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「……それは、引退勧告ですか」
「その通りだね」
ライシャを非情だとは思わない。芽の無くなった冒険者に最後通告を突きつけるのはギルドマスターの務めだ。自分の実力を見誤った冒険者は容易に命を落とす。
これは冒険者の身の安全を保障するためでもあり、ギルドの評判を落とさないためでもある。所属している冒険者がしょっちゅう死ぬギルドなんか誰も入りたがるわけがない。
しかし、だからと言って納得できない。
「オレはまだ若いでしょう? レベルは伸び盛りのはずです」
「レベルの伸び方は人ぞれぞれだよ。じじばばになっても伸びる奴もいれば二十歳過ぎずに止まる奴もいる」
「ならスキルレベルを上げれば……もっとオーブを手に入れれば……」
スキルレベルを上昇させる方法は二つある。一つは単純に修行する方法。レベルを上げたいスキルを使い続けたり、他人に教えを乞うこともある。ただしこれには膨大な時間を必要とする。スキルレベルを一つ上げるまで一年かかることも珍しくはない。
もう一つはオーブを使う方法。オーブを使えばオーブが持つスキルと同じスキルを習得する、またはレベルが上がることがある。オーブを使ううちにコツを掴めると言われている。
しかもそのオーブが持つスキルのレベルが高ければ高いほどその効果は大きい。
必然的に高レベルかつ有用なスキルを持つオーブ程入手困難である。……アルには手が届かないほどに。
「無理だね。あんたはこのギルドにある中では手を出せるオーブを全て使ったが効果はなかった。それどころか他のギルドのオーブまで借りてるそうじゃないか」
「そこまで知ってるんですか……流石は地獄耳のライシャですね」
地獄耳とはかつてライシャが冒険者だったころにつけられた渾名である。耳が良いのではなく、情報に聡いという意味だ。
ある時は狩場の情報を独占し、ある時はダンジョンの地図を広め攻略の手助けをする。彼女の真価は冒険者としての実力よりも情報収集能力の高さにある。
その手際は老いてなお衰えることを知らず、引退した今でもその影響力と名声を維持する怪物、それこそがライシャだ。
「あんただって薄々感づいてるんだろう?」
「そうですね。オレのレベルは止まったままなのに他のパーティーメンバーはどんどんレベルが上がっていく。そのうちついていけなくなることは明らかです」
「自分や他人を客観視できるところはギルド職員向きだとは思うけどね。あんたの頭のキレならどこでも紹介するよ」
冒険者より、冒険者を支える仕事に向いている、か。皮肉と言えば皮肉だな。
けれどオレは――――
「すみません。もう少しだけ考えさせてください」
「いいだろう。でも時間はあまりやれないよ」
ライシャはお気に入りのハーブを詰めたパイプに火を点け、紫煙がぷかりと宙を漂った。
オレの冒険者としての生活もこの煙のようなものだろうか。いや、消えるとわかっていても上に登れるだけまだ煙の方がましかもしれない。
喧騒に満ちる酒場で彼だけが孤独だった。




