雨上がりの午後、君の笑顔に
3月4日、金曜の夕方、仕事帰り、女が一人甘栗を売っていた。朝方の雨はすっかり上がっていた。
「晴れて良かったね」オレは声を掛けた。
「そうですね。雨が降っていたら仕事も大変だし、ここに来るのも大変であれだし、それに・・・」
しどろもどろで、何が言いたいのかさっぱり分からん。それともオレは警戒されているのだろうか、やっぱり。用意してきたギャグをとっとと言ってから、すぐに退散したくなった。
「甘栗をクリ、って今日誰かに言われた?」オレは聞いた。
「誰も言いませんよ」と言って、彼女は笑った。
「笑ってくれてありがとう。今度君の笑顔に一杯おごらせてくれないかな?」
「ええー!!!!」
笑っていたが、目はこっちが本気で言っているのかどうかを探っていた。(オレの気のせいか?)思わず会話が途切れてしまう。後で考えてみると、その時が一番重要なタイミングだった。名前を聞いたり、自分のメールアドレスを教えたりするならその時だった。でもやっぱりオレは、いつものように何もできない。
「もう冬も終わりだね。いつくらいまでやるの?」
「5月くらいまでです」
彼女は少し話し足りなさそうな(これもオレの気のせいか?)様子だったが、オレは1000円を渡してお釣りの500円と甘栗を受け取り、「ありがとう」と言って帰った。
いつものように一人、部屋で甘栗を食べた。