29、ミッチーは不在でも
ノリコがデビューした。
デビュー前は、慣れないあいさつ廻りやプレッシャーで、随分やつれてしまい心配したけれど。
皆の応援と持ち前の芯の強さで、ノリコらしく頑張っている。
本当に自慢の妹だ。
いや、皆に自慢したくてしょうがない。
ということで、ここはアメリカンバーの『Chicago』だけれど。
店に流れている曲はノリコのデビュー曲『紫陽花ブルース』で。
そして、壁のいたるところにノリコのポスターが貼られていて、店のテイストは『風町リノ』一色だ。
ママがこの状態を見たら呆れるだろうけれど、今は私の店だ!それにお客様も常連さんばかりで、皆ノリコを応援してくれているし。
「何か、ちょっと来ない間に、店の雰囲気変わりましたね?」
久しぶりに来店した大学生の山内が、店内をキョロキョロ見回しながらカウンターへやってきた。
初対面のミッチーに睨まれてからも何度か来店してくれていたが、ここ2ヶ月程顔を見せなかったからもう来ないだろうと思っていたのだけれど。
どうやら夏休みを利用して、アメリカへ短期留学をしていたらしい。
お土産ですと渡されたのは、ナッツの入ったチョコレートと、星条旗柄のハットをかぶったティディベア。
「うわぁ、可愛い。ありがとう!」
ぬいぐるみの愛くるしさに思わず笑顔になりお礼を言うと、山内が顔を赤らめた。
その表情にまだ諦めてくれてなかったんだと、私は内心ヒヤリとした。
ノリコがデビューしてから1ヶ月、ありがたいことに順調な滑り出しで。
キャンペーンだけでなくテレビ出演もかなり入って、このところノリコもミッチーも帰宅が遅い。
今日も遅くなるようで、店に顔を出せないと朝ミッチーが残念そうに言っていた。
しかも、今日はグループのお客様ばかりで、カウンターは山内1人だ。
気が重いけれど、注文をこなしながら山内とは無難な会話に終始しよう。
そう思って、棚に並べたボトルの間の良い位置にティディベアを飾り。
もう一度山内にお礼を言ってから、注文をきいた。
「俺も生ビールにしようかな。ビールサーバー変えたんですね?結構あちらこちらで皆さん飲んでますけど、旨そうですね。」
「そうなの、皆さんに評判良くて。ちょっと良い機械入れたの、正解だったわー。」
山内に返事をしながら、手早く冷やしておいたピルスナーグラスを取り出し、ビールを注いでいく。
何となく山内の熱のこもった視線を感じ、ゲンナリとする。
うちはそういう店じゃないって言うのわかんないかなぁ・・・。
やっぱりミッチーの言う通り、婚約指輪しておくべきかな・・・・だけど、あの指輪ゴージャスすぎて、店で水仕事するのに向かないんだよね。
そんなことを考えていたら、私の前に影が出来た。
見上げると、カウンター越しに大柄で短髪の詩吟好きの男の人が立っていた。
あれからうちの店が気に入ってくれたのか、いつも1人だけど結構な回数通ってくれていて。
体質的なものかお酒は飲まないけれど、甘いもの好きの大食いで。
いつも長時間にわたって色々食べながら、ジュークボックスや、ダーツ、ゲームなどを楽しんでくれている。
今日も30分くらい前に来店して、いつものカウンターに近い隅の席に座っていたんだけれど。
「悪いんだけど、こっちのカウンター移っていいかな?」
彼がそんなことを言い出すのは、来店以来初めてのことだった。
「どうされました?何かありました?」
いつも1人で楽しんでいたのに、どうしたのだろうと思ったら。
その男の人は、少し声を潜めて。
「いや・・・近くの席のカップルがイチャイチャで、俺いたたまれなくてさー。」
男の言葉にふとそちらを見ると・・・見合いをして、先日結婚が決まったマサルの兄、長太郎とその婚約者の彼女。
うん、幸せいっぱいって感じでいいんだけど、何も4人席に2人なのに並んで座らなくても・・・あーん、もちょっと・・・でもまぁ、ミッチーを考えると私も人の事は言えないか。
私はクスリと笑うと、頷いて男がいた席に向かった。
「お、エミちゃん。今日はミッチーどうしたんだよー。もしかして、別れたー?」
私が隅の席で皿とグラスをトレーに乗せていると、長太郎が下らない事を言ってきた。
顔を上げると、ニヤニヤした長太郎と、何だか敵対心のありそうな微妙な笑顔の婚約者さん。
この人がマサルの義姉になるのか・・・と複雑な気持ちになったが、面倒なので。
「マサルから聞いてないの?式は来年だけど、私10月に入籍予定。それから、ミッチーは風町リノのプロデューサーで、一緒に仕事で廻っているから忙しいの。」
ちょっと大き目の声で言ってやった。
もちろん、山内にも聞こえているはず。
吃驚した顔の長太郎と、私の婚約者が芸能関係者と知り呆然とする彼女。
「長太郎、そっちも結婚決まったんでしょう?おめでとう。おじさん、おばさんも喜んでいるでしょう?よかったね。」
そう言ってニッコリ笑うと、私はサッサとカウンターの中へ戻った。
「エミちゃん、これ何?このぬいぐるみ、俺好きじゃない。」
営業時間には間に合わなかったが、片付けをしているとミッチーが迎えに来た。
今日は挨拶廻りだったのか、スーツを着ている。
家についてそのまま車に乗って来てくれたのだろう。
だけどあいかわらずのサイコパスな勘で、山内のお土産のぬいぐるみに目を付けた。
「ああ、それ、お客さんからお土産でもらったの。」
「お客さんって、男!?」
「そうだけど・・・。」
いや、うちの店のお客さんって、8割くらい男性だからね。
そう言っても無駄な事はわかっているので黙っていたら、ミッチーはそのぬいぐるみを摘まみ上げた。
そして、じっと見つめ・・・急に包丁を取り出し、ぬいぐるみに突き刺した。
いや、怖い怖い怖い―――
私は、そのミッチーの行動にドン引きをした。
そこまでやらなくても・・・そう思い、ミッチーを止めようとしたとき。
星条旗柄のハットの中から、黒い機械が出てきた。
え、ぬいぐるみって・・・大体、中身はパンヤじゃないの?
アメリカ製のぬいぐるみって、機械が入ってるの?それだと、子供が遊んだ時にあぶなくないの?
意味不明な状況に、私はただ固まっていたら。
ミッチーがその機械を厨房のコンクリートの床に落とし、革靴で思いっきり踏みつけた。
バキッ――――
「エミちゃん、これ、盗聴器。」
ミッチーがいつもより低い声で、私にそう告げた。
驚く私にミッチーは大きくため息をついて、今後他の男からのプレゼントは受け取らないことを私に約束させた。
流石に盗聴器が仕掛けられたという状況に私はゾッとしたけれど、何となくあの熱のこもった山内の視線を思い出しながら気を付けようと思った。
「でも、ぬいぐるみに盗聴器が仕掛けてあるって、よくわかったよね?」
返ってくる答えが何となくわかったけれど一応確かめておきたくて、私はミッチーに問うと。
ミッチーはニヤリと嗤い。
「ふふ。邪悪な気って、なんか俺わかるんだよねー。今までは、見たものに対してだけだったけど・・・エミちゃんに関しては、愛なのかなー・・・距離関係ないんだよねー。帰宅前から嫌な予感がして、店に何か嫌なものがあるような気がしてさー・・・・あっ、このぬいぐるみ捨ててくるねー。」
やはり常人とは思えない回答が返ってきた。
そして、何も言っていないのに、貰ったチョコレートまでもゴミ袋に放り込むミッチー。
その裏口から出ていく後姿を見ながら、私はこれ以上深く考えないようにしようと思った。




