エピローグ 紡ぐ灯
——レイジ視点
あの戦から、数年が過ぎた。
窓の外では、子供たちの笑い声が響いている。人の子も、魔族の子も。角のある子とない子が、手を繋いで、校庭を駆け回っていた。かつては考えられなかった光景だ。
俺は教室の窓辺で、その様子を眺めていた。今日は少しだけ、特別な日だった。
◇
王国は、なくなった。
正確には、あの腐った王政が終わったのだ。ゲオルグ王は退位し、王国はミストリア連邦の一部として生まれ変わった。王が一人で全てを決める時代は終わった。
今は、議会が国を動かしている。
人も魔族も、それぞれの土地から選ばれた者たちが集まって話し合い決める。その中心にいるのがジークとクレイだった。
ジークは、あの日俺が押し付けた【新しい王国の代表】を、見事に務め上げていた。
もっとも本人は、王ではなく、代表と名乗っている。武人だった男が、今は机の上で書類と格闘しているらしい。「戦のほうが楽だった」と周りにこぼしているそうだ。
その隣で、クレイが若き議員として、辣腕を振るっている。ローゼン家の当主として。この国の未来を背負っていた。
さらに議会には、魔族の姿もあった。
ヴァイスだ。ミストリアで俺たちの街を守り抜いたあの若い魔族が今は魔族の代表の一人として議席に座っている。
人と魔族が、同じ場所で、同じ未来を語り合う。それが当たり前になった。
そして、その全体を静かに見守るのが魔王だった。連邦の司法の長。罪を裁き、秩序を守る。かつて、民が減り続けるのをただ見ていることしかできなかった為政者が今は人も魔族も等しく守る立場に立っている。
◇
「フィオナせんせー! ……あ、レイジせんせーも、いた!」
教室に、一人の女の子が駆け込んできた。魔族の子だ。小さな角を揺らして。
「みんな、集まってきたよ! そろそろ時間だよー?」
「ああ、ありがとう。もう、そんな時間か」
俺は微笑んだ。
俺とフィオナは戦いの後学校を開いた。正しい知識や歴史をまた人を思う心や冒険者としての技も魔法も
──次の世代に、伝えるために。
灯は、繋いでいかなければ消えてしまう。だから俺たちは教える。
この子たちが、いつか自分の灯を掲げられるように。
校庭に出ると、懐かしい顔ぶれが集まり始めていた。今日は、俺とフィオナの結婚式なのだ。
◇
「よお、レイジ! いよいよだな!」
ガルドが豪快に、俺の背を叩いた。
相変わらずの力強さだ。その隣には、セシリアさん。二人は、戦災孤児のための孤児院を開いていた。
親を亡くした子。行き場のない子。人も魔族も分け隔てなく。ガルドとセシリアさんが、あたたかく育てている。今日も、その孤児院の子供たちを、大勢連れてきていた。
「レイジさん、おめでとうございます」
セシリアさんが目を細めた。母のような、優しい笑顔で。
「レイジ! おめでとうさん!」
ニックが、ひらひらと手を振ってやってきた。
相変わらず、冒険者を続けているらしい。
稼いだ金のいくらかを、ガルドたちの孤児院に送っているのだと聞いた。
「今日はケイルも来たがってたけど外せない商談があるって悔しがってたぜ!しっかしフィオナと結婚とはねえ…人生、分からんもんだ。──あ、そうだ。俺にも、いい人紹介してくれよ。孤児院の手伝いもしてくれるような器量よしをさ!」
「自分で探せ」
「つれないねえ、レイジは」
ニックは、けらけらと笑った。
「レイジさん」
クレイとリルも来ていた。議会の仕事で忙しいはずなのに。
「本日は、おめでとうございます。俺も、リルと、公私ともにやっていますよ」
クレイの隣で、リルがはにかんだ。この数年でリルはクレイを公私にわたって支える存在になっていた。ローゼン家をそしてクレイ自身を。
二人の絆は、もう揺るがない。
「レイジさん、フィオナさん、お幸せに」
「ああ、ありがとう。次はお前たちだな」
「私はいつでもいいんですけどねぇ…この朴念仁仕事仕事で……」
「ま…まぁ、男はそんなときもあるからしっかり支えてやってくれ。」
「いてっ!」
そういってリルはクレイをつねりながらため息をついた
俺はクレイに心の中ですまないと謝りつつその場を後にした。
「兄貴ぃ! おめでとー!」
一際大きな声で駆けてきたのは、ソラだった。
「へへっ、俺ちゃんと来たぜ! ギルドの仕事抜けてきたんだ!」
ソラはあの後、冒険者ギルドを再興していた。
かつて、搾取の温床だったギルドを。
名前は【盤上の灯人】人も魔族も、正しく評価され正しく報われる新しいギルド。
そのギルドマスターとして、ソラは今日も奮闘している。
「兄貴が作った道をさ。俺がみんなに繋ぐ。──俺達、最高のコンビだろ?」
「ああ。最高だ」
俺は笑った。
かつて神様にたのまれたが、今となってはそんなことどうでもいいくらい大切な弟だ
◇
会場の隅のほうに、剣の稽古着を着た初老の男が立っていた。グレイスだ。
あの決戦で引退を決めた王国最強の武人。
今は、ミストリアで子供たちに剣を教えている。
かつて前王に見出され、剣に生きた男が。今度は次の世代に、その技と心を伝えている。
「……見違えたな、レイジ殿」
グレイスが静かに言った。
「あの戦場で相見えた男が。今や、この国を照らす様々な灯の大元とはな」
「あんたの弟子が、強かったからですよ」
俺がそう返すと、グレイスは、ふっと口元を緩めた。
◇
ヴィントの姿もあった。ジークを支え、議員として国の為に尽力している男だ。
「よぅレイジ!ジークが、来られなくてすまないと言っていた。議会が立て込んでいてな。だが──これを、預かってきた」
ヴィントが、一通の手紙を差し出した。
ジークからの、祝いの言葉だった。それと…もういくつか。
◇
「国境を守る、あいつらからだ」
ヴィントが、便りの束を渡してくれた。
ディートリヒ。ラインハルト。ゴドウィン。アルフレート。コンラート。オズワルド。かつての王国の将軍たちは、今、連邦の各地の国境を守っている。人と魔族の新しい国を、外の脅威から守るために。
式には来られない。だが、それぞれが便りを寄せてくれた。
ディートリヒの便りには、豪快な字で、こう書かれていた。
『おめでとう、レイジ! 派手にやれよ! 俺の分まで、幸せになりやがれ! ──』
ラインハルトからは、几帳面な字で、祝いの言葉と、国境の静かな近況が。ゴドウィンは相変わらず無口に、短く一言『祝』とだけ。それがあの男らしくて、俺は笑ってしまった。
みんな、それぞれの場所で。それぞれの灯を掲げている。
◇
——フィオナ視点
「フィオナさん、とっても綺麗です!」
孤児院の女の子たちが、私の白いドレスを見て、目を輝かせた。
「ありがとう」
私は微笑んだ。控え室の鏡の前で。純白のドレスに身を包んだ自分を見つめる。
……不思議なものだ。かつての私は、氷のようだと言われていた。誰も寄せ付けず。誰も必要とせず。一人で生きていくのだと思っていた。
その私が。今、こうしてウェディングドレスを着ている。
愛する人と結ばれるために。
仲間たちに祝福されて。
数え切れないほどの笑顔に囲まれて。
あの人と出会わなければ。
私はきっと今も、氷のままだっただろう。
◇
式が始まった。
学校の校庭。花で飾られただけの簡素な祭壇。だけど世界で一番の結婚式。そこには、大勢の人がいた。
仲間たち。
孤児院の子供たち。
学校の生徒たち。
人も魔族も。
皆が私たちを祝福するために、集まってくれた。
祭壇の前で、レイジさんが待っていた…
少し照れくさそうに。
だけど、まっすぐに私を見つめて。
私は、その隣に並んだ。
「緊張、してるか?」
レイジさんが、小声で囁く。
「してません。……いえ少しだけ、してます」
「素直じゃないな」
「あなたには言われたくありません」
私がそう返すと、レイジさんは小さく笑った。その穏やかな横顔を見て、私の緊張もほどけていった。
◇
誓いの言葉を交わす。
長い、長い道のりだった。殻にこもり、氷のように閉じていた私が。この人の隣で溶けて。守られ、そして守って。何度も離れかけて。
それでも、隣にいようと決めた。
「それでは──誓いの口づけを」
その言葉に、私の胸が高鳴った。
レイジさんが、私に向き直る。
そっと私の頬に手を添えて。私を見つめる。その瞳に、もう迷いはなかった。支配も、暴走も、緊急事態も、何もない。ただ穏やかな、この幸せな瞬間に。
あなたのほうから。
「……約束、やっと果たせるな」
レイジさんが囁いた。
「はい」
私は目を閉じた。
そして。
あの日交わした約束の通り。
何の憂いもない、この場所で。愛する人のほうから、私に口づけてくれた。
あたたかい。氷のようだった私を溶かしてくれた、あのあたたかさ。それが今、私の全身を満たしていく。
割れんばかりの歓声と拍手が、校庭に響き渡った。
◇
唇が離れると。
視界いっぱいに、笑顔があった。
ガルドさんが目に涙を浮かべて。
セシリアさんが両手を合わせて。
ソラが指笛を鳴らして。
子供たちが飛び跳ねて。
皆が私たちを祝福してくれていた。
私はレイジさんの隣で、心から笑った。
氷の魔術師と呼ばれた私が。こんなにもあたたかい場所に、辿り着けたのだ。
「フィオナさん! ブーケ! ブーケを投げてください!」
女の子たちが、はしゃいだ。
私は、手にした花束を見つめた。そして後ろを振り返って。集まった女性たちの中に、あの人の姿を見つけた。
セシリアさん。ずっとガルドさんの隣で、支え合ってきたあの人。
私は、ブーケを高く放り投げた。
くるくると宙を舞った花束は、まっすぐセシリアさんの腕の中へ収まった。
「え……わ、私、ですか?」
セシリアさんが頬を染めて慌てる。その隣で、ガルドさんがぽかんと口を開けていた。
私はいたずらっぽく笑って、言った。
「次は──セシリアさんですね!」
「な……!」
ガルドさんの顔が、みるみる赤くなる。セシリアさんも俯いて、真っ赤になった。
その様子に、周りがどっと沸いた。ソラが大笑いして、ニックがガルドの背を叩いて、はやし立てる。孤児院の子供たちが「けっこん! けっこん!」と囃した。
あたたかい笑い声が、青い空の下に満ちていく。
私は、隣のレイジさんを見上げた。
この人がいなければ。私は、この幸せを知らなかった。この人が、一人また一人と灯を繋いで。だから今、この場所に。こんなにも多くの、あたたかい灯が集まっている。
かつて最弱のFランクと呼ばれていた、何の力も持たなかったただの人。
この人が選んだのは、どんな理不尽な目にあっても憎しみで報いることでは、なかった。
ただ、一つまた一つと。愚直にまっすぐに。小さな灯を、正しい場所に置いて。それを繋いで。道を作った。
その道の先に、今、この光景がある。人も魔族も。かつての敵も味方も。子供たちも。皆が笑い合える世界が。
「レイジさん」
私は、その手を握った
。
「幸せです。今、とても」
「ああ」
レイジさんが、私の手を握り返す。そして遠くを見た。校庭で駆け回る子供たちを。祝福してくれる仲間たちを。青く澄んだ空を。
「まだ、始まったばかりだ。──これからも、ずっと──」
その言葉に、私は頷いた。
長い戦いは終わった。
そして、新しい日々が始まる。
人と魔族が手を取り合う未来が。
盤上に灯された、無数の光。
それはもう、誰かに消されることはない。一人一人が自分の場所で。自分の灯を掲げて。互いを照らし合って、生きていく。
そのあたたかな光の中で。私は愛する人の隣で、未来を見つめた。
これから紡がれていく、たくさんの物語を。希望と共に。
~FIN~
長かったレイジやフィオナ達の旅はいったん完了です。もしかしたらその後を更新するかも?次の作品も鋭意製作中です。よかったら見てください!




