第22話 少女の不文律
- 深夜
「リサ、起きて」
「ヤーナ様、このような時間にいかがなされました?」
ベッドに入って就寝中だったリサは、ヤーナによって突然起こされた。ほとんど睡眠を必要としないリサだったが、最近は周囲の生活に合わせて、毎日2~3時間は寝るようになっていた。
「今、ちょっと話をしてもいい?」
「もちろんです」
リサがベッドから体を起こし、部屋のランプを灯す。柔らかく暖かい光が仄かに室内を照らした。
「あのね、フレイアの事なんだけど。実は似つかわしくない能力を付加しちゃったんだ」
「彼女に付加した能力を忘れた、というのは嘘でしたのね?」
「うん。あの場では言えなかったんだ」
「それで、どのような力なのですか?」
「魅惑。チャームだよ。それと命を育む力。フレイアは自由に植物をコントロールできるんだ。生やしたり枯らせたり、いろいろね」
「なるほど。それはこれまでのフレイアの人生からは程遠い能力ですね。きっと今の彼・・・いや彼女は
到底受け入れないでしょう」
「そう、だよね。ボクはね、平和な力がいいなって思ったんだ。でもフレイアを見ていると戦闘にしか興味がないような性格だから心配になって・・・」
「それはそうでしょうね。何せドラゴンですもの。生まれてから今まで、恐怖と殺戮が専門の生き物だったのですから。その能力はまるで反対です」
「だからね、今日リサがフレイアを教育してるのを見てて思ったの。フレイアの力はリサの指導がちゃんと終わってから伝えた方がいいかなって。リサ、お願いだからフレイアを普通の女の子にしてあげて」
「私にどこまでできるかわかりませんが、立派なレディにしてみせます! そうなれば魅惑の力も大きな戦力となりましょう」
「でも植物を操る力って、もしかして農業にも使えたりするのかな?」
「農業だけではございません。林業にも使えます。植物はこの世の生物のすべてを支えています。それを自在に操れるというのは、戦闘にこそ向いてはいませんが、国どころか大陸全土を傾けるほどの力とも言えます」
リサが誇らしげに言う。
「さっすがリサ! そうだよね! そういう説明ができればフレイアも喜んでくれるかな?」
「ええ、きっと喜びますとも」
ニッコリと笑い、ヤーナを元気づけるリサ。
「ありがとう、リサ!」
「でも問題は1つ目の能力ということですね。魅惑の能力を中身男性、外見女性のフレイアが使ってしまうと不幸が起きそうです」
「う、うん。実はそこが困ってるんだけどやっぱり正直に伝えることにする。でもリサの指導で立派なレディになった後にね」
と苦笑するヤーナ。
「それがいいですわ。二つ目の能力の方は、明日の朝にでもお伝えくださいませ。早速使い道もありそうですし」
「使い道? 畑でも作るの?」
「なるほど、畑を作るのはいい考えですね。美味しい野菜がたくさん採れれば、毎日の食卓が充実します」
「でも畑じゃないんでしょ?」
「ふふふ、庭のお手入れですわ」
「最近雑草が酷いですし、庭木の剪定もしなければいけませんし」
「でもそれって魔法じゃダメなの?」
「魔法でもできますが、細かいところまでは行き届かないんです。剪定も全部切り落としてしまうなら魔法でも簡単なのですが」
「やっぱりフレイアの力は凄いんだ。あっ、それボクが決めたんだっけ。能力は大体でしか決めないから、実は何が起きるかボクにもわからなかったりするんだよね、アハハ」
なんとか笑って丸く収めようとするヤーナ。
「ご心配召されませんように。後はリサに万事お任せください」
「ありがとう。起こしちゃって悪かったね、オヤスミ」
翌朝。ヤーナとリーテがアカデミーへ登校する。
屋敷ではリサとフレイアの時間が始まった。
「そうか我の・・・いや私の能力は、植物を自在に操ることなのか。どうしてなかなかに奥深い力のようだな」
「そうですよフレイア。ヤーナ様に感謝なさい」
「もちろんだ。創造主こそ私のすべてだからな。逆にそれ以外はない。生きている理由もない」
「そういう口ぶり、まだ過去を引きずっているのですね」
「気に障ったなら許してくれ。悪気はないのだ」
「私も少し理解できますよ。無から生まれた履歴の無い者ですから。さて、そうは言っても働かざる者食うべからずです。まずはお買い物からですね」
「食材を調達するなら私の力を使った方が、経済的にも優れていないか?」
「あら?! なんて前向きな姿勢なんでしょう。じゃあお買い物と庭のお掃除は止めて、小さな菜園を作ってみましょうか」
「心得た。でも私は農業の経験なぞないぞ。人間が栽培しているのはたくさん見てきたが、あれはあれで技術が必要なのだろう?」
「ええ、普通ならね。でもあなたの力があれば、さほどの苦労はないかもしれません」
「だが魔法の方が早いのではないか?」
「いいえ。魔法術書にもヤーナ様の魔法にも、植物を操作する術はないのよ。あるのは植物を断ち切ったり燃やしたりする破壊系のものだけ。育てたり生やしたりすることに成功した者はいないの」
「そうなのか!?」
どことなくフレイアの顔が嬉しそうだ。魔法でも不可能な唯一無二の能力。間接的に自分の存在意義が認められているからかもしれない。人は誰かに必要とされることで力を得る。それが生きる意志を持つことにつながるのだ。
リサは早速庭の中でも、最も地面の柔らかくて土の厚い部分を探し出した。半日ほどかけて10メートル四方くらいの畝ができた。ここに野菜のタネを蒔く。今日選んだのはトマトのようだ。畝にパラパラと種を振りまいた。
「さて、ここからがフレイアの出番よ」
「どうすればよいのだ? 力の発動方法がわからないぞ」
「念じれば良いそうよ。トマトがたくさん生っている状況を強くイメージして」
フレイアが畑の前で眼を閉じる。眉間に皺を寄せて強く想像する。数秒後・・・畑に蒔かれた種が発芽して根を張った。力強く蔓が伸び、葉が広がりあっという間に立派なトマトに覆われた。
「すごい・・・こんなの初めてよ」
リサが驚きの眼でフレイアを見つめる。
「これが私の力。今まで壊すことしかしてこなかったが、何だこの充実感は。育むという行為はこんなにも崇高な感覚なのか。これまで私が破壊し殺してきた者も、このように育った崇高な者たちだったのだな。私はなんということをこれまでしてきたのだ。破壊は虚無しか生まぬ。創造神が私を創った時に言っていた事が500年経ってようやく理解できた」
フレイアは泣いていた。その涙は後悔と感動が入り混じったものだった。
「では収穫しますよ」
リサも少し泣いていた。ヤーナがこれを見越して能力を授けたのだとしたら、やっぱり偉大で優しい神様だ。自分は本当に良い主人に巡り合ったのだと心が躍るように嬉しくなっていた。
トマトは大成功だった。種から実になるまでの時間は僅か10秒。たった10メートル四方から300個以上が採れた。どれもが赤く輝き、丸くてみずみずしい。
フレイアが一口齧ってみる。絶妙なバランスの甘みと酸味。旨みもじんわりと広がって来る。優しい甘みが口の中に最後に残り、鼻の方へふんわりとしたトマトのフルーティで爽やかな香りが抜ける。
「人間はこんなに美味い物を食べていたのか。私は思念を食って生きて来たから、こういう感覚とは無縁だった。感慨深いものだな」
「ふふふ、人間になって良い事もあったでしょ?」
リサは、徐々に心が人間へと変化していくフレイアに、堪らない愛おしさを感じ始めていた。
「さすがにこの量は私たちだけでは食べきれませんね。ご近所様へお裾分けに出掛けましょう」
リサは荷車に山盛りのトマトを乗せ、フレイアを連れ立って教会へ出かけた。散々お世話になりっぱなしの司祭様へお礼のトマトを配った。教会に礼拝に来ていた屋敷のご近所さん達へも惜しみなく配った。
皆、トマトの出来のよさに感心し、口々に褒め言葉をリサにかけた。
「いえ、これを作ったのはこのフレイアなんですよ」
「へぇ~こんな小さい子が? 凄いねぇ、農業の神様に愛されてるに違いねぇ」
農夫たちも驚きと尊敬の眼差しを向けていた。
「フレイア。皆さまにご挨拶なさい」
「皆さん、フレイア=プリムスといいます。今はエーデルツヴィッカーのお屋敷でお世話になっています。
出来ることは野菜を作ることくらいしかありませんが、どうぞよろしくお願いいたします」
ぺこりと頭を下げる。身長が小さいだけに余計に可愛く見える。
「いんやぁーこんな小さい子が大したもんだ。挨拶までちゃんと出来る。さすがだべや」
フレイアの頭を農夫たちが次々に優しく撫でる。
彼女は不思議な感覚に襲われていた。なぜか懐かしい感じがしたのだ。
教会からの帰り道 -
「リサ。・・・私は何者なのだろう?」
「どうしたのですか唐突に」
「農夫に頭を撫でられた時、大昔の記憶が少しだけ蘇って来たのだ。もしかしたら私にはドラゴン以前の記憶があるのか?」
「それはヤーナ様に聞いてみましょう」
夕方になるとヤーナ達が帰って来た。トマト尽くしの料理が食卓に並んでいた。フレイアの今日の活躍を話し、トマト料理の解説を丁寧にリサが披露して行く。
「うっ、美味しい・・・なにこれ」
「私、こんなトマト料理食べたことないです」
リーテが顔を紅潮させている。本当に美味しいのだろう。
「これも全部フレイアのお手柄なのですよ」
「フレイア、大地の恵みをありがとう。君には感謝しなきゃだね」
「そんな、私は創造主の力を代行しただけで」
照れながらフレイアはモジモジし始めた。それを見てヤーナが悪そうな顔をする。
「なーんかカワイイぞ、フレイアちゃん」
「なっ!」と言って顔を真っ赤にして動きを止めるフレイア。
本当に小柄でカワイイ少女の様相なので、照れる仕草も周囲が放っておけないほど愛らしい。
「そうだ! 創造主、お聞きしたことがあったのだ」
「その創造主って言い方止めようよ。ヤーナでいいよ」
「わかった。ではヤーナ様。私は貴女にドラゴンとして生を与えられたものだと思っていた。それは間違いなのだろうか? 実は今日、教会内でドラゴンの時には経験していない記憶が少しだけ蘇って来た」
「うん。間違ってるよ。フレイアは元々人間だった。自分から選んでドラゴンになったんだよ」
「・・・ということは、ヤーナ様、貴女はすべての記憶を取り戻せたのですね? 私をドラゴンとして創った時のことまで」
「全部は無理だったけど、印象的な事とかは大体戻ったんだよ。もちろん、荒地でフレイアにボクの正体を指摘された時にだけれどね」
「では私は何者なのですか?」
「元々は普通の人間の女の子。ゴメン、でもその子の名前までは思い出せないや。その女の子は運悪く不幸が重なってね、人間を酷く恨むようになっちゃったんだ。幼いにもかかわらず人間に絶望して自殺しちゃったんだ」
一同、身じろぎ一つせずヤーナの話に聞き入っていた。
「その子は亡くなったんだけど、たまたまボクがその思いを捕まえて -つまり魔力だけれど- それを使ってゴーレムちゃんを作ったんだ。そしたら開口一番、その子は言ったんだ。”人間なんか皆殺しにしてやる”って。それはもうすっごい恨みの強さでさ、ボクも手を焼いたよ。でもボクにはわかっていた。この子は人一倍優しいからこそ人間に強い恨みを持つようになっちゃったんだって」
フレイアが気恥ずかしいような、申し訳ないような表情をする。
「だからボクは言ったんだ。そんなに恨みがあるなら、人間界の悪い想いをすべて吸い尽くして来てくれって。すると女の子は二つ返事で承諾したんだ。そしてボクは魔力を集めてその子をドラゴンにした。
ドラゴンを創った時点で、世界の思念濃度は少し下がったからそれで役目はほとんど終わってた。
でも彼女に濃くなった思念をもっと下げてもらおうと、人間界に行ってもらったんだよ。彼女は、結局人間界で暴れたけど、直ぐに捕まってしまって牢獄に入れられたんだ」
「それが赤の風一族の牢・・・」
「そう。赤の風一族は魔方陣を使うから、魔法から創られたドラゴンを罠にかけ捕えることもできた。でも牢獄の時間が長過ぎたよね。450年以上だもんね。そのせいで心まで完全にドラゴンになった。恨んでいた事や自分が元々何者であったかもほとんどの事を忘れてね。でもボクのことは覚えていたんだよね。どうしてかわかる? それはね、ボクが君を創った時の保険だったんだ。つまりボク自身が人間になって記憶を失った時、君によって記憶が戻せるようにと。だからボクたちはお互いがお互いを思い出せるように仕込んでいたって事なんだよ。ゴメンね、フレイア。ちゃんと話さないで」
フレイアの頬には涙が伝っていた。眼を大きく見開いたまま直立不動になっていた。
「そんな、そんなことが!」
リサはフレイアの肩を優しく抱いた。リーテもヤーナも彼女を優しく抱きしめた。
「うん、だから君は残忍で凶暴なドラゴンなんかじゃない。普通の人間の女の子なんだよ。そして今はボクの大切な家族。ボクが命に代えても守りたい大切な妹なんだよ」
フレイアはがっくりと膝を床につき大声で泣いた。ドラゴンの威厳などもうありはしない。完全にただの幼子になっていた。
「ヤーナ様、ありがとうございます。私、全部思い出したよ。そうだよ、両親を殺されて孤児になった私は親戚をたらい回しにされたんだ。そして最後は叔父に虐待され強姦されたんだ。足を鎖で繋がれて毎日叔父の慰み物として奴隷をしていたんだ。だから私は神に祈った。助けてくれない神を恨んだ。そして叔父を殺して、自分も死を選んだんだ」
「フレイアはもうフレイアなんだよ。昔の君はもう十分罪を贖った。だからこれからは幸せになる権利があるんだよ」
「そうなの・・・? 私は幸せになってもいいの?」
「神は個人に干渉してはならない。これが神に課された制約であり絶対の不文律。でもそんなのおかしいよね。皆が全員幸せになればいいのに。そう思って実践したから、ボクは人間に留まることになった。神としての制約を守らなかったから。でもそんなのどうでもいい。ボクは一人でも幸せになればそれだけでいいの。たったの一人も助けられない神様なんて存在する意味があると思う? フレイア、君はそんなボクの家族なんだから幸せになるしかもう道はないんだよ」
「・・・」
あまりに壮大でスケールの大きな、そして深い悲しいエピソードにリサが閉口していた。リュシーもリーテも同じ気持ちだろう。
「フレイア、そして皆、全員幸せになろうね」
ヤーナの眼はきらきらと輝いていた。その輝きは希望の星のようだった。




