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「村瀬さん本当に大丈夫?」
「ほんとに大丈夫です。ただの寝不足ですから...!」
ゆみ先生が心配して、村瀬が大丈夫だと言い張る何度目かの問答。
ゆみ先生も担任として生徒が倒れたのを簡単に放っておくわけにもいかないのだろう、かなりしつこく一人で帰れるのかとか、病院に行かなくていいのかとか聞いているが、問題ないとしつこく言い張る村瀬を前にゆみ先生も諦めたようだ。
「そう、じゃあ私職員室戻るけど... ほんとに気を付けて帰ってね?」
「はい...」
「吉田君も」
「はい」
ゆみ先生は少し不安気な顔をしながらも保健室から出ていった。
シーンと静まった部屋の中に残るのは村瀬と俺の2人だけ。
放課からもうかれこれ1時間。ちょっと嫌がらせをした事を村瀬に謝るだけのつもりだったのに、ずいぶん振り回されたものだ。
いきなり気絶され、抱っこして運ぶ羽目に...。
何とか保健室まで運んで来たのに誰もいなかったときはかなり焦った。取り敢えず誰か先生を探して廊下を走っていたら最初にゆみ先生を見つけたので保健室に来るようにお願いして戻ってきたけど、戻って来たら村瀬が一人で勝手に目を覚ましていたので驚いた。
彼女が本当にもう大丈夫なのか俺も気がかりだだけど、様子を見る限りは確かに平気そうではある。
「じゃあ俺も帰るから」
ベッドの上に座っている村瀬にさりげなく声をかけた。
本人が大丈夫と言ってるなら、先生ならともかく俺がいつまでも気にかけている訳にもいかない。
それに俺がいる事自体が彼女の頭を締めてしまっている気もする。
今日は一旦お開きにして、お互い頭を休めるべきだ。
「あ...う、うん...」
村瀬がつぶやくようにそう返事を返してきた。
この大人しい女の子があの【十色】だなんて信じられない。俺は確かに最初は彼女を恐れていた。しかしどうみても気が弱そうだし、話し合いにしようと思ったら顔を真っ青にして気絶するし、今はもう小動物か何かに見える。
とにかく今日はもう解散だ。謝ろうとは思っていたけれど、もううやむやになってしまった感じがする。だからまた今度、俺は体の向きを変えて、ゆみ先生の後を追うように保健室の開けっ放しのドアへ向かった。
「あ、あの!ちょっと待って...!」
しかし出ていこうとしたとき、村瀬が後ろから呼び止めて来た。
振り返ってみると、彼女は慌ててベッドの周りをきょろきょろとして自分の上履きを探していた。見つけて足に履くと立ち上がり、俺の方に寄って来た。
「吉田... 君...!」
なれない様子で俺の苗字を呼んでくる。
「な、なに?」
聞き返してみると、村瀬は目線を外して下のほうに。
言いにくそうに口ごもりながら、どんどん顔を落としていく。
「あの... あの... 私...」
辛そうに言葉を進めながら、彼女はまたお辞儀でもするみたいに上体を落としはじめた。
「ちょ、ちょっとまって!ダメ!」
俺は少しだけ慌てて、でも大きな声は出さないように村瀬を止めた。
「待って!ストップ!」
「な、なんですか...!」
「いいから、いったん落ち着いて深呼吸してくれ」
「え?」
「あんまり気負わなくていいから、ゆっくり、ゆっくり言ってくれ...!」
「な、なんで...」
「だって... もしまた気絶したら!」
俺がそう言うと村瀬は恥ずかしそうに顔をそむけた。
「し、しないし...!」
「さっきしたじゃん!」
「してない...!」
「いや、して...。...まあいいか...」
気絶してないと言い張るのは変だけど、実際あれが気絶だったのか俺は判断できなかった。
変なことで言い争うのも嫌だし、彼女に負担もかけたくないので俺は一旦口を噤んで間をおいた。
「全く...。まあ元気そうで良かった。それで... なに?」
俺が再び持ち直すと、村瀬はまた口ごもりながらも、さっきよりは話しやすそうに口を開けると、戸惑いながらもいっきに言った。
「ごめんなさい...」
村瀬はそうはっきり謝った。
「え?何?気絶したこと?」
「ち、違う。そうじゃなくて... それもそう、だけど...」
村瀬が少し困った顔でこっちを見つめる。
「私、だから、その...ゲームで暴言を...」
彼女はそこまで言うとまたうつむいた。
「やっぱり、【十色】ってアカウント村瀬さんのなんだ」
一応聞いてみる。いまだ確固たる証拠はなかったが、実は違いましたなんてことはなく、彼女はやっぱり頷いた。
「うん」
「そっか」
村瀬十色。彼女がなぜ暴言を吐くのか分からない。その疑問は深まるばかり。
俺はゲーム上で暴言を吐く奴なんて碌じゃないと決め込んで嫌がらせをした。実際どうなのかは分からない。でも少なくとも村瀬は、気を失ってしまうほど思い悩みながらも謝罪した。
「いいよ」
彼女は顔を上げた。
「許してくれるの...?」
「うん。まあそもそもそんなに怒ってもないし」
「...怒ってないの?」
「怒ってない」
実際怒ってなんていなかった。怖がってはいたけど...
彼女はチャットこそ酷いものの常に勝利を目指して集中していた。俺はそこに関してはリスペクトすらしていたのだ。
「まあ俺だって... 煽ったりしたし...」
そう、思えば俺だってチャットを使ってわざわざ人に嫌な思いをさせたことは何回もあったのだ。十色の方がひどいからと言って、自分のことは棚に上げていた。
「だから... 謝るのは俺のほうだよ」
「え...?」
「今日の休み時間、嫌な感じで話しかけてごめん」
「あ... う、うん...」
村瀬は軽く微笑んだ。
また静まりかえる保健室の中。でもそんなに嫌な雰囲気ではなかった。
これで仲直りになるのかわからない。でも少なくとも後ろの席の女の子と仲たがいするなんてことにならずに済んだだろう。
「じゃあ、帰るから。村瀬さんも気を付けて」
「うん... じゃあね...!」
◇◇◇
一人進む帰り道。
まぶしい太陽と春先のひんやりとした風。
学校を出るのがみんな遅かったので、周りにほかの生徒は一人もいない。
雑音はたまにガーっと車が横を通るだけ。
悶々としていた入学式の帰りと同じ道。
でも今日は何だか少しだけ明るく見えた。
まあともあれ、これで片付いただろう。
「ふぅ、明日からはきっと平和な学校生活...」
キキキキーー!!
自転車のブレーキの音がなって、横に止まった。
びっくりしながらそっちを見てみると、乗っていた奴が下りてきて、横を歩き始めた。
「どうも」
「村瀬さん?帰りこっちの道だったの...?」
「うん」
彼女はそういうと黙った。
「な、なんか用ですか」
とりあえず、そう聞いてみる。
「別に、なにもないです」
何も用がないならなんで止まってきたのか。
帰り道が同じだとしても、自転車ならちょっと会釈するぐらいで通り過ぎていけばよかったのに。
「村瀬さん、えっと...」
どうしよう。
彼女が何も言わないなら俺が何か会話の話題を探らないと。
しかしそうである。よく考えれば、こと俺と彼女、...十色の間なら、話題に困ることなんてないのである。
そう、俺達には共通の趣味がある。おそらく世界で一番話題に尽きないゲーム【League of Legends】。
俺はとりあえず間を埋めるために、思いついたように話題を出した。
「そういえば...」
「うん...?」
「グ... グウェン!次のパッチで強化されるね...!」
十色のメインキャラグウェンは明後日のパッチで強化されることになっている。
彼女は生粋のグウェンOTP、さぞ喜んでいることに違いない。
この話題を振れば、話が弾むこと間違いなし!
「キモ」
彼女は平然と、静かにたった二文字そう返してきた。
「な、なんで!」
「リアルでゲームの話題振らないで」
「なにそのルール...。知らなかった」
じゃあ本当に何話せばいいんだよ。俺からゲームをとったらあまり残るものないぞ。
「で、でもさ。もとはといえば村瀬さんからLoLの話振ってきたじゃん、入学式の日...!」
俺はそう言い返すが、彼女は何の論理もなくサラリと言い返してきた。
「うるさい。オタク」
彼女はそういうとぴょんとジャンプして、自転車に乗りなおした。
まずい、何か彼女の気に食わないことを...
確かにオンラインゲームの話を外でするのは変な感じがする。でも周りに人がいる訳でもないし別にいいじゃん...
自転車に乗った彼女はとっとと漕いで行ってしまうのかと思いきや、俺が歩いてる速度に合わせてゆっくりとペダルを踏んでいた。
「じゃ、じゃあ村瀬さんは...」
それを見て話題を振りなおそうとしたところだったが、村瀬が遮ってきた。
「ねえ」
「え?」
「名前で呼んでくれない?」
「ええ!?どういう事?」
「私名前のほうが好きなんだよね」
「と、十色さん... ってこと...?」
「さんつけなくていいから」
「ハードル高いな...」
「別に、他のみんなにも言うし。...仲良くなったら」
彼女はそういうと上体を持ち上げてペダルを強く踏んだ。自転車の速度を上げていく。
横顔が見える最後のタイミングで彼女は俺に言った。
「じゃあね。また明日」
「あ、ああ...。また明日、と、十色...」
彼女は背中を向けたままどんどん離れていって、向こうの角を曲がって消えてった。
「なんか... 変な感じだな...何だこれ...」
◇◇◇
昔から一人でいる事が多かった。
誰と一緒にいても気を使って疲れちゃうから、私はいつも一人。
でも本当は一人が好きな訳なんかじゃない。
君を初めて見た時びっくりした。
入学式から教室に戻ってきて、眠そうな顔でOP:GGを開いて...
そんなの決まってる...
私とおんなじオタクだ!
だから柄にもなく積極的に話しかけちゃった。
私としたことが...
こんなに最低なのに、人に惹かれちゃうなんて。
こんな感情絶対ばれちゃだめだ!
私はちょっと強く自転車のペダルを踏んだ。




