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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
極東島の魔女編

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20.魔王と“愛”

 これであとは、ルノーくんだけだ。シルヴィは解毒薬の瓶を握り締め、ルノーを見上げる。合ったルノーの瞳が、名残惜しそうに揺れた。

 それにシルヴィが何かを言うより先、動いたのは魔女長であった。光と闇が入り交じった攻撃魔法がシルヴィ目掛けて放たれる。


「イヴォン!!」


 リルの呼び掛けに経験則からくる反射で、イヴォンは杖を構えた。何を要求されているのか即座に理解し、イヴォンはリルの期待に応えてみせる。


「リエ・ミューデル!!」


 二人が同時に呪文を唱える。現れた魔法防壁は、闇と光が見事に融合し固く結び付いた神秘的な色彩を放っていた。

 闇は光にはじかれず、光も闇にのまれない。その魔法防壁は、魔女長の闇魔法も光魔法も全てを防ぎきり、尚且つ全く揺らぐこともなかった。


「よし!! 完璧だ、イヴォン!!」

「~~~っっ!! はいっ!!」


 リルに褒められた事実にイヴォンは、感極まった様子で何とか返事だけを返す。歓声を上げたのは、ロラであった。


「すご~い!! 本当に完成してる~!!」

「あぁ、双方が消し合わないよう微調整するのに苦労した。が! ラザハルでの件で魔界に行ったのが、イヴォンにとっては得難い経験になったらしくてね」

「あ~、トリスタン様と落ちてったやつね~」

「闇の魔力と向き合う良い機会になったようだ。見てくれ。我が国の希望だよ」


 ヴィノダエム王国の次期女王が、そこには立っていた。しかし、イヴォンを眩しそうに見つめるリルの瞳には、何処か諦めにも似た罪悪感が滲んでいて。ロラは、あら~? これはもしや? と恋の予感に目を輝かせる。

 リルと目が合ったイヴォンは、嬉しそうにはにかんだ。それにリルは眉尻を下げ、困ったような笑みを返す。


「シルヴィ嬢、ルノーのことを頼む。時間稼ぎは、我々に任せておきなさい」

「承知致しました」


 ローブを靡かせ、フレデリクが前線へと歩いていく。ルノーの近くに居たのは、見張りのためだったのだろうか。


《退屈を感じる間もない。実に騒々しい時間であったなぁ》


 愉快そうなルノーの声音に、少しの寂しさのようなものが混じる。あぁ、やはり。魔王はとんだ寂しがり屋になってしまったらしい。そうシルヴィは、優しげに目を細めた。

 そして、ドラゴンの姿であろうとルノーはルノーだとシルヴィは思っている。しかし、この姿のルノーと人間の姿のルノーは、別々の人格を持っているのだろう。だから、寂しがっている。


「ルノーくん、いや?」


 酷く甘やかすような声音であった。いつかと同じ。こてりと首を傾げるものだから、シルヴィの髪がさらっと肩から滑り落ちる。

 ルノーは、その感情をよく知っていた。しかし、どうしても持て余してしまう。あぁ、何と毒々しいことか。


《いやではないさ。いつだって、一緒だ》

「ふふっ、そうだね」

《ずっとな》

「もちろん」


 人間のルノーが早く代われと急かしてくるのは、完全に無視をして。ドラゴンは残りの時間を惜しむように、シルヴィを見つめる。

 シルヴィは、それに応えて彼を抱き締めた。約束通りに怪我をしないよう、注意を払って鱗を撫でる。優しく優しく、甘やかすように。


《シルヴィ》

「うん」


 呼び掛ければ、返事が戻ってくる。どこまでも澄んだ黄緑色の瞳が自身が映すのに、やはり違和感と安堵を同時に覚えた。

 ドラゴンは考える。“全ては愛のために”そう光の乙女は言っていた。いまだ愛など分かりはしない。しかし、この目の前にいる少女を愛と呼ぶのなら。呼んでいいのなら。


《全ては、(キミ)のために》


 捧げられるもの全てを駆使して、シルヴィを守るのだろう。人間のルノーが考えたように、それが例え自身の命であろうと。

 まぁ、そんな事をすれば彼女は悲しみ怒る、気が、する。ドラゴンは、そうだといい等と魔物にしては謙虚なことを思った。人間として過ごした記憶に毒されたか。


《なるほど。愛もそう悪いものではないな》


 シルヴィは、口を挟むことなくドラゴンをただ見つめる。長年の付き合いから確信を持っていた。これはきっと、ルノーにとって大切なことなのだと。


《シルヴィ、すきだ》


 いつものルノーとは、違う。何処か辿々しい響きをしていた。それに、シルヴィは目を瞬く。次いで、ゆったりと目尻を下げた。


「私も――好きよ」


 その言葉に満足したように、ドラゴンは喉の奥で笑う。いや、何処か煽るような。勝ち誇ったような。そんな感情が滲んでいた。

 それに、シルヴィが不思議そうに首を傾げる。ルノーはそこには触れず、シルヴィの手に甘えるように擦り寄った。


《次は、もっと沢山お喋りしよう》

「うん! 楽しみね」


 同じ人間である筈なのに、どうしてこうも自身とは違っているのか。もう少々、可愛げが欲しいところだが。まぁ、半分は自分なので無理だろうな。

 ドラゴンはそんなどうでもいいことを考えながら、目を閉じる。体の主導権を人間のルノーに返すために。

 入れ代わった時と同じ。辺りが再び光に包まれる。シルヴィは、思わず驚いて目を閉じた。


「ルノーくん!?」


 手に触れる鱗の感触が消えて、シルヴィは手探りで辺りを探す。しかし、何も触れない。

 段々と光が弱くなり、ふっと消えた。光の乙女の光魔法由来のものだからだろうか。目は数回の瞬きで直ぐに慣れる。


「ルノーく、ん??」


 シルヴィの眼前に飛び込んできたのは、ルノーの丸まった背中であった。しかしそれは、苦しげに呼吸をしているのとは関係がないようで。

 シルヴィがそう感じたのも無理はない。何故ならば、その背中から発せられているのは、あからさまな不機嫌オーラだったからだ。


「……えぇ?」


 勿論、シルヴィの口からは戸惑った声がでる。周りの喧騒も気にならない程に、シルヴィの脳内は疑問符で埋め尽くされた。


「あの、え? ルノーくん?」


 何やらルノーがぼそぼそと文句らしきものを言っているが、小声過ぎてよく聞き取れない。何がそんなにお気に召さなかったのやら。

 シルヴィは、少し空いていたルノーとの距離を詰める。手の届く距離で、再度「ルノーくん?」と優しく名を呼んでみた。


「ぼくは! まだ! 言われたことなかったのにっ!!」


 先程までのは、何だったのか。急に大きな声を出したルノーに、シルヴィは驚いて目を丸める。言葉の意味を咀嚼して、シルヴィは困ったように眉尻を下げた。

 あぁ、なるほど。ドラゴンのあの勝ち誇ったような笑みはそういう……。全てに合点がいって、シルヴィはルノーの丸い背中を見つめる。

 ひとまず大前提として、そんなことを言っている場合ではないことは確かだ。今も魔女長のヒステリックな叫び声が響いているのだから。

 それにルノーだって、かなり辛そうだ。早々と解毒薬を飲むべきである。

 しかしこれは、完璧に拗ねている。つまり、宥めないと無理。そう結論付けて、シルヴィは思案するように指を顎に持っていく。


「ルノーくんのために頑張ったんだけどなぁ」

「うっ、んんん……」

「とっても心配だなぁ。飲んでくれない? だめ?」

「うぅ、だめ、では、ない……けど!!」


 珍しく頑固だ。かなり揺れてはいるようであるが、シルヴィがこれだけ言っても首を縦に振らないとは。余程、嫌だったらしい。


「さいっあくだ!!」


 このまま地面にめり込んでしまいそうな勢いの落ち込み具合である。負のオーラが凄い。

 しかし、どうしてだろうか。シルヴィには、段々と可愛く見えてきていた。心がふわふわとするような。不思議な感覚。そうこれは、優越感と多幸感。

 この気持ちを何と呼ぶのか。シルヴィは、既に答えは持ち合わせていた。認めるのに、時間を要しただけだ。

 何処か熱を帯びた吐息がシルヴィの口からこぼれ落ちる。あぁ、何と幸福なのだろうか。彼の幸せのためならば、何でも出来ると思った。


“全ては愛のために”


 それは、聖なるシリーズのヒロイン達が必ず口にするキメ台詞である。プレイヤーは、この台詞に心を踊らせ、エンディングが近づいている寂しさを味わう。

 今も昔も変わらない。シルヴィは知っていた。この世界において、もっとも重要なこと。それは、“愛”なのだと。真実の愛こそが、この世界の理。

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