7
ガラガラと馬車の騒音が人の住んでいない森に響き渡る。
普段なら静けさに満ちるこの森は馬車を護衛する冒険者たちの物々しさに気おされていたかのようだった。
「魔族一人に大層だな」
「しょうがねえだろ。大事な捕虜だ。万が一にも逃げられるわけにはいかねえんだろうよ」
たまに何故かこの国に入り込んだ魔族が見つかることはある。しかし、この辺りの人間、特に二十年前の惨劇を知る者は魔族への憎しみが強く、魔族が捕まれば私刑に処されることが多い。
「そんなもんかねえ。金をもらえりゃ文句はねえけどさ」
「そこ! 無駄口叩くな!」
「「へーい」」
冒険者だとしても魔族への態度は十人十色だ。若い世代ほど、ロタンから離れるほど興味が薄れるが、年かさほど敵愾心が激しくなる。
例えば今若い二人に苦言を呈する年かさの老人のように。
「この二十年あまりでかい戦争が起こってないからお前らは知らんだろうがな、魔族ってのはどいつもこいつもろくでもない奴らだよ。薄暗い肌の色をしてるくせに髪の色は白くてな。そのうえ俺らを見かけたら襲わずにはいられない獣みたいな連中だ。しかも女を攫って手籠めにしちまうんだとよ」
「うへえ。じゃあ魔族は自分の子供を産ませるために人を攫うんですか?」
「そうだ。エルフとかドワーフとみたいな亜人とは何をしようが子供はできねえけど魔族はなんかよくわからん魔法を使って子供を産ませるんだとさ」
「確かにそんな奴らは殺した方がいいのかもなあ」
呑気とさえ呼べる調子で森を進む。護衛は十数人の冒険者であり、よほどの戦力でなければ戦おうとは確かに思わなかっただろう。
だがそれでも例外はいる。
「戦闘態勢だ」
護衛のリーダーである男性が号令をかけると直ちに準備を整えた。冒険者の端くれとして戦闘中であれば決して油断はしない。
「ブルーベアか」
青い熊が森の陰から飛び出す。涎を垂らしながら、鼻を鳴らす姿はいかにも腹をすかせた猛獣のようだ。実際には魔物は何も食べないわけだが。
「全員で遠距離から仕留めるぞ」
初撃で近づかれる前に倒す。もっとも安全かつ効率的な戦法で、花はないが手っ取り早い。
全員が攻撃を構えたがそこに何かが投げ込まれた。
すると突然煙が視界を遮った。
「煙玉⁉ 魔物の仕業じゃない……捕虜を逃がすな! ブルーベアは近づかせないようにしろ!」
そして森中に轟音が響き渡る。馬車に対して何らかの魔法が放たれたらしい。
「捕虜は⁉」
慌てて馬車の中を確認するが―――
「誰もいないぞ⁉」
一気に騒然とする冒険者たち。すでに捕らえた捕虜をロタンに届けるだけの簡単な任務だ。失敗すれば、叱責は免れないだろう。しかし、どれほど森を捜索しても、魔族が見つかることはなかった。
猿ぐつわをかまされ、目隠しをされ、手足を縛られ、身動き一つできなくなった魔族を地面に転がす。
猿ぐつわだけを外し、会話ができる状態にした。
「無事か?」
その言葉はこの国の言葉ではなかった。
「あ、ああ。助かったよ」
「そうとは限りませんよ」
捕虜が反応をする前に首筋にナイフが突きつけられる。薄皮一枚だけを切り裂いたナイフは目隠しをされていてもその冷たさが伝わっただろう。
「な、何をする⁉」
「簡単ですよ。あのことをしゃべりましたか?」
「喋っていない! 国を裏切るはずがない!」
捕虜に手を当てて嘘を見抜くスキル<誓約>を使う。
「ええ。確かにあなたは真実をしゃべっているようです」
「だろう。なら早くこれを解いてくれ」
「そうだね。もうあんたはいらない。ネモア。殺しな」
「はい」
何かが切り裂かれ、どさりと力なく捕虜は倒れた。
「ご苦労様。ネモア。もう戻っていいよ。情報が漏れていないなら問題ない」
『はい。それにしても……どこで魔族の言葉なんて覚えたんですか?』
「企業秘密って奴さ」
『ライシャさん……秘密のある女って素敵です!』
「わかったよ」
ライシャは現地にいるわけではない。ダフトのゴーレムで捕虜と会話していたにすぎない。
ただし、ダフトは魔族の言葉を解せないがゆえにライシャが会話するしかなかった。
「さて、どうも祭りが起こっているダンジョンでも一悶着あったようだね。場合によってはあそこを閉じる必要があるかもね」
ぽつりと漏らした言葉を聞いた人間はおらず、聞いたとしても理解できた人間はいなかっただろう。




