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ロタンの町を出て数日。
オレは今トマイという村にいた。ここで情報収集をしてから次にどこへ行くか決めるつもりだった。まだここではロタンから近すぎる。
この村の長閑な雰囲気は嫌いじゃないけどここでは知り合いに出くわさないとも限らない。
しかし、できるだけすぐに移動したいときに限って問題は起こるものだ。
「失礼。あんたが最近この村に逗留している冒険者だね? 私はケリー。行商人だ」
宿に泊まっていたアルにそう話しかけたのは旅装束に身を包んだ行商人だった。一見すると性別がわからないが、声を聞く限り女性のようだ。ただ、
(この人……どこかで見たことがあるような……?)
そう感じたが思い出せない。ロタンにいる頃に会っただろうか? 人の往来が激しいあの町ではいちいちすれ違った人の顔まで覚えてられない。ひとまず疑問を打ち切って話を聞くことにした。
「そうですが何か用か」
「依頼したいことがあるんだ。ギルドを通した方がいいかい?」
「……今のオレはフリーだ」
フリーの冒険者とはギルドに所属していない自称冒険者の別称いや、蔑称だろう。冒険者に対して信頼が厚いこの国では非正規の冒険者は侮蔑の対象だ。
逆に言えばギルドに対して責任を持たないためあまり縛られずに行動できる。その代わり何からも守られないため、もしも意図してフリーに声をかけたとしたら、後ろ暗い事情がある人間があるはずだ。
「構わないよ。仕事さえしてくれるならね」
「話を聞こう」
行商人はにやりと笑い話を始めた。
近頃この近辺で魔物と遭遇することが多くなった。通常の魔物は発生したダンジョンからあまり離れることはできない。魔物を見かけることが多くなったのはこの近くにダンジョンが発生したことを意味する。
「君には魔物の退治とダンジョンの入り口の捜索を頼みたい。もちろん魔物を多く退治したりダンジョンの入り口を発見した場合ボーナスを払わせてもらう」
「ダンジョンを発見した場合ギルドに報告しなくていいのか?」
「それは私が責任をもって行う」
胸を張って断言するがそんなわけはない。彼女の狙いは恐らくダンジョンの盗掘だ。
ダンジョンを発見した場合例え冒険者でなくとも冒険者ギルドや近場の領主に報告する義務がある。ギルドの運営費用の一部はダンジョンから得られる資源を売却して得ているためダンジョンの盗掘は厳罰に処される。
つまりギルドが介入する前にダンジョンを探索し、クリアしてしまえば多大な利益を得ることができるが、もしギルドにバレたりダンジョンの攻略に失敗すれば身の破滅に陥ることは間違いない。
結束祭を行っている今ならギルドの監視の目が緩んでいると思ったのかも知れない。
盗掘自体に誘わないのはオレを信用していないからだろう。
少し前なら絶対に受けなかった依頼だが――今のオレにはお似合いかもな。
「いいよ。ちゃんとギルドに報告してくれるならその依頼を受けるよ」
「契約成立だ。よろしく頼むよ」
お互いに言葉の裏は読めている。気取った動作で手をひらひらさせながら立ち上がるが、たった今思いだしたかのように言葉を付け加えた。
「ああそうだ。あんた以外にも二人組の冒険者を雇っているから仲良くしておいてくれよ」
そう言い残すと軽快な足取りで立ち去った。
二人組か。まあ仲良くする理由はないけど敵対する理由も特にないか。
一般的にダンジョンの魔物の強さはダンジョンの階数に比例する。そこそこの経験さえあればダンジョンの外に現れる魔物の強さからおおよその階数は推測できる。
オレの見た限り魔物は強くない。せいぜい五階くらいだろう。少人数でも攻略可能だけど、盗掘するほどのリスクがあるかどうかは怪しい。
まあダンジョン攻略に参加するつもりのないオレにとってはどうでもいい話だ。
宿の一室にあるケリーの部屋で袋を渡す。
「ほら、グレイウルフ二体と大棘蟹三体。報酬を頼む」
魔物を何体倒したかを数えるのは難しい。魔物の体は死亡するとそのうち溶けるように消えてしまうからだ。ただし死体を密閉容器などに入れておくと長時間そのままの形で保たれる。
流石に死体を丸々入れておく袋は持ち歩けないので死体の一部を切り取って袋に入れておき、それを討伐した証にする。
厄介なことに同じダンジョンから産まれた魔物同士は争わないため横やりを入れて死体だけを回収するのは難しい。だからこそ自力で対峙するしかないわけだが。
「結構。では報酬を払おう」
ケリーは相場よりも少し安いだけの値段で報酬を支払っている。ただの行商人であることを考えれば金払いはよいと言っていい。多分この村の村長が報酬を出しているはずだ。正規の冒険者を雇わないのは結束祭で適任がいないからか、単に安上がりだからだろう。
ギルドにバレた時の保険としてケリーに仲介させているに違いない。
話を持ち掛けたのがどちらかはわからないが……。
どかどかと品のない足音が響く。間違いなくあの冒険者二人組だろう。
「おら、魔物を倒したぜ。金をくれ」
見た目は良いが口は悪い男がずけずけと部屋に入ってくる。やや遅れて気弱そうな少女が続いてくる。
最初はケリーの旧知かと思ったがどうもたまたま雇っただけらしい。ダンジョン攻略はこいつらと行くのか? オレなら遠慮したい。
「こちらが報酬だ」
「ありがとよ」
男はひったくるように硬貨を奪うと重い足音を響かせて部屋を出ていった。取り残された少女と目が合うが――すぐに逸らした。
「おい! ユッカ! お前も来い!」
「はい。兄さん」
兄妹だったのか。見る限りでは仲睦まじいとは言えない。どうも兄の方はほとんど戦わず、妹ばかり戦っているようだ。そうでなければ兄貴は昼間から酒を飲んだりしないだろう。何度も酒場で見かけたから多分それがあの兄妹の日常らしい。
……心の中で何かが突き刺さったが――無視した。
「やれやれ。フリーの冒険者とは粗雑だな。ああ、君のことではないので安心してくれ」
「言われなくてもわかってるよ」
芝居がかった言葉と動作で気分を害する。こいつらは人の神経を逆なでする趣味でもあるのか?
いや、オレが勝手にイラついてるだけか。……この言葉にできない感情は晴れることがあるのか?




