62.天使
慌ててアメリアに結界魔法をかける。
これである程度の攻撃は防げるはずだ。
天災級のものでなければ、致命傷だって一度は防げるはず。
でも、この程度じゃ満足できない。
この部屋に、そして屋敷に、幾重にも魔法を重ね掛けしなくては。
思考を張り巡らせていると、耳障りな甲高い悲鳴が鼓膜を震わせた。
コイツは確か、アメリア付きの侍女だったか。
俺の姿など視界に入らないかのように、アメリアの無事を確認している。
おそらくシロ。
侍女の悲鳴を聞きつけ、使用人たちが続々と駆け付けてくる。
その中に、子爵夫妻の姿もあった。
感知魔法を使ったときに、子爵の在宅には気づいていた。
こちとら定時で駆け付けたというのに、ずいぶん帰りが早い。
まさか子爵が?
実の娘に?
そんなわけはないだろうと思いつつも、屋敷内で一番魔力が高いのは子爵だ。
それはすなわち、犯人である可能性が一番大きいということになる。
しかし子爵程度の魔力で、先ほどの威力の魔法が使えるかと言えば答えは否だ。
「アメリアには会わせられないとお伝えしたはずですが?」
子爵が頭を抱えてぼやく。
明らかに抗議の色を含んだ声だったが、今問題とするべきはそこじゃない。
「了承はしていません」
そう言い放って、屋敷の警備体制について問いただした。
反論できない子爵に散々詰め寄っていると、扉の外から少女が不安げにこちらを見ていることに気付いた。
イレーヌ。
アメリアが可愛がっている妹。
正直俺は、この少女があまり好きじゃない。
そして、それは相手も同じだということも知っている。
子爵がイレーヌに部屋に戻るよう言っても、彼女はその場に立ち尽くして泣くばかり。
きっとアメリアがこの場にいれば、ハンカチで涙を拭って抱きしめてやるんだろう。
そんなことを思った瞬間だった。
ふわりと柔らかな風が吹いたかと思ったら、宙を舞う花びらが見えた。
アメリアのベッドに飾られていた花だ。
花びらは意思を持っているかのように、イレーヌを包み込む。
まさか。
信じられない思いで、アメリアを見る。
アメリアは先ほどまでと変わらず、ただぼんやりと薄目を開いているだけだ。
でもこれは、 《《アメリア》》の魔法だ。
間違いない。
そう確信すると、涙があふれてきそうだ。
震える手でアメリアに手を伸ばす。
その頬まであと数センチというところで、さらに信じられないことが起こった。
「……っ?!」
アメリアの身体から、もうひとりのアメリアが浮かび上がったのだ。
ふわりと宙に浮いたアメリアは、驚いたような顔をして、その場でくるくると回る。
アメリアが……ふたり?
イレーヌのもとへ降り立ったアメリアは、聖母のように優しい顔をしていた。
しかしアメリアの伸ばした手は、イレーヌに触れることなくすり抜けてしまう。
何が起こっている?
一体……何が―――?
茫然としていると、天使がこちらを振り向いた。
視線を逸らせずにいる俺に小首を傾げて、目を丸くしている。
しばらく見つめあっていると、困惑した顔をしたまま、アメリアの身体が重力に逆らうように浮かび上がった。
身体の制御が利かないのだろう、助けなくては。
そう思っているのに、身体が動かない。
そうしている間に、どんどんアメリアの身体は浮かび上がり、あろうことか寝巻の裾がひらりと捲れた。
慌てた様子でアメリアが両手で押さえたが、その拍子にぐるりと回転し、逆さまになる。
———ちょっと待って。
アメリアが必死に押さえているから大事な部分は守られているが、白い太ももが露わになっている。
やばい、刺激が強すぎる。
紳士たるもの、こういうときは視線を逸らすのがマナーだろう。
しかし愛する人が頬を赤らめ、煽情的な姿をしているというのに、直視せずにいられる男がいるだろうか。
少なくとも俺にはぜっっったいに無理。
「あ、鼻血」
イレーヌに指摘され、鼻から伝う雫に気付いたころには、アメリアは体勢を整えることに成功していた。
あぁ、今の姿、きっと一生忘れられないだろうな。
そう思いながら、使用人に差し出されたハンカチで鼻を押さえる。
それでもなお視線を離せずにいると、アメリアがこちらへ近づいてきた。
勢いがすごい。
待って、心の準備が――っ!




