第3章ー⑰
「勇者……だとぉ?」
ダークボルトはその言葉を聞いた瞬間、わずかに目を見開いた。しかし次の刹那、口角を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべる。
「こいつぁラッキーだぜ。ちょうどてめぇのことを探してたんだよ」
鍔迫り合いの最中にもかかわらず、ダークボルトは愉快そうに勇者へ話しかけていた。そういえばこいつは、勇者と戦うためにここへ現れたのだったか。どうやら奴は筋金入りの戦闘狂らしい。
「俺と一対一で殺り合おうぜ、勇者さまよぉ?!」
下卑た笑みを浮かべ、ダークボルトは堂々とタイマン勝負を挑んでくる。怖いもの知らずなのか、それとも純粋に戦いを楽しんでいるだけなのか。どちらにせよ、今まで出会った魔物の中でも群を抜いてイカれている。エイシャなら、こんな悠長なやり取りをせず即座に奇襲で仕留めようとしていただろうが。
「グランドのジジイと殺ってきたんだろ? あの説教じじい、口はうるせぇが戦闘力は十死怪の中でもトップクラスだったんだぜ。そんな奴を殺したアンタなら、最高の殺し合いができるんじゃねえのか?」
その話は自分も耳にしていた。十死怪の一人――グランドオーダーが勇者の手で討たれた。それを知って、他の十死怪が拠点を捨てて逃走を始めたのだ。そしてその途中で、俺たちを殺そうとした。
勇者がこの場所へ向かっているとは聞いていたが、よく俺たちの存在に気づけたものだ。街道から外れたこの場所は、人が立ち寄るような所ではない。音を聞いただけで状況を正確に把握できるはずがない。相当高度な魔力感知の使い手なのか、あるいは数え切れない修羅場を越えてきた経験か。どちらにせよ――本物だ。
「俺は構わないが――そっちは本当にそれを望んでいるのか?」
「あ゛あ゛ん?」
勇者はダークボルトの提案を受け入れつつ、意味深な問いを投げかけた。俺たちも、ダークボルトも、その真意を測りかねる。
次の瞬間。
「『【黒影多槍】!』」
「ッ!?」
「ちっ!?」
地面から突如、無数の黒槍が噴き上がる。エイシャの影魔法――勇者と俺たちをまとめて貫かんとする奇襲。
だがダークボルトは即座に跳び退き、勇者は一切動揺することなく、飛来する影槍を正確に弾き返した。
前触れなく放たれたはずの攻撃。それを完全に捉え、無傷で対処する――俺たちが気づきもしなかった攻撃に、勇者は既に反応していたのだ。
「『……私の奇襲に動じないとは。相当、魔力感知に優れているようですね』」
影がほどけ、再び人の形へと収束する。エイシャが悠然と二人の間へ姿を現した。声は落ち着いている――すでに傷は癒え、万全の状態なのだろう。
「……エイシャ、てめぇ……」
最悪だ。十死怪が二人。俺たちが割り込める戦場ではない。あの時、エイシャを仕留めきれなかった自分を呪いたくなる。
「『それに――そこの二人も始末し損ねましたか。厄介な魔法まで使われるとは』」
エイシャがこちらを指差す。先ほど放たれた黒槍は、茜色の結界と鳥の巣状の魔法陣によってすべて弾かれていた。治癒と結界を兼ね備えた複合魔法――勇者のものだろう。俺たちは生き延びている。
「正確には、魔力の流れを読んだだけだ」
勇者が淡々と語る。
「どれだけ魔力を隠しても、空気中の魔力の流れは完全には誤魔化せない。影で移動する際、その上の空気がわずかに不自然な動きをする。それに気づいただけの話だ」
「『……なるほど。常人には理解できない理屈ですね』」
エイシャが素直に感心する。確かに、そんな感知は父ですら成し得なかった。――この勇者は、想像以上の怪物だ。
「……んな話、どぉでもいいんだよぉぉぉ」
黒雷が爆ぜる。
ダークボルトが怒りのオーラを全身から噴き上げていた。先ほどとは比べものにならない威圧感。
「おい、てめぇ。今、俺ごと殺ろうとしただろ?」
その怒りの矛先は――仲間であるはずのエイシャ。
「『貴方があそこに居座っていたので、仕方なくですが?』」
「あ゛あ゛ん?!」
皮肉交じりの返答に、ダークボルトの殺気がさらに膨れ上がる。仲間割れ――いや、元から共闘の意思など無かったのだろう。
「黙ってろよ、雑魚が」
「『……何?』」
空気が凍る。
「ガキ一人に手こずってるような奴に、“雑魚”以外の呼び方があるかよぉ?」
「『きっ……さまぁ……』」
痛いところを突かれ、エイシャは言葉を失う。完全に立場が逆転した。
「分かったら手ぇ出すんじゃねぇぞ、雑魚」
「『……勝手にしろ。泣いて助けを乞いても、私は助けんぞ』」
「へっ。雑魚に助けを乞うくらいなら、死んだ方がマシだ」
沈黙。
影は静かに後退し、エイシャは戦線から離れる。その背中が、どこか孤独に見えた――もちろん、実際に顔は見えていないのだが。
「話は終わったか?」
口論が終わるのを待っていたかのように、勇者が問いかける。流石というべきか、この異常な空気の中でも冷静さを崩さない。
「ああ。遅くなってわりぃな、勇者さま」
ダークボルトが獰猛に笑う。
「それじゃあ――始めようぜ」
「一対一の殺し合いを!」




