第28話 過去から現在へ
長い歴史の話を聞き終わったティアは、悲しい顔をしていた。
「だから教皇様は私の気持ちがわかると仰ったんですね・・・」
「ええ。だからあなたの妹を助けたいと思ったの」
「ありがとうございます。でも・・・」
ティアが言いにくそうにしている。
「いいのよ。何でも話してごらんなさい」
「教皇様は、どうして魔法ですべての病を無くしておしまいにならないのですか? 妹と同じように困っている人はもっといます!」
「・・・そうしたいのは私も望むところよ。でも今お話ししたように、魔法の力も年々弱くなっているの。この世界の思念濃度が十分高まるまで、あと500年は必要だから。私でも魔法は1日に数回が限界なのよ」
「あっ! そうでした、ゴメンナサイ。私、記憶力がよくないですね、へへへ」
舌を出しながら頭を掻く。お茶目で勝気、気さくな性格がこの娘の特徴なのだろう。エルフリーテはティアに対し、久々に家族や友達の懐かしさを感じていた。なぜなら、自分の話をきちんと無垢な心で受入てくれたのは、ティアが初めてだったからだ。
これまで話した相手は何人か居たが、皆下心でその話を利用しようとする者ばかりだった。ティアは初めて”自分の側”に立ってくれた。それだけでエルフリーテは、枯れてささくれだった自分の心に水が染みこむような潤いを感じていた。
そしてティアは妹を完治させてもらうと、自らエーデルツヴィッカーの屋敷に一生奉公することを嘆願した。エルフリーテは大いに歓迎した。
ティアはエルフリーテのすべてを理解しようと努めた。魔法も努力して習い、簡単な魔法なら日に数回は使うことができるようになっていた。元々才能があったのかもしれないが、彼女は努力家だった。
やがて10年も経つと、教会や都市の運営までをティアが担うようになっていた。エルフリーテはそういう世俗に疎い。正確には「興味がない」と言った方がいいだろう。ティアはなるべくエルフリーテに負担がかからないよう、神聖帝国の運営を切り盛りしていった。
気が付くとティアは大司教という地位にまで上り詰め、周囲からも信頼の厚い有能な信徒として認められるようになっていた。
そんな日々が続いていたある日。エルフリーテとティアは、教会内に不穏な動きがあるのを感じていた。教会と言っても内部には貴族あり、商人ありと派閥の勢力争いが常であった。組織になれば、国家だろうと教会だろうと似たような事が起きる。
その中でも「商人派閥」は、穏健で教皇に近い考え方を持っていた。「貴族派閥」は常に中立で、自分たちの地位にしか興味がなかった。「騎士派閥」は教皇に最も忠実で、派閥というより直属の騎士団、つまり国を守る武力としての役目が大きかった。
「枢機卿派閥」――― これが最も過激な派閥だった。創造神原理主義とも言えるほど魔法と魔法陣にのめり込み、膨大なエーデルツヴィッカーの蔵書まで研究対象とした。神の起こす奇跡に対して貪欲な実践的な一派だった。その中に魔術の天才が現れた。シストという司教だった。彼は特に破壊魔法に明るく、魔方陣を用いてかなり高度な術まで使いこなすことができた。このシストに疑惑が持ち上がった。破壊神を世に復活させようとしている、という噂が立ったのだ。
宗教における疑惑は宗教裁判で扱いが決まる。ただし公平な裁判は行われない。派閥の勢力図や政治的な駆け引きで決まるのだ。しばしば謀略に使われるのは周知の事実だった。
当然これを察知したシストは、身柄を拘束される前に神聖帝国を脱出し、行方不明となった。裁判官の命を受けた教皇直属の親衛隊がシストの家に踏み込んだ時には、既にもぬけの殻だった。だが彼の実験室から驚くべきものが発見された。
魂を転生させる魔法陣が組まれていたのだ。加えて裏聖典の詳細な研究書を保有していた。主な書籍は闇の一族「オータス」と破壊神マルグレットに関するものであった。
余程慌て脱出したのだろう。研究の計画書までが置き去りにされていた。計画書は壮大で、悪夢のような内容だった。さすがに無視できないと判断した親衛隊は、直接教皇の耳に入れることにした。親衛隊の隊長はティアである。ティアがエルフリーテに直接進言した。
「教皇様、シストの計画は破壊神マルグレットの復活、つまりオータス一族の復活です。マルグレットの転生体が、今この大陸に居るそうです。それを利用するとの計画です」
「何ですって!?」
いつもは穏やかで感情の起伏が少ないエルフリーテが、戦慄のあまり驚きの表情で固まっていた。自分が400年前に殺したマルグレット。その転生体が、まさかこの時代のこの大陸に現れるとは。可能性としてない訳ではなかったが、ヤーナが目覚めようとしているところへわざわざ転生してくるとは。因縁めいたものを強く感じざるを得なかった。
オータスとマルグレットの恐ろしさは、エルフリーテが一番よく知っていた。ヤーナ不在の今、復活の暁には、すべての生物の魂を贄にして思念濃度を上げ、この大陸はおろか、世界のすべてを恐怖で支配しようとするに違いない。
「ティア。教皇の名において命じます。破壊神の復活を阻止しなさい。手段は選びません。何としても食い止めるのです」
「はっ!」
ティアは大急ぎで情報収集に当たった。シストの研究書を100人がかりで昼夜寝ずに解析したところ、公国連盟カサブランカ公の娘がマルグレットの転生体であることを突き止めた。
しかし、既にシストの手の者によってカサブランカ公の娘は殺害され、その遺体はとある教会の地下墓地へと移動された後であった。そして教皇直属の親衛隊騎士団を率いてシストの下へ駆けつけた時には、ロキことマルグレットが復活してしまっていたのだった。
事態はそれだけでは収まらなかった。エルフリーテも自ら独自に公国連盟へ出向き、マルグレットの調査を行っていた。だが、大した成果も上げられず屋敷に戻った。いつものようにヤーナの寝室へ行くと、ベッドが空になっていた。エルフリーテは半狂乱で屋敷中を探した。連れ去られたか、自ら目覚めたかのどちらかになるが、前者の可能性は低い。警備も十分な上に、屋敷中に侵入防止の罠と魔法陣を張り巡らせていたからだ。魔法使いはもとより、どんな屈強な戦士だろうと、やすやすとヤーナの寝室には近づけないはずだ。
「もしや・・・ついにお目覚めに?」
そう思うと居ても立っても居られなかった。ここでふと気が付く。魔術回路が切れている。つまりヤーナは少なくともこの街の中には居ないということだ。
回路が切れれば寿命が来てしまう。だが魔力の蓄えは十分ある。この400年間で少しずつミスリル銀の形にして溜めていたのだった。それがエルフリーテが教皇の印として携帯している、”錫杖と銀の剣”である。これだけで少なくとも半年は持つだろう。ヤーナの行き先が気になっていた。
改めてベッドの上を見ると手紙が置いてあった。
~ リーテちゃんへ。リサを見つけたよ。ここからさらに北の都市。先に行ってるからね ~
手紙を握り締めるエルフリーテの両目からは、ぽたぽたと涙が落ちていた。視界が歪み、嬉しさと懐かしさとこれまで耐え忍んだ日々が、一気に押し寄せて来る。
「ヤーナ様・・・もう相変わらずですね。いつも私は置いてけぼりです」
懐かしそうにリーテは呟いた。嬉しさはさらに続く。リサを見つけたということは、転生体なのだろうか。まさかマルグレットに続き、リサまでもこの時代のこの大陸に生まれ変わるとは、もはや運命としか言えない。
興奮気味のエルフリーテは側近たちを呼び、大陸の詳細な地図を広げさせた。
「うーん、ここから北の都市というと結構数がありますねぇ。一番大きなのがサザ王国の王都、そして新興国の小さな町を考えるとざっと8つはあります。8つ全部を巡るとなると、距離から考えて3ヶ月はかかるでしょう」
「・・・一番可能性が高いのは・・・と言ってもわかりっこないわよね」
「はい、残念ながら。ヤーナ様のお手紙には、何かヒントのようなものはないのでしょうか?」
「ないわね。あの方は思い立ったら考える前に動いてしまうような人だから」
そう言うエルフリーテの顔はいつになく笑顔だった。
「今の時代、魔法での移動はまず不可能です。きっとヤーナ様が移動されたのなら、必ず目撃している者がいるはずです」
「あっ・・・それもそうね。私の頭も古いのかしら。アハハ」
ティアは初めてエルフリーテの会心の笑いを見た。自分も妹が死の淵から生還した時から感情ががらりと変わった。世界のすべてが明るく見えた。それが今、エルフリーテにも起きているのだ。400年、あまりに長すぎる。そして重過ぎる年月だ。
教会が手分けをしてヤーナの目撃情報を収集すると、ほぼ間違いなくサザ王国の王都へ向かったことがわかった。
「ティア、私は直ぐにサザ王国へ向かいます。あなたはマルグレットの件を探りつつ、この街を守ってください。お願いですよ」
「かしこまりました。お任せください! そしてヤーナ様との一刻も早いご帰還を心待ちにしております」
エルフリーテの顔つきが、いつになく子供っぽくなっている。まるで遠足前日に嬉しくて眠れない幼児のようだ。心に秘めた嬉しさが、抑えきれずにあふれ出て来る様子が、その表情から容易に見て取れた。
「教皇様、お供の者は何名つけましょう?」
「供は不要です。それよりも戦える者は、すべてこの街の守りに充てなさい」
「しかし、御身が危険では?」
「ティア、あなたは私の昔を忘れたのかしら?」
そうだ。破壊神を拳一つで滅ぼした不死身の戦士。それがエルフリーテの正体だ。魔法がほとんど存在しない現世では向かうところ敵なし。
「教皇様、どうかお気をつけて」
「なるべく早く戻ります。状況は教会の連絡網を使って入れます。でも万が一何かあったら、この街の住民の安全を第一に考えてください」
そう言い残してエルフリーテは進路を一路北へと向けた。馬に乗るのは久々だった。急いで駆るこの感じ。400年前、リサとヤーナを助けに向かったあの時と同じだ。そして今度も先に居るのは、リサとヤーナだ。歴史は繰り返すと、先人はよくいったものだ。エルフリーテの顔からは、思わず笑みがこぼれた。
王都に入れば魔術回路が復活する。あとは回路を辿っていけば、確実にヤーナに着くはずだ。
書き溜め分が終わりました。毎日2回のペースで更新して来ましたが、さすがにここまでです。ペースを落として更新できるか、あるいはもう少し書き溜めてから一気に更新できるか、どちらになるかわかりませんが、まずはここで一区切りとさせて頂きます。




