月曜日、高校2日目
月曜日。
金曜の入学式から土日を挟んで高校2日目...
「おはよー」
「おはようございます!」
教室に入ると、皆が慣れないながらも勇気を出して挨拶し合っているのが見えた。
勇気を出して…とは言っても、ウチのクラスは入学式の日から自己紹介をしたので、2日目にしてはすでに結構打ち解けている方だ、たぶん。
教室の後ろを歩いて自分の席に向かう。
窓側、後ろから二番目。
...実は俺も、入学式の日に結構話した奴がいた。
そいつは俺のすぐ後ろの席で、やりこんでいるゲームがたまたま同じ。
すぐに仲良くなれそうな雰囲気で満ちていたし、入学式の日からまあまあ沢山喋ったんだから、この朝だって「おはよう」と朝の挨拶を交わすぐらい、普通なはずだ。
教室の端に着いて、自分の席に着くため、窓側の席がずらりと横に並んだ通路へと入り込む。
必然的に、窓側一番後ろの席のすぐ横を通った。
「。。。」
「。。。。。。」
黙ったまま、スッと横を通り過ぎる。
顔も向けない。
向こうも同じだった。
いや、向こうは顔も向けないどころか、彼女は俺の姿に気づくと反射的に軽く俯いた。
静かに椅子を引いて席に着く。
「......」
き、気まずい...。
どうしてこうなった!
◇◇◇
後ろの席の女「むらせ といろ」。
あの夜、俺は持っていたクラス分けのプリントを見てどういう字を当てるのか確認した。
やはり漢字は「村瀬 十色」!
俺は今、彼女がゲーム上での俺の宿敵【十色】その人なのではないかと疑っているのだ!
...根拠は3つ。
一つは単純に彼女の本名が十色だから。
二つ目は、入学式の日に俺のIDを言った瞬間何故か硬直したことだ。
三つめはこの前のゲーム中、俺が「村瀬?」と声をかけた直後から様子がおかしかったこと。
【十色】は俺が知る限り最低最悪なLoLプレイヤーの一人。
試合が有利だろうが不利だろうが気に入らない事があればすぐにチャットで毒を吐き散らかす。
その為俺も、敵としてマッチングし勝利した時などは決まって煽り返したりしていたので、ゲーム上での俺と【十色】はとても気まずいものだった。
俺のゲームIDを言った瞬間にすごい勢いで距離を取られたことには驚いたが、もし彼女が本当に【十色】ならそれも理解もできる。
ゲーム上だけの匿名の関係だと思っていたいつも暴言を吐いている相手が、高校で突然同じクラスの前の席になっていたのだから少しは動揺もするというものだろう...
二日目にしてはガヤガヤと、談笑の多い教室の中。
俺は真顔で、ただ机の上で俯きながら考える。
「......。」
入学式の日俺の肩をたたいて向こうから話しかけてきた村瀬。
しかし今はそんな気配は微塵も感じない。
俺の勝手な思い込みかもしれないが...
ど、どうしよう...
普通に直接聞いてみるか?
「十色ってアカウント村瀬さんですかー?」ってな感じで。
いや、それはないだろ!
相手はあの暴言厨かもしれないんだ。そんな気やすくヘラヘラ話しかけられるわけない!
それにもし違ったらだいぶ気まずい!
じゃあむしろ、何も疑ってなどいない振りをして、のらりくらり普通に過ごすか?
まだ村瀬が【十色】だと確定したわけではないんだ。
やはり全部俺の考えすぎということもあり得る。
村瀬 十色とゲーム上の【十色】は全くの別人で、なんだか距離を取られている感じがするのはまた別の理由があるのかもしれない。
何も疑ってなどいない様子を見せながら、まずはただのクラスメートとして接していき、【十色】が彼女のアカウントであるのかは後々確かめていく...
そんな立ち回りは...
いや、ダメだ!それもできない!
向こうは俺のIDを知っていて、さらに俺は金曜日にゲーム内で「村瀬さん?」って【十色】に直接聞いてしまった。
もし彼女が本当に【十色】なら、何も疑ってなどいない振りをして普通に接してくる俺はさぞ滑稽に見えるだろう。
もし彼女に舐められてしまっては最後だ...
村瀬は一生俺と関わろうとはしないだろう。
そんなことは許されない!
あのような暴言厨に... 現実世界ですら圧されるわけには絶対にいかないのだ!!!!
この女がもし本当に”奴”なのであれば、まず謝るべきは俺じゃなくて絶対にアイツ。
いつも試合のチャットを荒らしているのは向こうなのだから!
ガラガラ、教室の前のドアが開けられた。
「皆さんおはようございまーす!」
俺たちの担任になったゆみ先生が教室に入ってくる。
2日目である今日もやはり優し気だった先生の雰囲気を感じとって、そわそわしながらもクラスメイトのみんなが「おはようございます」と挨拶を返している。
他の人たちからは既に、これからの高校生活をちゃんとエンジョイしていける兆しを感じる。
俺はたかが後ろの席の女一人と、見えないバトルを繰り広げているというのに!
村瀬 十色。
顔だけ見れば随分可愛い...
そんな単なる見かけの特徴だけで、こいつはこれからクラスの中で絶大な影響力を及ぼすポテンシャルを秘めている!!
まずい...
こいつとこの気まずい関係のままクラスの親密度の状態がさらに進行すれば、自動的に不利になるのはただのインキャである俺!
後ろの席のカースト最上位、クラスのプリンセスに睨みつけられているままでは、ただのインキャどころか平和に学校生活を送る事すら危険に曝されてしまう!
一体どうすれば...
いや、答えは一つ、ピンチをチャンスに変えるのだ。
”こいつに自分が【十色】である事を認めさせ”、インターネット上で暴言を吐き散らかしているという弱みを利用して、逆におれが優位に立つのだ!
「それじゃあ、まず配布物があるので配っていきまーす」
ゆみ先生がプリントを前列の人たちに配っていき、前からプリントが回ってくる。
おい、俺はこのプリントを村瀬の方へ回さなければいけないのか!
くそ... やるしかない...!
前の人からプリントを受け取って、ササっと後ろに回す。
体だけを回して、目線は絶対に後ろへ持ってかない。
「......」
「………..」
無事、何事も無く村瀬はプリントを受け取った。
ハァ... ハァ...
よしクリア。
クソッ!しかし何故プリントを回すぐらいで緊張しなければならない!
どうにか隙を見つけなくては。
待っていろ、必ずお前の本性を暴いてやる!
◇◇◇
キーンコーンカーンコーン!
初めての高校のチャイムを聞くと、1限目の時間に突入した。
村瀬に関する問題も急務だが、平和に学校生活を送るためには勉強の方もある程度気にかけなければ。
せめて授業時間くらいは授業に集中していきたいが...
少しすると、教室の前のドアがまたガラガラと開き、真っ黒いサングラスをかけた何だか胡散臭い見た目の先生が入ってきた。
「え〜初めまして、皆さんの古典の授業を担当することになった川島です。よろしくお願いします」
高校最初の授業としてはなかなかインパクトが強い先生。
「え〜っとね、今日は最初の授業だから、具体的な内容には入りません。これから皆さんが高校で学ぶ古典というもに関してね、心構えみたいな、ざっくりとした説明をね、聞いてもらいたいと思っています」
見た目の割に話す様子は優しいが、一癖も二癖もありそうな変な先生だ。
この先生は板書の一つも行わず、独特な雰囲気で教室の天井のほうをじっと見つめながら延々と一人で話し続けた。
◇◇◇
「今のスマホだの、インターネットだののこの時代にね、古典なんか学んで何になるんだっていう奴ね。奴って言っちゃ悪いけど、そういう人多いと思います」
話が長い…
気持ちがダレて後ろの奴に甘えた動きを見せてしまいそうだ。
後ろに敵が座っているかもしれない以上、気を抜くわけにはいかないのに…
授業始まって何分だ?
まだ10分!?
はぁ、きつ過ぎる。
「けど、じゃあ実際古典を学ぶという事、それが何の役に立つんだっていうところ…」
先生が気持ちを込めながら話す。
古典を学ぶ意味、か…
分からないな、ぜひ聞いてみたいものだ。
「ちょっと、周りの人と話し合って考えてみてください」
うんうん…
え?周りの人と話し合え?
うわ、だるいやつきた…
まだ高校二日目で、みんなそんなに仲良くないのにそんな振り方するなよこの先生!
クソ… まあ隣の奴と適当に話して、誤魔化しながら時間を潰すしか…
隣の方を見ると、そこに座っていた男とすぐに目が合った。
背が高く、がっしりとしたいかにも運動部っぽい見た目の男だ。
「えっとぉ…」
彼とはまだ一度も話したことがない。
俺が話した時があるのは村瀬だけだ。
...まずい、何も考えていなかった。
一体何て切り出せば…
「吉田さんでしたっけ?」
「え、」
俺が根暗を発揮しかけていたところで、向こうのほうからこっちの苗字を呼んできた。
よく覚えてるないちいち、俺は何も覚えていないというのに。
いや、でもせっかく自己紹介なんてしたんだから、普通は隣の奴の苗字ぐらい覚えるのか?
そういえばあの時、俺は村瀬の外見に騙され、ヤツの事しか考えていなかった。
「えっとすみません、名前覚えるのが苦手なもんで…」
「八木でーす」
「あは… どうも八木さん…」
何だかグイグイ来るやつだ。
陽キャよりのガツガツした性格。
あまり俺と性格が合いそうな雰囲気はしないがまあ仕方ない、俺と性格が合う奴なんてむしろ殆どいないしな。
隣の席になったのだからなるべく俺の方からも気を使って、お互い平和に過ごせるように計らわなくては。
「それで、八木さん、古典を学ぶ意味ってことらしいですね... 何かありますか?」
俺は無難に切り出した。
古典を学ぶ意味か...
まあ適当なところ、昔のことを知ることが出来れば、今に生かせることもある... とかか?
分かんないけど。
『うーん...』
八木は不自然に、わざとらしくそう大きな声でそう唸った。
な、なんだこいつ。
俺にいきなりそう思わせるやいなや、突然大きな声で彼は宣言した。
「何もないんじゃないっすかぁ?!!古典を学ぶ意味なんてぇ!!」
うえっ?は?
な、何言っているんだこいつ!
「原始人の言葉を学ぶ意味なんて… なんにも無いない、ナイー!」
八木がニヤけながら大きな声でそう言った。
おい!声がでかいんだよ!先生に聞こえてしまうだろ!
いくら後ろの方の席だからと言え、はっちゃけすぎだ!
「えっと、ちょっと、どうなんでしょうかね~。ハハハ...」
困りながらも、愛想を悪くするわけにもいかないので適当に笑ってみせる。
はぁ... おいおい困ったな、いきなりウケ狙いか?
気まずいからやめてくれ、そんなウケ狙いを俺に向かってやっても面白くないだろ!俺はそんなにおいしい反応はできないぞ!
おそらくかなり引き攣った笑顔に…
なんでそんな無茶して笑いをとりにくるんだ!
入学したての高校で、初めての授業で、初対面だぞ!
無理をして周りを笑わせる意味なんて何も....
「ねえ!そうっすよねぇ!」
八木は突然、すぐ後ろに座っている女子2人の方に顔を向けた。
先ほどの大きな声で言った八木の言葉を聞いて、後ろのその2人も俺と同じように苦笑いしていたらしい。
それをきっかけに声をかけたようだ。
先生は隣の人と、ではなく周りの人と話し合えと言っていた、確かに大それた行動というわけもないが…
おいやめろ!そちらには村瀬、あの悪魔のような女が!
「古典なんて勉強しても絶対無駄ッスよねぇー!」
八木は後ろの方に向かってもう一度そう大きな声で言って、無理に笑わせた。
この感じ…
同調を求めているというより、ただ単に笑わせたいだけ?
それとも目立ちたいのか…?
いや、違う、これは…!!
「ねぇ?村瀬さんでしたっけ?そう思うっすよねぇ?」
こいつ村瀬を狙っているんだ!
可愛い見かけに騙されて、高校2日目にしてもうアプローチを…
奴がネット上では暴言を吐き散らかす悪魔だとも知らずに!
「ア、アハハ…」
そう村瀬が困った様子で適当に笑って見せる声が聞こえてきた。
あの暴言の神にしては大人しい反応だな…
クソ!!猫被りやがって…!!!!
「いやぁだって、古語とか勉強したところでいつ使うの?って感じじゃないですか?ねぇ?どう思います?えっとぉ…」
八木は人柄良さそうにそう言いながら、村瀬の隣の席の子にもそう声をかけた。
でもそっちの子の名前は覚えていないらしい。
ぐぬぬ、八木は無茶してでも俺より村瀬と話したいようだ。
やめてくれ、俺は村瀬の方へ顔を向けることすら気まずい状態…
その悪魔をいくら付け狙おうが俺は構わない。
だが頼む、アプローチはせめて俺の関係のないところで…
...いや、待てよ。
これはチャンスか?
そうだ、俺はこの女に十色であることを認めさせなければいけないのだ。
八木が村瀬をつけ狙っていることを利用すれば、こいつの化けの皮を剥がすことができるのではないか?
俺一人ではなくこのバカが一緒に攻勢に出てくれるこの状況であれば、村瀬にも比較的プレッシャーをかけやすい。開き直るのも難しいだろう。
何かこいつのゲーム上での素行の悪さに関わるワードをそれとなく会話に混ぜれば、冷や汗でもかき始めるかもしれん!
そしたらやはりこいつは【十色】で確定だ!
そこからさらに、
〜「おやおやどうしたんですか“十色”さん?随分慌てていますね?」
ってな感じで段々と付け込んでいき、奴に自分のIDが【十色】である事を認めさせる!
そして最後には、今まで俺に暴言を吐き続けた事に関して土下座でもしてもらおうか!
ふふふ、いいぞ!この手で行くぞ!!
「ハハハハ、そうですね、全く無駄というのもまた面白い意見だ。しかし、そうとも限らないんじゃないんでしょうか」
俺は足を横に大きく出して組みながら会話に参加した。
「おお…? 吉田さん、突然饒舌に喋るっすね…」
「いえいえ、俺はいつもこうですよ」
よし、少々強引だがとりあえず会話の輪に入った。
不自然な印象を与えてしまうかもしれないが、それでもいい。
俺はとうに人間関係など諦めているんだ。
「吉田さん、なんか意見があるみたいっすね」
「ええもちろん、つまりですね...」
さてと…
後は何か、もし村瀬が本当に【十色】なら何らかの反応を引き出せそうなワードを自然に選択して…
そうだな、ゲーム、ネット上での素行、暴言… 十色…
「だから… その… えっと…」
そうだな… そうだな…
何か反応が引き出せそうなワードを…
「やっぱり… 昔の事を知ることで、きっと今にも生かせることが…」
え、えっとー…
「あるんじゃないんでしょうか…」
ダメだ何も思いつかない。
古典とゲーム上での素行の話をどう結びつけろと言うのか。
不可能だ、どう足掻いても不自然な会話になってしまう!
誰にどう思われようがどうでもいいが、村瀬が本当に【十色】なのであればできる限りこちらから変な動きは見せたくない。
舐められたら、一巻の終わりだ...
「あー、なるほど…」
「……。」
まずい、会話に無理やり介入する為に八木の意見も否定していたのでかなり雰囲気も悪くなってしまった。
しかも俺が言ったのは勢いの割にパッとしない普通の意見!
そりゃ反応にも困る…
隣の八木に、後ろの村瀬、そして村瀬の隣の女子、みんなどう反応すればいいか分からず戸惑っている。
き、気まずい空気が...
何故こんな事に…
やばい、何か打開策を…!
「えー皆さん、どうでしょうか」
ちょうどその時、先生が話し合いを切り上げるようにそう促した。
た、助かった…
危ない、これならばまだ俺が挙動不審な奴だと思われただけで済んだな。
これ以上あの雰囲気が続いていたら完全に村瀬にっていうかみんなから舐められてしまうところだった。
「こっちは古典を学ぶ意味を考えろって言ってんのに、なんか意味ない意味ないって叫んでた人たちもいたみたいですが〜」
先生がなんとなくこちらに目を向けながらそう言った。
おい!俺たちのことだろ!
やっぱり聞こえてしまっていたじゃないか!
デカいんだよ声が!
「どうでしょうか皆さん、何か良い意見が出せた人いるか~?」
先生はいい意見が浮かんだ人に挙手をするようジェスチャーした。
はぁ全く、、これでは俺の印象まで悪く...
俺の平和な学校生活が危うい…
この八木とかいう奴、女子に話しかけるぐらいの事で無理しすぎだ...
それにしても俺の作戦もダメだった。
柔らかな日常会話の中でゲーム上の話を混ぜ込むのは難易度が高い。
何かもう少し近いきっかけが必要だ。
だが村瀬が人の関心を引きやすいことが分かった。
この魔女も、注意を向けられている間はあの悪魔のような本性を現すことはないだろう。
利用すれば、何か簡単に村瀬にボロを出させる方法があるはず。
待っていろ、俺は必ずこの女の所業を白日の元に引きづり出してみせる!