第27話 数百年の封印
エーデルツヴィッカーの屋敷に戻ると、ヤーナをベッドへ寝かせた。リサの体はきちんと整えられて棺に納められた。
「ヤーナ様、目覚めませんね」
リーテとフレイアが交代で看病にあたる。看病と言っても自然に目覚めるのを待つしかない。体は健康なのだ。
「そうね。どうして目覚めないのかしら・・・」
「まさか魔法で眠らせられているとか?」
「わからないわ。かけられた魔法の正体がわからないから」
「マルグレットの使った魔法は、きっと闇属性ですよね」
「確かお祖父様の書庫に、闇属性の話があったわ」
リーテが書庫を漁り、一冊の古ぼけた本を持って来た。題名は「闇の一族とその系譜」だった。9分冊。軽く見積もっても3000ページほどはある。
「そう、これよ。何か手がかりがあるかもしれない」
リーテとフレイア、リュシーが手分けをして読みふける。それらしき魔法の名前をリュシーが見つけた。
「封煉。これだと思うの」
リーテとフレイアが食い入るように読む。
「封煉」フウレン。
この魔法は闇属性の中でも、最も効果の高い封印術式である。この封印の特徴は、一度術を発動したら永遠に持続することである。効果が持続している間は、対象者の時間は停止したままになる。解除できるのは術者だけである。
「―――そんな、術者ってマルグレットはもうこの世に居ないんですよ! どうすればいいの!?」
リーテが絶望的な眼差しをリュシーに向ける。
「そういえば、あの時のマルグレット、やけにおとなしくやられたと思うのよ。確かにリーテの攻撃が早すぎたという点はあるにしてもね。用意周到で狡猾なマルグレットが、まるでわざと殺されに出て来た
みたいだったわ」
「私に殺されるためにマルグレットは出て来たのですね。そうすれば、永遠にヤーナ様の術は解けないから」
「すべてマルグレットの計算通り・・・という訳かしら。でもねリーテ、あなたの行動は最善だったと思うの。仮にこの封印魔法のからくりを予め知っていたとしてもね。もしマルグレットを殺さなかったら、全員がきっと街の住民ごと殺されていたに違いないから」
リーテは複雑な顔をしていた。何と返してよいのかわからなかった。結果的にヤーナの封印を絶対のもにしてしまったのは自分なのだ。
「さてと、次にいくわよ」
「―――はい?・・・あのー、次って何ですか?」
フレイアが小首を傾げる。
「この本はね、裏と表で対になっているの。今読んだのは表の話。裏の話で表の話がひっくり返るのが
特徴なのよ。これはお祖父様の文体の特徴なの。対の本がどこかにあるはず。リーテ、フレイア探して来て」
リーテとフレイアは徹底的に書庫を家探しした。エーデルツヴィッカー蔵書は、軽く10万冊はある。何せ祖父サイスが一生をかけて大陸中の本を集め、書き記したものなのだ。
「これ・・・でしょうか?」
「闇魔法。解かりやすいタイトルで助かりました」
本は辞書形式で整理されていた。さながら闇魔法の教科書のようだった。
「封煉」を引く。―――フウレンの解除法。存在しない。術者が死んでしまった場合、効果は永続する。ただし、思念濃度の高い人間の魂を贄として魔方陣を描けば、数百年の後に解除される。
「す、数百年後・・・」
リーテが絶句した。しかも人の魂を贄にしなければならない。到底クリアできない条件だ。
「リーテ、フレイア、私の話を聞きなさい」
「は、はい!」
リュシーがいつになく大きな声で話を始めた。
それは実に大胆かつ遠大な計画だった。虚ろな魂であるリュシーは、間もなく猫と共に寿命が尽きる。だがこれを利用する。リュシーの魂が贄になる。体は猫だが魂は人間だ。もちろんヤーナへの思いという濃厚な思念を持っている。
その解除魔法は幸いなことに、魔法陣で発動させることができる。正確な魔方陣さえあれば、リーテやフレイアでも扱うことができる。
さらにリーテの存在だ。
「リーテ、あなたの寿命は何年なのかしら?」
「え? それはもちろん人間と同じ・・・」
「・・・のはずはないわよね。ヤーナと魔術回路が繋がっていて、不死の治癒魔法がかかっている。つまり寿命で死にそうになったら、また生き返るのよあなたは。ヤーナが居る限り、リーテは年を取っては生き返る。これを繰り返すの」
「そうか! ヤーナ様が数百年後に目覚めても、リーテは会えるってことですね!」
頭の回転が早いフレイアは、思わず嬉しさで叫んでしまった。
「ええ、そうよフレイア。だからリーテ、貴女に全部お願いするわ」
「リュシー様、フレイア・・・私がヤーナ様の封印を解いてみせます。そしてまた皆で一緒に暮らしましょう。どこに転生していても絶対に迎えに行きますからね」
リーテの頬を涙が伝う。フレイアの眼にも自然と涙が溢れていた。
「エルフリーテ。不肖の妹をよろしくね」
リュシーの指導で魔方陣を描く。幸いシンプルな術式だったので、さして時間もかからなかった。
「でもリュシー様、もっと寿命ギリギリになってからでもよいのではないですか?」
「いいえ。この体はいつ逝ってもおかしくない状態なのよ。死んでしまったら私の魂は使えなくなってしまう。そんな危険は冒したくないの」
「わかりました。リュシー様、またお会いしましょうね」
リーテとフレイアは、自然とリュシーに頭を下げる仕草を取っていた。
魔法陣が発動した。リュシーの姿が消失し、ヤーナの姿が一瞬青白い光に包まれた。この術式が成功したかどうかわかるのは数百年後だ。
――― その後。
リーテとフレイアは2人でエーデルツヴィッカーの屋敷を守りながら、慎ましく暮らした。80年も経つとフレイアもすっかり歳を取り、寿命を迎え死んでいった。最後の言葉は「また皆で一緒に暮らそうね」であった。
そしてリーテは年を取らなかった。外見は80年前とまるで同じだった。毎日毎日ヤーナの体を拭き、清潔に保った。意識はないが呼吸がある。拍動もある。確実に生きているのだ。
その頃、大陸全土で凶悪な伝染病が大流行した。病魔の進行は早く、魔法での治癒が間に合わなかったため、数十万人が犠牲となった。感染の拡大は衰えを知らず、エルマー大陸から人が居なくなるのではないかと思われた。
そこに銀髪長身、赤眼の魔法使いが現れた。連続で治癒魔法を使ってもまったくの疲れ知らず。奇跡の魔術師と呼ばれた。彼女は、次から次へと凄まじい早さで人々を治療していった。僅か半日で北の都市から感染者が居なくなった。
この噂は瞬く間に大陸全土へと広がった。病を治してもらおうと、北の都市は各地から大勢の人間が詣でる聖地となった。これが後に創造神の奇跡、【神の祝福】の神話として語り継がれることとなった。
だがこの治癒魔法の使用は多大な魔術、つまり人間界の思念濃度を大幅に下げる結果となった。これにより人は魔法が使えなくなった。魔術の源泉、つまり思念が薄くなったのだ。
リーテは治癒の功績を讃えられ、女神エルフリーテとして祀り上げられた。しかしエルフリーテは、自分が神として扱われることを頑なに拒んだ。
「私は創造神に仕えるただの人です。私を作った、そして皆さんを作った創造神は、ヤーナ様という方です」
この言葉を繰り返すのみであった。
大陸全土の感染拡大を食い止めると、彼女はエーデルツヴィッカーの屋敷に籠り切りになった。だがエルフリーテの力を利用しようとする輩がいた。北の都市の貴族たちだ。今度は彼女を神の伝道者として祀り上げた。
北の都市は、街の名前を「神聖帝国」と改名し、エルフリーテを創造神の使者として教皇の座に据えた。エルフリーテの意図とは違ったかもしれないが、ヤーナは名実ともに創造神となった。そして自分は教皇として力を振るいながら、ヤーナの目覚めを待つことができる。
神聖帝国、つまり元の北の都市の貴族たちは、宗教国家となったことで、信者からのお布施により大層潤っていた。ある日、金銭欲から一人の側近がエルフリーテを裏切った。そもそもエルフリーテはヤーナの事しか頭にない。それ以外はまったくの無関心だった。
側近は教会の言い伝えを書き換えてしまった。創造神と破壊神の名前を入れ替え、逸話をすべて塗り替えてしまった。しかもこの話を教皇の名の下に聖典として広めて回った。
この側近はヤーナ登場以前に信じられていた、土着の神々の一派から買収されていた。金で信仰心を売ったのだ。これが原因で以後大陸では、創造神マルグレット、破壊神ヤーナとして伝わることとなった。
だがエルフリーテはどうでも良いと思っていた。誰が何を報告して来ようとも、側近や貴族達が何をしようとも、頭の中では常に別のことを考えていたのだ。早くヤーナと一緒にリサの料理が食べたいなと、毎日思うだけだった。ああ、そうだフレイアの育てた野菜もあった。温かい食卓やアカデミーでの楽しかった日々を想い出し、それを反芻しては生きる糧にする。そんな毎日を送っていたのだ。
――― そして、ヤーナが眠りについてから400年が経った。
その間に、創造神の信仰は大陸全土に広まっていた。エルマー大陸は、創造神信仰の民で溢れかえった。それには大きな理由があった。
一つは【神の祝福】たる治癒の奇跡を未だに見ることできたからである。人々から魔法の力が無くなって久しかった。もはや魔法を使えたという事実さえも、記憶から消え去っていた。だがエルフリーテの治癒の力は衰えず、どんな病でも治すことができた。滅多に姿を見せないエルフリーテも頼って来る者を見捨てることはできない。だから病で倒れそうな者は、できる範囲で治療していた。これが創造神の信仰を確固たるものにする大きな要因となっていた。
もちろん貴族も病になる。必然的に大陸全土の貴族が、創造神信仰を推し進め、手厚く庇護する。それがますます信者を増やす原動力となった。
信仰が広がったもう一つの理由は、エルフリーテが歳を取らなかったことである。外見の秀麗さはもちろん、歳月を経てもその美貌にはまったく変化がなかった。これが世に言う”不老不死の教皇”である。 この2つの奇跡を目の当たりにすれば、誰もが創造神を信じるしかなくなっていたのだ。
そして今から10年前。つまりヤーナが目覚め、キアたちと出会う10年前ということになるが、一人の少女がエルフリーテに仕えることとなった。名前をティアという。ティアは生まれも育ちも神聖帝国。生粋の創造神の信奉者だった。
エルフリーテと謁見をすることになったのは、二つ下の妹を治してもらうためだった。妹は生まれつき心臓が弱く、わずか8歳で死を迎えようとしていた。医者からは匙を投げられ、助かる見込みは他人の心臓でも移植する他はないと言われた。もちろんこの時代、心臓移植の技術はない。それどころか簡単な外科手術でさえも成功率は低く、極めて高度な物とされていた。この大陸は長い間、魔法に頼っていたため、技術や医術の発達が遅れてしまったのだ。
ティアの妹は、実質的に死を宣告されたに等しい。もう頼るべきは教皇様しかいない。そう思ったティアは必死の思いで教会へ赴いていた。だが病人は大陸全土から毎日集まる。エルフリーテも一日に数名を診るだけになっていた。当然教会には長蛇の列ができる。中には教皇を名を語り、インチキ治療で金をせしめようとする者まで現れた。
治癒を頼る者は、常に騒然とした状況である。わずか10歳の小娘の願いなど届くはずもない。だがティアは持ち前の負けず嫌いな性格で、辛抱強く懇願し続けた。雨の日も雪の日も、毎日朝一番で教会へ出向き、深夜まで司祭たちにお願いをして回った。
「それならば、その熱意を教皇様へぶつけてみよ」
と例外的に教皇への謁見が許されたのだ。
ティアは教会からエーデルツヴィッカーの屋敷へと案内された。立派な屋敷ではあるが、貴族の城のような豪華絢爛な教会と比べると、だいぶ落ち着いている。
ティアはリビングへと通された。そこには、実に家庭的で温かい風景があった。木の装飾が施されたテーブルに椅子。仄かに燃える暖炉。マントルピースの上には青い生花。そして壁には少女・・・
とメイド姿の大きな肖像画。さらにはドラゴンや猫の肖像画も掲げられていた。すべての絵には同じ署名があった。「ガブリエラ」という文字が辛うじて見えた。どの絵も相当古い物だろう。
「まさか教皇様のお家が、こんなところだったなんて・・・」
「想像とは違ったかしら?」
そこには銀髪長身の女性が、マグカップを2つ持って立っていた。
「えっ?! あ、あ、あ、あの・・・もしかして教皇様ですか!」
「ええ。エルフリーテ=エーデルツヴィッカーよ」
突然フラリと現れた教皇の姿に、慌てふためくティア。何せ伝説の神の使いが、目の前に居るのだ。足がガクガクと震えていた。
「あら、そんなに緊張しなくてもいいのよ。誰も取って食べたりしないから。そこの椅子にお掛けなさいな。美味しい紅茶を一緒に飲みましょう」
それからのティアは饒舌だった。これまでの事を一気にまくし立てた。妹の事、教会での事、果ては自分の生い立ちまで話をつづけた。エルフリーテはそれを笑顔で聞き続けた。
「・・・ごめんなさい、私、余計なことまでしゃべってしまって」
「いいのよ。久しぶりに私もお話ができて楽しかったわ」
「あの・・・それで」
「妹さんのことね。明日にでも連れていらっしゃい。これまで診てあげられなくて、ごめんなさいね」
「そんな! とんでもないです。でも妹は今、ベッドから動かせないんです。意識ももうないので・・・」
ティアが残念そうに下を向く。治療するためには、教皇が自分の家を訪問する必要がある。そんな大胆な願いはとても叶えてもらえそうにないと思ったからだ。
「そうだったのね。貴方の気持ち、私にはよくわかるわ。ちょっと隣の寝室まで来てくれるかしら」
「は、はい・・・でも」
「いいから、いいから」
エルフリーテは、ティアの手を取って寝室まで案内した。
そこには一人の少女がベットに横たわっていた。金色の髪に透き通るような白い肌。まるで眠りに着いたお姫様のようだとティアは思った。
「この方は、390年前に眠りにつかれた創造神、ヤーナ=エーデルツヴィッカー様よ」
「えっ!」
ティアは絶句した。今まで神のような存在だと思っていた教皇様。世間では教皇が神の現身と思われていた。それなのにまさか本当の神様が居るなんて・・・しかも”ヤーナ”といえば、自分がこれまで聞かされて来た破壊神の名前だ。破壊神がこんなに可愛らしい女性だったとは。
混乱しているティアに向かって、エルフリーテはすべてを語った。長い長い本当の聖典を。
長い長い昔話でした。思わず物語の趣旨を忘れるくらいに。さてこの後、現在に戻って時間が「今」に追いついて行きます。




