1-E
「もう、鬼がいるなんて。後でロイドさんに文句言っとかなきゃ」
ララは愚痴りつつ事後処理に当たっていた。ロイドに対してはとばっちりもいいところだとは理解しつつも、少しずつ兄ラクトを鬼退治から遠ざけたいと思っていたララにとっては、今回鬼がいた事は想定外であった。
勿論それは依頼を進めていた軍の方もそうなので、これ以上は言えないのだがララにとってもロイドは近しい大人である。それくらいは許されるだろうという無意識の甘えがあった。
ララは基本的に後方支援である。故に戦場そのものには立たないが、AX1を移動させる魔導者の運転はララの仕事だった。ジュニアハイスクールに入り免許が取れるようになるとすぐに取得したのだ。とは言えまだ一人での運転は許されず、助手席には保護者としてゴードンに乗ってもらう必要はあったが。
ララが魔導者の運転をする事にはグチグチ言っていたラクトだったが、ゴードンが戦場近くに来てくれる事についてのメリットは確かにあった。それまではずっと本拠地で待つしかしてくれていなかったゴードンを、ララの運転にかこつけて戦場近くまで引っ張りだしてきてくれたことについては感謝しているらしく、なかなかにララを責めるだけにはできなかったらしい。
そんなゴードンはAX1の整備に向かっている。できうる限りすぐに点検をすることに越したことは無いのだとか。ラクトとイーシャは生き残った盗賊への尋問に参加しているし、結局軍とのすり合わせはララがするしか無くなっていた。
こういうケースは過去にもあったが、まだ学生であるララが対応する事については流石に揉める事も多かった。しかし今回については軍の方が独断専行したという形になったその負い目もあったのだろう、話し合いはすんなり進んでいた。
話を聞いていると、やはり鬼が今回の件に絡んでいたというのが予想外であったのだという事はララにも理解できた。
どうやら人間だけの盗賊団に、逸れた鬼が接触して来たのが始まりだったらしい、まではララにも聞こえて来たが――その時。
「なんだとっ!?」
そんな叫びがやや緩みつつあった討伐後の空気の中響き渡った。一斉に静かになる周囲の中で、その叫びをあげた人物。それはラクトであった。
盗賊の一人に鬼と接触できた理由を聞いていた筈だが、そのラクトが突然叫び出したのだ。
困惑したララがラクトの近くにいたイーシャに目を向けると、彼女はやや困ったような喜んでいるような微妙な表情を浮かべていた。
「ど、どうしたのお兄ちゃん?」
周囲が凍り付く中、おずおずとララがラクトに声をかけると、ラクトはグリンと首を傾げるように回し、ララの方を見た。
その目に言いようのしれない暗いものを見て、ララの背筋が凍る――。
「見つけたんだ」
「見つけた?」
「そう、こいつらに鬼が言ってたらしい。それまでいた場所に、鬼の盗賊団が来たから追い出されてきたんだと」
それ自体は珍しい事ではない。社会から外れて暴力の世界に生きる事になれば、より強い暴力に従わざるを得ないのは人間も鬼も同じだ。だが、ラクトが言っているのはそれに留まらない。嫌な予感がララの中で加速していく。
「その鬼の盗賊団だが、トップにいるのが鬼の三兄弟なんだと。そして――その長兄が、片目の黒鬼なんだと!」
言った次の瞬間、ラクトの目がクワッと見開かれ、口の端が喜びに吊り上がるのがララには見えた。
「見つけたぞ。父さんの仇、あの卑怯者の鬼、片目の黒鬼を! ついに手がかりを見つけてやったぞ! カハ、カハハハハハハハハハハハハ!」
凍り付いた周囲の空気など置き去りに。その場にはラクトの狂喜の笑い声が響き渡った。
***
「あん? 自分にやらせて欲しい?」
「へぇ」
ロダ――鬼のみで構成された盗賊団を統べる三兄弟の真ん中、長女のロダがそれを聞いたのはある山の中、焚火で焼いた肉を食いちぎり咀嚼している時だった。
この鬼の盗賊団は、ロダ達三兄弟がトップではあったが、その他にも幹部といえる強さを持つ鬼がいた。目の前の鬼、ガラもその一人。その体躯だけみれば自分の弟、ボロよりも大きくすら見える。
この盗賊団において、強さは力であり偉さだ。ガラも上に行く野望をその目にギラギラとたぎらせているのがロダには見えた。
ガラが言っているのは次に襲う事に決めている人間の住処、ケイブについてだ。そこを襲う先遣隊をやらせてほしいという話だった。それは実力を示す上でも、そして何より人間を蹂躙するという悦楽を味わえるという意味でも、もっとも美味しい役割と言っても良い。
こういう話をされるのは大抵ロダだった。末弟ボロはやや頼りないどころか下に見られているきらいがある。反面、長兄は恐ろしすぎて直接声を掛けづらいため、結局ロダの所に話が集まってくる事が多かったのだ。
少し考えてロダは後ろを振り向いた。
「いいんじゃないの? 兄貴、どう思う?」
その言葉に反応したのは視線の先にいた鬼であった。その場に集まった者は、鬼だけあって皆、人間とは比較にならない程の体躯を持っている。が、その鬼はその中にあっても飛びぬけた巨体を持っていた。
その鬼――片目の黒鬼、ジンガは手にした肉を骨ごと口に放り込み、バリボリとかみ砕きながら言った。
「良いんじゃねぇの? やってみせろ」
「へ、へい!」
その低く重みのある声に承諾され、その場にガラの歓喜の声が響き渡った。




