10話 ~倫理と隊長~
ここは城壁都市パルマノーヴァの兵士の休憩所兼事務所の一室。霊山リョウゼンフガクを無事下山して月聖花、らしきものを持ち帰った鳴守 倫理とユウキは休憩をとったのちこの街へやって来た。
ユウキとしては一刻も早く病に苦しむ妹エンカの元へ万病を癒すという月聖花を持っていきたかったのだが、門をくぐる前にしっかりと兵士に捕まった。街の中に入るためには例え住人であろうとも持ち物の確認をされるのが一般的。
おかしなものを持ち込まないか、おかしな人間がいないか、に目を光らせるのが門を守る兵士たちにとって倫理とユウキはあからさまにおかしな存在だった。毒々しい色をした巨大な植物を担いでいる下半身がやけに軽装なユウキと、赤黒い肌をした上半身裸の倫理。
二人はすぐさま兵士たちに囲まれ、隊長のケビンによってこの建物へと連行された。
「私は別の世界から来た」
はっきりと言い切った男の眼差しにケビンは慄いた。
「それは落とし子ということですか?」
「落とし子?」
少しだけ首を傾げた男の様子を見て確信する。これは本物に違いない、と。そして厄介なことになってきた、と。
思い返してみれば朝からおかしかった。飼っている黒猫のクロが寝ているケビンの頬を舐めてきた。普段は妻のマリーにしか近寄らないというのにだ。マリーはクロがようやくあなたに心を開いたのよ、と喜んでいたのだがケビンはそうではない気がしていた。今考えればあれは今日は厄介な日になるぞと教えてくれていたのかもしれない。
「えっと………」
冒険者ギルドで下働きをしている少年ユウキが控えめに声を出した。周囲の様子を伺いながら男に対して説明をしてもいいかどうか確認している様子。ケビンは軽く頷いて先を促した。
「他の世界からこの世界に来た人のことをここでは落とし子と呼んでいるんです。この世界に何か変化を与えるために導かれてやって来た、神様によってこの世界に落とされた人、と言う意味だったと思います」
ユウキは周囲を見渡す。自分の説明が正しいかどうかを確認しているようだ。
「その通りです。貴方は自分が神に選ばれてやって来たというのですか?」
本当にそうだとすれば世界にとって一大ニュースとなる。というのも落とし子と言う存在は何百年、何千年も前からその存在は資料に残されていて、そのほとんどがユウキの説明した通り、世界に変化をもたらしているからだ。
革新的な発明をした、だとか魔族によって苦しむ人々を救った、なんていうものからひとつの国を滅ぼした、なんていう話まで様々。歴史を研究する専門家はどれが本当にあった話でどれが作られた話であるのかを今でも研究し続けているという。
「そんなこと私にはわからない」
鳴守 倫理と名乗った男は笑いながら言った。
「貴方が落とし子かもしれないということは聞かなかったことにしておきましょう」
「それは一体どうしてですか?」
相手は穏やかな笑顔でいるというのにケビンは圧力を感じた。
「先ほどユウキが言った通りこの世界で落とし子と言う存在は非常に特別なものです。だから非常に注目を浴びることになります」
「なるほど」
頷く男は雰囲気を持っている。
ケビンは今までの経験上、普通の人間よりも特に秀でた何かを持っている人間が持つものだと思う。始めて剣術を習いに行った道場で大師匠を見た時にも感じた。見かけはヨボヨボの爺さんだというのに掴まれるような雰囲気を持っていた。
「いろいろな人間が近寄ってくることになると思いますが、それが貴方にとっていいものかどうかはわからない。ですからあまり大っぴらにしない方がいいでしょう」
これはもちろんケビンの本音。しかし言葉にしていない本音もある。
大量の仕事が舞い込んでくる。
いまこの場で発表されてしまえばケビンはこれから厄介な仕事をしなければいけないということだ。まず領主に対して報告をしなければいけない、そのためには手紙を書かなければならない。これだけ大事の報告となれば便箋2、3枚ということには絶対ならない。それが届けば確実に呼び出しを受けるはずだ、そして長々と説明をしなければならない。
それだけならまだ我慢できるが、今回はそれだけでは終わらないだろう。領主は貴族から仕事を任されている立場であるため、その貴族に対して説明をしなければならない義務を持つ。
その時にもケビンはきっと説明のために呼び出されるだろう、そしてその貴族はさらに上へ報告をして、というようになることが想像される。身分の低いケビンのことを呼び出すのは簡単で、あちこち連れまわされるだろう。
ただ暇では無いのだ。ただでさえ普段から人手不足で警備隊長でるケビンは四苦八苦している。書類仕事も机の上にたっぷりと積み重なっていてあちこちからせっつかれている状態なのだ。碌に休みもとっていないというのにこれ以上の仕事はとてもこなせない。
だから聞かなかったことにするのがベストな選択、それしかない。
「しかしそれはいささか無理があるのではないですか?いくら私が隠そうとしたところで、この世界のことを何も知らない私に対して普通の人ならかなりの違和感を感じるはず。隠し通せるとは思えませんね」
ケビンは心の中で舌打ちをする。確かに提案は自分のためでもあるが、親切心もある。双方にとってこれが丸く収まる方法のはずで、素直に受け入れてくれることを期待していた。
「そこは知り合いに手助けをしてもらうなどして学んでいけばいいのではないですか?幸い貴方にはユウキがいるようですからね」
「ふーむ」
男が顎をさすって考える姿を見る。やはり何をするにも絵になる男だ。同期の兵士たちの中でも平均位の背の高さを持つケビンよりも頭一つ分は背が大きい。そして顔以外の服を着ていない上半身は見事に均整の取れた筋肉質で、赤黒い皮膚をしているのだが、それが服を纏っているように見える
「しかしこのままではこの街の中に入れるのですか?身分証も何も持っていないのですよ、私は」
「そ、それは………」
「実際いまこの街に入ろうとしたところで引き留められているわけですしね。ということは誰でも彼でも入れるということではないはずです。現に行列に並んでいる時にそういう光景を何度も見ましたよ」
そう、それが問題なのだ。ケビンの仕事は警備隊長であり、その仕事には許可なく街の中に入ろうとする人間を取り締まる仕事も含まれている。街は城壁に囲まれ魔物から人々の安全を守っているが、その代わり住居には限りがあって全員を入れるわけにはいかない、少なくとも建前上はそうだ。
「それはやり方次第です。現実問題として素性のあやしいものは毎日出入りしています、つまり抜け道はあるということです。ですからそれほど難しく考える必要は無いと思います」
「なるほど………」
じっとりとした視線から責められている気がする。
「しかしそれでは警備上の問題があるのではないですか?怪しいものを引き入れていれば自然と治安は悪くなるのでは?」
「確かにそうですが現実問題としてはひとりひとりを入念に調査する時間など無いのです。そんなことをしていれば街の中に入れる人間は一日に数人ということになってしまう。それでは外の街から野菜や食料、その他日用品を持ってくる商人なども入る人数が限られることになってこの街の人間は餓死してしまうでしょう」
この男のいうことは正論であり、事件が起こった時などにはケビンとしても心が痛むこともあるが、それでは上手く回らないのが世の中というものだ。
「そうですか。それでは少し考えさせてもらいましょう、どうやら他の世界から来たことを言いふらすことが私にとって良い事なのかどうなのかを」
「あまり長い時間ここに居られても困るのですが。私たちにも仕事があるのでここでずっと待っているというわけにはいかないのです」
「わかりました、あまりご迷惑はかけないようにします」
そういうと椅子で足を組んだままケビンから目を離して考え始めた。それにしてもずいぶんと厄介な性格の男だ、さっさと頷いてくれればいいものを。ケビンは頭を掻きむしりたい衝動に駆られる。
子供のころからイライラした時にやってしまう癖だが警備隊長の人を任されることが決まってから無くすように努力した。警備隊長はいかなる時でも悠然と構えていなければならないから。しかしいまあまりにも面倒な仕事がゆっくりと忍び寄ってきているのは耐えがたいものがある、なんとかかいしなければ自分の体が持たない。
ケビンは誰にも気付かれないくらいのため息をついた。




