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凶兆  作者: 黒駒臣
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・グロ、残酷描写、後半に災害描写あり閲覧注意

          



 ずっと止まない雨が瓦屋根や雨戸を叩きつけている。

 早朝からかかって来た校長の電話を終え、善太郎は本体に受話器を戻し、電話台替わりの茶箪笥に寄りかかったまましばらく動くことができなかった。

 この村で何が起こってるんや。

 不穏な雨が降り続き、得体のしれない嫌な空気が流れ広がっている。

 分校の子供たちに異変が起きているという校長の報告と対処の相談を受けたが、なす術がわからない。

 異変の理由がわからないのだ。対処のしようがない。

 いや、善太郎にはわかっている。

 異変の原因は『ナナシの呪い』による祟り――そして対処方法は鎮魂法要。それしかない。

 だが、今年にかぎってなぜ異変が起こり始めたのだろう。

 法要は先祖代々から毎年欠かさず行っている。伶花の反対を押し切って去年もやったし、今年も予定を組んでいる。来年から先のことは悩んでいるものの放棄したわけではない。

「そやのに、なんでや」

 そこが善太郎にはわからない。

 もし理由があるとすれば不平不満を吐いている伶花だが、家の権限者はまだ自分であり娘ではない。

「そやのに――」

 自分の代で『ナナシの呪い』が起きるなど信じたくなかった。

「ずっとちゃんとやってんのや、祟られる筋合いないわ。そやけどこれがほんま祟りやったら、今まで村を守って来たご先祖様に顔向けできん――儂はどないしたらええんや」

 善太郎は独り言ちた。

 十日後には蓮仙寺が法要を行い、すべて収まるはずだ。そう考えると一瞬心が軽くなった。だが、

「それまで持つやろか――」

 すぐに墨よりも黒い不安がじわじわと滲み出てくる。

 校長だけでなく、昨日、小間使いとして出入りする隣家の楠井克子からも不穏な情報を聞いていた。

 それによると子供たちだけでなく、大人たちの間にも異変が広がっているという。異常な空腹を覚え、食べ物だけでなく未成熟の作物や虫や蛇など生き物をそのまま乱食しているらしい。家族や知人が止めても聞かず、やがてその人たちにも同様の異変が起こり始めるのだそうだ。まるで病に感染していくかのように――

 白くけぶる激しい雨の中に裸の少女が佇んでいるという話も聞く。

 善太郎は項垂れ、ぎゅっと瞼を閉じた。

 やはり、ナナシの呪霊、か――

「お父さんっ」

 すぱんっと勢いよく雪見障子を開けて伶花が和室に飛び込んで来た。

「分校の子供たちの様子がおかしいて聞いた?」

 顔を上げ、娘の不安な表情を見返す。

「ああ、校長から今聞いたとこや。克子の話やと子供だけやのうて竹内につれの前谷、高橋、その近所の連中もおかしいなってて、それがだんだん広がって来てるそうや――なあ伶花――お前、これでも法要の大事さがわからんか?」

「法要?」

「儂ゃこれはナナシの祟りや思てる」

「それはないわ。うちの反対押し切って毎年やってるんやかい。それを祟りやなんて――そんなやったら法要らなんの意味もないいうことやないの?」

「それは儂もおかしい思てる。そやけどこの長雨や住民らの異常はそれしか思いつかん」

「なんやの――祟りやなんて――この現代に、非科学的にもほどあるわっ」

 伶花が泣き叫びながら地団太を踏んだ。

「まあ落ち着け――なあ伶花、圭吾は? この雨で危ないよってずっと分校休ませてるんやろ? あの子はどうもないやろな」

 善太郎の問いかけに伶花は鼻をすすり上げた。

「今までお父さんに言わんかったけど――あの子、もうだいぶ前からちょっと様子おかしいんよ」

「なんやて、いつからやっ」

三月(みつき)ほど前――ちょうど森本さんの娘さんがおらんようになったぐらいやろか。仲ようしてたんでショック受けてるんかなくらいに思てたんやけど――」

「な、なにがどうおかしいんやっ」

 善太郎はもたれ込んでいた茶箪笥から身を起こした。

「ずっとやないんよ。ずっとやないんやけど、誰もおらんのに誰かと話してたり、そこにいてるな思たら、ふっと姿が見えやんようになったり――いつも克子さんにあちこち捜して見つけて来てもろて――」

「なんでもっと早う言わんかったんやっ」

「そやかて、そんなしょっちゅうやないし、言うたらお父さん、何でもかんでも祟りに結び付けて絶対法要やめへんわ思て――」

「ほんで圭吾は今なにしてるんや?」

「部屋でドリルしてる」

「ほんま部屋にいてるんか?」

「え?」

「確かにいてるんか、言うてんのや」

「ここへ来る前にあの子起こして服着替えさして机に座らせたんやけど――」

 どたどたと慌てた足音と共に「伶花さんっ、伶花さんっ」と、克子の声が廊下の奥から聞こえてきた。

「なに? どうしたん?」

 伶花が廊下に顔を出す。

「またぼっちゃんがいてへんのです」

「あの子やったら部屋で――」

「朝ごはん呼びにいったらいてへんかったんです――いつものや思て、家の中あちこち捜してみてるんやけど――まさかこのえらい雨の中外へは行かへんやろし――」

 ふと伶花が克子の手元に視線を落とした。善太郎もつられて見ると、圭吾の衣服を持っている。

 克子が「あっ」と急いでその手を後ろに隠した。

「それなに? さっきうちが着せたあの子の服やないの?」

「あの――伶花さんが心配したらあかん思て、今まで黙ってたんですけど――ぼっちゃんがいてんと捜す時はいつも服をあちこち脱ぎ散らしてるんです。わたしが一枚一枚拾て、濡れもてうろついてる裸のぼっちゃん見つけたら着せて連れ帰ってたんです」

 克子の言葉に顔面蒼白の伶花は今にも倒れそうだったが、それより先に善太郎の身体が(かし)いだ。

 がんがんと警鐘が鳴り響く頭を抱え、克子を見る。

「裸で、うろついてる?」

 善太郎の独り言に近いような問いに、泣きそうな顔で克子がうなずいた。

 きゃっきゃっきゃっ――

 閉め切った雨戸に打ちつける激しい雨音に混じって、子供の笑う声が外から聞えてきた。

 楽しそうな、いや狂気じみた笑い声。

 善太郎は伶花、克子と顔を見合わせ、身体のふらつきを押さえながらよろよろと雨戸の閉まった掃き出し窓に近づいた。

 ガラス戸を開き、中桟を持って雨戸を開こうとしたが、指に力が入らず開けることができない。

「お父さん、うちが開けるわ」

 震えた声で伶花が中桟に手をかけ雨戸を引っ張る。それを克子も手伝った。

 夕暮のような仄暗い明るさが開いた隙間から縁側に射し込む。それが広がっていくと同時に激しい雨音が(じか)に聞こえ、吹き込む雨飛沫に縁側の板がすぐに濡れた。

「きゃあ」「わっ」

 伶花と克子の悲鳴が同時にした。

 雨にけぶる庭の真ん中に裸の女の子がしゃがんでいた。

 ぐっしょりと張りついた髪で顔の半分が隠れ、口元しか見えない。その口を大きく開けてきゃきゃきゃと声を上げて笑っていた。

 ナナシ!

 女の子がゆっくり立ち上がり、善太郎は自分の間違いに気づいた。

 真っ白で華奢な体躯が女の子を思わせたが、この子は明らかに圭吾だ。股にぶら下がる小さなものがそうだと証明していた。たぶん村人が目撃した少女も圭吾に違いない。みなそれ(、、)に気づかず女の子だと思い込んだのだ。

「圭ちゃんっ」

 伶花が庭に溜まった池のような水溜まりに裸足で下りた。圭吾のそばに駆け寄り、我が子の顔に張りついた髪をかき上げる。

 胡麻粒の瞳が伶花を見上げた。

「ひぃっ」

 伶花がどたっと水溜まりの中に倒れ込んだ。

 克子も腰を抜かし、善太郎の横で濡れた縁側にへなへなと座り込む。

 圭吾の瞳がきょろりと動いて祖父を見た。

「け、圭吾ぉぉ」

 善太郎は立っていられず雨戸に寄りかかった。

「きゃきゃきゃ」

 突然圭吾が動き出し、気絶している伶花に馬乗りになってその耳を噛み千切った。

 痛みで目覚めた伶花が悲鳴を上げ、泥飛沫を立てながら手足を暴れさせた。だが、圭吾はその身体から落ちることなく、くちゃくちゃとうまそうに耳肉を咀嚼し飲み込んだ。そして小さな人差し指を立て伶花の眼に突っ込んで眼球を抉り出し、ぽんと口に放り込んで勢いよく噛み潰した。

 暴れていた伶花の手足がぴたりと止まって動かなくなった。

「あわわ――」

 克子が四つん這いになって部屋の奥に逃げ始めた。

 善太郎は、伶花のもう一つの眼球も抉り出し飴玉のように口中で転がす圭吾を見ながら、

「今すぐ法要せなあかん――住職に電話や――一刻も早うナナシを鎮めなあかん――電話や、電話かけなあかん――」

 そうつぶやいたが、雨戸で支え辛うじて立っている身体を動かすことができなかった。


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