100.再び不穏
セオルに部屋まで連れて行ってもらった私は、そのまま身体の上に下ろしてもらって、肉体に戻った。
夢のせいか、魔力の使い過ぎか、そのまま眠りに落ち、目が覚めたときには空はうっすら白んでいた。
すっきりとした目覚めだ。
千里眼で身体を抜け出して、ぐぐっと伸びをする。
『今日は、空気が冷たいなぁ』
窓をすり抜け、バルコニーに立つ。
するりと頬を撫でる風のひんやりとした感触に、思わず肩をすくめる。
まだ朝も早いから、屋敷内は静かだ。
『あれ』
裏庭の方へ、メイドが駆けていくのが見えた。
首を忙しなく動かして、あたりを警戒しているみたいだ。
栗毛色の髪がふわふわと揺れている。
小柄な体をより小さくするように背中を丸めている姿は、まるで小動物のようだ。
屋敷内に、栗毛色の髪の小柄なメイドは一人しかいない。
『ロザリー……こんな時間にどこへ?』
セオルを起こしに行こうかとも思ったけれど、この時間だとまだ眠っているだろう。
何かあれば、すぐに助けを呼べばいい。
そう判断して、私はバルコニーの手すりをすり抜け、ふわりと地面へ降り立った。
裏庭を抜けると、その先には裏門がある。
ロザリーがレイドと密会していた、あの裏門。
確か、お父様が屋敷の警備強化を理由に、レイドが一人で職務に当たらないよう手配すると話していた。
それならば、今裏門に行っても、ロザリーとレイドが内緒話をすることは叶わないはずだ。
ロザリーは想像した通り、裏門へ張り付くように立っていた。
門からひょこっと顔だけすり抜け、会話の主を確認する。
『……レイドじゃん~~』
しかし、以前と違い、レイドの隣にはもう一人騎士の姿があった。
しかしロザリーもレイドも、彼のことは気にせず会話を続けている。
「神殿には?」
「明日行ってくる」
「お願いね」
「なぁ……もっと、いいやり方があるんじゃないのか?こんな方法」
「もう引き返せないわ」
また不穏な会話をしている。
ロザリーは眉を寄せて、苦々しそうに吐き捨てた。
「私だって、こんなことしたくはない。でも、仕方ないじゃない」
ロザリーの目尻には、うっすらと涙が滲んでいた。
誰かに脅されているのだろうか。
その誰かを突き止めてとっちめてやれば、悪いことから手を引いてくれる?
それにしても、以前はあまり冷静に話を聞いていなかったが、ロザリーよりもレイドの方が消極的な姿勢だ。
逆に言えば、ロザリーの方が覚悟が決まりすぎている気がする。
若さゆえに突っ走っているのかもしれないが、レイドの方がずいぶんと年上なのにと思わずにはいられない。
「お前らも大変だなぁ」
呑気な声で言ったのは、もう一人の騎士だった。
「でもさ、ま、いざとなったら俺らみんな協力すっから。とくに団長なんて張り切ってんぞ」
「あぁ、恩に着る」
「そのときは、よろしくお願いします」
……は?
俺らみんな?とくに団長?
騎士が話を聞いても無反応なのが不思議だったけど、共犯ということなら納得だ。
でも、違和感がある。
少人数ではあるけれど、我が家の騎士団を篭絡することなど、容易にできるだろうか?
団長はお父様の乳兄弟で、何十年もともに過ごし、信頼も厚い。
そんな人が、平気な顔をしてお父様を裏切り、その娘に呪いをかけた人間と結託するとは考えにくい。
『もしかして……何か思い違いがある、とか?』
なんにせよ、このまま放置できることじゃない。
足早にロザリーが屋敷に戻っていったのを確認して、私も自室へ戻ろうと踵を返す。
そのとき、騎士の一人がぽつりと呟いた。
「神殿ってのも、恐ろしいもんだよな」
「あぁ……そうだな」
レイドが肯定する。
話がまだ続くのかと思ってその場にしばらく立ち尽くしていたが、結局会話はそこで終わってしまった。




