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凶兆  作者: 黒駒臣
9/19

・グロ、残酷描写、後半に災害描写あり閲覧注意

          



 降り続く雨の激しさが日々増してきていた。

 同時に村の不穏な空気がさらに濃くなっていることを真綾は否応なく感じ取っていたが、変わらずすべてに無関心のふりでいた。

 警報が出ない限り休校にはならず、激雨の中を登校した真綾のスカートは裾がぼと濡れになっていたが、給食を食べる頃にはすっかり乾いていた。

 多恵も邦子もずっと休んでいる。

 里佳子に理由を聞いても具合が悪いとしかわからないらしく、他の先生たちも病欠の詳細は知らないという。

 だが、真綾は気づいている。これはただの病欠ではない。初めからどことなく閉鎖的な感じのする重々しい村だった。それゆえに各家も内情を隠すのだろう。

 あと圭吾も欠席しているが、これは小さな息子が悪天候で登校するのを心配する母親が休ませているそうだ。

 だが、圭吾以外の二人の欠席理由がなんなのかわからなくても、いやわからないからこそ、自分と母のためにもう無関心を装ってはいられないと真綾は思った。

 でも、どうしたらいいの――

 夏休みに入ったらお祖母ちゃんに会いにいこうと里佳子を無理やりにでも誘い出し、この村から逃げるつもりでいた。そこまでは考えている。

 だがここに戻らないようにするにはどうしたらいいのか、すべて夏休みになってから考えればいいと思っていたが、もうそこまで待っていられないかもしれない。

 何かに侵食されているかのような異常にまだ影響されていない保良や繁樹に相談してみようかとも考えるが、母にすら相談できないものを、いったいどうやって彼らに話せばいいのか――

 しかも昼休憩になると相変わらず繁樹は図書室へと行ってしまい、今も教室にはいない。付きまとう二人がいないことでせいせいしているようだ。

 反対に保良は元気がなかった。憎まれ口を言い合う相手がいないので寂しいのかと思ったが、もしかしてすでにこの異常が伝染(うつ)っているのかもしれない。

 食後ふらっと出て行った保良を探しに真綾は教室を出た。横からしきりに話しかけてくるはるかを相変わらず無視したまま、玄関から外を眺めた。

 降りしきる雨の溜まった運動場は池のようになり、空と同じ灰色を映している。

 その片隅にある飼育小屋の前で保良がずぶぬれで立っていた。

 真綾は傘立てから取った自分の傘を差し、保良の青い傘を持って近づいていく。

 保良は黒ずんだ顔色で飼育小屋の中をじっと見つめていた。

「腹減ったなあ。給食らで足りんわ」

 雨音混じりに独り言が聞こえてくる。食い入るような視線の先では鶏が餌をついばんでいた。

「今にも食べそうじゃない?」

 いつの間にか背後にいたはるかがそう言ってけらけら嗤う。

 それを無視して真綾は深呼吸し、

「保良っ」

 と息を吐き出しながら大声で呼んだ。

 びくりと肩を(すく)ませて、ゆっくり振り返る保良に「風邪ひくよ」と青い傘を差し出す。

「お前が話しかけてくんの珍しな――って初めてちゃうか?」

 受け取った傘を広げ、保良は暗い微笑みを浮かべたが、顔色は少し明るくなったような気がした。

「なんか悩みでもあるの? まっ、別にどうでもいいんだけどさ。わたしに話しても仕方ないだろうし――でもすっきりするかも、だよ」

 意外そうな表情でしばらく真綾を見つめていた保良はがくりと項垂れると、やがてぼそぼそ話し始めた。

「おれな、将来ピッチャーになりたいんや――大それた夢見ておもしゃいやろ? バカにしてもええで」

「バカになんかしないよ。目標は大きいほうがいいじゃん。それにあんた筋よさそうだし」

「え? そう思う?」

 保良が目を上げた。

「思うよ。男先生もすっごい褒めてたし」

 真綾の言葉に薄く笑顔を浮かべたが、すぐ暗い表情に戻った。

「そやけど親が許してくれん。なんでも繁樹、繁樹、繁樹。繁樹みたいに勉強できんとあかん。ボールで遊んでんと繁樹みたいに勉強せえ、繁樹に勝て。って、そればっかりや。なんぼ勉強やっても繁樹に勝てるわけないんや。親のくせにそこわかってへん。

 おれには野球しかない。そやのに、そやのに――ああ腹が減る」

 再び顔色が黒ずみ、目が据わった保良が鶏を見つめる。口の端からよだれがついっと垂れた。

 背後ではるかの嗤う声が大きくなる。

「保良っ」

 再び大声での呼びかけに、保良がはっとして真綾に視線を戻した。

「応援してくれない親なんか当てにしちゃだめだよ。自分の人生なんだから、自分で切り開いていけばいいじゃん」

「そやけど――」

「そやけど――じゃない! そんな言い訳は本当に目指してる夢じゃなくて、ただ語って気持ちよくなってるだけの夢なんだよ。

 本当に野球選手になりたいなら頑張って叶えればいいじゃん。

 ママも男先生も、そのためにどうすればいいのか、きっと相談に乗ってくれるし、いい方法考えてくれるよ」

「そ――そうかな――」

 真綾が大きくうなずくと保良の目に涙が滲んだ。だが、すぐ照れたように笑ってから、

「おれ、ずうっと繁樹が憎かったんや。別になんかされたわけやないのにずうっと――

 親も親戚もみんな繁樹を褒める。そら賢いさけ褒められんのは当たり前か知らんけど、一生懸命頑張ってもおれは全然褒められん。だーれもおれなんか見てへん。そやかいあいつのこと憎くてしかたないんや――

 アホやろ、おれ」

「比べられる相手が間近にいるのが不運なだけで、保良が悪いわけでもアホなわけでもないよ。もちろん繁樹もね。

 保良は保良、繁樹は繁樹、悪いのは二人を比べる大人。そんな大人たちなんか無視してればいいんだよ。気に病む時間がもったいない。やりたいことに向かって前進あるのみ。

 何度も言うけど、真剣に相談すれば先生たちはちゃんと聞いてくれるし、もしそうじゃなかったとしても方法はいくらでもあるよ!」

「そ――そうやな。大変そうかもしれんけど、やればできる気いしてきた」

 保良の目に強くて明るい光が戻ったことを真綾は確信した。顔色もいつものだ。

「とにかく外野を気にして迷わないこと。自分の芯をしっかり持っていれば付け込まれることないから」

「付け込まれるって?」

「あ、例えよ、例え」

 あははと笑ってごまかす真綾に、

「うんわかった、ありがとう。なんかスッとしたわ」

 保良は完全に憑き物が取れたかのように明るい顔になった。いやそうなる前よりももっとずっと晴れやかだ。

 ほっと安心した真綾の背後で「ちっ」と舌打ちが聞こえた。

 振り返ると、悔しそうな表情を浮かべたはるかが線雨に溶けるように半透明になり、やがて消えていった。


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