第19話 衝撃反転のペンダント
ヤーナとリーテは、ライツと激闘した河原から屋敷まで転移した。一部始終を魔法で見ていたリサとリュシーに散々小言を言われ、こってりと3年分は叱られた。
その夜。病院からの使者が訪ねて来た。治癒魔法の給与と謝礼だった。
数名の死者は残念ながら出てしまったが、殆どの者が五体満足で帰宅できたという。そして礼拝堂で起きた「女神の奇跡」の話を興奮気味に語る病院使者。巷では噂となり【神の祝福】として伝わっているという。
「病院の方は正解だったみたいね。記憶を操作するとは思わなかったけれど」
「うん、本当はやりたくなかったよ。でも仕方がなかったよね?」
「貴方の判断は正しかったと思うわ。結果的に多くを救えた。でもあの橋が落ちるとは思っていなかったわ」
「うん、原因は調査中みたい。でもあの落ち方は普通じゃないと思うよ」
「魔法ですね。爆裂系の強力なものです」
リサが小さなスクリーンを照らし出しながら言う。
「あっ!リサあの魔法を使ったんだね」
「あの魔法?なんですそれ?」
着替え終わったリーテが、居間に入ってきて不思議な顔をして聞いてくる。
「魔法の痕跡を判別できる魔法だよ。これを使えばどんな魔法がその場所で
使われたかが大体わかるんだ。もちろん限界はあるんだけど・・・」
「それによればアーチ橋は、明らかに魔法による攻撃を受けています。しかも相当強い魔法ですね。これだけの術を使えば、普通の術者は間違いなく廃人でしょうけど」
「一体誰が・・・」
謎は残るが故意による破壊だとしたら、何が狙いだったのだろうか。単なる嫌がらせや悪戯の類では済まされない。明らかに悪意を持った犯罪だ。
「ボクとリーテが病院から出ようとしたら、突然アーチ橋が落ちるんだもん・・・びっくりだよね」
「それはそうと、ヤーナ様。黙って夜間治療へ出かけるなんて止めてくださいね。正直、心配し過ぎて心臓が止まってしまうかと思いました」
平然と語るリサだが、その目は潤んでいた。ヤーナはそれに気付いてしまった。
「ごめんなさい。もう二度としないよ」
「リーテ、貴方もガーディアンとしての役目をきっちり果たしてください」
「はい、ごめんなさい」
凛とした迫力のある長身のリーテもリサにかかれば形無しだ。
「でもあのライツという人、何者なんでしょうか? 魔法に対する洞察力、そしてあの戦闘力、ただの人間ではないようですね」
「ホント、あの人すっごいよ。魔法を使う隙を与えないし。あのパンチ、ちょっとでも治癒魔法が遅いと手遅れになっちゃうよ。走っても足音がしない不思議な人だよ」
「赤の風」
リュシーが重々しく口を開いた。
「お姉ちゃん、何それ?」
- 赤の風
前時代の大陸で名を轟かせた暗殺専門の一族である。戦乱期に暗殺を専門とする人間たちがいた。だが、戦乱が終わると同時に役目を終えた。加えて、魔法の台頭。魔法があれば戦闘は不要になる。剣技や格闘術を主体とする暗殺術も廃れていった。一族は自然消滅したといわれている。
「赤の風がまだ残っていたとすると、かなり厄介よ。戦い慣れていて、魔法使いの弱点を熟知している」
「うん。正直ボクもあの人には敵わないと思った」
「・・・そんな、ヤーナ様でも」
一同が沈黙する。
「そうだ。アレを試してみようかな」
ヤーナは部屋を飛び出した。
数分後、戻ってくると手にペンダントを持っている。銀細工の見事な装飾だ。同じ物が4つある。
「まぁ、これは見事な細工ですね」
「へへへ、ボクがアカデミーで作ったヤツね」
得意顔で言うヤーナ。
「こんな才能もお持ちなんですね、さすがです」
リーテが関心を持ったようだ。早速自分で着けてみる。凛々しい外見のリーテにはとても似合っている。
「あのーそれで、これがどうなるんでしょうか?」
「ペンダントには魔法が込められているんだよ」
「どんな魔法なんでしょうか?」
「じゃあリサ、リーテを軽く殴ってみて」
「・・・へっ? 私を殴るんですか?」
リーテが泣きそうになる。リサも困惑顔だ。
「大丈夫。でも軽くだよ、加減してね」
リサがリーテの顔を軽く掌で叩く。するとピシャンと叩かれた音がしたのはリサの頬だった。
唖然とする2人。確かにリサはリーテの顔を叩いたはずだった。でも赤くなっているのはリサの顔だ。リーテの顔は何ともない。
「これは一体・・・」
「”衝反”の魔法をペンダントに込めたんだよ。攻撃してくる人に、衝撃をそのまま返すことができるの」
「なるほど。だからリサが自分の頬に・・・」
リュシーがリサの肩からストッと降りて、ヤーナの肩に乗る。
「魔力を留めるための銀細工なのね。でも容量に限界があると思うのだけれど」
「だから10日に1回は魔力補充しないとダメなんだ。でもリサとリーテはボクから回路を通じて補充しているから、特別な事をしなくても大丈夫なんだよ」
「これなら攻撃を貰っても至近距離でも戦えると思うよ」
「強い打撃には、どこまで耐えられるのかしら?」
「もちろん限界はあるよ。あまり強い攻撃を連続で受けちゃうと、魔力が尽きて効果が無くなっちゃうの。だから過信しちゃダメだよ」
「リサもペンダントしててね。あとお姉ちゃん用に小さく作ったのがあるから、首のところに着けてね」
物に魔力を込める術は一般的であるが、留められる時間は長くても数分である。それを10日間まで伸ばしている。常識外れとさえいえる。だがこれでライツの襲撃は回避できるはずだ。
明日はアカデミーの日だが、このまま登校する訳にはいかない。ライツから少なくともマルグレットへは、ヤーナの魔法の秘密が伝わっているだろう。
「さて、これからどういたしましょう。ロキシア家を滅ぼしましょうか?」
リサがいつもの冷静で過激なメイドへと戻っていた。
「・・・ボクは皆と仲良くしたい。マルグレットともいつかは友達になりたい」
「難しいわね。手段があるとすれば、マルグレットとライツの記憶の書き換え」
リュシーが肩の上から囁く。
「人の記憶を操作するのは、怖くてもうやりたくないよ」
「・・・となると、私たちがこの街を直ぐに出て行くしかございません」
リサが現実的な案を出す。
「折角みんなと友達になれたのに・・・」
ヤーナが寂しそうに俯いて呟く。
「あのー、マルグレットに頭を下げて、お願いするというのはどうでしょうか」
「リーテっ! ヤーナ様に頭を下げさせるなんてあり得ません! それにマルグレットはヤーナ様を受け入れないでしょう。受け入れるフリをして利用しようとするに違いありません」
リサのあまりの剣幕にリーテがたじろいでしまった。
「リサもリーテもありがとう。ボクは明日、普通にアカデミーに行こうと思うんだ」
「でも、どうやって・・・」
「知らんぷりするだけ。だっていくらマルグレットが言いがかりをつけて来ても、皆の前でボクが魔法を使わなければ、誰もボクの秘密を証明できないでしょ?」
そういって苦笑いする。
「でももし攻撃を受けたら・・・」
「ペンダントがあるよ」
「でも強い攻撃を受けたら・・・」
「うん。だからリーテも一緒に入学するの」
「へっ!?」
リーテがきょとんとした顔をしている。リサがなるほど、という顔をしている。リュシーが呆れた顔をしている。
「リーテがボクを守ってくれるなら問題ないでしょ? でもそれにはアカデミーに入学しなきゃ。リーテがクラスメートならボクといつも一緒に居られるし」
やっとピンと来たリーテ。しかし直ぐに気が付く。服装である。アカデミーは制服着用が義務。サイズは・・・小さいものしかないだろう。180cmを超えるリーテに合う女子用制服などあるのだろうか。
「あのー、私も制服を着なければならないんでしょうか?」
恐る恐る質問するリーテ。
「もちろんだよー。だって生徒なんだから。でもリーテの場合は男子用の制服かな」
「あぁ、やっぱり・・・」
「嘘だよ。ちゃんと女の子の制服に決まってるじゃない」
ヤーナからの思わぬ提案に、リサもリュシーも笑わずにはいられなかった。深刻に考えすぎていた自分たちがバカバカしく思えた。
「だけどリーテ、君には類稀なるパワーとセンスがあるんだ。相手をよく見て戦えば、きっとライツより強いと思うよ」
「そ、そうなんですか? あのスピードに私ついて行けてませんでした」
「それはまだリーテが戦いを意識してないからだと思うよ」
「意識、ですか・・・」
「きっとリーテは優しいから、他人を守るって意識が先に出ちゃってるんだ。今度戦う時は、”相手を倒す”って強く思ってみて。絶対に勝てるから」
半信半疑ながらもリーテが首を縦に振った。そしてその言葉を強く胸に刻んでいた。