20話 A級の冒険者
屋敷の周りは地獄だった。
魔族の世界でもこんな絵面そうそう見ない。
頭のいかれたクソジジィが、人間を殴り殺しボロ雑巾のようになった身体を外壁や地面にたたきつけ、血がそこらに飛び散っているのが見えた。
「きゃあぁぁぁ!!」
「し、死ぬ!!死にたくない!!」
「だれか、…だれかぁ!!」
悲鳴を上げながら慌てふためき屋敷から逃げ惑う人間たちはまるでゴキブリのように見えた。
「人間て…コロコロ態度変わるよね。さっきまであんなガルド様!って言ってたのに…見てて不快だよ」
ぷるぷるが走りながら言った。
「ご、ごめんなさい…」
それを聞いて、背負われているニーナが気まずそうに謝った。
「べ、別に僕はニーナに言ったわけじゃ…」
ぷるぷるは一瞬私の顔を見て視線が合うと、慌てながら弁解していた。
とりあえず屋敷の敷地の外に出ると、私は振り返り静かになった屋敷の入り口を睨みつけた。
「あと少しだったんだ…」
薄暗い屋敷の中から、玄関に飾ってあった私の身長くらい大きな斧を片手で持ちながらその男は出てきた。
全身に返り血を受け、服が赤く染まっている。
私は抱きかかえていたセレナの遺体を近くの木にもたれかからせて座らせた。
「なぜ邪魔をした?」
足を引きずりながらゆっくりとこちらに近づいてくる。
さっきまでとは違う。
私はニーナに飲ませようとしていた薬をコイツは飲んだんだと、すぐに理解した。
「歩けるようになってよかったじゃん」
「セレナまで失った…お前さえいなければ」
「セレナは…お前が殺したんだ!私のせいじゃない!!」
「お前が殺したんだ…お前が…お前が!!」
ガルドはブツブツと言いながら巨大な斧を振りかざしながら構えた。
私とはまだだいぶ距離がある。そんなところで何をするつもりなのか。
「ぷるぷる!邪魔!!逃げろ!!」
「え、で、でもありちーはどうするの!?」
「お前らがいると邪魔なんだよ!セレナ連れてさっさと行け!」
「わ、わかったよ!…ニーナ、もう歩ける?」
「はい、大丈夫だと思います…」
ぷるぷるは全身を大きく震わせると、ニーナをゆっくりと地面に下ろしてセレナを抱き上げて、ニーナと一緒に中心街の方へ進んで行った。
とりあえずこれで大丈夫。自分一人ならこんな奴に負けるわけがない。
「瞬駆!!」
一瞬、ほんの一瞬ガルドの姿が揺らめくと、次の瞬間、私の体が横にぶっ飛んだ。
ドォォン…
建物の壁に激突してその場に倒れた。
すぐに顔をあげると私がいたところにはガルドが立っていた。
どうした?一瞬で何が起きたのかわからないけど、急に横から殴られたような…?
「貴様…肉体強化魔法なのか?なぜ死なぬ?」
「死ぬ?こんなへなちょこな攻撃で死んでたら姉ちゃんにもう何十回も殺されているわ」
「ね、姉ちゃん?なにをバカなことを抜かしている!」
ガルドは再び斧を振りかざした。
また来る…。さっきは油断したけど…
「瞬駆!!」
またガルドの体が揺らめくと消えた。
「こっちだぁ!!」
私は後ろを振り向いて拳を突き出した。
背後には斧を振り下ろしてくるガルドがいた。
視線が合うと一瞬驚いた様子だったが、私が斧を狙って殴っている事に気が付くと、斧の角度を一瞬で変え、そのまま私の腹部へ直撃した。
「ぐ、ぐほっ…」
急にお腹を圧迫されてむせ返ると、地面に転げながらそのまま大きく弾き飛ばされた。
(な、なんて奴だ…あのスピードで斧壊そうとしている事に気が付くなんて…)
お腹を押さえながら地面に唾を吐く。
久しぶりにちょっと痛かった。人間のクセに…やるじゃん。
「これでも傷つかぬか…だが…!!」
ガルドが斧に意識を集中し始めると、刃がうっすらと光り始める。
「黙って待ってるほど馬鹿じゃないよ!」
私は地面を思いっきり蹴り飛ばし、ガルドへ跳んだ。
その姿に驚いたのか、ガルドは斧を急いで持ち上げようとするも、私の方が早かった。
「セレナに謝ってこい…クソジジィ!!」
握った拳をガルドめがけて振りかざした瞬間だった。
ガルドは巨大な斧を地面に突き立てた。
「轟震!!」
ドゴォォォン!!
斧が床へ叩きつけられた瞬間、地面が爆発したように揺れ、見えない力に私の体は枯れ葉のように吹き飛ばされた。
「うわっ!?」
宙を舞いながら吹き飛ばされた私は地面に着地してガルドに視線を送ると、そこには斧を地面に突き立てたまま、肩で息をしているガルドの姿があった。
私の視線に気が付くと、ガルドは再び斧を構える。
「瞬駆!!」
再びガルドの身体が揺らめいた瞬間、私は後ろに大きく跳んだ。
毎回私の背後に回ってくる。あの技はきっとそういう技なんだと思う。
だからとりあえず後ろに跳べばいいかなって思った。
「なっ!?…ど、どこだ!?」
思った通りだった。私のいた場所にガルドは現れた。手にした斧を振り下ろそうとした瞬間、私がいないことに気が付き周囲を見渡している。
その間に木の陰に着地して身を隠した。
「出てこい!隠れるなんて卑怯だぞ!!」
お前の瞬間移動みたいなのは卑怯じゃないのかよ。と思いながら、私も面白いことを思いついた。
「こっちだよーだ!クソジジィ!!」
私は近くに落ちていた少し長めの木の棒を拾って、ガルドと同じようなポーズをした。同じかどうかは知らない、ただ、こんな感じ、というので真似しているだけだ。
「何の真似だ?俺の強さにいまさら憧れて技の真似でもしてるのか?」
「強い?別に誰でもできるっしょ」
「きっ、貴様!!俺を冒涜する――っ!!」
「瞬駆!」
ガルドが言い終わるよりも早く、私は言った。
その後は単純、ただ全速力でガルドの裏に回り込むだけ。
「なっ!!」
でも、人間からしたら私が本気出したら結果は同じ。
視界から私が消えると、小刻みに震えながらガルドはゆっくりと後ろに振り向いた。驚きと喪失感のある顔を見てちょっと満足した私は、にっこり微笑むとそのままガルドに一発殴りかかった。
「くぅ!!がぁぁ!!!」
斧を盾にして私の攻撃が直撃しないようにしたのは流石だ。
しかし、脚がダメなせいで攻撃をうまく受け流すことができずそのまま後ろに弾き飛ばされた。
(こいつがA級冒険者なの?確かに強いかもしれないけど、…弱くない?)
吹っ飛ばされてガルドは斧を杖代わりにしてヨロヨロと起き上がっていた。
「思ったよりも簡単じゃん。要は全速ダッシュでしょ?」
「き、貴様!俺が必死に手に入れたスキルを…バカにするのか!?」
「知らないよ、ただ走っただけだもん」
パンパンっと服についた埃を払いながら答えた。
「こ、このクソガキがぁ…!!!」
文字通り、血眼になって歯を食いしばるガルドの姿は魔族よりも魔族っぽかった。
ガルドは懐からひび割れた薬の瓶を取り出した。
「お、お前…それもう飲んだんじゃないのか!?」
回復薬…。今までの動きを見れば多分飲んでるって想像ができる。
また飲むの?セレナはダメって言ってたのに…。
「ふ、副作用!それって副作用があるんでしょ?やめときなよ!」
「うるさい!!俺は…俺は…」
そう言いながら薬を一気に飲み干すと地面に瓶を投げ捨てた。
「これが俺の証明なんだ!!」
そう叫ぶとガルドが急にこちらへ突っ込んできた。
「、っ!?」
大きな斧を振り下ろされるまでまともに身動きができなかった私は、そのまま薙ぎ払われて横に飛ぶも、受け身を取ってすぐに身構えた。
「……動く…脚が……動くぞ……!」
確かに、さっきまでとは攻撃もスピードも桁違いだった。
弱いんだけど強い…強いけど弱い…というさっきの感じは消えて、今は確かにトロール系なら一人でも倒せるんじゃない?ってくらいには強かった。
「行くぞクソガキ!!」
斧を構えながらガルドは一気に距離を詰めてきた。
斧は次第に白く輝きだして、今までにないほど光っていた。
――あれをくらったら痛そう…。
私は避けることなくガルドへ殴りかかった。
「くらえ!!クソジジィ!!」
ガルドは右手を斧から放すと、そのまま勢いよく私を殴ってきた。
「げほっ!!」
ドォォン!!
地面に叩きつけられて体がバウンドした。
さっきより痛い。
このまま横になっていたいけど、次の攻撃が来ると思ってすぐにその場から跳んだ。
空に跳躍して少し時間を稼ごう、と思ったのに、これが裏目に出た。
「飛翔斬!!」
ガルドが斧を横に振り払うと、光の斬撃が私に向かって襲い掛かってきた。
「き、きゃあぁ!!」
身体を小さく縮こませて、光の刃から身を守った。
そのまま地面へ落ちていく。
腕やわき腹、脚に切り傷ができていた。
「ふ、ふははは!!いい声で哭くじゃないか…。続きを聞かせろ!!」
「うるさい!きっしょ!死ねクソジジィ!!」
「瞬駆!!」
ガルドの姿が一瞬で消えた。
(やばいっ!!)
私が後ろを振り向いた時、そこには光る斧を振りかざすガルドの姿があった。




