21 いつまでも見苦しい伊周はお母さんと一緒は許されず、枕草子誕生し、為時は越前の問題に慄き、まひろは道長を呼び出す。
ドラマのネタバレをしてますので、お嫌なかたは回れ右を。
私見がかなり入ってますので、それも嫌な方は回れ右を。
第二十一回 旅立ち
梅雨入り前とはいえ、曇りの日が多く、湿度が高い。どうにも蒸し蒸しするので、冷たいお菓子を用意した。去年作った梅エキスをゼラチンで固めたゼリーだ。中に、エキスを取り出すために砂糖漬けされた梅を入れてある。ガラスの器が涼しそうだ。
準備をして、扉を見る。そろそろ終わる頃だが、なかなか静かだ。いっそ、悲鳴かなにかをあげてくれれば、開け易いのだけど、まあ仕方ない。
ゼリーをトレイに載せて、扉をそっと開ける。梅里様は、ぱっとこちらを見て、笑顔になった。
「いよいよ来週から越前編だ!」
「越前……へ行くんですか?」
「為時が越前の国司になって、まひろもついて行ったんだ」
「ええと、史実でも?」
「そうだな。史実でも着いていっている」
お姫様は、屋敷の外には出たがらないものだと思っていた。話を聞くに、まひろは結構あっちこっちに行っているがそれはドラマ上のことだと思っていたのだ。
「どっかお寺も行きましたよね、あれでも驚いたのですけど、越前まで」
「琵琶湖を船で渡るんだ。琵琶を弾いていたぞ」
「え、じゃあ今回はまひろが移動しているときの話なんですか?」
「いやいや、さすがにそれは最後のほうだ。今日のメインは、『長徳の変』の続きと、『枕草子』爆誕だな」
ばくたん…。あ。
「『枕草子』ってもう書いてるものだと思ってました」
清少納言が定子の元で働くようになってすぐだと思っていた。
「違うぞ。『枕草子』は、定子が辛い目に合い始めてから書かれたんだ。それが、とても美しく描かれていてな…」
梅里様はため息を一つこぼす。
「前回、実資(さねすけ)たち検非違使が来る前に逃げた伊周(これちか)だが、いくら探しても見つからない。もしかして戻ってきているかもしれないと行ってみると僧の姿で現れる。そして出家したのだから、大宰府へ行くことはできないという。だが実資がかぶっている布を取り外すと、髪はまったく切っていない。これから切るところだと言い訳をする」
布を被っているというのを聞いて思い浮かんだのは、弁慶の姿だった。
「定子が見苦しいと言って、ようやく母親が……貴子(たかこ)が母も一緒に行くという」
子供か…。
「だが、帝はそれに反対し、母親を連れ戻せと言う。一緒には行かせぬと。この伊周が、本当に見苦しいんだ。往生際が悪く、あきらめも悪い。ここまでくると、憐れすぎて、同情してしまうほどだ」
憐れすぎて同情…
「なんというか。人目もはばからず泣くしわめく。もっともらしい言い訳をするでもなく、いやだいやだと言う。みっともなさもここに極まれりで、せっかくの美形が台無しだ」
普通、ここにくるまで態度の悪さが目立った人物がみっともない態度を取るようになっても、同情なんてしないんじゃないかしら…
「だが定子は、帝に対しての申し訳なさのほうが強かったのではないかと思う」
「髪を切ったのも、きっとそういう思いですよね」
「兄の見苦しさも、母の行動も、おそらく定子には帝がどう考えるのか分かったのではないだろうか」
自分の身内が、帝に対して不敬な行いをしていることに対する恥ずかしさ、申し訳なさ。自分を許すとなると、周囲からの批判も受けるだろう。それを考えた結果の行動。
「原因は不明だが、定子の住まいが火事になる」
「え」
「SNSでは、定子自身が火を放ったのではという意見も見たが、その可能性はあると思う。この時、ききょうは定子の元に戻って来ていて、逃げようと促すんだ」
「確か、実家に帰らされてたんですよね?」
「うむ。だが、まひろと髪を切った場面を見たせいか、もう二度と離れないと言ってな。定子はダメだというのだが、それなら自分も出家すると脅したんだ。伊周が僧の姿で捕まった時は既にいて、定子が身ごもっていることに気づいていた」
「……帝との」
「そうだな。定子が自分もこのまま死ぬと言うのを、お腹の子を守らねばならぬと言って説得するんだ。定子は、自分の身はどうなっても良いと思っていたのかもしれぬ。だが、胎の子を死なせることはできなかったのだろう。火事から逃げて助かる。助かるんだが、気力が無くなったように床に臥せったままになるんだ。ききょうがここで、春はあけぼの、と書きはじめる。美しい紙にしたため、一枚、枕元に置くんだ」
ききょうは、定子を励ますために。
「もちろんこれは、このドラマの解釈で、実際は違うのかもしれないのだが」
梅里様はそう断りを入れる。
「書かれたのは、このタイミングなのは確からしい。御簾の中に差し入れられた紙に……定子が気づく。つぎに書くのは夏の段だ。蛍が舞い飛ぶ夜に、定子が起き上がって読む。秋には枯れ葉が舞うのを、しっかりと起き上がって読む。これが、とても美しいんだ」
ききょうの文章が、定子を力づけていったということか。
「セリフが無いまま、音と映像だけでな。思わず泣いてしまったぞ」
爆誕……。
「これは、後で観ような」
な、と何故か観ることが決定してしまった…。
「『長徳の変』は伊周が母から離されて大宰府に送られたところで、とりあえず一旦終了。為時について越前に一緒に行くことを決めたまひろは、道長を呼び出すんだ」
「え、この前、話もせずに帰ったんですよね?」
「うん。今回は、どうしても確かめたいことがあったらしい。……まひろは、遊びにきた宣孝(のぶたか)にその場で見ていたことを告げるんだ。最初は下世話に中宮の容姿を訊ねていたが、まひろが怒るので政治的な話に変えるんだ。今回の件で誰が一番得をしたのだろう、と」
道長は右大臣、目の上のたんこぶ的伊周・隆家兄弟が失脚…。
「そう、道長が得をした。つまり、道長が仕組んだことではないか、と宣孝は言うんだ。まひろは、それを確かめたいと考えた」
「きっと、越前へ旅立つ前だから、ですね」
「おそらくな。夜、いつもの六条邸で、二人は会う。やってきた道長にまず父のことを感謝し、それから道長が仕組んだことなのかと問う。道長は、その通りだと言うのだが、まひろはそれが嘘だと見抜くんだ」
「……あら」
「つまらぬことを訊いたと、詫びてな。さすがのソウルメイトだ」
嘘を見抜く間柄なのか、道長が嘘が下手なのか…
「まあ、ずっと好きだったと、十年前に妾になることも断ってから後悔していたと、越前で生まれ変わりたいと言ったあと、自分から道長に口づけていたがな。正直二人の仲はよく分らぬ」
「あと、そうだな。倫子(ともこ)は今日も恐かったぞ」
ふと思い出したように梅里様はそう言った。
「詮子(あきこ)と倫子と三人で、出家した定子の代わりに誰を入内させるかという話をしていたのだが、唐突ともいえるタイミングで『あの呪詛は不思議だった』と言い出すんだ。詮子も道長も固まる。さらに、『兼家(かねいえ)も詮子も仮病が得意のようだ』と続ける。くすくすとほがらかに笑いながらだ」
「おおー」
猛者だ…。
「な? 恐いだろう?」
思わずうんうんと頷いてしまうのだった。
「為時は、出発前に道長に呼ばれて、越前の状況と、内裏の意向を聞かされる。最初若狭にやってきた宋人七十名を越前へ移した。商人と言うが確証はないし、これ以上港を開くつもりもない。穏便に帰すのが仕事だ、と」
「……為時には、荷が重いのでは」
今まで聞かされてきた、お人よしの正直者には、難しいような気がする。
「さてなあ。吾もそう思わないでもないが、道長の言葉を受け、為時は考え込むようになる。そしてな、越前についてすぐ、国府ではなく、松原客館に向かうんだ。宋人たちが逗留しているところだな」
「うまく話をつけられそうですか?」
「着いて、宋語で声をかけたところで今回は終わり。活躍については来週……明日以降だな」
梅里様は少し楽しそうにそう言い、
「それでな、騒いでいた宋人の中に一人、壁に寄りかかっている若い男がいてな」
「? はい」
「おそらくこの男が来週から活躍する」
さらに楽しそうに言う。そこで気づいた。
「……有名な俳優さんなんですね?」
「うん。有名な、脇役にしても重要な役どころだろう俳優を、意味ありげに映しているからな!」
よかったですねえ、という言葉を飲み込んで、曖昧に笑っておいた。
そして、私は、枕草子爆誕のシーンを見せていただいた。梅里様はゼリーの中に入っていた梅を食べていた。少し煮たので果実は柔らかくなっていて食べやすいはずだ。頭の隅でそんなことを考えながら、美しいシーンに見入った。これは、泣かずにはいられない。
恨みがましく視線を向けると、梅里様は満足そうに微笑んだのだった。




