第一話 プロローグ
秋の冷たい風が人々の肌を刺激する早朝、山に囲まれ、自然が豊かな土地の中にある八大国の一つ〈ゼレスティン王国〉の修練場に二人の女性が相対していた。
一人の女性の名前は【モニカ・ゼレスティン】。
ゼレスティン王国の第一王女である彼女は、将来、このゼレスティン王国を継ぐ者として勉強や剣術の稽古に励み、更には魔術を学んでいる。
彼女は容姿端麗──スッと伸びた鼻筋、若干あどけなさが残る顔立ち、吸い込まれそうな茶色の瞳孔、日々の訓練のお陰で引き締まった体型──の持ち主で、城に従事しているメイドや兵士、更には城下町に住む人々の絶大な支持を集めている。
今日は長い金髪をポニーテールに結び、上着は白のシャツに黒のチューブトップ、下は黒のズボンに茶色のロングブーツを履いて剣術の腕を磨いている。
剣術の修行とはいえ、怪我防止として木製の模造の剣を使っているのだが、普通の剣よりも重い為、筋力トレーニングとしても効果が期待できる。
二の腕が痙攣しつつも、頑張って剣を振るう──その度にモニカの額から汗が滴り落ちていた。
そんなモニカを嘲笑うかのように相手は風のように攻撃を躱し、モニカの持っていた剣をカウンターで弾き飛ばした。モニカの持っていた木造の剣はカランと空しく音を立てて地面に落ちた。
モニカは片膝を付き、痺れる右手を押さえて疼くまっている。
(クッ、これで何連敗なの?マルグリッドも少しは私に華を持たせようっていう気持ちはあるのかしら?)
そんな事を思っている間に木造の剣先が彼女の目の前に来た。
「お嬢様、休憩している場合ではありませんよ。まだ体力は残ってるでしょ?」
息も切らさず、涼しい表情でモニカの目の前に立つ女性は【マルグリット・グレース】。
孤児院出身で十代後半から傭兵として戦場に立ち、幾多の修羅場を潜り抜けてきた強者である。
見た目はクールな印象を持ち、すらっとした八頭身に加え、腰の位置まである長い黒髪がより強者感を引き立たしていた。
訳あって二十歳の時、ゼレスティン王国に迎え入れられて以降はモニカの護衛兼侍女として付き添っているのだが、剣術と体術の腕を高く評価され、週三日程は城下町の治安を守る警備の職務に就いている。
普段のマルグリッドはモニカの良き理解者として友人以上、いや家族以上の存在となっているのだが、剣を持つと人格が変わり、厳格な態度でモニカを指導している。
「ちょ……ハァ、ハァ、ふぅ……もう辞めようよぉ。朝っぱらから訓練して体力が持たないわよ」
そう言いながら地面に座り込み、中止を促すモニカ。
修練場には見張りの為、数人の兵士が二人の戦況を見守っていた。
剣術の腕前に関してマルグリットの方が強いのは百も承知だが、モニカの方は最初の時と比べて著しく成長しているのを間近で見ていた兵士が実感していた。
(モニカお嬢様は才能の塊だ! 流石フリード様の娘。将来、この国を背負うのはこの人しかあり得ない!)
修練場で二人が特訓する時は、何故かギャラリー(見張りの兵士)が多いのだ。兵士の間ではこの時間は〈至福の時間〉といわれ、モニカお嬢様の成長過程を見守る時間なのだが、もう一つ別の意味がある。
それはモニカとマルグリット、二人の膨らんだ胸を拝みに来る時間なのだ。
二人の服装──モニカはドレスを着用、マルグリットは青を基調とした軍服姿──は体全体を覆い隠している為、どのような体型なのかあまり分からなかった。
しかし、修練場で二人が特訓をしているこの時間帯は、二人の装備は軽装なので身体のフォルムが一目で分かってしまう。
長年の訓練の成果なのか、引き締まった背中と腹筋で余計に二人の胸の大きさがより強調されていた。
その一点だけに集中して見ている兵士達も少なくなかった──下心で見ていてはダメだと分かっているのだがそれでも見てしまう。
二人の訓練を兵士達は頬を赤くしながら固唾を飲んで見守っていた。
「何を言ってるんですかモニカお嬢様。始めてまだ二時間しか経ってませんよ」
「しょうがないでしょ。徹夜で本を読んでたんだから」
「朝の特訓があるって分かってるのに夜更かしなんかするからですよ。全く、もう十八歳なんですから、自分の体調管理も気を付けないと」
「分かった、今度から気を付けるから。これ以上、小言を言わないでよ」
「失礼しました」
マルグリッドは小さくため息をつき、モニカが落とした剣を拾って後片付けを始めた。
次の瞬間、どこからともなくパチパチパチと拍手する音が鳴り響いていた。
二人は音のする方に顔を向けると、白いドレスを着た女性が修練場にあるベンチに座りながら拍手していた。
「モニカお姉様! マルグリット! 素晴らしい演舞でしたわ!」
「アリア! おはよう!」
モニカはスッと立ち上がり、駆け足でアリアの所に向かった。
【アリア・ゼレスティン】はモニカの実妹で魔術と経済の勉強に励んでいる。将来はログフェスト大陸最高峰の魔法学校〈アミスロッド学園〉に入学して魔術を勉強し、将来この王国を継ぐモニカのサポート役になるのを目標としている姉想いの少女である。
「モニカお姉様、マルグリット。朝食の準備が出来ましたよ。行きましょう」
「分かったわ。それよりも大丈夫なの? 身体の方は?」
「ええ、前よりも咳が出にくくなってますので多分大丈夫です。心配掛けてごめんなさい」
アリアは小さい頃から身体が病弱で、月に一回体調を崩しやすい為、中々外に出られなかった。
「あまり無理しないでね。今着替えるから大広間で待っててね」
アリアはニコッと笑い、修練場を後にした。
大広間に向かうアリアの背中を見送った後、マルグリットがタオルを持ってきてくれた。
「アリアお嬢様、前よりも顔色が良くなりましたね」
マルグリットもアリアの身体を心配している。病弱な体質でなければ今頃3人で汗水垂らしながら鍛練に励んでいたのかもしれない。
仲間一人増えただけでも心強いし、今以上に充実するかもしれない。
二人はそんな想像を頭の片隅に置きながら日々の訓練を行っていた。
まあ、こればっかりはどうする事もできない。
「ええ、そうね。どうにかあの娘を助けたいけどね……」
モニカはマルグリットが持ってきてくれたタオルで汗を拭いながら妹の身を案じていた。
「さあ、マルグリット。行きましょう」
「かしこまりました。お嬢様」
◇
二人はドレスに着替えた後、大広間に移動した。中世ヨーロッパ風の部屋の中央には白無地のテーブルクロスが敷かれたテーブルが設置してあり、豪華な料理が並べられていた。
テーブルの一番奥に座っている白髪の初老の男性がモニカに声を掛けた。
「おぉ、モニカおはよう!」
その言葉にモニカは軽く会釈をする。
「おはようございます、父上」
「ウム」
モニカの挨拶に笑顔で応える人物は【フリード・ゼレスティン】。
このゼレスティン領を治める国王であり、モニカとアリアの父親である。
朝の挨拶を交わし、テーブルを挟んで父親と向かい合うように椅子に座った。
何分か遅れてアリアが大広間に入り、姉の隣の席に座った。
「何処に行ってたの?」
「ええ。ちょっと……咳が止まらなくて」
モニカは椅子から立ち上がって声を上げた。
「大丈夫!? 熱は? 他に具合の悪い所は?」
フリードは椅子から立ち上がり、モニカを諭した。
「落ち着きなさい、モニカ。今朝、薬を飲んだからそこまでひどくはない。本当に具合が悪いのならここには来ていないぞ」
フリードの言葉でハッと我に返り、軽く咳払いをして椅子に座り直した。
モニカは、妹の顔色が悪い時や軽い咳払いをするだけでも過剰に反応してしまう──昨日の夜にアリアの様子を見ようとこっそり寝室に入って確認するほどに。
フリードもやれやれといった表情で椅子に腰掛けた。お皿の横にあるナプキンを取って首元に掛け、改めて二人の娘に声を掛けた。
「さあ二人共、朝御飯を食べよう。しっかり食べて栄養をつければ、アリアの具合も少しは良くなるだろう」
モニカは気を取り直して──と言っても意識はアリアの方に向いてしまう──食べ物を口に運んだ。
三人共喋らず、皿に当たる小さい金属音だけが響いていた。
三人が食事している部屋には、マルグリットの他にフリードの秘書や五人のメイド、出入り口のドア付近に二人の兵士がいるのだが、誰一人として喋る事は無かった。
しばらく時間が経ち、フリードは食後のお口直しとして冷たい紅茶を口に入れた。
「ふぅ、食事の後の紅茶は格別だな」
モニカは思わず笑みを浮かべてしまう。
「お父様ったら──私も好きですよ、この紅茶は」
「おお! そうだろう、そうだろう」フリードは笑った。「この紅茶はゼレスティン領だけしか採れない最高級の茶葉だからな。他の国々じゃ絶対に味わえないからな」
ゼレスティン領は、他の国々とは比べて都会的ではなく、田舎当然の領地なのだ。
だからこそ、他にはない強みがこの領地に沢山あった。
その一つが山奥で栽培している新鮮な茶葉である。
加工されていない自然の恵みを受けた茶葉、山菜、薬草は他の国々から高値で取引されてもおかしくはなかったが、フリードは敢えて他の国々に教えていない──他の国々の人間に教えたら、金儲けを企む密売人が根こそぎ刈り取ってしまう可能性もあったからだ。
(また自慢してる……)
モニカとアリアは目を見合わせ、やや呆れた表情で控えめに笑った。
三人でしばらく笑った後、フリードが急に悲しい表情に切り変わってしまった。
娘二人は父の様子に気付き、真顔になる。
モニカがそっと尋ねた。
「あ、あの……お父様?」
「──ット」
何やらボソボソと独り言を口にしているフリードを見て心配になってしまうモニカ。
周りの部下達も心配そうな目でフリードを見やった。
ここ数日のフリードは、他の国王との面談や公務の仕事で忙しい中、睡眠が取れない日々が続いていたらしく、目の下の隈が少しだけ出始めていた。
フリードは、紅茶の水面に写っている自分の顔をジッと見ながら呟いた。
「ベルベットも好きなんだよなぁ、この紅茶……」
その時、誰かがフリードの右肩を揺さぶっていた。それも、割と激しめに。
フリードは右側の方を見ると、愛しき娘の顔が目の前にあった。
「お父様? 大丈夫ですか?」
「おっ、おお……モニカ」
少しボーッとしていたのか、顔を正面に戻すとアリアが心配そうにフリードを見ていた。
「お父様、最近何かとお忙しいのでは?」アリアは言った。「少しお休みになっては如何ですか?」
フリードは、アリアの言葉に若干焦りつつも笑顔で対応した。
「えっ、ああ、そうだな。ハハハ……。すまんな、最近忙しくてな。ちょっと部屋に戻って休むとしようかな」
そう言ってフリードは立ち上がり、食事会場を後にした。
父の背中を見送った他の人達は全員で相談する。
「モニカお姉様、最近お父様の様子がここ数日おかしくありませんか?」
「そうね……何かあったのかしら? マルグリットはどう思う?」
マルグリットは顎に手を当てて考えた。
「うーん、そうですねぇ。私は城下町のパトロールや兵士の訓練に立ち会っているから国王とはあまり顔を合わせる機会は中々無いですね。お三方が食事をしている時以外は」
「そっかぁ……。アルフレッドは何か思い当たる節は?」
「いやぁ、私も詳しくは……」
アルフレッドは数年前に父フリードの秘書として雇われ、仕事の都合で遠出する時はフリードに付き添っているのだが、当の本人は知らないらしい。
モニカは秘書のアルフレッドに対してそんな筈はないと思い、腰に手を当てて彼の目をのぞき込む様に問い詰めた。
「知らないなんて事は無いでしょう。貴方はいつもお父様の後ろにくっついているんだから何か様子が変わった事ぐらい分かるんじゃないの?」
アルフレッドは焦り気味に答えた。
「な、何を仰いますかお嬢様! 確かに私は国王の身の回りの世話をしていますが、体調が優れないとか顔色が悪いとかそのような振る舞いは一切見受けられませんでした。大体、一日中フリード様の後を付いていってる訳でもありませんから、私も私で色々と忙しいんですよぉ」
アルフレッドは付けてた眼鏡を慌ててかけ直す。モニカは疑いの眼差しをアルフレッドに向けた。
「……本当に何も知らないのね?」
「……はい。お役に立てなくて申し訳ありません」
これ以上聞くのは可哀想だと思い、モニカは問い詰めるのをやめた。そんな時、一人のメイドが手を挙げた。
「あ、あの……モニカお嬢様?」
「どうしたのリディア?」
メイドはモジモジしながら答えた。
「た、多分、私の考えですが、国王は家族と過ごす時間を大切にしてらっしゃる方なので、少々気を抜いてしまっただけかもしれないですよ」
メイドの意見に見張りをしていた兵士達も同調した。
「リディアの意見に賛成します!」
「私もです。……フリード国王は常に気を張って仕事をしているので多少疲れが溜まっているのではないでしょうか?」
モニカは腕を組んで考えてみる。言われてみれば父親は仕事の都合で王城を空ける事が多くなっていた。
城に居る時でさえ朝食以外は殆ど顔を出さず、アルフレッドに一人にしてくれと言い、書斎部屋に籠もる場面を何度も見かけた。
果たして仕事だけの問題なのだろうか、考えれば考える程モヤモヤしてしまう。
考えている最中、誰かがモニカの腕に絡みついてきた。モニカはハッと気付くと、アリアが心配そうな顔で姉の顔を見つめていた。
「お姉様、考え過ぎですよ。大丈夫、お父様はお強い方ですから」
「アリア……」
「さっ、食事も終わりましたし、部屋に戻りましょう」
アリアに促されて食事会場を出た二人だが、モニカは父親の様子がどうも気がかりだった。
モニカが父の肩を揺すった際、父の口から出た言葉が忘れられなかった。
『ベルベットも好きなんだよなぁ、この紅茶……』
(ベルベット……一体誰かしら?)
そんな疑問を抱えつつも姉妹二人は各々の部屋に向かって長い廊下を歩いて行くのだった。
初めまして! この度〈小説家になろう〉に初投稿する野良パンダと申します。
まだまだヒヨッコですので色々とアドバイスを頂ければ幸いです。
投稿頻度は毎週土曜日を予定しておりますのでよろしくお願いします。




