第20話 リーテの入学式
リサとヤーナは教会に口添えを頼み、リーテの入学を申請してもらった。素性は、エーデルツヴィッカー家の遠い親類ということにしておいた。過去が無い人間の履歴を作り出すのは難しい。出身は東の都市という設定だ。なぜなら、ここ北の都市と東の都市とは、ほとんど交流がないからだ。
- 2日後。アカデミーの講堂。
「えー、今日は皆さんに転校生を紹介する。エルフリーテ=エーデルツヴィッカー君だ」
講堂のドアが開く。リーテが教室に入るなりどよめきが起こる。銀髪赤目の長身モデル体型。それも色白の超絶美人だ。街ですれ違ったら、老若男女誰もが振り返ってしまうだろう。
気品と高潔さに満ちた目線と空気を纏っている。誰もが見惚れるが迂闊には話しかけられない冷たく切れるような雰囲気を醸し出す姿。目線を向けられただけで、心臓が飛び出しそうになる。それがこのアカデミーの制服着ているだけで、周囲を圧倒していた。
男子学生はおろか女子学生さえも、うっとりと惚けた顔になっていた。
「本日付で配属になりましたエルフリーテ=エーデルツヴィッカーです。
皆様のお仕事の邪魔にならないよう頑張ります!」
「・・・」
およそ転校生の挨拶とは思えない。そして見た目と内容のギャップ。講堂内は一斉に静まりかえった。教師も含め全員が固まっている。見かねたヤーナがツカツカと近寄って行く。
「リーテ、それお仕事現場での挨拶だよ。アルバイト先と間違っちゃダメじゃん、いくら緊張してるからって」
「えっ? ・・・あっ・・・ごめんなさい!」
手をワタワタ動かし慌てるリーテ。見た目とリアクションのギャップに講堂内は一気に笑いに包まれた。
「エルフリーテは、ボクの遠い親戚なんだけど、おっちょこちょいで面白い子なんだ。見た目はとっつきにくいけど皆仲良くしてあげてね」
リーテの噂は、その日中にアカデミー内に広まった。当然マルグレットの耳にも入ったはずだ。これで相手がどう出てくるか。ヤーナとリーテは常に行動を共にすることにした。
しかし、ヤーナとリーテ。このコンビ、それだけで目立ってしまう。これまでヤーナの良かった人間だけでなく噂を聞きつけた他のクラスからの学生までもリーテとヤーナの取り巻きになっていた。
それがマルグレットとライツを阻む要因にもなっていた。さすがにたくさんの学生の前で、派手な立ち回りをする訳にはいかない。
それ以来、マルグレットは掌を返したように、何のちょっかいも掛けて来なくなった。そして、ヤーナとリーテというコンビの存在がマルグレットの取り巻き学生の殆どをヤーナ派に変えていた。
ヤーナとリーテの容姿の美しさはもちろん、その優しさとユーモラスな会話、太陽のような朗らかさ、どれもが人を強く惹きつけるものだった。そして、魔術の知識。ヤーナの新しい魔法の話は、学生たちの魔法技量を知らぬ間に押し上げていた。
気が付けば、マルグレットは完全に孤立していた。だがヤーナに媚びること、そして自らその輪に加わることは敗北だ。プライドが絶対に許さない。しかし、あからさまに手を出す事も難しい。アカデミー側もエーデルツヴィッカー家の味方だ。
「どうして・・・どうしてこんな事になったのかしら。全部アイツのせいだ! 私の人生にとって邪魔なヤツはアイツだ。どんな手を使ってでもアイツを消してやる」
「マルグレット様、今一度このライツに機会をくださいませ」
「いいわ。でも今度失敗をしたら許さないわよ。赤の風一族はすべて追放よ」
「はっ。身命をかけて」
嫉妬とプライド。そして組織の中での執着。学校という場は、視野を狭くする。今やマルグレットは完全に暗い憎悪に囚われ、鬼と化していた。
アカデミーがダメなら屋敷を襲う。ただし正攻法は通用しない。魔法を自在に駆使するヤーナに加えて謎の従者2名。まともに戦えば勝ち目はない。
ライツはヤーナの友人に目をつけた。特に仲の良いガブリエラだ。ガブリエラを人質に取る。これで隙を見せるはずだ。隙を利用してヤーナを即死させる。強力な治癒魔法を連続で使える相手だ。これに対抗するためには、首を斬り落として一瞬で命を刈り取らねばならない。
ライツは命令の困難さに久々に頭を抱えた。自分の一族、「赤の風」は忌み嫌われた暗殺者集団だ。それを大戦後にロキシア家に拾われた。手厚い庇護と引き換えにロキシア家の裏の仕事を支えた。こうしてロキシア家は北の都市でも有数の貴族にのし上がったのだ。赤の風とロキシア家は、切っても切れない濃密な主従関係にある。
ライツは一族の力を借りることにした。自分の仕事とはいえ、ロキシア家の命とあらば誰も反対はしないだろう。
一族は皆が普段から武術、魔法ともに練度を高めている。暗殺の術を徹底的に研究し、実践してはさらなる高みを目指しているのだ。
格闘術、サバイバル術、毒や薬の知識、罠の作り方、そして魔方陣の研究・・・何百年も研究された暗殺術は、洗練されもはや芸術の域に達しているといってもいい。魔法より遥昔から存在しているのだ。しかも先の大戦を通じて、極めて実戦に即した術に進化している。
一族から2人。ライツの仕事に加わることになった。赤の風が3人揃う。前時代であれば、それだけで誰もが恐れをなして逃げ惑うだろう。
ライツ達はまずガブリエラをさらった。相手はただの女子学生だ。苦労はない。そしてガブリエラの髪の一部を切り落とし、エーデルツヴィッカーの屋敷に一文を添えて送り付けた。
- 友人の命が惜しければ、直ぐにこの街を去れ -
「リサ、リーテ、お姉ちゃん。ついに来たよ」
「ええ、何かしてくるだろうと予想はしていましたが、まさかここまで露骨に・・・」
「もちろんガブリエラを助けに行くよ」
「皆、協力してくれるよね?」
返事はなくとも結論は出ている。たとえ罠だとしても助けに行くに決まっている。それがヤーナなのだ。
ヤーナが探索の魔法を唱える。ガブリエラは直ぐに見つかった。屋敷からは離れている。街の郊外の荒地に居るようだった。周囲には人の気配はない。間違いなく罠があるだろう。
だが大丈夫だ。”衝反のペンダント”がある。何撃かは凌げるはずだ。その間にガブリエラを救い出して転移してしまえばよい。
「瞬移」
リサが唱えると、全員が郊外の荒地に移動した。荒地にはガブリエラが制服姿のまま寝かせられていた。
「ガブリエラっ!」
ヤーナが急いで抱き起す。傷はないようだ。気を失っているだけかもしれない。
いつの間にか周囲に人影が3つ。
「ライツ・・・」
ヤーナが睨みつける。
「まさか勢ぞろいで来るとはね。ちょうどいい」
「ボクの友達によくもこんなことを!」
「ええ、それは単なる囮。今日は3人対3人です。赤の風は1人で1000人の騎兵の戦力に相当します。全員ここで死んでもらいましょう」
「そうはいかないよ」
「瞬移」
ヤーナは瞬間移動の魔法を唱えた。しかし何の変化も起きなかった。
「えっ!? どうして・・・」
「ここで新たな魔法を唱えることはできないのさ」
「そんなまさか、消魔の術式!?」
「ほほう、一瞬でばれたか。さすがだな」
「・・・魔法が厳しいとなると、ここはリーテにしか頼れないかも」
「ヤーナ様、大丈夫です。私一人で十分です」
「銀髪の麗しか・・・ふっ」
ライツが呟くと、凄まじい速度でリーテの横を駆け抜けた。目標はヤーナだけだ。ライツはナイフを振りかざし、ヤーナの首筋目がけて薙ぐ。刀身が首筋に届くその瞬間、ライツは手を止めて思い切り後ろに飛びのいた。
「危ない危ない。まさか魔法を込めたアミュレットを身に着けているとは」
「なんだ、バレちゃったのか」
ライツはほんの一瞬で、衝反のペンダントを見抜いていたのだ。
「3人が同じ物を着けていたのでね。何か怪しいと思いましたよ」
もしもライツがナイフを振り抜いていたら、自分自身の首が落ちていただろう。
「つまり双方とも手が出せない、という訳ですね」
「そう。この場から君たちは撤退するしかないんだよ。消魔の術式でも、既に唱えられている魔法は封じることができないよね」
「有り難いお言葉ですね。でももう私たちには後が無いんですよ」
ライツがナイフを構え直した。呼応してリーテが臨戦態勢に入る。
「殺せ」
ライツが小さく叫ぶと、2つの人影 - 赤の風の一族が、リーテに襲い掛かった。
一つ目の人影は筋骨隆々の大男だ。リーテも長身だがそれよりさらに背が高い。大男から凄まじい勢いで長剣が振り下ろされた。リーテはそれを受けずにギリギリで交わしていた。よく見るとリーテの首にはペンダントがない。代わりにガブリエラの首に掛けられていた。
咄嗟の気転だ。ガブリエラを再び人質に取られる方がやっかいだからだ。
大男の斬撃を交わすとリーテは体を独楽のように回転させ、力一杯後ろ回し蹴りを放っていた。
踵が大男の側頭部を一撃した。リーテの本気だ。普通の人間なら頭ごと消し飛んでいるだろう。
しかし大男はかろうじて蹴撃をブロックしていた。さすがに勢いは殺せずにブロックした体勢のまま体ごと吹き飛んでいた。大男の巨体が軽く50メートルは飛んだだろうか。常識外れのパワーだ。
だがさらに常識外れだったのは、大男が直ぐに立ち上って来たことだ。
何事もなかったかのように、その巨体には似合わない素早い走りを見せた。リーテに再度近づくと同時に強烈な斬撃を見舞う。
リーテの目付きが変わる。普段の目付きも猫の目のように鋭いが、さらに鋭くなっていた。
「ハァッ!」
掛け声と供に斬撃を素手で掴み、力を込めて叩き割った。とてつもない技術だが、大男の攻撃は止まらない。腰から短剣を取り出すと今度は鋭く小さく剣撃を繰り出してくる。おそらく刃には猛毒が塗ってあるのだろう。
さすがのリーテもすべては防ぎきれず、いくつか傷を負ってしまった。だが自己治癒の魔法が予め掛けられている。毒で死にそうになったら自動で治癒される。毒の存在など気にせずに前に踏み込む。だが体が動かない。手足が痺れている。体の感覚が急速に奪われて行く。
「致死性ではない。体の自由を奪うだけの神経毒だ。体は健康体だから、普通の治癒魔法では治療できない」
「リーテ!」
「ヤ、ヤーナ様、ごめんなさい、私また守れなかった」
それっきりリーテは身じろぎ一つできなくなった。辛うじて心臓と肺が動いているだけだ。
「よくもリーテを・・・」
ヤーナの眼が怒りに満ちている。
「魔法が使えなければ、お前なぞひ弱な小娘にすぎん」
ライツが勝ち誇ったようにニヤニヤとした顔で言う。いつの間にか小柄な女がヤーナの直ぐ傍に立っていた。隠形の技と高速移動。ライツも得意な赤い風の暗殺術だ。
ヤーナがそれに気付いて飛びのく。しかしタイミングが遅かった。小柄女の手がヤーナのペンダントにかかり、首から引き千切っていた。
「仕掛けが分かれば怖くはない。あとは素早く殺すだけだ」
またしてもライツが厭らしい笑顔を浮かべる。
その頃、リサはリュシーと供に消魔の術式を破壊しようと躍起になっていた。術式が魔方陣であることは間違いない。それを少しでも壊すことができれば効力は一瞬でなくなる。
リサも今は魔法が使えない。自分の体力と視力のみで魔方陣を探さなけれなならない。広大な荒地の中を勘で探すのは不可能だろう。
だが見当はついている。魔方陣の効力は距離に反比例する。リサやヤーナほどの魔力を封じるためには、かなり近くに魔方陣を敷かなければならない。おそらく遠くても半径50メートル内にある。しかも魔方陣はある程度の大きさが必要だ。小さなものでも50cm四方はあるだろう。
しかし、リサの努力虚しく一向に見つからなかった。それもそのはず。魔方陣はなんとガブリエラの体に描かれていたのだ。これでは見つかるわけがない。ガブリエラの体はヤーナの直ぐ傍にあるのだ。効き目も強い訳だ。
ヤーナが大男に羽交い絞めにされた。小柄娘が短剣をヤーナの太ももに突き刺そうと振り下ろした。
「うぎゃあぁぁぁぁーっ」
叫び声が上がる。ヤーナの悲鳴ではなかった。男女二つの声が混じっていた。大男と小柄女のハーモニーだ。
「なっ、なんですかこれは・・・貴女にはまだ隠し玉があったのですか?
あれ程調べ尽くしたというのに」
勝ち誇った笑顔は消え、ライツの表情はひきつっていた。ヤーナは大地に立っていなかった。宙に浮いていた。その両目が碧色に爛々と輝いていた。
大男は両手を肩から吹き飛ばされ、苦悶の表情で地面を転げ回っている。
小柄女は突き立てようとしていた短剣ごと右手を消し炭にされていた。
「お前たち、ボクの家族に手を出したな」
「消魔の術が利かないなんてあり得ない」
「これは魔法じゃないからね」
「じゃあ何なんですか?」
「魔力そのものだよ」
会話で時間を稼ぎ、ライツは手元にナイフを手繰り寄せ、全力でヤーナの方へ投げ放った。
ヤーナは宙に舞ったまま右手を大きく振りかざした。ライツの投げたナイフは3本。すべて指で止められていた。
「無駄だよ」
手で掴んだナイフを地面を這いつくばっている大男と小柄女の方へ投げた。
ナイフはヤーナから少し離れたところで赤熱し、蒸発した。壮絶なまでの速度。空気との摩擦熱で燃え尽きたのだ。
同時にナイフの進行方向には、濃密な衝撃波が発生していた。大気が極限まで圧縮されている。衝撃波がナイフの蒸発位置からワンテンポ遅れて地面へ届いた。
辺りに大きな爆発音が轟いた。衝撃波が空中から大地へ伝わって地面がめくれ上がり、それが猛烈な速度で地平線の彼方まで伸びて行った。当然、大男と小柄女の体は跡形もなく消し飛んでいた。衝撃波の着地点は、底が見えないほどの深い穴が開いていた。
大地を削るなど人間技ではない。もちろん魔術でもない。悪魔の所業としか思えなかった。
「っく、化け物め!」
ライツは得意の隠形術と高速移動でその場を離脱した。
全力で一族の屋敷へ逃げ帰ると、地下室へ急いだ。地下室には太い鉄格子のはまった大部屋がある。鉄格子をよく見ると小さな魔方陣のようなものが精緻に描かれている。
「もう、アレを使うしかない。やらなければやられる・・・」
いつも冷静沈着なライツの顔が青ざめていた。脂汗をかき、唇は真っ青だ。
「出ろ!」
ライツが鉄格子の扉を開いた。部屋の奥から巨大な影が1体。大さは象50頭分くらいはあるだろうか。羽の生えたドラゴンが鎮座していた。銀色の鱗に覆われ、鋭利な牙がカチカチと動いている。その咢には青白い炎がチロチロと見え隠れしている。
伝説上の生き物。想像上のモンスター。ドラゴンはそう思われていた。先史時代に滅んだといわれていたが、赤の風一族はドラゴンを捕獲し、魔方陣により使役する術を編み出していた。代々伝わって来たドラゴン。既に500歳は超えているだろう。しかしドラゴンの寿命としてはまだ若い方だ。
「自らその扉を開けるとは」
賢いドラゴンは人語を操る。ましてや長い間、人間に使役してきた。このドラゴンは人語を解するだけではない。おそらく人間の習慣や考え方も熟知しているだろう。
「うるさい! 今から言う者を殺してこい!」
「ほう、我を外に出すというのか? 二度とここには戻らんぞ。呪印があるが故にお前たち一族に手を出すことはないがな」
ドラゴンの背中には、黄金色に輝く錫杖が刺さっていた。錫杖の上面に赤い宝石が見える。どうやらこの錫杖でドラゴンを従わせているようだった。
「一定時間内に戻ってこなければ、呪印が爆発する。お前も内部から崩壊して死ぬぞ」
「そうか。だが人間ごときに使われるなら、爆死を選ぶやもしれんがな」
「くっ・・・」
「いやいや、お前のそこまで焦った顔は初めて見たぞ。そのヤーナとか言う奴に興味が出て来た。戦ってみたくなったぞ」
「人の心を読みやがって・・・」
「手間が省けてよかろう。お前のここ1ヶ月の記憶は読ませてもらった」
「早く殺してこい」
ドラゴンは大きく口を開くと、青白い火炎を屋根に向けて吹き上げた。炎は天井を突き抜け、階上の部屋を焼き尽くした。ドラゴンは焼けた屋敷を飛び出し、大きく羽ばたいて瞬く間に空へ消えて行った。
「これで、マルグレット様への忠義は果たせるはず。ドラゴンに敵う者など
この世にいない」
ライツはぽつりと呟くと、青白い炎で燃え盛る屋敷を去った。向かう先は、エーデルツヴィッカーの屋敷だ。




