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転生勇者が死ぬまで10000日  作者: 慶名 安
0章 死別編
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第0章

  身体が重い。引力に逆らえず、背中が地面にへばり付いているかのように重い。おかげで身動き一つ取れない。ここまで身体が重たく感じるのは初めてだ。しかも、こんな町中でなってしまうとは…って、なんで町中で這いつくばってるんだ俺?と、アスファルトのゴツゴツとした固さを感じながら、事の始まりを思い返す。


 「はー、今日もつっかれたー」


 岩倉運命さだめ、27歳フリーター。独身、交際歴なし。地元暮らしだが、実家とは離れたアパートで一人暮らしをしており、地元のスーパーで働くごくごく普通の社会人が自分である。今日もいつも通り労働を終え、家に帰る道中のことであった。


 仕事帰りはいつも通り徒歩で帰り、帰りの道中はイヤホンをしながら音楽を聴き、ツイッターを漁るのが習慣化していた。家から職場まではそこまで遠くないから、ちょっとぐらいなら別に大丈夫だろうと過信していた。


 「ん?」


 ふと視線をスマホから外し、正面を向くと、グレーのパーカーを着た怪しげな人物がこちらに早歩きで向かって来ていた。深々とフードを被り、夜道の影響もあってか顔がまったく見えず、性別も年齢も把握出来ない。小柄だが体型はしっかりとしているし、10代半ばか後半ぐらいの子供だろうか。


 不審だとは一瞬思ったが、急いでいるのかと思い気にしないようにしようとしていたが、明らかに自分に向かって来ている。なにより、その人物の手元を見ると、刃物を握ってる。


 なんで俺が? 刃物を見た瞬間、恐怖で身体が固まり、このような状況に陥った理由を必死に思い出そうとしていた。が、なにも心当たりがない。そもそも、人に恨まれるようなことをした覚えなんて何一つない。悲しい話だが、交流関係のある人は、職場の数人の従業員と自分の両親、あとはたまに顔を見せに来る親戚ぐらい。学生時代の友人たちとは高校を卒業してからほぼ無縁である。


 そんな自分がなぜ狙われているのか、この人物はどこの誰なのか、考えても無駄なことを頻りに考える。頭がパニックになって余計なことばかり考えてしまう。


 「ゔっっ!?」


 余計なこと考えている間に相手が持っていた刃物が自分の胸部に刺さっていく。


 「あっ、がっ…ぁぁぁぁ…!?」


 刺された瞬間、激痛と共に息苦しさを感じる。その状態でその場に後ろに倒れる。激痛よりも息苦しさの方が勝って、過呼吸が激しくなっていく。酸素を取り入れようとするが、左肺か心臓の方を刺されて酸素が上手く取り込めない。ダメだ、このままだと本当に死…


 「残念だったね、おじさん」


 「…ああっ…?」


 ぬかるみかもしれないと思っていた最中、自分を刺して来た本人が嘲笑しながら話しかけてきた。声からして少年だろうか。自分が地面に倒れたおかげというべきなのか、相手の顔もハッキリとではないが見えてきた。


 子犬のような愛くるしい幼い顔立ち、年齢は10代前半といったところだろうか。当然だが、こんな子との面識は一切ない。


 「おじさん、独身でしょう? 他の人と一緒に居るところ全然見ないから友達とかも居ないってところかな? なら、こっちとしても都合がいいんだけど」


 この子、自分のことをある程度知ってるようだ。ということは近所の子か? 自分のことを監視していたのか? なんのために? 金目的なのか?


 「な…なん…で…」


 「んん?」


 搾り出すような声で少年に問いかける。人気が全くないこの状況で助けを呼べるほどの余裕は残ってない。だからせめて、目的だけでも知っておきたかった。ひょっとしたら自分が知らないうちにこの少年に粗相を起こしたからではないのだろうかと、その考えがわずかながらにあった以上スッキリしないまま死にたくない。


 この少年の殺人はある程度計画されていることだ。それだけのことを自分は…


 「ああ、なんで自分が刺されたのか知りたいワケ? んー、そうだなあ…」


 少年は自分の言葉の意味を理解していたが、答えに悩んでいた。殺した理由を説明するのがそんなに難しいことなのだろうか?


 「んー、特にないかなー」


 「…はっ?」


 少し考えていたようだが、少年の答えはなにもなかった。俺を狙ってたわけじゃないのか?


 「まあ強いていうなら、殺しやすそうだったから?」


 「こ…ろしや…すい…?」


 「おじさんぼっちだし、帰りがちょっと遅い時間帯とかあるじゃん? 夜9以降は車の通りも滅茶苦茶少ないし、歩いてる人なんておじさん以外滅多に見ないし、なら狙うのはおじさんの方がいいでしょ?」


 「…」


 なにを言ってるのか理解出来なかった。殺しやすそうだったから殺した? だからって本当にそれだけの理由で殺すか普通?


 いや、多分この少年は普通じゃない。人を刺しておいてへらへらしてる時点で頭がおかしい。こいつに罪悪感とかなにもないのか?


 「実は人殺しに興味あってさー、今日初めて殺しやってみたんだけど、なんか思ってたのと違うなー」


 最早喋る気力すら無くなってきてる自分に、自分語りを始める少年。こいつの話を聞いてると嫌な気分になりそうだから、早く殺すなら殺してくれといつのまにか願望している自分が居た。


 「なんかイマイチ爽快感がないっていうか、包丁だと手に変な触感があるんだよねー。牛のブロック肉刺したときとも少し違うし。ちょっとそこはガッカリだったかなー。あっ、でも、おじさんが苦しんでる姿を見るのは中々面白いよ」


 この少年はきっと、ゲームの世界と現実の世界がごちゃごちゃになってしまってるタイプなのかもしれない。ゲームで相手を殺したときと現実で人を殺すことが一緒なわけがない。その辺は本当に殺したことない人でもわかることだ。爽快感なんてあるわけがない。この少年はそれを理解出来ず、このようなことをしてしまったのだろう。


 ただ、この少年には罪悪感なんてものは感じられなかった。刺した相手の前で感想なんか語ってる時点でそう思った。


 「やっぱ銃とか爆弾とかの方が触らずに済むし、そっちの方が気持ちいいのかな? けど、この国だと銃とか入手難易度激やばだし、どうすっかなー」


 挙句には次の殺人まで堂々と企てる始末。まるでイタズラを仕掛けるいたずらっ子のようだ。やってることがイタズラでは到底すまされないことをしているが。


 もはや自分を殺したことなんてどうでもよくなっているようで、それが自分にとって人生最大の屈辱となり、心の中で地獄へ落ちろと何回も呪いを掛けるように連呼していた。


 「ゔっ!? はあ、はあ、はあ…!?」


 そんなわずかな抵抗も空しく、そろそろ自分も限界が来ていた。くそ、せめてこいつが捕まることを願うばかりだが、年齢によっては少年法が通じない可能性もあるとかなんとか聞いたことがあるし、この少年がしかるべき罰を受けることを願う。


 「おじさんとはもうお別れみたいだね。今度は僕みたいなやつに会わない事を願ってるよ」


 少年は最後にそう言って、この場を立ち去って行った。自分で殺しておいてよくそんなセリフが言えたものだ。


 「ぢ、ぐしょぅ…」


 そしてこれが自分の、岩倉運命の最後の言葉だった。誰にも聞こえるわけがなかったが、どうしても言わずにはいられなかった言葉だった。


 来世があるのかしらんが、その時は、あんな頭のイカれたやつに殺される人生は送りたくないと思いながらゆっくりまぶたを閉じた。






























 『本日早朝、〇〇県〇〇丁〇〇で二人の遺体が歩道に横たわっていると119番通報がありました。警察によりますと、一人は20代男性のもので、もう一人は10代の少年と見られており、10代の少年は手に刃物が握られており、警察は…』


 ―勇者が死ぬまで、残り10000日

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