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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
極東島の魔女編

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21.モブ令嬢と“愛”

 あぁ、どうか。この気持ちを愛と呼ばせて。そう思ったら、もう止められなかった。シルヴィは、愛おしげにルノーを見つめる。


「ねぇ、ルノーくん」


 そのシルヴィの声音は、いつもと少し毛色が違っていた。今まで口にしたどのスイーツよりも甘ったるいと言いきれる。しかし、ドロリとはしていない爽やかな。そんな……。

 ルノーが呼び掛けに反応し、こちらを振り返ろうとしているのが、シルヴィには直ぐに分かった。シルヴィは、即座に持っていた瓶の中身を口に含む。

 シルヴィに迷いはなかった。


「シルヴィ?」


 ルノーの熱っぽい瞳と目が合う。あぁ、早く助けてあげたい。そんな衝動のままに、シルヴィはルノーに口付けた。

 ルノーが驚きに目を丸める。脳が処理しきれなかったのか、固まっている間にシルヴィはルノーの口に解毒薬を移した。


「んっ!?」


 どうしていいのか分からず、ルノーが目を回す。シルヴィは早く飲めと言いたげに、ルノーの頬を優しく撫でた。

 伝わったのか何なのか。ルノーは素直に解毒薬を飲み下す。それを確認して、シルヴィはゆっくりと唇を離した。

 至近距離で、ルノーと目が合う。シルヴィは、ゆったりと目を細めた。


「愛してるわ、ルノーくん」


 蕾が綻び花開く。少女の“愛”を祝福するように、孤城が盛大に爆発した。

 そう。大爆発した。恐らく、今世紀最大に。


「わぁ……」


 シルヴィは驚き過ぎて、一周回って冷静になる。アレクシとマリユスは無事だろうか。姿を探して、辺りを見渡す。

 イヴォンの近くに二人の姿を確認してシルヴィは、ほっと胸を撫で下ろす。他の魔女達の避難も終えたのか、ちょうどそこにラーミウが合流した所だった。


「何じゃ!? 爆発したぞ!?」

「いつものことです、が……」

「大問題だろ」

「イヴォン、口は災いのもとなんだよ」

「……はい」


 マリユスの言うことは素直に聞くのか、イヴォンは口を閉じる。アレクシとマリユスは、シルヴィと目が合い照れたように目を逸らした。どうやら、先程の口移しを目撃されていたらしい。

 急に恥ずかしくなって、シルヴィは頬を赤らめる。こんな人目があるところで、随分と大胆なことをしてしまった。


「シルヴィ」


 ドロリと蜂蜜を溶かしたような低音が、シルヴィの名を呼ぶ。幸福に身を委ね心の底から歓喜するような声音に引き寄せられ、シルヴィはルノーへと視線を戻した。


「愛してる」


 愛とは素晴らしいものである。シルヴィのキラキラと煌めく澄んだ黄緑色の瞳は、そう物語っているようであった。

 愛とは毒々しいものである。ルノーのドロリと蕩ける深い紺色の瞳は、そう主張しているようであった。

 そんな二人の視線が確かに絡まり合う。お互いがお互いの瞳の中に、自身の姿を見つける距離で。


「ル――」


 咄嗟にルノーの名を呼ぼうとしたシルヴィであったが、それは無理に終わった。ルノーに口付けされて、シルヴィは目を丸める。

 何故、今、そうなった。いや、確実にシルヴィ自身のせいではあるのだが。再度、言う。こんなことをしている場合ではないのである。


「んんっ!?」

「はっ、シルヴィ」

「あの、んっ」

「すき」

「ちょっ、んー!!」


 バードキスを繰り返すルノーに、今度はシルヴィが目を回した。口付けの度、先程に比べれば小規模とはいえ城が爆発する。それに迷いながらも、怒声を上げたのはフレデリクであった。


「る、ルノー!! おま、お前は!! 色々言いたいことはあるが、ひとまず!! 今の状況を見なさい!!」


 流石にそこまで初ではないが、友人のキスシーンは気まずいのか。フレデリクは、声が少々裏返るのを咳払いで誤魔化していた。

 一応は、フレデリクの言葉にルノーが反応し意識が逸れる。その隙をシルヴィは見逃さなかった。慌ててルノーの口を手で覆って、口付けを阻止する。

 先程と同じ、至近距離でルノーと目が合った。瞳に不満が滲み、眉根がぐっと寄る。しかし、シルヴィは怯まなかった。


「ストップ!! だめ!!」


 全力の制止にルノーは、目を丸める。次いで、しょんぼりと眉尻を下げた。


「そ、そんな顔しても、だめ……です」


 ルノーの長い、それはそれはもうとてつもなく長い片想いを知っている面々からしてみれば、ルノーの気持ちも分からなくはない。しかし、本気でイチャイチャしている場合ではないのである。

 照れて頬を赤らめるシルヴィをルノーは、じっと見つめる。ただルノーは、目に焼き付けておこうと思っただけであったのだが。シルヴィは困ったように目を伏せてしまった。


「……だめ」


 少しの間のあと、シルヴィが再度そう言う。上目遣いに見上げてきた黄緑色の瞳には、明確な甘えが滲んでいた。

 それに、ルノーがときめかない筈もなく。城が再び爆発する。それに驚いて、シルヴィは手を引っ込めた。

 辺りにガラガラと何かが崩れる音が響いて、このままでは城が崩壊すると周りは顔色を変える。魔女長の相手は他の者に任せ、フレデリクはルノーを落ち着けることに集中することにした。


「ルノー! いったん! いったん落ち着きなさい! このままでは、城が崩れるだろう!!」

「シルヴィ、すき、だいすき」

「聞きなさい!!」


 そこで、フレデリクは何かにハッと気付く。この派手な被害は、もしやと。そして、「お前、さては態とだな!?」と叫んだ。

 一番最初、シルヴィの口付けでの大爆発は純粋にコントロールを失敗したのだろう。しかし、そのあとは頗る怪しい。最近のルノーの様子からして、フレデリクがその結論に着地するのも頷けた。


「……ルノーくん?」

「うん?」


 シルヴィもフレデリクが間違っていないと判断したらしい。一変して、どこか責めるような視線をルノーに向けた。

 当のルノーは、いまだ蕩けた目をしながら甘ったるく返事を返す。驚くことも悪びれた様子もないのを見るに、やはり態とであるらしかった。


「ルノー、お前は……」


 深々と溜息を吐き出したのは、勿論フレデリクで。シルヴィの苛立ちは既に鎮火していたものだから、ルノーに対して仕方のない人と眉尻を下げた。

 それを見たルノーは、こてりと心底不思議そうに小首を傾げる。次いで、ゆったりと目を細めた。その瞳の中に滲んだほの暗い怒気に、シルヴィは目を瞬く。


「城が崩れて、誰が困るの?」

「それは……」


 誰だろうか。巻き込まれれば、周囲にいる者達が危険である。そう思ったのだが、ルノーの様子からして解毒薬はしっかりと効いてくれたらしい。そうなれば、もはやここが一番安全な場所。


「僕は売られた喧嘩は、全て買う主義だ」

「そうだね」

「特に今回は、首を貰っておこうかと思っていてね。ついでだから、加担した魔女達のためにここら一体を焼け野原にしてあげるつもりなんだ」


 どこまでも美しい微笑みであった。先程の幼子のように拗ねていた印象が強すぎたが、忘れてはいけない。ルノーは今、人生最大の不機嫌の真っ只中にいるということを。

 バチバチとルノーの背後で深い紺色の魔力が迸る。魔力コントロールを失敗している訳ではなく態と、明確な悪意でもって魔女達の城は爆発した。


「んー……。そっかぁ」


 そして、これも忘れてはならない。


「じゃあ、仕方がないね」


 今のシルヴィは、ルノーの全てを肯定することに何の疑問も持っていないということを。

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