2. 前世悪役令嬢、転生して憧れのヒロインになりました。
目覚めたら、知らないベッドだった。
ピンクを基調とした花柄の天蓋に、薄いピンクのカーテンがかかっている。
起きてカーテンをめくってみれば、淡いバラの壁紙に、明るい白の調度品。
質素なベッドに簡易的な机しかない陰気な貴族牢とは全く異なった。
そして、もちろん以前使っていた寮の自室とも、タウンハウスにある自室とも似ても似つかない部屋だ。
しかし、この間取りはよく知っている。学園の寮だ。
あら、私の髪、金色だわ。
肩から下がるのは自分の髪と正反対の、明るく透けるような金の髪。
寝ていたからか、癖がついているその髪は、ふわふわで少し波打っていた。
まさか!
そう思って、ベッドを飛び出し姿見をみれば、自分の姿は紛れもなくフローラであった。
アナスタシアとしての最後の記憶は、フローラのようになりたいと思いながら意識が遠のいた場面で終わっている。
もしかして、神様が私の最後の望みを叶えてくださったのかしら。
少し癖っ毛の髪は腰までうねり、体の丸みを強調させている。
しかし、その顔には表情が抜け落ちており、姿形が同じであっても同じ人物には見えなかった。
フローラを思い出して、同じように微笑んでみても、どことなくぎこちない。
やっぱり、笑顔が下手ね。
でもせっかくフローラになれたのだから、今度こそ皆んなと仲良くなりたいわ。
バルコニーに目をやれば、丁寧に整えられたバラ園が見える。
朝日に照らされ、まだついたばかりの小さなつぼみがきらめいていた。
たしかに、フローラはバラが好きだったわ。
いつもバラの季節になったら、ドライフラワーの髪留めを使っていたもの。
とても似合っていて、きれいだったわ。
そういえば、彼女はどうなったかしら…
私が今フローラになっているということは、今彼女は私に…
そのとき、廊下に繋がっているであろうドアが4回、小気味よく鳴らされた。
「お嬢様、おはようございます。
入らせていただいてもよろしいでしょうか?」
いけないわ、侍女がもうきてしまったわ。
どうしましょう。フローラはどんな話し方をしていたかしら…
「お嬢様、入らせていただきますね」
きっちり述べながらもそれと同時に入ってきた侍女は、ブラウンの髪を引っ詰めにした、標準的な身長のフローラより少し背の低い、お仕着せを着た女性だった。
アナスタシアよりも少し年上くらいだろうか。
朝でもキリッとしたオレンジの瞳は、どこか見覚えがあった。
彼女には私もあったことがあるわ。
たしか名前は…
「お嬢様、今日はお早いのですね!
失礼いたしました。
まだ寝ていらっしゃるかと…」
逡巡していると、部屋の入り口に立っている彼女はこちらに目を向けて、目を大きく開いて驚いていた。
そうよ、彼女の名前はリリよ。思い出した!
彼女はいつもはクールに見えるけど、意外と驚くとかわいいのよ。
自由なフローラはいつも彼女を振り回していたから、よくこの顔は見たわ。
「おはよう、リリ。
今日は早く起きてしまったの」
フローラのように、少し砕けた調子で話してみる。
もちろん、最後には笑顔も忘れない。
「ええ、おはようございます、お嬢様。
左様でございましたか、それはようございます。
それではお支度を始めさせていただきますが、本日は何をお召しになりますか?」
以前会ったときにも、彼女は何事にも丁寧で真面目な侍女だとは思っていたが、二人のときもそんな感じらしい。
アナスタシアのときの侍女も、きっちりしていて、侍女というよりむしろ少し厳しい第二の母のようだったから、なんだか懐かしい。
「そうね、どれがいいかしら」
「そうですね…」
そう言って部屋の入り口より少し控えめなドアを開けて中に入っていったが、すぐに両手で抱えるほどの豪華なドレスを持ってきた。
「これはいかがでしょうか?
華やかですし、お嬢様にお似合いになります」
彼女が持ってきたのは、ほんのり薄いピンクの生地に、金糸の刺繍のされたレースがあしらわれたとても綺麗なものだった。
明らかに普段着ではないデイドレスだ。
「まあ、いいわ。それにするわ!
それにしても、今日はどなたかと会う予定だったかしら?」
「お嬢様、今日は第一王子殿下とのお茶のお約束がございます。
以前から楽しみにしておられた会です。
今日はそれで機嫌がよろしいのかと思っておりました」
「ああ、そうだったわ!
ずっと楽しみにしていたのよ」
フローラは頻繁に王宮の庭園や最近流行りのサロンにレオン様と行っていた。
今日はその日だったのだ。
そういえば、今は何年の何月かしら。
寮にいるのだから、学園に入学しているのは間違いない。
リリはそのまま、私の服を脱がせ、きびきびとドレスを着せていく。
「そういえば、今日は何年の何月何日だったかしら」
「1827年の3月29日でございます」
「ああ、そうだったわ、ありがとう!」
少し訝しげにはされたが、リリは何も聞いてはこない。
1827年の3月。
アナスタシアとフローラが17歳になる年である。
つまり、今は学園の2年生が始まる直前であった。
ミア嬢の事件は、この年の夏季休暇の始まり、8月だった。
どうやら私とフローラが入れ替わるだけでなく、時間が戻っているようだわ。
まだ、こちらのことはよくわからないけれど、もし同じ事件が起こるとしたら、ミア嬢を救ってあげたいと。
それにもし、私になったフローラが巻き込まれてしまうのなら、助けてあげなければ。
ドレスを着せ終わったリリは私をドレッサーの前に座らせ、お化粧とヘアメイクをしてくれている。
全体的に柔らかな顔立ちのフローラの顔は、メイクをされることでメリハリがついて、より華やかになる。
最後にナチュラルな口紅をのせれば、よく見ていた親しみを感じる顔になった。
リリは最後に髪に取り掛かってくれたが、これが意外と時間がかかる。
フローラはいつもストレートだったが、元々はくせのある髪のようで、リリは少しずつ束にとって櫛を通し、適宜ヘアオイルを塗っているようだった。
オイルからはよくフローラから香っている豊かなバラの香りがした。
髪を整えるためにこんな早くから支度をしていたのだわ。
美しくて羨ましいと思っていたけど、彼女も努力して維持していたのね。
鏡をみれば、そこにはなめらかな白金の髪に、薄く紅を差したいつものフローラがいた。
ふっと口角を上げてみれば、寝起きのときよりもずっと自然に笑えた気がする。
現状がどうなっているかはまだわからないけど、せっかく戻れたのよ。
今までとは生まれ変わるわ、
ポジティブで、みんなに好かれるような親しみのある子に!
まずは、話し方からかしらね。
一人称はわたしにして、あまり硬くならないようにしないと。
前のように悪役になるつもりはないわ!
次話は5/6に投稿します




