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28、人は見た目ではないとつくづく思う

その人は、開店と同時に店に入って来た。

いや、ありがたいことに地元の人に御贔屓いただいて、他にも店が開くのを待っていて下さる方が結構いたけれど。


近所のコミセンで月一開かれる詩吟教室帰りのご隠居さんグループが、中央の10人掛けのテーブルを陣取ると。

その人は、カウンター近くの隅の席を選んだ。

御隠居さんグループは、全員生ビールを注文してくれた。

先日初めて長期で店を休みにしたから、常連さんにはビールサーバーを入れ替えた話は広がっているらしい。

新しいビールサーバーは調子が良く泡もクリーミーで、中々の人気だった。

せっかくなら美味しいビールが飲みたいとミッチーにねだられ、かなり値の張る機械を導入したし。

季節柄ということも手伝い、一気に生ビールの売り上げが上がったから、結果オーライだ。

注文が多いのでバイトの子も、ビールサーバーの使い方にも慣れたようだ。


「泡が細かくて、美味しいねぇ。」

「のど越しがいいよ。」

「クリーミーで、好きな味だ。」


そんな嬉しい言葉を聞きながら、私は隅の席へオーダーを取りに行った。


「ジンジャーエールと・・・腹減ってるんで・・・あ、ホットケーキ。トッピング出来るんッスね。じゃあ、アイスクリームダブルで。バニラとチョコで。」


大柄で短髪の男が、意外な注文をしてきた。

体格の割に威圧感はないけれど、その目つきを見ればかなりヤバイヤツなのだろうという気がした。

明らかに一見さんだ。


昨日からノリコはデビューのあいさつ廻りで、地方に行っているし。

ミッチーは、叶社長の事件を調べるために今日は遅い。

叶社長の件は、やっちゃんが刺されたことで事件の犯人がつかまり、解決したかと思っていたけれど、それは表面的な事で。

もっと根が深い問題らしく、やっちゃんや叶社長の娘さんの知り合いからも手伝って欲しいと頭を下げられたようだ。

ミッチーがここへ来る前は、暴れる客やたちの悪い客でもちゃんとあしらってきたのに。

いつのまにミッチーがいないだけで、不安に思う程弱くなってしまったのだろう。

情けない。

もっと背筋を伸ばして、毅然としていよう。

そう自分に言い聞かせて、バイトのみっちゃんにをオーダーを伝えた。


ご隠居さんグループから呼ばれ、半年先になるが正月明けの発表会をこの店でさせてもらえないかと頼まれた。

うちの店は小さいながらもステージもあるし機材も揃っているから、時々こういう話を持ち込まれる。

色々こだわりのあるママにはこういう話を持っていきにくかったのか、ママの代では一切なかったけれど。

若いから話しやすいのか、私がママになってすぐに常連のクリーニング屋のご主人から、クリーニング屋のおじいちゃんの米寿のお祝いで、大好きなカラオケ大会をしたいから店を貸してもらえないかと頼まれたのがきっかけだった。

それからたまに、常連さんからこういうことを頼まれるようになった。

予定が空いている定休日ならば、大体は受けることにしている。

これは、地元の人に御贔屓頂いてるお礼として考えているから、実費だけで場所代はとらない。

逆に費用が厳しいと言われたら、片付けさえしてもらえれば持ち込み可で店を貸している。

儲けはまったくないから、地元の常連さんからの頼みに限っているけれど。


「多分、大丈夫だと思うんですけど・・・日程が決まり次第、早めにおしえてもらえますか?」


私がそう言うと、リーダー格の海岸前の大きなレストランのご隠居さんが眉を下げた。


「悪いねぇ、エミちゃん。本当はうちのレストランでやる予定だったんだけど、嫁がそんな低予算じゃできないって急に言い出して。息子もとりなしたけど、訊く耳もたねぇんだよ。」


どうやら家でもめたらしい。


「いえいえ、いつも御贔屓頂いている常連さんの特典サービスですから。それで、予算ってどれくらいですか?」


私が肝心なことを尋ねると、ご隠居さん連中は全員申し訳なさそうな顔になった。


「それが・・・見に来てもらう人から金もとれないし・・・発表会の参加費から先生へのお礼、雑費を引いた金額で、5万くらいなんだけど。あの、機材も貸してもらう予算込みでなんだけど。」


会計担当なのか、スポーツ用品店のご隠居さんがノートを見ながらそう言った。


「機材は、別に店にあるものなら使って頂いてかまわないんですけど。その、来場される方って、何人くらいなんでしょう?お菓子と飲み物くらいの提供ですか?」


「うん、費用がかかるから食事時は避けようってことになって、出来たら13時くらいから3時間くらいで考えていて・・・人数は、そうだなぁ。皆、家族や友達に声かけたりしてるからね・・・ただならってことで、結構来るかも。10人発表するから、1人5人前後として・・・。」


私はその言葉を聞いて、こりゃあダメだと思った。

どんぶり勘定もいいところだ。


「それじゃあ、片付けをして頂く条件で、持ち込みにした方がいいんじゃないですか?お年寄りのお客様が比較的多いのなら、お正月明けですしあたたかいお茶とかポットに入れて持ってきていただいたら、節約になりますし。お菓子もそろえて頂いた方が、うちの店の物だとご希望に添えないかもしれないですし。その代り、皆さん午前中からリハーサルに入りますよね?それなら、先生と発表される10人の方の、サンドイッチになりますけど昼食と、先生に午前中と演奏後に飲み物をお出しする分、1万円だけうちは頂きます。」


頭の中でざっと計算をして、そう提案をした。

すると、ご隠居さん連中が驚いた顔をした。


「それじゃあ、エミちゃん儲けも何にもないじゃないか。」

「休日に店空けてもらって、申しわけない。」

「いやいや、それは駄目だ。」


人の良いご隠居さん達は私の提案に首をふるが、こちらは地元サービスの一環だし御贔屓頂いてるお礼だと言ったら、皆に頭を下げられた。

実際、余程困っていたらしい。

よかった、よかったと思っていたら。


「じゃあ、お菓子提供はうちの店からしますよ。開発した新商品のプロバンス風ミニおからパウンドケーキが、ちょうどいいんじゃないかな。ご近所価格で、50個4万円でいいです。」


突然、後ろから肇さんが話に割り込んできた。

しかも、とんでもない内容だ。

ミニおからパウンドケーキって、おからって、日本の物だよね?

プロバンス風って、何処から出てきたの?

しかも、メインにおから使って、ミニって言っているのに、1個800円ってどういうこと!?

私が驚きのあまり、何も言えず固まっていたら。


「ああ、内藤さんとこのシュークリームがあったな。100円だから50個でも5,000円だし。持込させてもらうのに、丁度いいな。あー、内藤さん悪いけどついでに、ナプキンとプラスチックスプーンを50人分つけてもらえるかなー。」


レストランのご隠居さんが、肇さんの提案をスルーして看板商品のシュークリームに話を変えた。

肇さんのお父さんと御隠居さんは仲が良かったし、『洋菓子ナイトウ』のシュークリームは安価で人気商品だ。

確かに、今回の発表会のお菓子にいいかもしれない。

しかも、流石に家業がレストランだけあって、食器を使わず私に手間をかけさせないような考えがサッとでてきた。

確かに皿50枚とスプーン50本を出して洗って・・・となると、作業が大変だから。

当日は完全に儲け度外視なので、バイトは頼まず私だけで回すつもりだし。


「はぁつ!?シュークリームなんて、ありえない。しかも、何でスプーンとナプキンをうちがつけないといけないんだ。この店でやるんだから、この店の皿とスプーンを使えばいいでしょう?」


あり得ないのはお前だと言ってやろうかと思ったが。


「どう考えても、1個800円のプロバンス風おからナンチャラケーキより、1個100円のシュークリームの方が誰だっていいよなぁ。つうか、プロバンス風ってどこから来たの?・・・おからって、豆腐だよね?豆腐ってフランス料理だっけ?」


ご隠居さん連中の声は元々大きかったし、肇さんも興奮して声が大きくなっていたから、話は丸聞こえだったみたいで。

隅の席だったし、この人存在感がまったくなくなっていたからすっかり忘れていたけれど。

私と同じようなことを考えていて、思わず吹き出しそうになった。

まぁ、肇さんはプライドだけは高いからここで笑ったら絡まれそうだし、必死で我慢したけれど。


「素人は、黙ってろよ!」


「あ?」


全く存在感の無かったその人が急に低い声を出したことで、威圧感が突然現れた。

その一言で、肇さんはビビリ。


「おい、柄の悪い客なんて入れるなよ!ここは地元の人間が気軽に来れる店なんだから、こんな奴入れたら、商売傾くぞ!」


そのとばっちりが私に向いた。

この人、本当に客商売をしている人なのだろうか。

迷惑をかけられない限り、お客様を受け入れないなんてありえない。

肇さんにキッチリそう言おうと、口を開きかけたら。


「内藤さん、いや・・・肇君。もう、シュークリームも結構だ。エミちゃんは私達の予算を考えてくれて、儲け抜きで店を貸してくれるって言ってくれたんだ。それなのに、自分の店の商品じゃないものに店の皿50枚とスプーン50本を貸せなんて言えない。借りるってことは用意するだけじゃないんだぞ、使ったら汚れるんだ。それを洗うのはどうするんだ?貸してくれたエミちゃんに洗わせるのか?確かに1個100円のシュークリームでナプキンとプラスチックスプーンを付けたら儲けが薄くなるかもしれない。だけど、損して得取れだ。50人のお客様がそれでもっと食べたいと思うかもしれない。1個800円のおからのケーキじゃ、リピーターを望むのは厳しいと思う。店も最近閉めているようだが、もう一度商売というものをよく考えた方がいい。ここは、君の店じゃない。エミちゃんの店だ。エミちゃんの店のお客様にいちゃもんをつけるなんて、大きな声で話をして迷惑をかけているのは私達の方だ・・・・申し訳なかった。つまらない話を迷惑も考えず、大きな声で聴かせてしまって。」


レストランのご隠居さんが肇さんに説教をしたと思ったら、急に立ち上がって隅の席の男の人に頭を下げた。

するとその男の人は、ニコリと笑い。


「いや、大丈夫です。そのおから使いの人が来るまでは、なーんか、地元の良い話だなー。俺も、発表会見に来たいなーって、思っていたくらいですから。」


「・・・・・・・。」


私は、反省した。


人は見た目ではないとつくづく思ったから。

大柄で短髪の目つきの悪いヤバイと思っていた男が。

まさか、詩吟が好きだったなんて・・・。





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