26.イイコト
翌日、仕事帰りのセオルの手には、オルゴールときれいな布が握られていた。
スノードームのような形のオルゴールはねじを回すと音だけでなく光が溢れて、まるで部屋の中に星空が広がるような美しさだった。
流れる音楽は、聴きなじみのある童謡。
色とりどりの蝶が花々のあいだを飛び回るかわいい曲だ。
枕カバーには、可憐なフリージアの花が刺繍されている。
細かな刺繍は丁寧に施されたことがよくわかる。
夫人はどれだけの時間をかけて針を刺してくれたのだろう。
「フリージアの花言葉は希望なんだって」
穏やかな声でセオルが言う。
なんの偶然か、枕もとに飾られている今日の花もフリージアだった。
『……うれしい』
言葉とともに、涙がこぼれた。
誰かの優しさに、こんなに胸を打たれてしまうのは、やっぱりこんな体になったからなのだろう。
それと同時に、こみあげてくるのは羨ましさだった。
うちの両親も、伯爵夫妻のように愛情深い人だったら良かったのに。
そう思いつつも、実子と息子の婚約者では大きく違うのだろうと思いなおす。
それでもきっとあの人たちなら、セオルが同じように寝たきりになっても献身的に世話をしてくれるのだろうと根拠もなく確信してしまった。
「?……どうしたの、元気ない?」
『あ、ううん』
「でも寂しそうな顔してる」
心配そうにセオルが私を覗き込む。
「重かった?」
『え?』
「うちの親」
『ううん。それはほんっとに嬉しい!』
「……ならいいけど」
じゃあ、どうしたの?
そう首を傾げられて、じっと見つめられると、誤魔化し続けるのがバカらしくなってくる。
『~~大したことじゃないんだけど』
「うん」
『ちょっと……ちょっとだけ』
「うん」
『いいなぁって思って』
「いいな?」
『だから、伯爵夫妻が……優しいから』
「うん?」
『……お父様とお母様も、そうだったらよかったのにって』
口にしてしまうと、情けなくて笑えてきた。
でもセオルは自嘲する私を見て、不思議そうに目を丸くしている。
「そうだったらって?」
『……あの人たちは、あっさり私のこと見捨てちゃったし』
「は??」
『こんな身体になったらただのお荷物だし、仕方ないってわかってるんだけど、やっぱりその、なんか』
「いや、待って待って、何の話?」
全然ピンときていない。
セオルの察しの悪さにちょっとイラっとして、軽く睨みつけてやる。
家族に見限られた話をいつまでも続けさせるなんて、人の心がないのか。
『もうこの話はおしまい!』
「え」
『もっと楽しい話がいい。なんかないの?最近あった面白い話とか』
「何その無茶ぶり。俺、そんな面白トークとかできないけど」
『それは腕の見せ所でしょ』
「そんな腕ないって」
茶化さないの、とたしなめられて、頬を膨らませる。
セオルは眉を下げて、少し困ったような顔をした。
「面白い話とかはできないけど、いいことを教えてあげようか」
『……いいこと?』
「うん。耳を貸してごらん」
そう言って、セオルが私の耳元に顔を寄せる。
部屋には私たちしかいないし、そもそも私の姿はセオルにしか見えないのに、なぜ内緒話にする必要があるのか。
そんなことを考えながら、続きの言葉を待つ。
「リリーのご両親は、君が思っている以上に、君のことを愛しているよ」
まるで夢みたいな話だ。
慰めはいらない。
余計に惨めになるだけだから。
そう言おうとした私の口を塞ぐように、セオルが人差し指を添える。
「嘘だと思うなら、証明してあげよう」
ニヤリと笑うセオルに、私は気づくとうなずいていた。




