第1話 神様の端数
神様の手違いで異世界に転生したレイジ。授かった才能は最底辺、ギフトは誰も見向きもしない【自己強化(小)】だけだった。
──ただし、このバフ。なぜか他人のバフの上に重ねられる。
前世は戦略ゲーム廃人。派手な力はなくても、盤面を読む頭ならある。地道な工夫と観察で成り上がりはじめた矢先、レイジはBランクパーティー「紅の盾」に勧誘される。
新人を囮に使い、報酬を掠め取る、悪名を隠した搾取パーティー。……そんなこと、調べれば分かる。分かった上で、あえて乗った。
「搾取されるのは授業料。それ以上のものを、こっちは持ち帰るだけだ」
経験、実戦データ、連携のノウハウ。したたかに"回収"を続けるレイジだったが、ある日の格上討伐で全てが崩れる。想定外の増援、崩壊するパーティー、そして自分に命じられる「死の殿」──。
これは、最弱の戦略家が「ざまぁ」の代わりに最適解を選び、自分を騙した連中と最強のギルドを作り上げる物語。
「すまん。ほんとうにすまん」
気がつくと、俺は真っ白な空間で、神を名乗る老人に土下座されていた。
聞けば、俺は死んだらしい。徹夜で戦略シミュレーションゲームの大会予選を走り抜けた帰り道、トラックとかそういう派手なやつですらなく、駅の階段で足を滑らせて、それきり。
「本来ならおぬしは順番待ちの魂じゃったんだが、手違いでな。異世界行きの枠に紛れ込んでしもうた」
「はあ」
「もう地球の輪に戻すこともできん。詫びに才能とギフトを付けて送り出すのが決まりなんじゃが……その、なんだ。直前の勇者候補に大盤振る舞いしすぎて、残りが────ほとんどなくてのう」
神様は気まずそうに、俺のステータス予定表みたいな板を見せてきた。
才能値、全項目が最低ランク。剣も魔法も生産スキルも、軒並み「一般人」の判定。そしてギフトの欄には、たった一行。
【自己強化(小)】──自身の身体能力をわずかに向上させる。
「……小、ですか」
「小じゃ。しかも自分にしか使えん」
なるほど。要するに俺は、大盤振る舞いの後の端数らしい。
正直、怒る気にはなれなかった。前世でも俺はそういう人間だった。ガチャで最高レアを引く友人の隣で、配布キャラと初期装備を延々やりくりするタイプ。むしろ縛りプレイの方が燃える性質ですらある。
だから、確認すべきことだけ確認した。
「そのギフト、仕様を聞いても?」
「し、仕様?」
「効果量、持続時間、再使用間隔、消費リソース、それと──他の強化効果との重複判定」
神様はきょとんとして、それから板をめくって調べ始めた。長考の末、老人は妙な顔をした。
「……おかしいのう。この世界、強化の祝福は上書きされる決まりなんじゃが…お前さんのこれ、区分が『ギフト』側に入っとるせいで……ほかの強化もすべて重なるようになっとる」
「重なる。つまり、加算されると」
「うむ。まあ、(小)じゃからな。誤差じゃよ誤差。すまんのう、ほんとうに地味で」
神様は心底申し訳なさそうに言った。
俺は、笑いをかみ殺すのに苦労していた。
──おいおい。重複可能な加算バフだぞ。身体強化(小)自体は誤差だけど、ほかのバフもすべて加算だとすると………
おいおい……ゲームだったら真っ先に調整が入るやつだ。単体では誤差でも、一人だけが持っている加算札は、盤面が育つほど価値が跳ね上がる。
問題は、この手札が輝く盤面を、最弱の俺がどうやって作るかだが──まあ、それを考えるのが一番楽しいところだろう。
「ああ、それとな。もう一つ詫びねばならんことがある」
神様は言いにくそうに続けた。
「本来の転生というのはな、母の胎から赤子としてやり直すものなんじゃ。じゃがお前さんは順番待ちの外から紛れ込んだ魂──正規の輪廻の枠には、乗せてやれん」
「……というと?」
「身体をこちらで拵えて、そのまま降ろす。歳の頃は十七、八というところかの。記憶も意識も今のまま、ある日突然、その世界に『いる』ことになる。戸籍も、親も、育ちもない。……すまんのう。端数には、正規の入り口すら用意してやれんのじゃ」
なるほど。赤ん坊からのやり直しすら、俺には割り当てがないらしい。
だが正直、悪くない話だと思った。どうせ一般人程度のステータスならゼロ歳から十七年待たされるより、記憶と思考力を持ったまま初日から動ける方が、俺の唯一の武器──考える時間を、丸ごと節約できる。
「その端数、ありがたくいただきます」
俺は顔を上げて、はっきりそう言った。神様はますます申し訳なさそうな顔をした。
◇
──それから、二年。
「Fランク、レイジ。本日の依頼、東の岩場のロックリザード三体討伐、受理されました。……あの、本当にお一人で行かれるんですか?」
冒険者ギルド、辺境都市ハルベルの受付で、顔なじみの受付嬢が今日も同じことを聞いてくる。
「一人の方が計算が楽なんで」
「討伐推奨はEランクパーティーなんですけど……」
「知ってます。だから風の強い日を三日待ちました」
「……風?」
受付嬢が首をかしげる。説明してもいいが、長くなるのでやめておいた。
ロックリザードは岩場に擬態する厄介な魔物だが、視覚より嗅覚に頼って獲物を探す。風の強い日、風上から接近される警戒は本能的に強く、風下側の警戒は逆に緩む──ここまでは、ギルドの資料室にある討伐記録を三十件ほど読み比べれば分かる。
分からないのはその先だ。だから先週、俺は討伐せずに半日かけて岩場を観察して、奴らの巡回経路と日光浴の定位置を地図に落とした。
準備は終わってる。今日は、答え合わせをするだけだ。
岩場の風下、崖のへりに伏せて、俺は眼下の三体を見下ろしていた。
定位置。予測通り、正午の日光浴。三体の間隔は約二十歩──互いの悲鳴が届く距離だが、視線は通らない岩の配置。
「──【自己強化(小)】」
小さく唱える。身体の奥で、ほんのわずかに、何かが底上げされる感覚。本当にわずかだ。全力疾走が、半歩ぶん速くなる程度。
でも、いい。半歩は、詰め筋を一手縮める。
弓を引く。狙いは一番手前の個体──ではなく、その鼻先の岩の隙間。
放った矢が岩に当たって甲高い音を立てた瞬間、リザードが音源へ首を向けた。露出した喉元の柔らかい鱗。そこへ、二の矢。
一体目、消音、完了。
残り二体は動いていない。風下からの音は、奴らにとって「警戒しなくていい音」だからだ。
俺は短剣を二本抜いて、岩の影を移動する。頭の中には、先週作った地図と、三手先までの盤面。
──才能は資源だ。俺の手持ちは少ない。
なら、配分で勝つしかない。




