第十八話 見るだけ
何かが違う。僕は心の中で、頭を抱えていた。人探しを手伝おうと言った。それはいい。四人で歩き始めた。それもいい。だが、目の前の並びは何だ。ワンダの右にニア。左にサーディ。僕は、その少し後ろ。違うだろう。僕の計画には、こんな配置はなかった。
「妹がこの町に来たと聞いたのは、隣町の宿だ」
サーディが説明している。
「旅人が、獣人の占い師を見たと言っていてな。話を聞く限り、シーラで間違いないと思う」
「いつの話だ?」
「数日前らしい」
「なら、まだいるかもしれないな」
ワンダは、いつもどおりの調子だった。両脇に、これほど可愛らしい異性がいるというのに。文字どおり両手に花だぞ。少しはありがたそうな顔をしたらどうだ。いや、してほしいわけではない。そこは勘違いしてもらっては困る。
「旅人の多い宿なら、何か聞けるかもしれません」
ニアが言った。
「この近くにあるのか?」
「はい。次の角を曲がったところです。ワンダさん、こっち」
ニアが彼の袖へ軽く触れた。道を教えるだけなら、指で示せば済むだろう。僕はその指先を見た。サーディは、ワンダの顔をのぞき込むように少し身を傾けた。
「宿で聞くなら、妹の特徴を、もう少し伝えておいたほうがいいな」
「ああ」
「私に似ているが、髪はもう少し――」
近い。二人とも近い。聞こえるだろう、その距離でなくても。
サーディ、初めて会ったときの、あの鋭い目つきはどこへ行った。気の強そうな、可憐で、少々のことには動じなさそうな目だったはずだ。今はワンダが返事をするたび、口元が柔らかくなっている。
ニアもだ。目が合うと微笑み、ワンダが顔を戻しても、少しの間、その横顔を見ている。もう一押しどころの話ではない。押されるのを待つ気がない。自分から押すつもりの目だ。
僕は咳払いをした。
「ところで、人探しの話を続けようじゃないか」
三人が振り返った。ワンダが言う。
「今、その話をしていただろう」
「……確認だよ。目的を見失わないためのね」
「宿へ聞きに行くところだ」
「それは聞いていたよ」
「なら、何だ」
何だと言われても困る。僕らは、サーディの妹を捜しているのだ。誰がワンダと一番親しくなれるかを競う催しではない。僕は一歩、前へ出た。
「サーディ。シーラは、どんな占いをするんだい?」
「占い?」
「探すとき、手がかりになるかと思ってね」
サーディが僕へ顔を向けた。よし。こうだ。会話というのは、こうして交わすものだ。
「私には詳しいやり方までは分からないが、客と話しながら占っていたな」
「なるほど。評判は?」
「本人は、よく当たると言っていた」
「自己評価か」
「身内だからといって、私が保証するわけにもいかないだろう」
サーディが、少し困ったように笑った。可愛い。そう、それを僕に向ければいいのだ。僕はもう少し近くへ並ぼうとした。
「広がるな。荷車が来る」
ワンダが言った。僕は仕方なく、また一歩下がった。荷車が、ごとごとと横を通り過ぎていく。実に適切な注意だった。腹立たしいくらいに。
「レイリーンさん、こちらへどうぞ」
ニアが、自分の横に場所を空けてくれた。
「ああ、ありがとう」
「お話、途中でしたよね」
優しい。それがまた困る。誰にも邪険にされていない。会話へ入るなとも言われていない。僕だけが、ひとりで何かに負けている。どうして、こうなった。
宿では、シーラを知る者はいなかった。受付の男は帳面を確かめてくれたが、似た名前も見当たらなかったらしい。サーディが礼を言い、僕たちは再び通りへ出た。
「すぐには見つからないか」
彼女が、小さく息を吐く。
「まだ一軒だ」
ワンダが言った。
「そうだな。気を急かしても仕方ない」
「ほかの宿でも聞いてみましょう。お店の人なら、露店の占い師を見かけているかもしれませんし」
ニアが励ますように言った。サーディはうなずいた。
「ありがとう。私一人では、どこへ行けばいいかも分からなかった」
「宿は取ってあるのか?」
ワンダが尋ねた。
「いや。着いてすぐ、捜し始めたからな。今日中に会えればと思っていた」
「僕たちも、今朝出てきたところだね」
僕が言うと、ニアが顔を上げた。
「じゃあ、皆さん、今夜の宿はまだ決まっていないんですか?」
「ああ」
ワンダが答える。ニアは少し考え、それから両手を合わせた。
「それなら、うちに来ませんか?」
僕は足を止めかけた。……今、何と言った?
「人を捜すなら、落ち着ける場所があったほうがいいと思うんです。行った場所を整理したり、相談したりできますし」
「ニアの家に?」
聞き返すと、彼女は明るくうなずいた。
「はい。シーラさんが見つかるまで、泊まりませんか?」
待て。待ってくれ。
――この美少女たちの中に、ワンダを?
同じ家で寝起きして、朝起きたら挨拶をして、夜になったらまた顔を合わせる。それはもう、単なる人探しの協力とは別の何かではないか。過ちが起きたら、どうする。
いや、ワンダのことだ。そういう過ちは起こさないだろう。昨夜の僕を見ても寝ていた男である。そこには、妙な信頼がある。だが、この娘たちが何をするか分からない。ニアは、すでに押しに来ている。今、まさに。ワンダ、断れ。どうか、いつもの調子で。
「それは悪い」
よし。いいぞ、ワンダ。
「三人も泊めることになる。負担が大きいだろう」
「私も、そこまで世話になるわけにはいかない」
サーディも言った。実にまっとうな意見だ。僕は大きくうなずいた。
「そのとおりだよ。急に押しかけるなんて、申し訳ないしね」
「でも、迷惑なら、私から言いませんよ」
ニアは困ったように笑った。
「そもそも、一人だと、ちょっと寂しいなって思っていたので」
駄目だ。その方向から攻めるんじゃない。
ワンダの眉が、ほんの少し寄った。耐えるんだ、ワンダ。その顔にほだされるな。僕にはとても無理だが、君ならできる。いつもの頑固さを見せてくれ。サーディも、すぐには答えなかった。僕は急いで口を開いた。
「気持ちはありがたいけど、場所を取るだろう? 三人分の荷物だってあるし」
「広いんです」
ニアが言った。
「今、亡くなったおばあちゃんの家に住んでいるので。私一人だと、使っていない部屋のほうが多くて」
僕は黙った。そんな都合のいいことがあるか。あるのか。今、目の前に。いや、僕にとっては都合が悪い。非常に悪い。
「一部屋に、皆さんで泊まってもらうわけじゃないですよ。ちゃんと、それぞれ休めます」
それぞれの部屋。悪くない条件だった。そうじゃない。条件を評価している場合ではない。
「掃除も大変だろう」
ワンダが言った。僕は、心の中で彼を応援した。そうだ。泊るというのは、場所さえあれば済む話ではない。
「そこは、手伝ってもらえると嬉しいです」
「それなら、私にもできる」
サーディが答えた。早い。君は、もう少し考えたまえ。
「旅の途中でも、泊めてもらった家では働いている。掃除でも、荷運びでも」
「助かります。棚の上とか、一人だと大変なので」
「いや、手伝うにしても、世話になる三人分を埋め合わせられるとは限らない」
ワンダが言った。そうだ。いいぞ。
「じゃあ、背の届かないところだけでもお願いできますか?」
「……それくらいなら、今からでもできるが」
「ありがとうございます。棚の上、ずっと気になっていたんです」
「いや、泊まるとは言っていないぞ」
「はい。お掃除をお願いしただけです」
ワンダが口を閉じた。踏みとどまれ、ワンダ。掃除を手伝うのはいい。だが、それと泊まる話は別だ。僕も何だか嫌な予感がした。今のは、仕事を一つ任されたところから始まっていないか?
「食事だって、三人増えたら手間がかかるよ」
僕も言った。ニアが、こちらを見る。
「皆さん、朝と夜は食べますよね?」
「それは、食べるけど」
「私も食べます。自分の分を作ると、余ることもあるんです」
「でも、食材のお金が――」
「こちらが食材代を出すにしても、食事を作る手間は増える」
ワンダが言った。その調子だ。僕の言い損ねたところまで、しっかり頼む。
「君一人に任せるわけにはいかない」
「じゃあ、一緒に作りましょう」
「俺は、あまり料理が得意じゃない」
「私が教えますよ」
「……そうか」
ワンダが、わずかにたじろいだ。危ない。料理の話に引き込まれるな。頑張れ、ワンダ。そこで「教えてくれ」などと言っては駄目だぞ。
「私も、料理代と、多少の手伝いくらいなら」
サーディは、うなずく。
「はい。それなら、私も嬉しいです」
話が、まとまりかけている。僕は必死に、次の問題を探した。家事。費用。部屋の広さ。あとは何だ。何かあるだろう。こんなときに限って、暮らしの問題が次々と解決するんじゃない。
「……君が仕事をしている間も、僕たちが家にいることになるかもしれないよ」
「それなら、留守番をお願いできますね。とても安心です」
ニアが、嬉しそうに言った。僕は口を閉じた。強い。この子は、こんなに強かったのか。
「それでも、急に決めていいことじゃない。無理はしていないか?」
ワンダが改めて尋ねた。そうだ。もう一度、よく考えてもらおう。僕は心の中で、彼の背中を押した。ニアは、少しだけ表情を落ち着かせた。
「していません。大丈夫です」
それから、家並みの向こうへ目を向ける。
「帰っても誰もいないと、広い家って、余計に静かなんです」
僕は、次の言葉を飲み込んだ。彼女はすぐ、笑顔に戻った。
「だから、どちらかというと、来てくれたら嬉しいなって」
その声には、嘘がなかった。ワンダと過ごしたい気持ちも、あるのだろう。それでも、その寂しさまで、都合のいい口実だと決めつけたくはなかった。サーディが、ゆっくり息を吐いた。
「そこまで言ってもらえるのは、ありがたいな」
「サーディ」
僕が呼ぶと、彼女は少し困ったように微笑んだ。
「もちろん、負担をかけるなら遠慮する。だが、手伝いながらでいいのなら……」
押されている。明確に、押されている。ニアが僕を見た。
「レイリーンさんも、気を遣わないでくださいね」
「ああ、うん。ありがとう」
「一緒にいてくれたら、私も心強いです」
僕は、笑顔を返した。返すしかなかった。こんな顔で言われて、どうして反対できる。僕は可愛い女性に弱いのだ。ただ、その弱さが、今回は妙な方向へ働いていた。
「だが、君の気持ちだけで決めるわけにはいかない。俺たちも、ほかの宿を探せる」
ワンダが言った。よく言った、ワンダ。
ニアの気持ちを無視したいわけじゃない。けれど、泊まる以外にも寂しさを紛らわせる方法は、きっとあるはずだ。だから、もう少しだけ踏ん張ってくれ。ニアは少し考え、通りの先を指した。
「家はここからすぐなんです。まず、見てから決めませんか? 広いって言っても、口で説明するだけじゃ分からないですし」
「見たら、断りにくくなるだろう」
そのとおりだ。分かっているじゃないか。行け、ワンダ。そのまま押し切るんだ。
「断っても大丈夫ですよ。でも、見てもらえなかったら、私の家が狭いと思われたままです」
「狭いとは言っていない」
「じゃあ、確かめてください」
ワンダは何か言いかけて、やめた。
「そうだな。見るだけなら」
サーディが言う。
「……見る必要、あるかな?」
僕は小さく抵抗した。ニアは、不思議そうに首を傾げる。
「レイリーンさん、広さを気にしていたでしょう?」
そうだった。僕が言ったのだった。反対するための言葉を、見学する理由に使われてしまった。ワンダが僕を見た。ニアが先に歩き始めた。サーディが、その隣へ並ぶ。ワンダは少し待って、僕と歩調を合わせた。
「疲れたか?」
「つ、疲れていないよ。ワンダ」
「そうか」
「ワンダさん、こちらです!」
先を行くニアが振り返り、手を振った。
「……見るだけだからな」
ワンダはもう一度そう言って、歩き出した。ああ、見るだけだ。そこは絶対に忘れないでくれ。家を見ても、部屋が空いていても、君は宿を探すと言うんだぞ。
僕の中では、朝から大変なことが次々に起きている。角を二つ曲がると、通りの喧騒が少し遠くなった。ニアが、一軒の家の前で立ち止まる。
「ここです」
僕は顔を上げた。確かに、一人で暮らすには広そうだった。窓も多い。小さな庭もある。玄関までの道はきれいに掃かれ、軒先には鉢植えが並んでいた。
ワンダが、家を見上げた。サーディも、少し安心したように肩を下ろした。安心するな。まだ、何も決まっていない。見るだけだ。見るだけのはずだ。
ニアが嬉しそうに鍵を取り出した。僕は、開こうとしている扉を見つめた。道で少し離れて歩いてくれれば、それでよかった。その程度の、ささやかな願いだったはずなのに。なぜ、同じ家に住む話になっているんだ。




