第11章ー23
「……はあ?」
思わず声が漏れた。
せっかく収まりかけていた怒りが、再び胸の奥から湧き上がってくる。
サダメ・レールステンが魔王を殺す。
しかも俺より先に。
あまりにも馬鹿げていた。
笑えない冗談だ。
「……おちょくられたのが、そんなに癇に障ったか?」
怒りを押し殺しながら問い返す。
声は冷静だった。
少なくとも表面上は。
だが内心は違う。
苛立ちが止まらなかった。
レールステンが魔王を倒す?
あんな半端者が?
仲間に助けられ、運にも恵まれ、周囲に支えられているだけの男が?
十死怪を倒したと言っても、それは決して奴一人の功績ではない。
マヒロ・トーエン。
ミオ・チヤドール。
仲間達の力があったからこそ成し遂げられた結果だ。
にもかかわらず、まるで英雄のように扱われている。
正直、理解できなかった。
俺が魔王を倒すと言えば夢物語扱いされる。
だが、レールステンなら可能性があると本気で信じている。
矛盾している。
どう考えてもおかしい。
「実力だけの話をしてるんじゃねぇよ」
コールスタッシュが煙を吐きながら言った。
その声は意外なほど真面目だった。
「魔物ってのはな、魔法より厄介な武器を持ってる」
「……」
俺は眉をひそめる。
何を言い出すのかと思った。
魔法より厄介な武器?
そんなものがあるはずがない。
魔物最大の脅威は圧倒的な暴力だ。
力だ。
魔法だ。
それ以外に何がある。
「魔王も例外じゃねぇ」
「魔法より厄介な武器だと?」
思わず聞き返した。
するとコールスタッシュは迷いなく答える。
「言葉だ」
「――ッ!?」
一瞬、意味が理解できなかった。
言葉?
今、こいつは言葉と言ったのか?
「魔王の魔法も十分厄介だがな」
コールスタッシュは続ける。
「本当に怖ぇのはそっちじゃねぇ」
煙が夕暮れの空へ溶けていく。
「アイツらは言葉巧みに相手の心を折ってくる」
「……」
「いわゆる精神攻撃ってやつだ」
そこでコールスタッシュの視線が真っ直ぐ俺へ向いた。
「はっきり言うぞ」
その目は妙に鋭かった。
まるで俺の内側を見透かしているようで。
だから余計に気に入らない。
「今のお前の精神は脆い」
「……」
「そこを突かれたら最悪死ぬぞ」
沈黙が流れた。
だが俺は何も言わない。
いや、言えなかった。
馬鹿馬鹿しい。
本当に馬鹿馬鹿しい話だ。
言葉が武器?
精神攻撃?
そんなもの、人間だって同じだろう。
傷付ける言葉なら誰でも吐ける。
絶望を与える言葉なら人間の方が得意なくらいだ。
何を特別なことのように語っているのか。
失望した。
この男はもっと現実的な人間だと思っていた。
だが違った。
随分と抽象的な話をする。
……そう思ったはずだった。
なのに。
どうしてだろう。
胸の奥に小さな棘が刺さったような感覚が残る。
それが妙に不快だった。
「……じゃあ」
俺は低く呟く。
「アイツは大丈夫だっていうのか?」
自然と口から出た言葉だった。
まるで確認するように。
まるで否定してほしいかのように。
コールスタッシュの言い方では、まるでサダメの精神は強いと言っているようなものだ。
そんなはずがない。
そう思いたかった。
その時だった。
不意に脳裏へ浮かぶ言葉があった。
――だって、サダメは勇者になる道を選んだんだもの!
ミオ・チヤドール。
期末試験の時に聞いた言葉だ。
家族を魔物に殺され。
父親の仇も未だ生きている。
それでも復讐ではなく、人を救う道を選んだ。
だから勇者なのだと。
チヤドールはそう言っていた。
だが、それは所詮第三者の言葉だ。
本人から聞いたわけじゃない。
都合よく解釈しているだけかもしれない。
勇者に助けられた子供が勇者に憧れる。
そんな話は珍しくもない。
よくある話だ。
だからレールステンも同じなのだろう。
そう思っていた。
俺以外なら。
俺だけは違った。
勇者に救われたからこそ。
俺は勇者という存在を信じられなくなった。
だから同じはずがない。
そう思っていたのに――。
「人である以上」
コールスタッシュが静かに口を開く。
「挫折も後悔も腐るほど経験する」
その声に先程までの軽薄さはなかった。
教師としてでもない。
まるで何かを知る者の口調だった。
「勇者になるなら尚更だ」
「……」
「耐えるには強い精神が必要だろうな」
俺は黙って聞いていた。
気付けば反論する気も失せていた。
「だがな」
コールスタッシュは続ける。
「それでも心は折れる」
当たり前のように言った。
絶対に折れない人間など存在しないと。
そう言っているようだった。
「重要なのはそこじゃねぇ」
煙草の火が小さく揺れる。
「そこから立ち上がる勇気だ」
その言葉に。
なぜか胸がざわついた。
「アイツにはそれがある」
断言だった。
迷いも躊躇いもない。
「何度絶望しても立ち上がる」
「……」
「最後には自分の力で絶望をぶち壊す」
コールスタッシュは笑った。
どこか誇らしげに。
「そういう奴が勇者には必要なんだよ」
そして。
その視線が再び俺へ向く。
「魔王を倒すためにもな」
俺は何も言わなかった。
いや。
言えなかった。
「お前は違う」
静かな声だった。
責めるでもなく。
見下すでもなく。
ただ事実を告げるように。
「お前は過去の絶望に囚われてる」
胸の奥が嫌な音を立てる。
「まだ抜け出せてねぇ」
知らないはずだ。
この男は何も知らない。
俺の過去も。
俺が見てきたものも。
何一つ。
それなのに。
どうしてそんなことを言える。
「だからお前には魔王を殺せねぇ」
コールスタッシュはそう言った。
そして最後に付け加える。
「少なくとも今はな」
沈黙。
風が吹く。
夕陽が校舎を赤く染めている。
なのに妙に寒かった。
胸の奥がざわついて仕方ない。
鬱陶しい。
本当に鬱陶しい男だ。
だが――。
俺にはどうしても気になることがあった。
最初からだ。
この男は何かを知りすぎている。
ただの教師には思えない。
まるで。
絶望を知っている人間のような口振りだった。
だから俺は問い掛ける。
「……あんた」
コールスタッシュの目を見る。
「一体、何者だ?」
その問いに対し。
夕暮れの中で、コールスタッシュは小さく煙を吐いた。




