第六十八話「まだまだあぶないイオン」
「あれって飛行船……よね?」
「そうみたいだね。でもヴィンツェントの船じゃないみたいだね?」
木々がなぎ倒されている空間に出てみると、50メートルくらい先に大きな人造物が見えた。
どう見ても墜落した飛行船だ。
「もしかして私が火炎球を撃ち込んだヤツかな?」
「もしかしなくてもそうなんじゃない?」
「……………」
改めて考えると、あの飛行船にも沢山の人が乗ってたんだよね……。
もしかして私、人を殺してしまった……?
あの時はルークさん達を助けるのに必死だったから、そんなこと何も考えずに魔法を使ったけど、飛行船なんだから人が乗ってるのは当たり前なのよね……。
私、いったい何人の人を殺しちゃったんだろう……。
なんだろ、この身の毛がよだつ罪悪感……。
「イオン、大丈夫?」
「あ、うん……」
銀一が気遣わしげに見上げてくる。
きっと私が青い顔をしているからだろう。
「あれは空賊なんだから、イオンが今思っているようなことは気にしちゃダメだよ?
それにあっちが先に仕掛けてきたことだし、やらなかったらこっちがやられるんだからね?」
「うん………」
「もう………。
いーい、イオン。イオンのおかげでヴィンツェントの船が無事だったんだよ?
イオンはヴィンツェントの船に乗っていた、何十人もの人の命を救ったんだからね?」
「…………」
確かにそうなんだけど、自分が人殺しをしてしまったって思うと、恐ろしくて震えが止まらない。
なんだか吐き気がしてくる。
「イオン、この話はまた後でね。今はキンゲスカーデに集中するよ!」
銀一は口調を緊迫したものに変えて、警戒するように周りを見渡した。
そうだ。
私達はキンゲスカーデから逃げてたのよね……。
確かに今はそれどころではなかった。
私の耳にもキンゲスカーデの重い足音が、地響きとなって駆けてくるのが聞こえる。
次第にその音は、このひらけた空間を取り囲むように分散して行く。
ただ、キンゲスカーデの姿はまだ目視できない。
地響きのような重い足音がピタリと止まる。
一瞬にして静寂につつまれ、自分の微かな息づかいがヤケに荒々しく聞こえる。
静寂も束の間、前方から一匹のキンゲスカーデがのっそりと姿を現した。
大きい。
さっき仕留めたキンゲスカーデの2倍はありそう。
その大きなキンゲスカーデに続くように、次々と茂みや樹木の間からキンゲスカーデが姿を現した。
後から現れたキンゲスカーデは、最初の一匹にくらべれば小さいけど、その数に驚いてしまう。
三十匹以上はいるんじゃないかしら……。
グボッ、グボッ、グボッ、グボッ
最初に姿を現した大きなキンゲスカーデが前足で土を蹴る。
それに応えるように、他のキンゲスカーデも一斉に土を蹴り始めた。
グボッグボッグボッグボッボッボッボッボッ……
土を蹴る音がサラウンドで鳴り響く。
「レム!!」
「レム、イオ、ン、マモ、ル…」
レムは銀一が呼びかける前にバッグから飛び出し、その巨体を晒していた。
「よし、レム! イオンを護れ!
イオンはレムを信じて攻撃に専念して!」
「ハイ、ギギ、レム、イオ、ン、マモ、ル…」
「わ、わかったわギギ」
銀一に応えた時、
「なんだなんだ……うわっ!
大変だキャプテン! 俺たちキンゲスカーデに囲まれちまったぞ!」
飛行船から人の声が聞こえてきた。
生きてる人がいた……?
私が飛行船の方を見るのと同時に、キンゲスカーデの群れも一斉に声の主を見た。
「やばっ……」
一斉に視線を向けられた男の人は、慌てて飛行船の中へ逃げていく。
「あぶないイオン!」
「ッ!!」
銀一の声と同時に耳元でズバァンッと重い衝撃音が聞こえた。
レムの手が振り抜かれた瞬間だった。
見ると顔の横が陥没したキンゲスカーデが転がっていた。
レムがキンゲスカーデの頰に張り手を打ち込んだのだ。
「イオン集中して! 次が来るよ!」
銀一の声でハッとする。
そうなのだ。
キンゲスカーデはまだまだ沢山いる。
顔を上げた時、ビビュンとレムの腕が伸びた。
伸びた先を見ると、突進中のキンゲスカーデにレムの張り手が炸裂する瞬間だった。
ズバァンと鈍い音を立てて吹き飛ぶキンゲスカーデ。
ただ視界の中には、二匹のキンゲスカーデが転がるキンゲスカーデを飛び越え、二匹同時に迫りつつある。
「氷槍!」
すかさず氷槍を放つ。
シュン、シュンっと続けざまに二発。
二筋の白い光が狙い違わずキンゲスカーデの脳天へと飛んでいく。
音もなく氷槍がキンゲスカーデの脳天に吸い込まれ、モスグリーンの巨体が後方へ吹き飛ばされる。
目端に他のキンゲスカーデに張り手を喰らわせているレムの手が見える。
ズバァン、ズバァンと立て続けに鈍い衝撃音。
レムも二匹同時に攻撃しているみたい。
「えっ…!!」
レムの手から視線を戻した時、吹き飛んだはずのキンゲスカーデが目の前に迫っていた。
もう魔法は間に合わない。
咄嗟に判断した私は、迫り来るキンゲスカーデを身体をひねって避ける。
「ぐっ……」
ズバァンと鈍い衝撃音と同時に右足に鋭い痛みが走る。
レムが張り手でキンゲスカーデを吹き飛ばしてくれたけど、その陰にもう一匹隠れていたのだ。
猛スピードで私の横をすり抜けていくキンゲスカーデ。
私は右足の踏ん張りを失い、それを見ながら横倒しに倒れてしまう。
ギリギリで直撃は回避できたけど、キンゲスカーデの牙に右足が引っかかったみたい。
右足を見ると、膝が内から外へと切り裂かれていた。
骨がむき出しになり、内側の肉だけで膝下を繋いでいるせいで、足がくの字に折れ曲がっている。
焼けるように痛い。
ふと視線を上げると、別のキンゲスカーデが横倒しの私に向かって突進していた。
みるみる迫ってくる。近い。
もうダメだと思った時、レムの手が視界に飛び込んできた。
間髪入れずにズバァンと張り手の響音が耳をつんざくも、案の定その陰から別のキンゲスカーデが顔を出す。
今度こそもうダメだ……。
と目をつぶった時、シュッとの風を切るような音に続いてズドドドドドっと地響きが起こる。
まさに地面を伝って聞こえてきた。
直後にガサササササと顔に小さいものが当たる感覚。
目を開けると、目の前でキンゲスカーデがもがいていた。
よく見るとキンゲスカーデの前足がない。
「イオン、今のうちに自分の足を治癒させて!」
鋭い爪を伸ばした銀一だ。
間一髪のところで銀一に助けられた。
「レム、イオンに近づかせるなよ!」
「ハイ、レム、チカ、ヅケ、ナイ…」
私の目の前にレムの足が立ちはだかった。
必死に私を護ろうとするレムや銀一に胸が熱くなる。
ただ、熱くなった胸を一瞬にして氷点下に下げる驚愕の光景が、レムの足が私の視界をふさぐ一瞬前に見えた。
木々の間から次々と湧いて出てくるキンゲスカーデ。
三十匹どころの話じゃなかった……。
ぱっと見でも百を超えるだろうキンゲスカーデの大群が見えたのだ。
お読みくださりありがとうございました。
もう少し「あぶないイオン」が続きます。
次回はきっと……
ただ、更新は2、3日後になると思います。
よろしくお願いします。




