9話 ~奇跡の花~
焼け焦げ踏みつぶされた食人アフライ、そして冒険者ロドヒだったものの残骸。あまりにもひどい見た目だが魔物の死体自体は冒険者ギルドで働いているユウキは何度も見たことがある。しかしそれだけでは終わらなかった。
肉塊が動き始めたのだ。
「ギュッギュッギュッ」という聞いたこともない音がして、肉の残骸は動きながら姿を変え色を変える。まず人の腕くらい太さの根が生えてニュロニュロと雪の下へ潜っていく。そして血管のようにドクドクと脈動しながらどんどん太くなっていく。根から白い蕾があらわれた思ったら、それを中心にして白い斑点を持った赤い5枚の花びら。
人を喰う魔物の肉塊は地面の上に大きな赤い花を咲かせた。
「なんですかこれは………」
信じられないくらいにあまりにもグロテスクな花だった。
「これが月聖花というやつなのか」
「え!?」
「何を驚いているんだい?誰がどう見ても花じゃないか、さっき言っていたじゃないか。これを探していたんだろう?」
「は、花ですけど、確かに花ですけど、僕が利いていたのとはだいぶ違うんです」
「これじゃないのかい?」
「僕が聞いていた話ではまず月聖花は真っ白なんです。そして月の光を固めたような冷たい光をうっすらと放つ真っ白な花びらを持つ水仙に似た花だと聞きました、それが、こんな………」
地面から緑色の細い茎が伸びて、そこから真っ白な花を咲かせるのだと思っていたが、目の前にあるそれは茎は無くて地面の上に直接花びらがのっかっている。その花びらも斑点のある赤い花びらだし、あまりにも大きい。
「それじゃあ諦めるのかい?」
「そ、それは」
「ほかには花なんて咲いてるようには見えないけどね」
改めて周囲を見渡してみるとその通りだ。あまりにも色々なことが起きすぎてわからなくなっていたが、それが無いのは大問題だ。
「そうですね」
「俺だったらこれを持って帰るけどね」
「本当ですか?!」
「しょうがないじゃないか。他にはなにも見当たらないからね、このまま手ぶらで戻るよりは何か持って帰った方がいいと思うよ。花であることには変わりないんだし、たまたま色と形が聞いていた話と違うかもしれないけど色々種類があるのかもしれないからね」
「はぁ………なるほど」
「こんな雪山で花咲いている時点でおかしいよ。きっと何らかの力を持った花ではあるんだと思うよ」
「確かに、そう、ですね………」
改めてじっくり見て見ると確かに力を持っていそうには見える。ただ問題なのはそれがいい力を持っているようには見えないという所だ。毒々しい感じがして絶対に食べたらいけない茸の様な見た目をしている。
「手ぶらで帰るよりは、そうですよね。聞いていた話とは違いますけど、何かの間違いかもしれないですもんね」
自分を励ますように言うユウキ。しかし心の奥底では水仙とこの不気味な花を見間違えることなんてあるわけがないと語りかけてくる。
「そうか、そうですよね、花ですもんね」
「この花で妹さん、治るといいね」
「あ、ありがとうございます」
倫理の笑顔を見てどうやらこの人は悪人ではないようだと思う。
「僕、この花持って帰ります」
「うん。それがいいよ」
「はい」
しかしながらこの花を病気の妹に与えることにユウキはかなりの不安を覚えていた。
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「カツミさん大変です!」
城壁都市パルマノーヴァの冒険者ギルドの職員用室でトシトは緊迫した声をあげた。
「何があったんだ落ち着きなさい」
「し、しかし今大変な報告が入りまして、それでいち早くカツミさんにお知らせしないとと思いまして」
注意されたばかりだというのに未だ興奮状態のトシトはいつにも増してネズミに似た顔をしていてしている。
「何度言ったらわかるんだ!カツミさんじゃなく副ギルド長と言ってくれと何度も言っているじゃないか」
「そうでしたすいません副ギルド長。なかなか慣れなくて」
カピバラに似た顔のカツミは呆れ顔で言った。カツミとトシトは冒険者ギルドの職員としては珍しく冒険者をろくに経験していないままこの仕事についている。いわゆるコネ入社と言うやつでカツミの親は貴族なのでそのあと押し、そしてトシトは子供のころからカツミの腰巾着だ。
「気を付けてくれよ、もういい大人なんだから。というか副ギルド長じゃないな」
「えっと、どういうことでしょうか」
「今の私はギルド長代理だ」
「ああそうでした。ギルド長はいま呼び出しを受けていますからね」
「そう。つまりこのギルドで最も権力を持っているのが私と言うわけだ」
カツミは胸を張って言う。
「さすがでございますよ。ギルドと言えばこの国の防衛に大きな役割を持つ組織。魔物への対処は兵士や騎士だけではとても手が足りませんからね。つまり今この国はカツミさんの手腕にすべてかかっているということですね!」
「そうだ!私がこの国の防衛の中心だ!」
「さすがでございます。いや、むしろ遅すぎたくらいですよ、カツミさんの能力をもってすればこれくらいの役割はとっくに与えられていて当然なんですから!」
「そうだ!それは間違いない事だ、まったくこの国の人間はいつになったら気付くのかと思っていたが、ようやく私にチャンスが回って来たというわけだ!」
「そうです、その通りでございます」
「私の手腕を見せつけるちょうどいい機会だ、何か大きな事件でもないものだろうか。例えばスタンピートの発生とかな!」
カツミはこれ以上ないくらいに仰け反って笑う。つむじを中心としてカツミの頭部は禿げ上がっているので普段は他人にできるだけ見せないようにだけ気を付けているのだが、いまは完全に油断して誰の目にも見えやすくなっている。
「事件!そうでした、いまちょうど事件が起こったところで、私はそれを報告しに駆け付けたところだったんです!」
「なんだその事件と言うのは、いかにも私に手柄を立てろと言っているようじゃないか!」
「そうなんです実は、ユウキが正体不明の巨大な花を霊山から持ち帰って来たということです。しかもそれだけじゃなく身元不明の背の高い不気味な男と一緒らしいのです!」
「なんだと!?それは大事件だ」
威厳をもって叫んだが、実際の所ユウキと言う人間が誰なのかすら分かっていなかった。