天国のトイレ 4
曲が終わった。周りからはちらほらと拍手も聞こえてくる。
「踊りカッコよかったです。それに声もいい声ですね」
若者が言う。
「オレも一曲歌いたくなったなあ。少しだけギター貸してくれないかなあ?」
「どうぞ、どうぞ。1曲と言わず、10曲でも20曲でも」
オレは若者からギターとピックを預かる。
「じゃあ、遠慮なく。酒にでも酔ってないと、オレにはこんなことできないしなあ」
オレはE7とA7とB7のコード音を出してみる。いい感じだ。曲はエリック・クラプトンの”Hey,Hey”だ。セルフアレンジしてその曲を歌ってみる。
Hey hey hey baby hey, Hey hey hey baby hey, I love you baby
だけどオレはあんたの犬じゃないぜ
Hey hey hey baby hey, Hey hey hey baby hey, I love you baby
だけどオレはあんたの子猫ちゃんでもないぜ
Hey hey hey baby hey, Hey hey hey baby hey, I love you baby
だけどオレはあんたの子豚ちゃんでもないぜ
周りに人が集まって来る。10人、20人、・・・100人。
Hey hey hey baby hey, Hey hey hey baby hey, I love you baby
だけどオレはあんたのペットじゃないぜ
Hey hey hey baby hey, Hey hey あんたはホント嘘つき
Hey hey あんたはホント理不尽
Hey hey もう勘弁してくれよ Hey baby
Hey hey 物投げないでくれよ Hey baby
Hey hey 包丁振り回すなよ Hey baby
Hey hey hey baby hey, Hey hey hey baby hey,
Hey hey hey baby hey, ・・・・・・
歌い終わった。周りからは大きな歓声と拍手が巻き起こる。オレは観衆に向かって叫ぶ。
「天国のトイレは水洗便所かい?」
「Yeah!」と観衆が答える。
「天国のトイレは水洗便所かい?」「Yaeh!」
「天国のトイレは水洗便所かい?」「Yaeh!」
「天国のトイレは水洗便所かい?」「Yaeh!」
「天国のトイレは水洗便所かい?」「Yaeh!」
息の合ったコール&レスポンス。その中には春助と長野と川内の顔もあった。女たちはとっくに帰ってしまっていた。「行けー!パラダイス、もっとやれー!」と春助がはやし立てる。あいつもかなり酔っていた。
「もう1曲やっちゃってもいいかなあ?」
「どんどんやっちゃって下さいヨ」若者が言う。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
オレはミーシャの”バースデーケーキ”と言う曲を歌うことにする。この前ライブで聞いてきたばかりの曲だ。
ミーシャは日本の音楽史上最高の女性シンガーだ。もしオレが無人島に流されたとして、そこにひとつだけ何か好きなものを持って行けるとして、その時オレはミーシャを一人連れていく。彼女が歌えば魚やイルカたちが踊りだし、鳥たちは果物を運んで来てくれることだろう。
彼女と同じ空の下、同じ空気を吸って生きているという奇跡を体中で感じながら、”バースデーケーキ”を歌う。自分自身の30回目の誕生日を祝うために歌う。
”La-la-lala, lalalalalala-lala-lala-, Say ! ”
” ラーラーララ、ララララララーララーララー ”
”La-la-lala, lalalalalala-lala-lala-, Say ! ”
” ラーラーララ、ララララララーララーララー ”
最高にゴキグェンなコール&レスポンスが街にこだましていく。
”ハッピーバースデー、幸せになれるように・・・・・・”
曲が終わった。観衆はさらに膨れ上がっていた。300人、500人、1000人、・・・1万人。狭いビルの谷間は熱気で満たされ、歓声が響き渡っていく。
「最後にもう1曲、歌っちゃってもいいかなあ?」オレは若者に尋ねる。
「ここまで来たら、もうギターが壊れるまでやっちゃって下さいよ」若者は言う。
オレは最後にロバート・ジョンソンを歌うことにする。悪魔に魂を売り払ってその超絶技巧のギターテクを手に入れたと云われる、伝説のブルーズマンだ。曲は”クロス・ロード”。UKのロックバンド、クリームのカバーでお馴染みの曲だ。こんな夜にはこの曲はきっとふさわしい。
オレは歌い始める。そしてオレはシャウトする。またシャウトする。なかなかシャウトする。全くシャウトする。やっぱりシャウトする。相変わらずシャウトする。いとも変わらずシャウトする。てき面にシャウトする。てんでシャウトする。うっかりシャウト、うかうかシャウト、どうしてもシャウト、どうしようもなくシャウト、・・・。人の股間をぐっと掴んで地獄の底まで引きずり下ろすかのようなオレの悪魔的なシャウトが、街中に響き渡っていく。
曲が終わり、それと同時にギターの4弦が「ビーン」という間の抜けた音を残して切れた。「これでお開きだ。ありがとう、楽しかった」
あちこちからおひねりが飛んで来る。5万、10万、20万、・・・100万円。さっきのユマ・サーマンがお金をササッと集めるが、顔は蒼ざめているように見える。「どうしよう、こんなに」ユマがお金を若者に見せてそう言う。2人は顔を見合わせ、その後オレの方を向いて答えを求める。
「それじゃあオレに30万だけプレゼントしてくれない?明後日オレの30回目の誕生日だから」
「えっ!でもそれだけじゃ。もっと持ってって下さいヨ」
「いいんだよ、オレは今ものすごーくリッチな気分なんだから」
オレは少し考えてから、
「そうだ!良かったら君の分で、明後日のオレの誕生日に駅で花火を上げてくれないかなあ?30発分、1歳年を取るわけだから、全部で1万円分でやってほしいんだ」
「明後日と言うと月曜。絶対にやりますよ。友達に花火関係の仕事してる奴がいて、そいつに頼んでみますよ。絶対見に来て下さいヨ」
「イヤ、オレは見に行けないんだよ。でもオレの友達が絶対どこかで見てるはずだから。そんなに派手にやらなくてもいいよ。本当にささいな感じのでいいから」「はい、絶対やります」
「ありがとう、じゃあオレはこれで帰るね。ところで名前は?」
「オレですか?オレはジム・モリソン」
「ハハハ、そいつはイカす名前だな。オレはミスターパラダイス。そのお金はなるべく大事に使ってよ。それにあんまり早死にするなよ。縁があったらまた会おう」言ってからオレは、ユマの方を向く。
「あんたもな、子猫ちゃん。アディオス!」
「アディオス!」
つづく