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何故こんなことをしたのか。お前は何者なのか。気になってはいた。
しかし、疑問を口にするよりも先に隠し持っていた鉈を素早く投擲する。冒険者の中にはナイフを投擲武器として用いる戦士もいる。しかし彼はそれをしない。あえてごつい鉈を用いる。
投げナイフを相手に刺さらせるのには高い技術を必要とするが、鉈ならとりあえず敵に向かって投げるだけでいい。刃に当たらなくても重量だけでダメージを十分に与えることができる。見映えよりも実利を優先させる彼らしい選択だった。
「⁉」
ヨーンもいきなり何か投げられるとは思わなかったのだろう。とっさに手で顔を庇う。それが不意に襲われた場合の正しい反応だ。
それに気づかなかったことが彼の最大の失態だ。
鉄と骨がぶつかる不快な音が聞こえる。
ひるんだ一瞬で距離を詰める。剣を小ぶりに振る。ヨーンは地面に飛び込むように避ける。
倒れ伏したヨーンに剣を振り上げ、そして振り下ろそうとするが、
ヨーンは立ち上がらずに四つ足の獣のように低い姿勢のままタックルを仕掛ける。一対一の殴り合いにおいてはタックルで押し倒すのは極めて有効な戦法だ。特に相手だけが武器を持っている場合は。
ヨーンが取り得る逆転への最善手。一気に組み付き組み伏せる。
リンクスの膝がヨーンの顔面にめり込まなければ、そうなっていただろう。
「かっ、は」
リンクスはヨーンのタックルを読み、膝で合わせた。剣を振りかぶったのは隙があると思わせるための誘いだ。
崩れ落ちるヨーン。自傷とは言え血を流し、山を歩き詰めだったヨーンは体力の限界が近づいていた。
剣を振るう。刃ではなく、剣の平で殴る。殺すよりも生け捕りの方が情報を聞き出せる。もちろん徹底的に痛めつけてから、だが。
「答えろ。お前は魔族の手先なのか? それとも魔族なのか? 髪や肌の色はスキルで誤魔化しているのか?」
「……髪と目は生まれつきだ」
もはや反撃する力は残っていないだろうが、目だけは力を残している。
「だが……俺はお前らが魔族と呼ぶ一族の生まれだ」
「そうか」
剣を握る手に力を入れる。生け捕りしたほうが良いとはもう思わない。
「髪と目の色が何故違うのかは知らんが、魔族は生かしておけない」
「生かしてはおけないだと⁉ 知っているぞ! 同胞を何人も殺した悪鬼リンクス!」
そんな風に伝わっているのか。彼の中の仄暗い感情が刺激され、笑みすら浮かべていた。
「俺の兄もお前に殺された! お前を絶対に許さない!」
なるほど。目線を合わせなかったのは憎しみを悟られないようにするためか。
「俺の姉も、父母もお前ら魔族に殺された。お前らがここに攻めさえしなければお前の兄も死なずに済んだろうな」
激高したヨーンは力を振り絞りリンクスに掴みかかろうとするが、あっさりと弾き飛ばされた。
そこで、彼の胸元からありえない物を見た。
それはいつも見ている物だった。この二十年片時も肌身離さず身に着けていた物だった。
それは――――彼が持っているペンダントと全く同じ物だった。
「――――き、さ、ま。それを、そのペンダントをどこで拾った⁉」
「これは、母、から、貰った。危険な任務を、案じて、兄のようにならないようにと、だから、俺は帰らなければならない!」
そうか。確信した。こいつが、こいつの親が、俺の仇だ! 父親が俺の姉さんから奪ったペンダントを自分の妻に渡し、それを自分の息子に渡したのだ!
姉さんを、俺の家族を、愚弄するのか⁉ 殺す。こいつらは、一族纏めて全員殺す!
「遺言として聞いてやる。お前の親の名前は何だ」
「父はゴーク、母は
シャイナ
思考が止まる。こいつは今なんて言った? こいつは何を言っている?
何故、姉さんと同じ名を口にする?
「この国の民の名前なのが意外だったか? ちょっと考えればわかりそうなんだけどな。俺の髪と目の色がお前らと同じなのは、俺がお前らと同じ血を引いているからだ。同じ言葉だって使えるだろ? はっ、そんなことにも気づかなかったのか?」
やめろ。それ以上話すな。もういい。こいつの首をはねろ。
だが、体はあの悪夢と同じように、ピクリとも動かない。
「俺の母は二十年前に俺たちの国に来た! 異邦人だけど、父とは仲睦まじく暮らしていた! 母の祖父母だって幸せに暮らしていた! でも異邦人だから扱いは良くなかった! 兄さんはそれを気にしてあえて危険な任務に志願した! 任務を果たせば幸せな暮らしが待っているはずだった! お前はそれを奪ったんだ!」
今までに殺した魔族はそう多くない。たった百人程度だ。二十年前に殺されたこの国の人々に比べればあまりにも少なすぎる。だが、もしも、二十年前に殺されたのではなく、連れ去られただけなら?
今まで殺した魔族の中に、俺たちと同じ瞳の色をした魔族はいなかったか?
「嘘を、」
ようやく体が動いた。途轍もない速度でヨーンの喉を掴み、剣を衝きつけながら組み伏せる。
「嘘を言うな! 連れ去られた人間が、幸せに暮らしているだと⁉ そんなことがあるはずない! お前ら魔族にそんなことができるはずがない!」
<誓約>を発動させながら問いかける。今ほどこのスキルがあってよかったと思ったこともない。同時になければよかったと思ったこともない。
「ほ、ん、と、う、だ」
嘘は、ついていない。つまり、今までの話は全て
真実だ。
ヨーンから離れる。剣を取り落とす。替わりにペンダントを握りしめる。
「あ」
喉から何かが零れる。
「あああ」
後悔か? 怒りか? 自分でもわからない。
「あああああああ!」
最後は獣の叫びにしか聞こえない。
茫然と天を仰ぐ。
今こそ絶好の反撃の機会だというのに、あまりの様子にヨーンも出が出せない。
どれほどの時がったのか。リンクスはようやく声を絞り出した。
「行け」
予想外の言葉にヨーンは戸惑うが、右手に握られているペンダントに気付いた。
「まさか、あんた、ド」
「黙れえええええ! その、名前を呼ぶなあああああ!」
全てを察したヨーンは視線を地面に向けたが、やがてどこかへ去っていった。
人はいない。もうここに生者はいない。生ける屍があるだけ。復讐を誓ったリンクスは死んだ。ドルクはもはや生きていない。少なくとも精神的には。
人生の全てを捧げた復讐が無意味であるとようやく知った屍は右手に握られたペンダントを無造作に地面へ放り投げる。
ふらふらと剣を振りかぶり、まっすぐにペンダントに振り下ろした。
それからの記憶はあまりない。
仲間たちに憔悴しきった所を発見され、何とか町まで帰ることができた。
何ひとつとして行動する気が起きず、かと言って今までの習慣からか酒に溺れるような真似はできなかった。
その様子を見て誰も彼もが驚いていた。それだけならいい。許せないのは俺の仲間が原因だと思われていることだ。あいつらが誰よりも俺を気にかけているのに無関係な人間は好き勝手に無責任な言葉を浴びせる。
もはや自分自身がどうなろうが興味を持てないが、あいつらが悪し様に言われることだけは避けたかった。
だから、噂だけは聞いたことがある、追放屋に依頼することは躊躇いがなかった。
目の前に黒い、無機質な女が立っている。こんな冒険者の成れ果てに用があるのは物好きか、こちらに用件があるかだ。
「……あんたが追放屋か?」
「はい。あなたが追放したい冒険者は誰ですか?」
ゆっくりと自分を指さす。
「俺だよ」
今になってようやくわかった。きっと俺は嫉妬した。他の誰でもない、俺の家族にだ。
オレが必死になって魔族を殺し、ダンジョンに潜っているのに家族は魔族の庇護のもとのうのうと暮らしていた。
許せない。今まで魔族に向けていた感情が家族に向いてしまいそうだった。それが怖い。
自分の中の感情が怖い。今までの全てが無駄になったことよりも、自分がそんなろくでもない人間だと認めるのが怖い。
結局のところ、家族の仇討ちなどではなく、自分の八つ当たりとして魔族を殺していたのではないか? それをわかりたくない。だから、わからないまま終わりにする。
俺の冒険はここで終わりだ。誰に迷惑をかけることもなく、ただ朽ち果てる。




