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第5話 大切な存在

 大学の寮へと帰ってきた私は、アズの提案した宅飲みパーティとやらをするべく部屋の準備に取り掛かっていた。

 普段は使わない折りたたみ式のテーブルを出して、料理を並べていく。

 ちなみに私とアズの夕飯も兼ねているため、お酒を飲むにしては多めに作ってある。

 出来は決して上手いと威張れないレベルだけど、お湯を沸かしてることを忘れたりとか、調味料の分量を大雑把にして変な味にしてしまうようなアズよりマシだ。

 そんな事を考えている内に家のチャイムが鳴る。今日は早めに来てくれたようだ。


「おーい、お酒持ってきたよ~。お、美味しそうな料理じゃん!」

「そりゃどうも」


 お酒の缶を抱えてやってきたアズを迎え入れ、二人で準備の続き。私もアズも慣れた手付きでそれを終わらせる。それなりの場数を踏んでるしね。


「よーし! 終わったということで、かんぱ~い!!」

「かんぱ~い」

「って、先に飲んでるじゃん! 最初くらい一緒に飲もうよ!」

「いいじゃん。別に減るもんじゃないし」


 アズからの訴えを、面倒臭そうな感じで払いのける。

 実を言うと、これはわざとではなく――ただのうっかりだ。本当は合わせてあげようかなとは考えてるんだけど、マイペースな性格が邪魔をしてうまくいかない。……今度は気をつけよう。


「しょうがないなぁ。じゃ、気を取り直して飲むよ~! 」


 勢いの良い声と一緒に、ジョッキに注がれたビールを飲むアズ。それを傍目に、私はアルコール度数の低いチューハイをちびちびと飲んでいく。

 この光景は私たちの食事ではよく見られるものとなっていた。

 

「あ、そういやテレビ見ようよ。見たい番組あるんだよね~」


 アズが私の返事を待たずにテレビを付ける。

 映ってきたのは『ぼかっとスマイル』という番組。身の回りにいる嫌な奴を論破したりする番組だっけ。嫌いだから覚えてないや。

 ――嫌な相手に悪い印象を植え付けて、それを叩きのめす行為を番組内で肯定する。低俗かつ悪趣味。見ていて阿呆らしくてしょうがない。

 何でこんな番組が夜の7時という多くの人が見る時間帯にやっているんだろうか。この世には、もっと得るべき知識や学ぶべき物語があるというのに。


「……アズ、チャンネル変えて。ニュース番組の方が良い」

「えっ、つまんないじゃん。そんなの。『ぼかっとスマイル』見ようよ~」

「嫌だよ、そんな低俗な番組。ニュースの方がいい」

「ふぅん。なら、ここはじゃんけんで決めようよ!」

「いいけど」


 言われるがまま、じゃんけんに応じる。

 結果は一瞬で出た。私がパーで、アズがグー。私の勝利だ。


「ま、負けた……。録画してるから良いんだけどさ」

「はい、ニュース番組ね。少しはアズも教養を身につけたら?」

「『教養』は『強要』されるもんじゃないと思うのだよ、ウチはね」

「寒いよ」


 つまらない冗談にツッコミをいれつつ、取り上げたリモコンでチャンネルを変える。

 すると、真面目そうなアナウンサーが淡々と原稿を読んでいる画面が表示された。

 私はニュース番組が好きだ。理由は、社会を理解したような気分に浸れるから。まあ気分だけだから理解したわけではないけど。特に政治と経済はさっぱりだ。


「――幼児の遺体は無残な姿で放置されており、警察は身元を調査する方向で捜査――」

「…………」

「続いてのニュースは、連続殺傷事件の犯人が逃走――」

「…………」


 運が悪いことに、今日は一段と暗いニュースばかりだ。私と向かい合うように座っているアズも一段と浮かない表情になっていた。


「……アズ」

「何?」

「やっぱ『ぼかっとスマイル』見ていいよ」

「ほんと! ありがとね、愛ちゃん!」


 一瞬で表情が明るくなったアズはチャンネルを切り替える。

 仕方がないので私もそれを見ることにする。……低俗。やっぱり低俗だ。でも噂によると視聴率は良いらしい。

 心の中の複雑な気持ちをかき消すように、私はチューハイを飲み干した。




「あっはっはっ!! いえ~い!! 愛ちゃ~ん!!!」

「……はぁ」


 あっという間に時は過ぎて、目の前の料理は皿だけになった。

 アズとご飯を食べるのは私にとって楽しい時間で、すぐに過ぎてしまうのだろう。

 でも彼女への不満はある。さっきの番組もそうだし、この状況もそうだ。


「あれ~! 愛ちゃん、元気ないねぇ~!」

「誰のせいだと思っているのよ」

 

 始まってしまったよ。アズの独壇場が。飲みだしたら完全に酔うまで飲みまくるのは本当にやめてほしい。

 けれど、耳を貸してくれない。ちょっとは付き合う側の気持ちになってほしいね。

 それにアズは酔っ払うと普段でもひどいだらしなさが、さらに浮き彫りになる。

 床に散乱した空き缶に辟易とした気持ちを感じつつため息を吐く。すると、急に――


「えっへへ~、愛ちゃんの膝枕~♪」


 アズが私の膝に頭を乗せてきた。恥ずかしいからやめて、と言おうとする。

 そうすると、私の耳に微かな心地よい音が耳に入ってきた。


「すぅ……、すぅ……」


 アズの寝息だ。というか、もう寝てるというの? 嘘でしょ? 

 早い、というか何でこんな状況で眠れるの!? そんなアズに驚きを隠せないでいた。

 ……しかし、私の思考はすぐに現実的な問題へと切り替わる。


「今回もアズを泊めなきゃいけないのね」


 ――この寝ているアズをどうするか。

 いくら隣の部屋とはいえ、非力な私が女子大生一人を運べるわけがない。かといって起こすのは何だし、仕方がないので膝から床へ移して放置することにした。

 人の家で酔いつぶれて寝てしまうアズなんて、風邪を引いちゃえば良いんだ。

 そんなことを思いながら、アズの寝顔を見つめる。

 ……可愛い。やっぱり顔立ちが整っているんだよね、アズの顔って。嬉しそうに笑っている寝顔という、無防備さと無邪気さが入り溢れてるような表情がそれを引き立たせているのだろう。


「むにゃむにゃ、愛ちゃん大好き……」


 び、びっくりした。いきなり何を言い出すのかと思えば。

 寝言は寝てから言って、って寝てたね。そもそも寝言だし、これ。

 うーん、どうしようか。こんなことを言われたのに、無視するのは気が引ける。

 ――よし。勇気を出して。


「……わ、私も」


 雀のさえずりほどの声量。でも、確かに存在する想い。

 どうせ寝ているアズには届いてないだろうけど、伝えられたことの満足感を味わいながらアズに毛布を被せてあげた。

 今回だけ、今回だけ。今度やったら放置しよう。そう心の中に深く刻み込んだ。




「あ、もうこんな時間か」


 あれから部屋の後片付けをしていたら、11時になっていた。私も寝よう。

 もちろん布団で。床で寝るなんて、寝心地悪すぎて真似なんてできない。

 電気を消して横になる。静かな部屋の雰囲気が、より増した感覚に陥っていく。


「…………」


 暗闇の天井を見つめながら、眠るまでの物思いに耽る。

 今日も色々なことがあったな。それこそ、戸惑いや失敗だって。

 ――ああ、この世は生きにくい。

 暗黙のルールとかあって、会話の流れや場の空気を読まなきゃいけなくて。

 そして、それはとても曖昧。どこを守れば良い、なんて書いてる説明書はない。

 何というか、うまく生きていけている世の人々が羨ましく思えるくらいだ。


「…………」


 でも、それでも、私はこの世界生きていくしかないんだけど。

 幸いなことに今はアズがいる。二人でなら、やっていける自信がある。

 何だかんだ言って、アズの存在は私にとって大きいものとなっている。

 そんな大切な存在ができるなんて、大学に入る前の私が聞いたら驚くだろうな。


「うっ、ふわぁ……」


 欠伸。眠気が襲ってきた。どうやら私の体は眠ろうとしているみたい。

 ……あ、そうだ。寝る前に、アズに言わないといけない言葉があったね。


「おやすみ、アズ」

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