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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
アンブロワーズ魔法学校編
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02.モブ令嬢と辻褄合わせ

 もう走れない。シルヴィは辿り着いた校舎裏でへたり込んだ。魔物を抱き締めたまま。

 それに驚いたのは、校舎裏でいつものように勉強会をしていたディディエとガーランド、そしてトリスタンだ。

 息を切らして俯くシルヴィに、三人は大慌てで駆け寄る。ガーランドが屈んでシルヴィの顔を覗き込んだ。


「シルヴィ嬢? 大丈夫ですか?」

「なん、とか……」

「いったい何があったのですか?」

「誰かに追われてる?」


 辺りを警戒するように、ディディエが視線を巡らせる。それに、シルヴィは首を左右に振った。


「じゃあ、」

「待て! シルヴィ嬢、その腕に抱えてるのって……」

「え?」

「なに?」


 トリスタンが驚きに染まった顔で、シルヴィの腕の中にいる魔物を指差す。それを辿ったガーランドとディディエは、魔物を捉えてぎょっとした顔をした。


「あの女は頭がおかしい」

「まぁ、そう言うな」


 不意に聞き慣れた二人の声が背後から聞こえて、シルヴィはほっと肩の力を抜く。ルノーとフレデリクだ。この二人ならば、この状況も何とかしてくれるだろう。


「ここ数日、ずっとあぁして木の上に座っているのですよ?」

「何か事情があるのだろう」

「何の事情があれば、あのような奇行を?」

「う、む……。しかしだな。確かあの者は、伯爵家のご令嬢だった筈だぞ」

「関係ありませんよ。僕の行く先々で、」


 ルノーの言葉が不自然に途切れる。地面にへたり込んでいるシルヴィを見つけたらしい。目を丸めて「シルヴィ?」と驚いたような声を出した。

 次いで、焦ったようにシルヴィへと駆け寄る。視線を合わせるように、直ぐ傍で屈んだ。


「大丈夫? シルヴィ?」

「……ルノーくん」

「誰に何をされたの?」

「えっと、その……」


 どう説明しようかとシルヴィが口ごもっていれば、腕の中の魔物がひょこっとルノーの方へと顔を出した。それに、一瞬場が静まり返る。


《魔王様!!》


 魔物は嬉しそうな声を出したが、ルノーは違ったらしい。ガッと無慈悲に魔物の頭を鷲掴んだ。そして、メリメリと力を入れて握る。


「何をしてるの?」

《メ、メェエェ……》


 地を這うような低音と殺気の滲んだ瞳に、魔物が涙目で震え上がる。それに、今度はシルヴィがぎょっとした顔になった。


「いきなり!? 待って待って! 違うの! ルノーくんは誤解してる!」

「誤解? していないよ。この魔物を埋めてくるから、少し待っていてくれる?」

「埋めなくていいです!」


 シルヴィが必死に首を左右に振るものだから、ルノーは渋々と魔物から手を離す。魔物を守るように、シルヴィがぎゅっと抱き締める力を強めた。それに、ルノーは不満そうに眉根を寄せる。


「シルヴィ様!! ご無事ですの!?」

「あれ!? フレデリク様とアレクシ様?」


 ロラとジャスミーヌが追い掛けてきてくれたようだ。ロラの声を聞いて、シルヴィは初めて後ろを振り返る。声は聞こえなかったが、アレクシも一緒にいたらしい。

 ということは……。シルヴィはその場を見回す。校舎裏には、セイヒカの主要人物が揃ってしまっていた。嫌な予感が胸を支配して、シルヴィは項垂れる。やはり、平和は終わりのようだ。

 魔王が倒されることなく迎えたハッピーエンド。その向こう側。ロラとジャスミーヌ曰く、続編は魔王が倒された世界線。辻褄を合わせるための何かが必要なのだろう。

 それが、この魔物なのではないか。シルヴィは腕の中で、尚も涙を流しながら震える羊のような魔物を複雑な気持ちで眺める。

 しかし、可愛い。見た目は。シルヴィは思わず慰めるように魔物を撫でながらも、それはそれは深い溜息を吐き出した。


「ひとまず、お話を聞こうよ。助けてくださいって言ってたから」

「ふぅん……。ねぇ、君。誰の入知恵かな?」

《ひょえっ! その、リュムールラパンが魔王妃様に頼むのがよいと……》

「魔王妃……」

「まおう、ひ……。魔王妃!? 誰が!?」

「それは、ね~? シルヴィ様でしょ?」

「私ですか!?」


 ロラの言葉にシルヴィは、頗る驚いた顔をする。確かに魔界の王であるルノーと婚約し結婚した暁には、そういう扱いになるのだろう。しかし、まだ婚約もしていないのに。

 シルヴィは訂正を求めて、ルノーに視線を遣る。そもそも、ルノーは平常から自分は魔王ではないと言っているのだから、シルヴィが魔王妃はおかしい筈だ。

 であるにも拘らず、ルノーは満更でもない顔をしていたものだから、シルヴィは頬を引きつらせる。こういう時だけ、調子がいい。しかし、これで落ち着いて話が聞けるなら何も言うまいとシルヴィは言いたいことを呑み込んだ。


「席に、座りましょうか……」


 シルヴィの思いを汲み取って、フレデリク達も特に何も言わずに定位置へと座る。校舎裏はすっかり机も椅子も整い、憩いの場になっていた。

 シルヴィは羊のような魔物を抱えたまま椅子へと座る。ルノーは気に食わなさそうに視線を向けたが、溜息だけにとどめたようだった。


「それで?」

《聞いていただけるのですね。感謝致します》

「手短にね」


 魔物とルノーが普通に会話をするのに、待ったを掛けたのはフレデリクだった。ルノーは不思議そうに視線をフレデリクへと向ける。


「先程から普通に会話をしているが、我々にはメェメェという鳴き声にしか聞こえないのだ」

「……あぁ。殿下もお知りになりたいと?」

「それは、そうだろう。態々、お前に助けを求めるなど……。碌な案件ではない筈だ」

「皇太子として把握しておきたい。そういうことですか」

「それもある。しかし、友として心配。そちらの方が大きい」


 言葉通りに、フレデリクが心配そうに眉根を寄せる。ルノーはキョトンと目を瞬いた。ついで、思案するように目を伏せる。


「面倒な人だな」

「お前は……」

「放っておけばいいでしょう」

「放っておければ苦労はしないんだがな?」


 フレデリクに煽るような表情を向けられ、ルノーは受けて立つようにゆったりと笑む。しかし、フレデリクに譲る気がないと察して、早々とルノーの方が折れた。

 渋々といった風に、ルノーが指を鳴らす。いつかの時のように、遠くの方で鉄琴が鳴ったような音が聞こえた。


「これで、ご満足して頂けましたか?」

「どうしてお前はそう」

「ま~ま~、フレデリク様。今は、魔物のお話を聞きましょう?」

「うむ……。そうだな」


 ロラに宥められて、フレデリクは溜息混じりに頷く。説教は後にすることにしたようだ。ルノーは特に悪びれた様子もなく、視線を魔物へと戻す。その視線を受け、魔物は口を開いた。


《魔王様に、このような事を報告する羽目になるとは。情けない話でございます》

「そういうのは、いらない」

「ルノーくん……」

《手短にでしたね。申し訳ありません。では、簡潔に。反魔王派が調子づいております》

「反魔王派? ですか?」

《左様でございます、魔王妃様。ほとんどの魔物は、魔王様に忠誠を誓っております。しかしながら、魔界では力こそが正義。つまり魔王様を倒せば、その者が次の魔王なのです》


 そうだったなと、シルヴィは一つ頷く。ルノーはそれで、魔王に担ぎ上げられたのだから。


「つまり、だ。反魔王派とは、魔界の王の座を狙う勢力ということか」

《その通りです。『人間になった魔王など、魔界の王にあらず』などと触れ回り、仲間を集めているようでして……》

「勝手にすればいいよ。何故それを僕に言うの?」

「狙われているのはルノー、お前だからだろう……」

「僕は売られた喧嘩は全て買います。首がいらないなら、挑んでくればいいのですよ」


 ルノーは余裕を滲ませ悠然と笑う。フレデリクは何かを言いかけ、しかし何も音にせず顰めっ面で黙った。何を言っても無駄だと判断したらしい。


「兄上の強さは理解しておりますが……。騒ぎになると面倒かと」

「だね~。騒ぎが大きくなると、シルヴィ嬢との婚約が遠退く可能性はありますよ、ルノー先輩」

「……それは、困るな」


 シルヴィの名が出た途端に、ルノーの顔色が変わった。心底忌々しいという声音に、シルヴィはどういう顔をすれば良いのか迷って、結局は苦笑する。


「その反魔王派というのを魔界に行って殲滅して欲しいという話でいいの?」

「殲滅……」

《それがですね……。少々、面倒なことになりまして……》

「へぇ……」

《も、申し訳ありません! 面倒事は持ってくるなというご命令でしたのに!!》


 魔物が半泣きで狼狽し出す。ルノーは、不機嫌を隠しもせずに目を鋭く細めた。


「致し方ない、か……。構わない。続けて」

《御意に! 反魔王派の指揮を取っておりますのが、魔王様と同じドラゴンなのです。とはいえ、白銀。魔王様の相手にはなる筈もありません》

「へぇ、いつの間にかドラゴンが産まれてたんだね。白銀か。それで?」

《力を示すために、人間界で何か騒ぎを起こすつもりのようなのです》

「……? 意味が分からないな」

《歴代の王が手に入れられなかった人間界を手中に収めてみせようということのようです》

「まるで僕も人間界が欲しいかのように言うね。興味ないよ」

《そうなのですが……》


 ルノーは、呆れたように息を吐き出す。どうやらルノーに敵わないと勝負は諦め、人間界征服に舵を切ったということのようだ。確かにこれは、面倒な話だった。


「殿下」

「何だ」

「どう思われますか?」

「そうだな。魔物が騒ぎを起こすのは好ましくないだろう。お前の関与が疑われる可能性は大いにある」

「やはり、ですか」


 ルノーは、シルヴィへと視線を遣る。目が合って、シルヴィは首を傾げた。それに、ルノーは眉尻を下げる。

 全ては、彼女を手に入れるためか。そう結論付けて、ルノーは反魔王派の殲滅を決めた。


「僕との戦闘は避けたいらしいね。どこを襲うつもりなのかな?」

《ヴィノダエム王国とのことです》


 先程聞いたばかりの国名に、シルヴィはやはりそうかと。諦めにも似た何かを感じたのだった。

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