タイトル未定2026/08/28 19:18
二五時三〇分、閉鎖される自動改札。二年間、ずっと開いたままだった私の折りたたみ傘が、今、パチンと音を立てて閉じる。傷つかないように、誰の記憶にも残らないように、無彩色に塗りつぶしてきた私の毎日に、先輩の言葉が鮮烈な青を吹き込んでくれたから。「行こう、葵。夜が明ける前に」繋いだ手のひらから伝わる熱は、あの頃よりもずっと強くて、優しかった。駅の外に出ると、雨上がりの水たまりが街灯に照らされて、まるで地面にたくさんの小さな花が咲いているみたいに輝いている。もう、先輩の後ろを歩くだけの影じゃない。夜明けを告げる始発の音が聞こえ始める中、私たちは手を繋いだまま、朝焼けの坂道を真っ直ぐに上り始める。私だけの『小さな花』を、もう一度あのキャンバスに咲かせるために――。
ジジ……と、駅のスピーカーから再びノイズが流れる。
「間もなく、二五時三〇分を回ります。構内防犯のため、これより自動改札を閉鎖いたします……」
本当のタイムリミットが来た。蓮は立ち上がり、カメラバッグを肩にかけ直した。そして、もう片方の手を、葵の前に真っ直ぐに差し出した。
「行こう、葵。夜が明ける前に、あの美術室の鍵、俺、まだ持ってるんだ。今の管理の先生、アバウトだからさ」
「えっ、それって不法侵入じゃ……」
「いいんだよ、未来の巨匠たちの特別授業だ」
蓮は悪戯っぽく笑い、葵の手を引いた。開かないと思っていた葵の指先が、今度は驚くほど自然に、彼の指の隙間に滑り込んでいく。しっかりと噛み合った手のひらから、心地よい熱が全身へと伝わっていった。木造の階段を上る二人の足音が、無人のプラットホームにリズミカルに響く。改札を抜けて駅の外に出ると、雨上がりの夜空には、雲の隙間から満天の星が顔をのぞかせていた。道路にできた水たまりが、街灯の光を反射して、まるで地面にたくさんの「リトルフラワー」が咲いているかのように輝いている。
「ねぇ、先輩」
歩きながら、葵が蓮の顔を見上げた。
「ん?」
「私、次のコンクール、先輩よりもいい絵を描きますから。覚悟しててくださいね」
「へえ、言うようになったじゃないか。楽しみにしてるよ」
繋いだ手は、もう二度と離れなかった。二人の歩幅は、今度こそ完全に重なり合い、朝焼けへと向かう坂道を真っ直ぐに上り始めた。




