと変えていく。

 銀一も走り出して、迫り来るキンゲスカーデに爪を一閃させながら飛び回る。


 どうでもいいけど逃げるなら普通に逃げて欲しい。

 こんな置き土産いらないんだけど……。


 最後のキンゲスカーデをズバァンとレムが張り手で吹き飛ばした。

 向こうからの襲撃も終わったみたいだ。


 周囲を見渡すと、そこら中にキンゲスカーデの砂の山ができている。

 その中にはポツリポツリと本物のキンゲスカーデの死骸も横たわっている。

 最初に仕留めたキンゲスカーデだろう。


「もう少し早く見抜いていたら逃さなかったのにな…」

「みんな無事だったんだからいいのよ、ギギ?

 これもギギのおかげよ。ありがとね、ギギ」


 悔しそうな顔の銀一。

 ただ、本当に銀一のおかげで助かった。

 あのまま襲撃と撃退のループが続いたらと思うとゾッとする。


「レムもありがとね?」

「レム、イオ、ン、マモ、ル、ヨロ、コビ…」


 ピコピコと嬉しそうなレム。

 レムは本当に私を護ることに喜びを感じてくれてるみたい。


「おっと……」


 思わずレムの足をぎゅっと抱きしめたら、シュシュシュシュシュシュっとレムが小さくなって、前のめりにずっこけてしまった。


「もう。レム、急に小さくなったらあぶないわよ……」


 レムを手に取り苦情を言うと、目をピコピコと点滅させたレムは、


「ヒト、キタ、レム、オヤ、スミ…」


 と言って、眠るようにスッと目の光を消してしまった。


「お嬢ちゃん、なかなかの魔法じゃねぇか?」

「あ、はい……」


 金髪のドレッドヘアのような頭にターバンみたいに赤い布を巻きつけた、口髭とあご髭を生やした男の人。

 薄汚れて黄色味がかったダボっとした白いシャツを黒いズボンの中に入れ、ターバンと同じ赤い布を腰に巻いている。

 腰巻きには大きな剣を携え、膝丈まである黒いブーツの横にも短剣がいくつも並んでいる。

 如何にも物騒な見た目だ。

 ただ、やたらと男前なのが警戒心を和らげている。

 ディップが大好きなジョ兄さんみたい。


「こんなとこで何やってたんだ? 何処へ行くつもりなんだ? そもそもお嬢ちゃんの国は何処なんだ? それと、さっきまでいたゴーレムは何処行ったんだ?」


 ジョ兄さんが矢継ぎ早に質問してくる。


 なんだろこの人……。



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