第21話 ヤーナと魔術の真実
その頃ヤーナ達は、ガブリエラに描かれた魔方陣を発見し、リサが隈なく拭き消していた。荒野から転移し、屋敷に戻り、まずリーテから毒を抜き治療する。
ガブリエラには今日の事は忘れるようにと催眠魔法をかけ、自宅のベッドへ転移させた。
「・・・ガブリエラに迷惑かけちゃった」
「ヤーナ様は悪くありません」
「でも本当にマルグレットをどうにかしないと、この街に居続けるのは難しいわね。まだあのライツも残っているし」
猫のリュシーがぽそりと言う。
「まさかリーテちゃんの攻撃を受けても、反撃してくる人間が居るなんて想像もしてなかったよ」
「それにしてもヤーナ様のあの目は一体・・・」
ドシン。突如屋敷全体が揺れた。
「地震?」
リサがカーテンを開け、窓を開ける。そこには銀色の鱗で覆われたドラゴンの顔があった。
「なっ、ドラゴンっ?」
「ほほう、お前らが魔法使いの一族か? 我と戦え。拒めばこの家ごと街を全部焼くぞ」
「ど、ど、ど、どうしてドラゴン?」
リーテが驚きのあまり何を言っているのか、自分でもわからなくなっていた。
ヤーナは冷静だった。
「ドラゴン君、わかった戦おう。でも戦う理由は何だい?」
「お主に興味があるからだ」
「本当にそれだけだね? それなら人の少ないところに行こう」
「ふふん。構わんぞ。便利な瞬間移動とか言う奴で移動しようぞ」
ヤーナとリーテ、リサとリュシー、そしてドラゴン一匹が郊外の荒野に戻っていた。
ヤーナとドラゴンが対峙する。
「皆、手を出さないで」
「・・・来ないのか? ならばこちらからいくぞ」
ドラゴンが大きな口を開けると、蒼い炎が凄まじい勢いでヤーナへ吹き付けられた。
「削炎」
ヤーナが呪文を唱えると、ドラゴンの炎が右眼に吸い込まれて行った。
「ほぅ、お主まさか、、、な」
ドラゴンが目を細めた。巨大な体を感じさせない速度で尻尾の一撃を繰り出す。伝説ではシルバードラゴンの尾は、山をも削り取るという。
尻尾がヤーナへ横薙ぎに迫る。ヤーナの両目が再び碧に輝いた。爆音とともにドラゴンの尾は止められていた。
さらにドラゴンは鋭い爪でヤーナを押しつぶそうと振りかぶって来た。
ヤーナはその足をひらりとかわすと、ドラゴンの眉間まで瞬間移動していた。
右手を前に出し唱えた。
「呪除」
これは攻撃魔法ではない。呪いを解く魔法だ。
ドラゴンの背中から、赤い風一族が突き立てた呪いの錫杖が抜け落ちていた。
「さすが我が主だ。一瞬で見抜くとは」
ドラゴンが恭しく頭を下げ、ヤーナの前にその巨体を横たえていた。
「ボクは君の主じゃないよ。戦う理由が無かっただけ。そして君が苦しんでいたから、ちょっと手を貸しただけだよ」
「改めて名乗ろう。我は蒼の炎の名を持つ竜。500年前、貴女に造られし存在だ」
「ボクはまだ16歳だよ。500年も生きてはいないよ」
「そうか・・・貴女は御自分が何者かをまだ理解されていないのか」
「どういう意味です?」
リュシー猫がヤーナの肩に駆け上がり言葉を発した。
「リインカネーション。転生輪廻だ。はっきり言おう。ヤーナは創造神の転生体だ」
「なんですって!?」
「後ろにいるホムンクルスの2人も薄々感じていたのだろう? そもそもどうしてこの世に魔法があったり、我のような不自然な存在があったりするのか。そしてホムンクルスが生み出されたりするのか。考えたことがあるか?」
「・・・いえ、そこまでは」
「では今明かそう。創造神と魔術の秘密を」
ドラゴンはゆっくりと、包み隠さず秘密を明かしていった。
リーテは丁寧にその話を書き留めた。
魔法の正体はこの世に蓄積した、生き物の想いを具現化したもので間違いない。だがそれを使うためには、ある一定の濃度が必要だ。”想いの濃度”が一定になるまで人間の世界では魔法が使えない。
歴史が重なり、世界に想いが溜まって来ると、突然人間にも魔法が使えるようになる。魔法は、強い想いを込めると強大な力になる。人間自身を滅ぼすほどに・・・。
そこで創造神は考えた。”想いの濃度”が濃くなったら、自分が人間界に転生する。濃度を下げるために強い魔法を使い続ける。それを人間は「聖人の起こす奇跡」というようだ。つまり人に転生した神は、濃度を調整するための安全弁ということだ。
だが神といえども人間に転生するのは簡単ではない。リスクを伴うのだ。
人間の魂のまま人間界に取り込まれ、輪廻から抜け出せなくなる可能性がある。
そしてそのリスクは、ヤーナという形になって表れている。つまり地上に堕ちて、正真正銘の人間になった創造神が、ヤーナの正体ということだ。
ドラゴンは500年前、創造神ヤーナに作られた存在である。それは人間界の想いの濃度を下げるためである。ドラゴンを創るほどの強力な魔法は、この世界の”想いの濃度”を一気に下げることだろう。
ホムンクルスを創り出し、人間化する行為は、そもそも創造神がこの地上に最初の人間を創り出した時と同じ行為なのだ。つまり、特殊要素こそあれ、リサとリーテは完全な人間という訳だ。
「・・・」
全員が黙るしかなかった。そして何よりショックを受けていたのは、ヤーナ本人だった。
「ボクが普通じゃないかったのは、やっぱり理由があったんだね」
俯いたまま言葉を吐き出す。冷たい雨が降って来た。
「ヤーナ様、お体が冷えますよ。お屋敷に帰って温かいお茶にしましょう」
リサが事もなげに言ってヤーナの肩を抱いた。
ヤーナは震えていた。神様だろうが悪魔だろうが、今は年端もいかない女の子なのだ。
「リサ、ありがとう。思い出したよ、ボク」
声が震えていた。雨以外の液体がヤーナの頬を伝っていた。
「私は何があろうと常にヤーナ様のお傍にいます。それは貴方が何者であろうと関係ありません。貴方だから傍に居たいのです」
「リーテちゃん、嬉しいよ。温かいよ」
声が既に涙声だ。
「創造神よ、悪いが使命を果たさせてもらう。我を石化してこの場に封印せよ」
「どうしてそんな事をしなきゃいけないの?」
「我は人間の思念の塊。死ねばまた思念は、解き放たれてしまう。といってこのままの姿では生きて行けない。また牢獄に戻るのも癪に障る」
「嫌だ! 自分の意思で生きている者を石化するなんて絶対にできない」
「やれやれ、聞き分けのない神様だ。仕方がないのだ。そもそも我を封印しなければ貴女が人に転生した意味すらなくなるのだぞ」
「嫌なものは嫌っ!」
「記憶は失っているのにどうして頑固な処だけは、ちゃんと引き継いでいるのか」
ドラゴンは大きなため息をついた。
「あのー ドラゴンさん、創造神様って、そんなに頑固でワガママだったんですかー?」
リーテが素で聞いていた。
「いや、頑固だとは言ったが、ワガママとまではいっておらんぞ」
「こらリーテ! 何を言ってるの」
リーテはドラゴンとリサを巻き込んで、トリオで軽妙な会話を展開していた。相手が誰であろうと天然さ爆発である。
「あははは、やっぱりリーテちゃんは最高だよ」
涙のまま笑顔でヤーナはリーテに、抱きついていた。その場の雰囲気が一気になごんでいた。こういうムードメイキングは、やはりリーテにしかできない。
「ドラゴン君が人間の姿になれば、解決なんだよね。別に石化しなくてもいいよね?」
「・・・」
ドラゴンも開いた口が塞がらないといった状況だ。
「変妖」
リーテがドラゴンの額に両手をかざすと、淡い光が現れた。光が大きく膨れ上がり、巨躯全体を包み込む。やがて明るさが弱くなり、人影らしきものが
光の中心に見えた。
光が完全に消えると、そこには愛らしい小柄な娘が立っていた。髪の毛は二つ結び、ツインテールだ。眼も髪も銀色だ。見方によっては白っぽくも見える。皮膚は抜けるような白。つまり上から下まで全身が白い。そんな印象である。
「えっと・・・まさか、ドラゴン・・・さん?」
リーテが恐る恐る質問する。
「ああ、確かに我なのだが、これは一体どうしたことだ。創造神よ、なにかの冗談なのか?」
「だってどうせ人間になるなら、お友達になりたいから、女の子にしてみたんだよ」
「・・・」
「なんだってぇええええー!」
一同が同じタイミングで声を発した。まさか威厳あるドラゴン、しかも雄を人間の小娘に変えてしまうとは。予想を超えた方向の変化だ。想像の一枚上を行く。
よく見れば、一番身長の低かったヤーナよりも、さらに頭一つ分くらい小さい。あの質量感たっぷりの巨大な体躯は、面影すらない。
「よしよし、今日から君はボクの家族だよ」
ドラゴンだった白い少女の頭を笑顔で、撫でるヤーナ。戸惑い、そして不機嫌そうな表情の少女。
「せめて筋骨の逞しい成人男子にしてもらいたかったのだが・・・」
「えーっ、嫌だ。だってこっち方がカワイイじゃん!」
ヤーナに理屈は通用しない。感性で生きている。この辺りは年相応の言動である。
「我が創造主よ・・・それで名前は? ドラゴンでは不都合があろう」
「やっぱりカワイイ名前がいいよね?」
「シャトーヌフ・デュ・パプ・バルブ・ラックなんていかがでしょう?」
「い、いいと思うけど、さすがに長いよ、リサ」
困り顔のヤーナ。シュンとするリサ。
「アクイラ・サンジョベーゼというのは?」
「格調高くて綺麗なんだけど、呼びにくいよ」
半笑いのヤーナ。残念顔で俯くリーテ。
「フレイア=プリムス」
猫が口を開いた。
「お姉ちゃん、それどういう意味?」
「最初の炎という意味よ。ドラゴンの象徴といえば炎でしょ。そして破壊ではなくて創造の意味を込めてプリムス」
「・・・可愛いし呼びやすいね。決めた、今から君の名前はフレイアだよ。よろしくね」
「は、はぁ・・・承った。だがこれからどう振る舞えばよいのだ? 人間になるなど予想もしていなかったし、そもそも我の役割は、世界の思念濃度を下げること。それが終われば封じられるだけだったのだが」
困惑顔のフレイアもといドラゴン。
「封印とか言っちゃダメだよ。フレイアはもう人間なんだから。ボクの家族としてずっと暮らすの! もう・・・家族を失うのは絶対に嫌だから・・・
あんな事はもう二度と起こさせないから」
今度はヤーナが俯いている。寂しそうな表情は髪で隠れているが、周りの者はそれを感じ取った。
「ヤーナ、あなたやっぱりまだ両親の事で自分を責めているのね。ゴメンね、お姉ちゃんこそ弱くて」
リュシー猫はヤーナの足元にすり寄った。雨に濡れたせいか、泥で白猫が灰色猫になっている。ヤーナは構わず抱きかかえた。
「ううん。ボクはお姉ちゃんも守れなかった。本当の力を発揮すれば守れたはずなのに。普通じゃなくなっちゃうのが怖かったんだ。怖いから自分から逃げてた。それがお父さん、お母さんを殺しちゃったんだ」
「ヤーナ様! ご自分を責めないでください。あなたはこんなにもお優しいじゃありませんか。私もリーテも貴方様がいらしたから、生まれることができたんです。だから、ね・・・もう泣かないで」
リサがヤーナを力一杯抱きしめた。これまで内に留めて来た感情が一気に決壊した。両親の死から今日まで、幼いヤーナには激動過ぎるほどの生活だった。リサに抱きつき大粒の涙を零した。人目も憚らず大声でワンワンと哭いた。リーテもリサも大泣きしていた。
冬の雨はますます強くなっていた。だが打ち付ける雨粒も彼らの絆を冷やすことはできないだろう。もう正真正銘の家族なのだから。
* * *
ヤーナ達は屋敷に着くと、さっそくフレイアの今後について話し合った。フレイアから申し出たのだ。皆でテーブルを囲み、リサ特製の紅茶を飲む。体を暖炉で温めながら話を進める。
「我には人の知識はある。生活習慣もある程度は理解している。だが人としてやりたいことなどない」
「では私と供に屋敷のメイドをするのはいかがでしょう?」
「いや、私と一緒にアカデミーに通うのだ」
「家で猫の私を助けてもらえるかしら」
それぞれが好きな事を言う。
「あーん、もう纏まらないよー」
ヤーナが嘆きの声を上げる。でもその顔はどことなく嬉しそうだ。
結局、何の結論も出ずにお茶の時間が終わった。当面はこの屋敷に住み、リサの手伝いをすることになった。と言っても、料理や裁縫はできない。力仕事も前の巨体ならばともかく、小柄な娘の体ではほとんど役に立たないだろう。したがって庭の手入れや買い物くらいしかやることがなかった。
「やはり創造神は私の造り替えを間違った。どうせならもっと役に立つ体にしておけばよかったものの・・・」
「愚痴は言いっこなしです」
リサはメイド服をフレイアにも着せようと画策していたが、どうやら徹底的に拒否されてしまっているようだった。
「そういえば、フレイアの能力ってどんなものなのでしょう?」
「今の我には能力などない。ただの人間の小娘じゃ」
「本当にそうなんでしょうか。今夜ヤーナ様に聞いてみましょう。それにしてもその爺臭い言葉遣い、なんとかなりませんか? 外見は可憐な少女なのにまったく合っていませんわ」
「ふん。仕方なかろうて。何せ500年間これだからな。性別はおろか種別まで違う生き物だったのじゃからな」
「いいですわ。フレイアにはまずマナーと躾、そしてエレガントな立ち居振る舞いが必要ですわね。ご心配にはおよびません。私が基礎からきっちり
ご指導させていただきますから」
リサの眼の奥がキラリと光った気がした。500年ほど先輩のはずのフレイアが思わず気圧された。
「は、はい。よろしくお願いします」
「よろしい! ではまず服装からっ!」
厳しい声が飛ぶ。
「はっ、はいぃっ!」
「うむ、よろしい」
リサの教師っぷりがあまりに板についていた。フレイアも自然と従ってしまう迫力があった。リサのスパルタ指導は夕方まで続いた。
ヤーナ達がアカデミーから戻ると、ちょうど夕食の時間になっていた。
「・・・ねぇ、何でフレイアもメイド服なのー?」
「それはリサが我に無理やり着せたのじゃ」
リサから鋭い目線が飛ぶ。
「わ、我、、、じゃなかった私からお願いしたのじゃ、、、んです」
「あははは、フレイアが面白くなってるぅー」
「ヤーナ様、からかっちゃダメですよ。一生懸命なんですから」
教師役のリサが生徒のフォローに回る。フレイアが安心した表情を見せる。ホッと一息といったところだろう。
「ところで、フレイアの能力ってどんなものなのでしょうか? 私は家事全般と魔法、リーテは天然ボケと怪力と治癒ですよね」
「天然ボケ? 今なんか聞き捨てならないことを言われたような?」
リーテが不機嫌な顔になる。
「えーっと、、、フレイアの力は ―――」
皆がヤーナを固唾を飲んで見つめる。当人のフレイアが食い入るようにヤーナの顔を覗き込む。
「ゴメン、忘れた」
「何で忘れるんじゃー!」
フレイアが思わずヤーナの頭にチョップをかましていた。
「あ痛ー。ほら、ボクあの時結構感情的になってたしさ、何かあったような気がしたんだけど忘れちゃった」
「うーん、でも少なくともドラゴンに変化したり、炎を吹いたりするような能力は無さそうですね」
「魔法と家事能力は私が昼間試してみました。すべてダメですね。それと筋力も見た目通りです」
「ということは少なくとも戦闘系ではなさそうね」
猫のリュシーが話に割り込んできた。
「何かあった気がするんだけどなー。でもそう、魔法でも戦闘でもないし
ドラゴンに関係するような力でもないんだよ」
「・・・いや、そこはドラゴンの力を少しでも残しておいてくれればよかったのだが」
フレイアが酷く落ち込んでいる。
それはそうだ。これまで圧倒的な隆盛を誇った竜が、何のとりえもない”ひ弱な少女”になってしまったのだから。
「あはは、大丈夫大丈夫。直ぐに思い出すから。それまでゆっくりリサとお手伝いでもしててね」
冷や汗をかきながら何とか誤魔化している。嘘のつけない性格が一目でわかる表情だ。




