↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
14/19

第十三話 ワンダの隣

 朝食を終え、僕たちは宿を出た。受付の主人は、昨夜の一部屋騒動などなかったかのように、丁寧に頭を下げてくれた。いい宿だった。部屋も料理も、申し分ない。僕の作戦が何ひとつ成功しなかったことを除けば、文句はなかった。


 通りには、朝の賑わいが広がっていた。荷車を押す男。店先の品物を並べる女。籠を抱えて足早に歩く人たち。誰もが、どこかへ向かっている。僕はワンダの隣を歩きながら、その流れを眺めていた。


 これから、どこへ行けばいいのだろう。昨日までは、もっと簡単に考えていた。生き返った。美少女になった。今度はこの姿でハーレムを作ろう。実に明快な計画だ。考えた本人が言うのも何だけれど、希望に満ちている。


 ところが、計画には服代も、食事代も、宿代も含まれていなかった。肝心の僕には、金も、まともに使える武器もない。しかも、昔の恋人たちは、それぞれの人生を歩き始めている。


 自分がレインであることは変わらない。でも、性別も顔も身体も変わった。名前を名乗らなければ、昔の知り合いに気づいてもらうことさえ難しい。世間から見れば、ほとんど別人だろう。


 剣の振り方は覚えている。相手の動きだって読める。けれど、頭の中で相手を倒し終えていても、身体のほうは手首をつかまれている。昨日、それを二度も確認した。あまり繰り返して確かめたい事実ではない。以前なら、剣一本あれば何とでもなった。今は、その一本を振るう自分を、まだ信用できない。


「……僕は、どうすればいいんだ」

 気づけば、言葉が出ていた。ワンダがこちらを見る。冗談でも、愚痴でもなかった。本当に、分からなかった。ワンダは少し考えた。そして答えた。


「分からん」

 僕は彼を見上げた。


「わ、分からんってさ……」


「俺にも、分からない」


「繰り返さなくても聞こえているよ」


「そうか」


「もう少し何か、ないのかい?」


「何かって、何だ」

 僕が知りたい。


 この男は、本当に気の利いたことを言わない。途方に暮れている幼馴染だぞ。しかも今は、こんなにも可愛らしい美少女なのだ。少しは励ましたくなるものではないのか。大丈夫だ、とか。何とかなる、とか。具体性がなくても、言い方というものがあるだろう。


 僕は顔に手を当てた。朝から、相談相手を間違えた気がする。


「俺がいるさ」

 隣から声がした。


 僕は顔を上げた。ワンダは前を向いて歩いていた。何か特別なことを言ったつもりはないらしい。僕が立ち止まりかけたので、少しだけ歩調を緩める。


「……何?」


「何だ?」


「いや、今、君が」


「聞こえなかったか?」

 聞こえた。はっきりと、聞こえた。だから、返す言葉が見つからない。


 どうすればいいかは、分からない。でも、俺がいる。


 彼の中では、その二つは矛盾していないのだろう。僕に代わって人生を決めるわけでもなく、何も心配するなと大見得を切るわけでもない。ただ、僕の隣にいることだけは、最初から決まっているような言い方だった。


 なんなんだ、この男は。さっきまで、何も考えていないと思っていた。今は、何を考えてそんなことが言えるのか、分からなかった。


「ワンダ、僕は――」

「あ、ワンダさんとレイリーンさん!」

 後ろから、明るい声が聞こえた。昨夜、酒場で聞いた声だ。


 振り返ると、ニアがこちらへ小走りに来ていた。仕事着ではなかった。明るい色の上着に、歩くたび裾が揺れるスカート。小さな肩掛けの鞄を持ち、赤毛には飾りのついた留め具を使っている。よく似合っていた。僕は思わず、目を奪われた。


 可愛い。それは間違いない。ただ、なんてタイミングが悪いのだろう。……タイミングが悪い? 僕は、自分の考えに引っかかった。


 どうして、そんなことを思うのだ。可愛い女性と再会できた。喜ばしいことじゃないか。昨日は仕事中で、落ち着いて話す時間もなかったのだし。それなのに、ワンダと話しているところを邪魔されたような気がした。別に、大した話ではない。いや、僕にとっては大した話だけれど。とにかく、途中だったのだ。


「おはよう」

 ワンダが軽く挨拶する。


「おはようございます。こんなところで会うなんて」

 ニアが彼へ微笑んだ。僕も慌てて口元を整えた。


「おはよう、ニア」


「おはようございます、レイリーンさん。昨夜はよく眠れました?」


「ああ。よく眠れたよ」


「よかった。ワンダさんと、もうお出かけなんですね」


「宿を出たところだ」

 ワンダが答える。ニアは僕と彼を交互に見た。


「そうだったんだ。私も、ちょうど用事が済んだところで」


「今日は、仕事はないのかい?」

 僕が尋ねると、ニアは小さく首をかしげた。


「酒場が開くのは夕方からなので。それまでは自由ですよ」


「ああ、そうか」

 昨夜のニアが印象に残っていて、朝もあの格好で料理を運んでいるような気がしていた。もちろん、そんなわけはない。彼女にも仕事以外の時間があるのだ。


 僕はもう一度、私服姿のニアを見た。その可愛らしさについて、何か一言伝えようとしたところで、彼女が先に口を開いた。


「二人は、何をしているの?」


「歩いている」

 ワンダが答えた。僕は目を閉じた。


 ほーら、これだ。この男は、会話というものを何だと思っているのだろう。見れば分かることを伝えて、どうする。彼女が聞きたいのは、これからどこへ行くのか、何の用事があるのか、そういうことだろう。ふふっ、これでは、ニアが愛想を尽かす日も近いな。


「ふふ。見れば分かるよ、ワンダさん」

 ニアは楽しそうに笑った。僕は目を開けた。なんだ、この子は。


「これから、どこかに行く予定なの?」


「まだ決めていない」


「じゃあ、お散歩?」


「そんなところだ」


「いいね。今日は天気もいいし」

 会話が、成立している。しかもニアは、嬉しそうだ。


 なんなんだ、この子は。今の返答なら、呆れるところじゃないのか。つまらない男だと思ってもいい場面だろう。どうして、そんな強面の無表情な男へ、にこにこ微笑みかけているんだ。


「ワンダさん、この町はよく歩くの?」


「必要があれば」


「いつもお仕事だもんね。たまには、用事がなくても歩くと楽しいよ」


「ああ」

 ニアが笑う。ワンダも、相づちを打つ。


 僕の隣で、ごく普通に話している。胸の中が、またむかむかしてきた。理由は、分からない。いや、分からないことが多すぎる。僕は勇者であって、謎解きを仕事にしていたわけではないのだから、もう少し分かりやすくしてほしい。


「レイリーンさん?」

 ニアが僕を見る。


「何か、気になることでも?」


「ないよ。何もない」


「そうですか?」


「二人とも、ずいぶん楽しそうだと思ってね」

 言ってから、少し嫌な言い方になった気がした。僕はすぐに笑みを足した。


「あっ、その……いい天気だからかな」


「そうですね。気持ちいい朝です」

 ニアは素直にうなずいた。


 いい子なのだろう。笑顔は可愛いし、愛想もいい。昨日から、僕にだって親切にしてくれている。その彼女と、もっと親しくなれる機会だ。ハーレム計画を考えれば、喜ぶべき場面である。僕は一つ息を吸った。


 ――よし。気持ちを切り替えよう。


「暇なら、ニアも来るか」

 ワンダが言った。


 僕は彼の顔を見た。今、何と?


 ニアが、ぱっと顔を明るくした。ワンダは、いつもの顔だった。ついさっきまで、僕たちは二人で歩いていた。僕がこれからどうすればいいのかという、大事な話をしていた。俺がいるさ、とまで言った。その続きが、これなのか。僕は口元に笑みを貼りつけた。


 なんだ、この男は。


 なんなんだ、この男は。


 胸の中のむかむかは、少しも収まらなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。