顧問就任
「勉強を教えろって、週に2、3回くらいは授業で教えてる気がするんだが」
田崎先生はそう言って渡された進路調査に目を落とした。一番上のプリントの圭士郎の名前と、第一志望欄に書かれた『プロゲーマー』を見て言葉に詰まる。
「えっ、これマジで?」
「マジです」
「いやあ……まさか、自分の生徒にこんなものを提出されるとは思いもしなかったよ。親御さんはなんて?」
「泣かれました」
先生はそりゃそうだとでも言いたげな表情をする。だが、圭士郎としては、あの反応は中々にショックだった。
真島圭士郎は筋金入りのゲーマーだった。物心ついた頃からゲームに触れ、一日の大半を様々なゲームに注ぎ込んで育ってきた。それを生業とすることに憧れを抱くのが当然なほどに。
しかし、そういった人物が世間からどのように見られているかについては当然だが常識として知っていた。
落伍者。オタク。まともな仕事につくことのできなかった落ちこぼれ。実情はともかく、概ね、良い印象を持たれることは無いだろう。
だから親に進路について聞かれた際、良い反応が返ってくることは期待していなかった。怒鳴られるか、殴られるかだろうと考えていた。だが、結果はどちらでもなかった。
さめざめと泣き出す母親。その肩を抱き、溜息をついて考え直す気はないのかと諭す父親。
圭士郎は罪悪感に襲われた。事実、とんでもない親不孝者ではあるのだろう。親の金で養ってもらっておきながら将来は先行きの見えない、そう明るいとも思えない道に進もうとしている。
しかし夢は夢、憧れは憧れであり、挑戦する前から現実と折り合いをつけて諦めたくはなかった。
「先生は僕の成績についてご存知ですよね?」
「まあ、担任だしな」
ほぼ全ての教科が赤点以下。卒業どころか下手をすると進級すら危ぶまれるほどの劣等生。
「色々と思うところがあって、成績を上げたいと考えてるんです。できれば都の有名大学の入試に合格できるくらいに」
「また高いハードルを提示してきたな。なんでまた?」
「それはまあ、色々です」
自分がこれしか選べなかったのではなく選んだということを示したかった。両親に、またその周囲に対して、あなたたちの子供は普通の道を選んでも十分にやっていけたであろうことを証明したかった。
それが有名大学への進学とは自分でも安直だと思ったが、実社会に出てそれを実証するとなるといったい何年かかるのか想像もつかない。そこから夢に向けて舵を切るには人生はあまりにも短い。
「それで、勉強を教えてくれ、ねえ」田崎先生は椅子の背もたれに寄りかかって唸る。「ちなみに俺が聞くのもどうかと思うが、何でいつもテストの点数が悪いんだ? ちゃんと授業を聞いてノートを取ってればそれなりに点数がとれる問題ばっかりだと思うんだが」
「授業も聞いてないし、ノートもとってないからです」
「おい、ぶっちゃけたなこいつ。真島はちゃんと授業に出てるし、黒板の内容に関しても書き写してるように見えるんだが?」
「全然別のことを考えてます。あのノートはゲームについての考察メモです」
田崎先生が両手を膝についてうなだれる。
「……俺の授業ってつまんない?」
「まあ、ゲームよりは」
「正面から言われると結構堪えるわ……でも俺自身否定できないのが辛い……ちなみに、どういうところが?」
「そうですね──」
圭士郎は腕を組んで電算室の天井を眺める。電気がついておらず、蛍光灯の黒ずみが目についた。そろそろ交換した方がいいように思える。
「最近のだと、問題の題材になってる文章が面白くなかった記憶があります。悶々としてて鬱陶しいというか」
「そっかー、太宰だめかー。ちなみに普段はどんなの読んでるんだ? ラノベ?」
「いえ、それもあんまり。父が海外の翻訳物を色々買いあさってるんで、たまに貸してもらって読んでます」
「へえ。なんて作家? それとも作家じゃ判断しないタイプか?」
「作家についてはあんまり知らないんですけど、トム・クランシーのやつが面白かったです」
おお、と田崎先生が声を上げる。何が、おお、なのかは分からなかったが。
「意外なところが来たな。ジャック・ライアンシリーズ?」
「オプ・センターとかいうやつです」
「あっ、共著のやつね。またまた意外な……どんなところが気に入ったんだ?」
「主人公達がすごく頑張って結果も出してるんですけど、なんだかんだ理由をつけられて予算を削られた挙句に最終的に解雇されるところですね。世の不条理や皮肉を表してて唸らされました」
「薄々感じてたが、真島はこう、なんというか、捻くれてるな」
褒められたのか貶されたのか分からなかったため、圭士郎は曖昧な表情で頭を掻いておいた。
先生が顎に手を当てて考え始めた。うっすらと見える青髭を、音を立ててさする。
「塾には通ってるのか?」
「いえ」
幸いなことにその手のものには無縁だった。正確には小学生の頃に一度だけ入れられたことがあったが、サボる、寝る、とまったくの逆効果で費用の無駄だということで三ヶ月と持たずに退塾した。両親の喧嘩の種にもなったことさえある。それ以来、家族の間では口の端にも上っていない。圭士郎としては、両親から甘やかされているなと感じる一因でもあった。
「よし、分かった」田崎先生は両手で膝を叩いた。「テストで点が取れるようになればいいんだな?」
「はい。でも、事前にテストの内容を教えてくれるっていうのじゃだめです。学力を上げたいんです」
「分かってる、見損なうなよ」
「できれば高校一年の範囲からお願いします」
「その頃から授業聞いてなかったのかよ……」
中学の頃から聞いていなかったのだが、それは言わないほうがいいだろうと圭士郎は口をつぐんだ。
「それで、具体的にはどうやって上げてもらえるんですか?」
「簡単だ。身も蓋もないが、勉強ってのは結局のところ暗記だからな。先生が問題のプリントを用意するから、放課後ここで解いてもらう。マンツーマンならサボろうって気も薄れるだろうし、自分から言い出すくらいの意気込みがあるんだからそもそも大丈夫だろうけどな」
「なるほど」
環境を変えるというのは有効かもしれない。圭士郎としても勉強をしようと思い立ったはいいが、帰路についたり自宅に帰りついたりすると途端にやる気がなくなるので困っていた。あの現象はいったいなんなのだろうか。何か適当な名前つけたら雑誌の一面を飾れそうな気がする。
「じゃあ、とりあえずそれでお願いします」
「よし、成立だな。うちの部の特別顧問ってところか。なにせマスターランクだ」
「うちの部? なんです、それは?」
田崎先生が苦笑する。「戦略・戦術研究部って言って──まあ、先生たちが勝手に名乗ってるだけの集まりなんだがな」
先生たち、ということは他にも放課後ゲームに興じている先生がいるということだ。職員室で田崎先生の行き先を教えてくれた横田先生が分け知り顔だったのはそういうことなのかもしれない。
「それじゃあ、早速今からやりますか?」
圭士郎が言うと、田崎先生は慌てたように両手を振った。
「おいおい、流石にいきなり言われても問題は用意出来ないぞ」
「分かってます。やるのは『SoW』の攻略です。僕の方から申し出たわけですし、そうするのが筋だと思うので。先生は時間大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫だが……いいのか?」
「家は近いですし、幸いにも両親が色々と寛容なので遅くなりすぎなければ大丈夫です」
「そうか、悪いな」
先生は申し訳なさそうに頭を下げ、私物と思われるノートPCで再度『SoW』を立ちあげた。よし、と意気込んだ表情で圭士郎の方を向く。
「まずはどうすればいい? 先生がプレイして、駄目な行動があったらそのつど真島に忠告してもらうっていうのはどうだ?」
圭士郎は首を振った。
「まずは使用キャラを替えましょう。その中堅キャラじゃなくて強キャラに」
田崎先生は悲しそうな顔をした。




