第10章ー81
「サダメッ?!」
マヒロの叫びが、遠くから響いてくるように聞こえた。
ぼやける視界の中で、彼女がこちらへ駆け寄ってくるのが分かる。焦燥に歪んだ表情――あんな顔をさせている時点で、自分の状態がただ事ではないことは理解できた。
「……っ、が……!」
息を吸おうとした瞬間、喉の奥から鉄の味が込み上げる。
「がはっ!?」
堪えきれずに吐き出したそれは、やはり血だった。鮮やかな赤が地面を濡らし、自分の視界と同じ色で広がっていく。
「サダメ?! 何事でござるか?!」
マヒロがすぐ傍まで来て、肩を支えようとする。だが、その手の感触すらどこか遠い。
――おかしい。
頭が、割れるように痛い。
さっきから感じていた鈍い痛みが、今や明確な“異常”として全身を蝕んでいる。
視界が赤く染まったのは、外からではない。
内側からだ。
「……血、か……」
かすれた声で呟く。
どういう状態かまでは分からない。だが、視界を覆うこの赤は、おそらく自分自身の血だ。
頭部からの出血。いや、それだけじゃない。
全身のあちこちに、妙な違和感が走っている。
内側から、何かが崩れているような――
「ぐっ……!」
膝が限界を迎え、そのまま地面に崩れ落ちる。
力が入らない。
まともに立つことすらできない。
「な……んで……だ……」
途切れ途切れに、言葉が漏れる。
理解が追いつかない。
確かに、ブラムの攻撃は受けていない。直前の一撃も、完璧に決まったはずだ。魔力の制御も問題なかった。
それなのに――
どうして、自分の身体がこうなっている。
「……まさ、か……」
脳裏に、一つの可能性が浮かぶ。
――容量。
自分の肉体が、あの力を受け止めきれていなかったのではないか。
「……くそ……」
思い返せば、あの一撃は明らかに異質だった。
いつもの炎とは違う。もっと濃く、重く、圧倒的な“何か”。太陽の魔力(仮)と呼んでいたそれは、確かに強力だった。
だが――
強すぎた。
「……身体が……耐えられて、ねぇ……」
低く、吐き捨てる。
今、その魔力が自分の肉体を内側から蝕んでいる。
まるで、毒のように。
魔障結界に近い原理――そう考えれば、辻褄は合う。
「サダメ?! しっかりするでござる! 拙者の声、聞こえているでござるか?!」
マヒロの声が、すぐ傍で響く。
必死に呼びかけてくれているのが分かる。
だが――
今は、それどころじゃない。
「……マヒロ……」
かろうじて顔を上げ、ブラムの方を指差す。
「急いで……あいつに……トドメを……」
声が震える。
まともに言葉を紡ぐのも、これが限界だ。
今ならまだ間に合う。
ブラムは致命傷を負っている。再生も阻害されているはずだ。この状態なら、マヒロの一撃でも十分に決定打になる。
だから――
「頼む……はやく……しないと……あいつが……」
焦りが募る。
嫌な予感が、胸の奥で膨れ上がっていく。
「し、しかし……!」
マヒロが躊躇う。
当然だ。目の前で仲間が血を吐き、崩れ落ちているのだ。放っておけるはずがない。
その気持ちは分かる。
だが――
「……マヒ…ロッ……!」
絞り出すように言う。
ここで優先すべきは、自分じゃない。
ブラムを倒すことだ。
そうしなければ――
今までの戦いが、全て無駄になる。
「砕け!」
「ッ!?」
その瞬間だった。
嫌な予感が、現実になる。
ブラムの詠唱が、最後まで紡がれた。
次の瞬間――
周囲を覆っていた魔導結界の血が、一斉に剥がれ落ちた。
「なっ……!?」
それらはまるで意思を持つかのように、一直線にブラムへと収束していく。
赤い奔流。
それが、あっという間に奴の身体を包み込む。
「自分の……結界を……?」
思わず呟く。
あれほどの領域を、自ら崩す。
一体、何をするつもりだ。
理解が追いつかない。
だが、直感が告げている。
――まずい。
次の瞬間、その答えが現れた。
「【血皇装】」
低く、響く声。
そして――
血の奔流が形を変える。
液体だったはずのそれが、固まり、組み上がり、重なり合う。
鎧だ。
赤黒い血が、禍々しい装甲へと変貌していく。
やがてそれは、完全な“姿”を成した。
「……そんな……」
言葉を失う。
そこに立っていたのは、もはや満身創痍の吸血鬼ではない。
血を纏いし、異形の戦士。
先ほどまでとは比べ物にならない圧力が、その場を支配する。
――間に合わなかった。
その事実だけが、重く胸にのしかかった。




