12話
「何をしてるガキンチョ!さっさとそれを譲り渡せと言っているんだ」
ケビンが部屋に入った途端に怒声が響き渡った。
「それはできません!」
ユウキが先頭にいる眼鏡をかけた小柄な男に向かってはっきりと言い切った。小柄と言ってもそれは一般成人男性と比べて、と言う意味でまだ子供であるユウキよりは頭半分ほど背が高い。
「何をしているお前たち!」
ケビンは声を張り上げる。この街を守る任務を与えられている兵士の隊長として、事務所兼待機所で好き勝手な行動を許すわけにはいかない。
「兵士か」
上下一体化した白の服を着た男が鼻にしわを寄せながら言った。明らかにこちらのことを見下している態度だ。
「誰の許可を得てここにいるんだ」
表情を変えずに言ってやる。ここで怯んだら終わり、一気に押し切られてしまう。
「馬鹿を言え!お前たち相手にいちいちお伺いなんぞ立てるもんか、許可なんてものは必要ないんだわかったか!」
「馬鹿を言っているのはどっちかもう一度よく考えてみるんだな。ここは一般人が気軽に立ち入って偉そうにまくし立てていい場所じゃない」
すぐさま言い返すと背の低い男は顔を赤くした。どうやらこいつはプライドが高いタイプのようだと判断する。
「なんだと貴様!俺を誰だと思っている!」
自分の事を誰もが知っているのが当然と言わんばかりの態度。ケビンとしても見当はついているがわざわざ言ってやる必要は無いと判断する。相手は別に貴族でも何でもないのだ、やり過ぎは問題だろうが多少のストレス発散に使ってもいいだろう。
「そんなもの知るわけがない、名乗られた覚えもないからな」
鼻で笑ってやると案の定さらに顔を赤くした。
「それなら教えてやる俺様は光輝く神の御子ユリア様を頂点とした不老不死研究所のドウグラスである!わかったか凡夫め!」
「凡夫?ずいぶんと難しい言葉を使うんだな、驚いたよ」
「馬鹿か貴様!驚くのはそこじゃない、聞いていたのか、私は」
「不老不死研究所だろ?それが何でここで偉そうにする資格になるのか聞かせてもらおうか」
出来たのはここ十年やそこらのはずだが、急激に勢力を伸ばしている。その名の通り病に関する研究や薬の開発をしているらしいのだが、常に後ろ暗い噂が付きまとう組織でもある。
こいつらはどうやらユウキが持ち帰ってきた月聖花らしきものを奪いにやって来たようだ。実際はユウキの目の前の机に置かれている大銀貨で買い上げるつもりのようだが、商売の素人であるケビンから見ても対価として全く合っていないから奪う、という言葉で間違いないだろう。
月聖花といえば万病を癒すという逸話のある花。本当に効果があるのかは眉唾だが、信じているものはいくらでもいるという。ユウキの妹のエンカが難病であることはケビンも知っている。ユウキはそのために大人でも不可能と言われる霊山に挑んだのだ、それを横取りしようというのはいくら貴族様の後ろ盾があろうとも許せない。
「貴様は本当に理解できないのか?まさかそれほど木偶だとは思いもよらなかったわ。いいか、それなら教えてやろう。ユリア様は隣国カタルシスの王族の血をひく尊いお方なのだ!この国の貴族の方々とも親交を持っているんだ、貴様如き木っ端役人が楯突くのは不敬なのだ!わかったか!」
叩きつけた拳がおんぼろの木の机に当たって大きな音を立てた。まさかそんなことをするとは思いもよらず、ケビンは一歩後ずさる。
「隊長」
後ろにいるライトの声には不安が混じっている。ケビンは振り返ってライトと目を合わせた後で顔と視線で合図を送る。さっきまでいた部屋には隠し扉があって、何か緊急事態があった時に脱出することが出来るようになっている。
逃げろ、の合図。
ケビンが持つ「危険予知」のスキル。何も知らない人間は攻撃に使うことが出来ないこのスキルをばかにする。ケビン自身もこれが自分のスキルと知った時には落胆した。しかし今は誇りを持っている。このスキルのお陰で自分の命も部下の命も何度も救ってきた。
危険予知が頭痛となってケビンに襲い掛かる。この痛みの強さは絶体絶命、というほどのことは無いが、かといって無視することは出来ないくらいのもの。
「おほほほほ!ようやく自分がしでかした事の重大さに気が付いたようだな!」
ドウグラスは胸を張って高らかに笑う。しかしケビンが恐れおののいたのは出生のあやしい自称王族の女の手下に対してなんかじゃない。そのおんぼろ机に肘をついて考えこんでいる鳴守 倫理に対して。
その衝撃で倫理は顔を上げた。
ケビンは少しずつ後ずさりで距離をとる。
ドウグラスは未だ高らかに笑う。




