138.初手
筋肉部長の巨大棍棒が唸りを上げて新に襲い掛かる。
その巨体からすると信じられないほど素早い。しかし躱せないほどではない。
新は小さくステップを踏む。そのすぐ横を巨大棍棒がかすめた。
地面を叩く爆音が響いたのと、新の踏み込みはどちらが早かっただろうか。
あ、乗った……?
どちらが早かったかは分からない。新はただ、踏み込んだ足が世界の波に乗ったのを感じとっただけ。
その踏み込みは世界の波に押されて、より鋭くより深く、相手の間合いを切り裂く。全力で振り下ろした巨大棍棒が、相手の脇腹に吸い込まれていく。
ゴキッ!
手ごたえアリだ。
これがこの決闘、両者合わせて初めてのクリーンヒット。
はじめて有効打が一発入った。とはいえ、それで勝負が決まるなんてことはない。まだまだ相手は元気一杯、新は追撃を諦めて後ろに下がる。
筋肉部長は腰のポーチから万能包帯を取り出して脇腹に当てた。包帯は鎧の隙間から勝手に潜り込み、自動的に彼の体に巻き付いていく。いつ見ても気味が悪い光景だ。
万能包帯は切り傷とは違って打撲にはあまり効果はないけれど、それでも少なくとも痛み止めにはなる。それに骨折や捻挫の時には痛めた部分を固定できるので、そこそこ都合が良かったりする。
仕切り直しの静寂は束の間、お互いの巨大棍棒が、再びお互いに襲い掛かる。普通の人間なら、たとえ命中しなくても、すぐ近くをかすめるだけでバラバラに吹き飛んでしまうだろう。
そんな必殺攻撃の応酬を、時には避け、時には迎撃して相殺する。そのたびに轟音が響き渡り、激しい火花が辺りを照らす。
音羽は応援席で、そんな新の戦う姿を目に焼き付けていた。それはお互い、生命を削り合う戦いだ。でも音羽が見ていたのはそこじゃない。彼女が感じていたのは微妙な違和感。
新の棍棒が、大きくなっているんじゃないか? そのことだった。
彼の巨大棍棒は、たしか第零階層のボスゴブリンのドロップ品だった。手に入れたときからずっと両手持ちの棍棒だったのは間違いないけれど、最初は今ほどの長さも無ければ太さもなかった。
もしかしたら木綿花や都久詩は気づいていないかもしれない。使用者の新ですら分かっていないかもしれない。
だけど徒手空拳で戦う音羽には、とても近い間合いで戦う拳闘士には、他人の武器の長さが敏感に感じ取れる。それが命のやり取りに直結するのだ。
成長する武器……。
意外に感じるかも知れないけど、そのことは木綿花もかなり早い時期に気づいていた。理由は単純、怪物たちからドロップした武器が、購買で売り払う前に、いつの間にか消えていたからだ。
そしてはっきりと見た。新の棍棒は他の武器を吸収して成長していることを。
「ちょっとづつ食べてるね!」
「あれ? 都久詩も気づいてましたか」
「うん、そりゃ気づくよ。だって特別講習で見たもん。みんなも見たでしょ?」
「ああ、そう言えば、そんなこともあったわね」
あの時はたしか、ゴブリン砦でボスを倒し、そのドロップ品の棍棒がみんなの目の前で、新の棍棒に取り込まれたんだったか。
新本人は完全に忘れてそうだけど。
今は、棍棒と棍棒が打ち合って火の粉が散るたびに、新の棍棒がその火の粉を吸い取って、より強い力を手に入れている感がある。
今回が初めてなのかもしれない。いや、今までもずっとそうだったのかも。ただこうしてすぐ側で彼の本気の戦いを眺めることがほとんどなかったので、気づかなかっただけかもしれない。
かなりピンチの時でも飄々としている彼。いつも手を抜いているように見える彼。そんな彼が今、少しだけ本気で戦っているように見える。
それだけ相手が強敵なのだ。
戦いが進むにつれて、筋肉部長の心に焦りが生まれ始めていた。
脇腹に良いのを一発もらった。でもそんなものは致命傷ではない。もちろん軽いジャブの一発……なんて軽いものではなかったし、ダメージも残っている。だけどその程度で崩れるほどヤワな鍛え方はしていない。
筋肉部長は新と同じで、パワーで押して押して押しまくる戦闘スタイルだ。でもそれはテクニックが無いという意味じゃない。テクニックというのは、自分の持ち札をどう使うかって意味であって、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
その意味では、筋肉部長は戦闘経験豊富な戦士だった。
ここは、そう。さらにパワーを振り絞って押す場面だ!
筋肉部長は呼吸を整え直すと、それまで以上のパワーを丸太のような両腕に込めた。




