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5-4

 ロイドはノーゼシア出身では無かった。

 幼少期、他の大陸で育っていたロイドは、体格も良い事もあり多少乱暴者となった。が、それは決して行き過ぎるものではなく、ただちょっとした兄貴分として慕われる部分すらあるくらいだった。

 それが少し変わったのは、彼が学校に通う事になってからだ。


 学校では体の基本的な動かし方、そしてそこから各種スポーツへの入り口とする為に体育の授業がある。

 同様に自分の霊体を認識する事、魔力を扱うと言う事を覚えを魔法を習得するという未知の入り口にするという授業も存在する。少し魔力を流し込むだけで照明をつけたり、ライターの火を起こす事ができるような道具が存在する社会では、義務教育で当然その基本を学ぶべきという考えの元の授業である。

 そしてその中にあって、ロイドは少し落ちこぼれであった。


 劣等生、という訳ではない。ただ平均よりも少しできない、という程度だ。だがそれまでその体格から皆のリーダー、兄貴分であったロイドにとっては屈辱に他ならなかった。自分が下に見ていたクラスメイトに、蔑んだ目で見られる。それにロイドは耐えられずに、暴力を振るうなどして荒んでいった。


 その状況が変わったのは、親の仕事の都合で氷雪大陸ノーゼシアに引っ越してからだった。

 ノーゼシアにあり、他の大陸よりもよっぽど支配的となっていた魔導技術、魔導機装。幸いな事にロイドにはその適正があったのだ。自身の魔力を魔法で扱う事に向いてなくとも、十全に活かせる機体に乗る事ができれば何の問題もない。それらを扱う事により、ロイドの自信は急速に回復していった。

 ”やはり自分は、やれる側の人間なんだ”という自己意識が育っていく事にも繋がった。


 そしてロイドは就職では迷わず軍に入った。最新の魔導機装が最も早く実装される職場であり、そこで自身の実力を発揮してやろうと考えたのだ。

 そこでロイドは師と出会った。ラーグである。

 その魔導機装の操縦技術は一級であり、ラーグにとっては間違いなく師と仰ぐに不足の無い人物だった。だから弟子入りしたし、可愛がってもらったし、尊敬もした。

 それまで粗暴な人間だったロイドは心を入れ替え、人当たりを良くするように努力もした。生き方を一変させてくれた恩人。それがロイドにとってのラーグだった。


「――だが、奴は俺を裏切った!」

「裏切り?」


 ガギィ、とロイド機の振るう剣がラクト機の巨大斧に阻まれる。流麗と言えるロイド機の剣術に対して、やや無骨であるラクト機の斧は取り回しが難しく見える。その割にはラクトは器用に操ってこれまでロイドの剣の攻撃を受けきってみせていた。

 ロイド機とラクト機は共に、軍のトップエンジニアであり世界でも有数であると考えられるゴードンの手に寄る機体である。そうは言っても、作成時期は約5年以上離れている。

 では古い機体であるロイド機はラクト機には勝てないのか? ――そんな筈はない。

 そもそもゴードンの手を離れてからもロイド機は何度か他メカニックの手により改修されているし、ラクト機はゴードンが作ったとはいっても軍の予算を潤沢に使って作られたものでもないのだ。製造年数の差は機体性能に直結する筈も無かった。


「父さんが何を裏切ったっていうんだ。裏切ったのはロイド、あんたの方だろうが」

「違う。あいつは――あいつは――、やっちゃいけない事をしたんだ、断ったんだ」


 ラーグが断った事。それは当時いたケイブから中央への移動である。

 半世紀前の大戦以後、再建がなされてきたノーゼシアの軍は、当然トップには大陸全土を統べるシルヴァリア連邦共和国が直轄する軍本部が存在する。しかし、各ケイブが独自に生き抜いてきたという過去の歴史があるため、ケイブごとの独立性も高い。つまりケイブに残りたいという要望はある程度通ってしまうのが、ノーゼシアに存在する軍人であった。

 だが、普通は断らない。何故ならば中央軍に呼ばれるとは、そのまま栄転であるからだ。当然階級も上がれば給料も増える。大出世と言ってよい。

 上昇志向が強いロイドからすれば喉から手が出る程欲しいそれを――ラーグは「家族とこのケイブを守る為」という理由で断ったのだ。


「人間社会で生きている以上、成長していく事は必須だ。であれば常に上を目指し、自らを高め、出世をしていくは現代社会を生きる人間として当然あるべき姿だ。が、ラーグはそれを否定した。俺はそれに失望した。こんなにも視野が狭く愚かしい人間だったのか、と。いや、それだけならばまだ良かった。ラーグが行く気が無いならばそれでもいい。だがそれならば当時既にNo.2だった俺にお鉢が回ってきても良かった。だが、そうはならなかった。あまりにもラーグが輝かしかったため、俺の実力が覆い隠されてしまったのだ! 上に行きたいと考え、実際に行ける実力を持つ人間を、志の無い人間が邪魔をして阻む。そんな馬鹿な事、許されて良いのか!?」


 もしラーグが引き受けてさえいれば。そのケイブでの脚光は次にはロイドを照らす事になり、そうなれば次に中央に呼ばれるのは自分になるかもしれない。つまり、ラーグは機装士としての腕だけでなく、生涯で追いかけていくためのロールモデルですらあったかもしれないのだ。

 だがラーグはそれを拒絶した。拒絶した事によって、ロイドの出世の道も遠のいた。――それは、ロイドにとっては明確なまでの、ラーグによる裏切りだった。


 その時からロイドにとってラーグは、追いかけるべき対象ではなくなった。ただの邪魔者になり果てたのだ。


「現状に満足し、成長を忘れ、怠惰に生きていきたいならば勝手にすればいい。だがそんな愚鈍な人間が、私の道を邪魔するだと? 許せるものか、許される筈が無いんだよ!」


 だからジンガという強力な敵が迫っていると聞いた時に、ロイドはチャンスだと捉えた。

 自分が上に行くためにはゴードンという強力な技術者の力も必要だと考えて取り入り、多少の技師としての腕を手に入れていた事も幸いした。敵の襲来で慌ただしい中、ロイドはこっそりとラーグ機に近づいて細工をしたのだ。すぐに気づかれてはならないように注意はしたが、少し経つと機体が一部動かなくなるように。そして脱出ポッドが動かないように。


 これだけやれば、ラーグは鬼との戦闘中に死ぬだろう。そう考えて激戦の中、別の戦場に居たロイドは様子を見るべくラーグ機を見に行き、そして驚愕した。

 ラーグ機はなおも健在で、むしろ鬼との闘いでももっとも活躍をしていたのだ。周りに他の機体は無かったが、孤軍奮闘、まさしく一機で敵を押しとどめるという信じられない偉業をなしていたのだ。


『そんな馬鹿なっ!』


 当時のロイドはそう叫んでしまった。それ程に目の前で行われているラーグ機の活躍を信じる事ができなかった。

 ……今考えれば、想像することはできる。恐らく機体の不調、特定の動きをすると動かなくなる瞬間があるなと理解したラーグは恐らく、その動きを戦法から外し、違う動き方からの戦い方を成立させていたのだと。これはラーグの戦い方のバリエーションがあった事、そして機体の不調をものともしない精神力があってこその事であったと。


 が、その時のロイドにはそんな事は考えられなかった。脳裏に浮かんだのは”まずい”という焦りだった。

 もしこのままラーグが最後まで戦い抜いたらどうなる? 当然、ラーグ機は回収され、それをゴードンが見る事になる。機体に不調があったとなればゴードンは殊更慎重に詳細に故障個所を見るだろう。そうなれば分かってしまう筈だ。意図的に壊されている事が。そして辿り着いてしまう筈だ。この壊し方ができる人物は誰なのか、と。


『――このままじゃ、俺は破滅だ』


 上昇志向の激しいロイドにとって、それは一種の絶望だった。そんな破滅の未来を見て――ロイドは一つの決断をした。

 わざと音を立て、自機をラーグ機に近づけていく。ラーグ機は一瞬驚いたが、すぐにロイド機だと気づいて安心した。――安心して、しまった。


 大丈夫ですか、などとわかりやすく心配するかのような声をかけ、ラーグ機に近づいていく。敵だったら近づけなかった間合いに、味方機だからという油断があったればこそ侵入できる間合いに。

 そしてロイドは自機の刃を振るった。それまで自分が習って来た全て、習得した全てを使って、師であるラーグを殺す為に。


 ――だが。ラーグはそれを生き延びた。

 完全に死角としていたために無傷とは行かず、背中を切り裂く事はできた。が、それだけだった。ロイド機の攻撃をどうやって察知して防げたのかは今のロイドにも分からない。だが、当時のラーグとロイドには隔絶した実力差があり、どうあがいても勝ち目が無いという事を見せつけられた気分であった。


 どういうつもりだ、とラーグ機に問い詰められても、ロイドは次の攻撃を仕掛けようと言う気にはなれなかった。いや、正確に言えば”何をしても反撃されてやられてしまう”という恐怖に動けなかったのだ。

 結局ロイドはその場を逃げ出す事しかできなかった。まだ敵襲の最中なのだ。ラーグとてロイドを追っては来れない。その意味ではロイドは見逃されたのだ。

 だが。


『だが、結局このままじゃ――』


 もし鬼の襲撃を耐えきったとすれば。もはやゴードンによる調査すら待つ必要はない。ラーグ機に残されたレコーディングディスクが、ロイドの犯行の証拠となってしまう。そうなれば出世して偉くなるどころではない。明確な身の破滅だ。もしかしたら見つからないかもしれない、などという甘い期待を抱く事すらできない、あまりにもはっきりとした破滅の未来。


 しばし逡巡し、動けず、だがこのまま何もしなければ、進みたくもない未来は確実にやってくる。そう思ったロイドは、とりあえず機体から降りてラーグ機の元へ生身で向かった。もはやロイド機はラーグには敵機として認識されてしまう筈だ。であればまだ生身の方が気づかれない。そして――自分のこの手でラーグを殺し、記録ディスクを壊す。


 ロイドはそう決意してラーグ機の元へ戻り――そこで見た。

 片目から血を流す巨躯の黒鬼、ジンガによってラーグ機が粉々に粉砕されるのを。


 そう、ラクトが目撃してジンガへの復讐を誓ったあの場面。そこにはロイドもいたのだ。

 だがロイドが抱いた感想はラクトの抱いたそれとは正反対――圧倒的な歓喜だった。


 タイミング的に恐らくロイドが離脱した直後にジンガとの接触があったのだろう。そしてロイドが与えた傷が更にラーグ機に不調を与えた。それでもなおあのレベルが高そうな鬼、ジンガに一太刀与えたのはさすがだったが、そこが限界だったのだろう。ラーグ機はジンガによって壊された。

 であればラーグは死に、もうロイドを訴える事もできない。ラーグ機の記録ディスクもあそこまで壊れていれば破損しているだろうし、なんならこれから接触して直接壊しても構わない。


 数分前までは身の破滅を想像して絶望していたのに、ロイドの身は歓喜に満ち溢れていた。目の前の道をふさいでいたラーグがいなくなったのだ。もはやロイドの出世への道を閉ざすものは何もない。

 そんな歓喜である。


 が、さすがにその衝動に従って笑いだす訳にはいかない。さすがに戦場に歓喜の笑い声が響くなどといった目立つことは避けなければならない。

 必死に笑い声を押し殺し、身を沈め、笑いの衝動にロイドが耐えていたその時だった。

 その身に声がかけられたのは。


『なんだお前。味方がやられたのに笑ってるのか?』


 驚いて顔を上げる。そこにいたのは――鬼だった。今回の襲撃をしてきた鬼のグループ。その内の一人であることは間違いなかった。

 まずい、とロイドは思って青ざめた。なにせ今の自分は機体から離れた生身なのだ。自機に乗っているならばともかく、今のロイドには勝ち目などありはしない。

 このままでは一方的に嬲り殺されるだけ――そう恐怖に襲われて鬼を見上げたのだが、不思議と鬼はロイドを攻撃してはこなかった。

 それどころか、ロイドのありようを見て面白そうだと、キャッキャッと笑ってみせていたのだ。


『なんだ、こいつは――』


 もしかしたら助かるかもしれない、とロイドは思った。そして次の瞬間、彼を天恵を受けたかのような衝撃が襲った。

 目の前の鬼は、鬼の死体が転がっているこの状況に怒りを覚えていない。むしろ面白がっている。

 そして今の自分もそれは同じだ。ラーグ機という味方が死んでいるのに、それを喜んでいる。

 この奇妙な共通性こそが、この鬼にラーグに興味を覚えさせ、面白がらせているのだ。


『使える――!』


 ロイドは自分が小難しく頭が回る方だとは思っていない。しかし、目の前の鬼を利用することはできる筈だ、できない筈が無いという確信を得たのだ。


 そしてこれが始まりだった。

 鬼の集団に居ながらその死すら自らの楽しみと解釈してしまう歪んだ鬼ボロとの出会いが。

 ただ一介のケイブの若者に過ぎなかったロイドが、ヴァルガドの英雄へと上り詰めるためのこれが、最初の一歩だった。


***


「何をニヤニヤしとんの?」


 ラクトとロイドが大型の魔導機装で争っているのを、流石に巻き込まれたく無いと離れながらも、彼らの様子を見ながら悦に入っていたら、エルフ女――イーシャがボロの方を見て顔をしかめていた。


「鬼なんやろ? 例えば戦うのが楽しいとか、ウチを壊すのが楽しいとか、そういうんやったら分かるんやけど。けど、向こうの戦い見て何をニヤニヤしとんの? そんなに魔導機装の戦闘が珍しい?」


 ノーゼシアで悪さしとったんなら散々見とるやろ、とイーシャに言われれば正しくそれはその通りだ。確かにラクト機もロイド機もそれぞれ傑作機でありマニアであれば垂涎の対決なのかもしれないが、そんなものはボロには興味は無かった。


「何が楽しいって? 決まってるだろ。あいつらが戦ってるんだぜ? 本来なら人間同士で相争う事なんて無かったのに、俺との関わりがバレちまったばかりに、あいつが戦ってるんだぜ?」

「ん? ロイドはんの事? 味方なんやろ。それなのにロイドはんが引きずり出されたんが楽しい言うん?」

「そりゃそうだろ。本来起きなかった筈の戦いが起きてるんだ。これが楽しくなくてなんだ?」

「んー?」


 イーシャは理解できないというように眉根を寄せて首を傾げた。そうだろう、とボロは思う。これはボロが見つけた、ボロだけの楽しみなのだ。


 ――物心ついた時から、ボロには偉大な兄と姉がいた。

 兄ジンガは子供の頃から並外れた巨体をしており、故に回りから受ける評価もずっと変わらない。本人は戦闘狂で戦いたがっているが、その姿勢にこそ周囲の鬼は魅せられ、集まっていた。

 姉ロダは子供のころから美しく、人目を惹く鬼だった。本人はそれを気にせずガキ大将気質ではあったが、より強いジンガが口数が多く無かったからだろう。彼女の方が人と交わり、そして人気が出ている事もあった。

 そんな二人を上に持つ末弟ボロは……昔から何を楽しみにすれば良いのかが分からなかった。


 いや、ボロとて鬼だ。美味しいものを食べたら嬉しいし、略奪すれば楽しいし。そうやって感情を動かす事は知っていた。だが、兄と姉は、その強さと魅力で、独自の感情の揺らし方をしていた。貫いていた。

 同じ親から生まれたのにどうして自分にはそれが出来ないのだろうと、子供の頃のボロはいつも思っていた。


 普通の鬼であれば全然良かった。ジンガとロダのやりようを遠くから眺め、ああいう生き方もあるんだなと思うだけでスルー出来た筈だ。その他大勢の鬼に紛れ、そんな凡百な鬼としての楽しさに埋もれていければどんなに良かっただろう。

 だが、周囲の鬼はボロに期待をする。ジンガとロダのように、ボロも何かをするのではないか、と。ボロにはそれが苦痛で仕方が無かった。何故ならば何も持たなかったボロは、すぐに失望されて見捨てられていくのを知っていたからだ。


 兄には乱暴を振るわれ、ロダには虐げられ、彼らの周りに集められた鬼には勝手に期待されたあげくに失望される。それがボロだった。

 そして本当に何にもできなければ、兄姉にすら見捨てられていただろうし、一介の鬼として彼らに憧れていられたのかもしれない。しかしボロは彼らと同じ血を引いているせいか、中途半端に強かった。組織を引っ張る事はできないし、皆を引っ張っていくカリスマも無い。ただただ、幹部の端っこには引っかかる程度。それがボロには一番つらかった。

 ジンガ達から離れるというのを考えたのも、一度や二度ではない。しかし、彼らと離れたらボロは本当に”何でもない者”になってしまう。平凡な鬼に憧れながらも、血筋からそうなれない、プライドが許さないボロにとって、ジンガ一党は居心地は良くはないが一定の鬼としての感情の揺らぎを味わえる上に、少なくともジンガとロダの弟という”何者か”ではいられたので、それを捨てる気にもなれなかったのだ。


 それが変わったのが、あの運命の出会い。ロイドとの出会いだった。

 鬼は人を虐げるし、人はそれに反攻し、時には鬼を殺す事もある。

 それはボロだって知っている真理だった。

 その筈だった。しかし、ロイドは違う姿を見せた。なんと、自分の仲間であるはずのラーグを傷つけた上、彼の死を心底喜んで見せたのだ。


(――面白っ!)


 その悦楽はボロが生まれて初めて感じたものだった。もしかしたらこいつと組めば、もっと面白いものを見れるのかもしれない。そんな風に考えたボロはロイドの口車に乗り――そして、人生をバラ色に変えた。


 何せあの偉大なりし兄のジンガが、そして姉のロダが、ボロがもたらす情報で動くのだ。


(俺があの二人を動かしたんだ。影響力を持てたんだ!)


 それは、ボロがそこまでの生で初めて得た達成感。偶然ではない。ボロは自分のもたらした情報で、その通りに動いてくれるジンガやロダや、これまで自分を蔑んだ鬼達が戦いに向かうのを見て、抑えきれない程の喜びに心を支配される自分を見つけたのだ。


(これは、俺だけの快楽だ!)


 強さ故のカリスマでもない。美しさからくる求心力でもない。ボロの、ボロだけの、彼らを操る力。それを持ったボロは初めて”何者か”になれた気がしたのだ。

 そんなボロに影響を与えて来たロイドが、また彼の意にそぐわない形で戦いを始めている。

 それに関わる事ができたということに対して、ボロはこの上ない快感を覚えるのだ。


 それがボロ。三兄弟の末っ子にして、歪んだ感情の動かし方を持つ鬼の実態であった。

 だからボロは、イーシャにその感覚を理解されなくとも構わない。いや、理解されないからこそ自分が特別であると感じる事が出来る。だからこそイーシャの疑問の方をこそ喜ぶのがボロだった。


「というかそもそも、話だと家族であったジンガやロダが死んだというのも、あんさんがロイドと企んだんやろ? 鬼の家族愛は知らへんけど、少なくとも一党が壊滅したんは、あんさんにとってもええ事やないんと違う?」

「いや全くその通りだ。困ったな」


 言いつつも実のところボロはもう困っていなかった。彼は自分の悦楽を得る方法を見つけたのだ。それにジンガとロダは、その命を散らすという形でボロに最大級の悦楽を与えてくれた。あの子供の頃から凄かったあの二人が、自分の言葉を元に死んだのだ。こんなに素晴らしい事などほかには無い。

 そしてその二人がいなくなれば、組織にももう用は無い。この後ボロは適当な鬼や盗賊などを見つけては、その情報をロイドと共有すればよいのだ。そうすれば、次々に”自分の言葉で破滅していく者達”を見ていく事ができる。こんな面白いこと他には無い、と。


「軍師にでもなりたかったん? 知恵で組織を率いたかったんか? ならそうしたらええやないの」

「いやいやいや、俺っちはそういう器じゃないんだよね。もっと控えめにやらせてもらってんのさ」


 そんな立場になってたまるか、とボロは思う。だってそうしたら、対象の死が自分の命令が原因というあまりに直接的なものになってしまう。それに配下の人間をそうやって操っても何も楽しくない。自分よりも格上の、それこそジンガやロダのような求心力のある存在。あれらを破滅させてこそ、ボロが真の喜びを得る事ができるのだから。


 しばしば聞いてきたイーシャだったが、少し考えると大きくため息をついた。それは彼女が自分を理解するのを諦めたのだ、とボロは思った。それも無理はない、と。


(だって俺っちは鬼の中でも特別な――)


「もうええ。分かったわ」

「は? 何がだ?」

「あんさんは単なる愉快犯や。これ以上話してても時間の無駄や」

「――は?」


 愉快犯。ボロの知らない単語だった。だが、その言葉の響きが、嫌な予感となってボロを襲ってくる。


「つまり自主性も無く、主体性も無く、当事者性も無い。そして自分は大して大きな事はしてへんのに、大きな騒ぎになったこと自体を面白がって笑う。騒ぎが大きければ大きい程、自分が与えた影響が大きいと錯覚することで喜ぶ。あんたはそんな愉快犯やろ。……いや、愉快犯やったら承認欲求があるんやったっけ? あんさんにはそれもないからなぁ。愉快犯以下、ちゅう事やな」

「なんだと? 何を言っている?」


 自分がそんな既存語で表現されるなど、ボロは認めたくなかった。自分は自分だけの特別な快楽を得た筈だったのに。


「お兄さんやお姉さんが死んだことで、喜びはったんちゃう? いじめられてたとか嫌いとかやない。単に”自分の言葉で躍らせた結果、そんなにも大きな事になった”事に喜んだんとちゃう?」

「な……」

「自分が無いから、上の存在を見て後ろ暗い喜びを得ている。あんさんはそんなつまらん男や、と分かった。あー、時間の無駄やった。さっさと始めよか」


 目の前の女、イーシャがボロの事を理解したと言っている。そしてそれを踏まえた上でくだらない人間だと評している。それは、ボロにとっては許せない事だった。折角ボロが自分で手に入れた価値観だったのに――!


「あ、怒った? でもちゃうやろ? 自分の信念が馬鹿にされたから怒る、やなくて図星突かれたから怒って誤魔化してるだけやろ? ホンマは自分で気ぃついているのに、そこから目をそらしているから。――はあ、下らん」


 心底失望したというように会話を終わらせようとするイーシャに、ボロはこれまで感じた事のない焦燥感を感じた。このまま彼女を無視したら、自分の中の大切な何かを踏みにじられるような――。


「さ。始めよか? 小賢しい知識を得ただけで、自分がワンランク偉くなったと勘違いして、愉快犯の真似事をして喜ぶだけの下らん男となんか、これ以上話していたくもないわ」


 この女の言葉を認めては――ならない。

 ボロは思考し明確に言語化する前にイーシャに飛び掛かった。……まるでそうする事から逃げるように。


***


「ラーグが死んで、俺には上に行く道が手に入ったんだ。邪魔してた愚物をどけただけなんだよ、俺は!」


 ロイド機が左にスライドして剣を振るってくるのを、ラクトは巨大斧を滑りこませてなんとか防御。ついで変幻自在の角度から打ち出されてくる剣に、わずかに後ろに下がりながら必死に斧を打ち合わせることしかラクトにはできていなかった。

 これまでラクトが相手をしてきた者達とは確実に違うのは、敵が魔導機装と言う事だった。しかもその中でもゴードン謹製だ。雪の大地を横に滑る際のスムーズさは、大地を蹴って移動する魔物達は勿論、違法魔導機装を駆って襲って来た盗賊達とも比べ物にもならない。

 ラクトは未だ、防戦一方にさせられていた。


「じゃあ、なんで俺に関わって来たんだよ」

「ああん?」

「俺なんてあんたから見りゃ格下だろうが。師の残した忘れ形見が気になって面倒を見る――だなんて面倒な真似、あんたがする筈もないよな?」

「恩知らずな事を言う。これまで散々協力してきてやっただろうが。ジンガ討伐にだって軍を出してやっただろ?」

「それはそろそろジンガ一党を倒す金星を手に入れようとしたとか、そろそろうざくなって来た俺を殺そうとしたからだろうが。まだ”鬼狩り”になりかけていただけだった俺の所に、お前が現れる理由も無い」

「……ふん、鋭いじゃないか。簡単だよ。俺がお前に感謝するたった一つの事。その為に俺はお前とのつながりを持ったんだ」

「お前が俺に感謝?」

「そうだ。……ゴードンさんを魔導機装作りに繋ぎ止めていてくれた事だよ」


 ラーグの死後。ゴードンは軍を離れた。だがそれは、ロイドにとっては大きなダメージだったという。


「ラクト。お前がどんなつもりでその大きな恩恵を受けてるか知らんがな。あの人の技術は超一流だ。現役を離れてなお、現在のノーゼシアにおいちゃトップを争う位置にいると言って良い。俺の機体もゴードンさんが作ったものだ。つまり、俺が更に成り上がっていくには、どうしてもゴードンさんの力が必要だったんだよ」


 そう言えば、とラクトは思い出した。ロイドは事ある毎にゴードンに軍への復帰を願っていた。あれも聞き流してしまっていたが、本気だったというのか?とラクトは目を見開く。


「ゴードンさんが軍を離れた時、俺は焦ったさ。しかも奥さんの死も重なって、とても説得できる状況じゃなかった。しかも俺もラーグがいなくなって忙しくなってたんで、接触もできてなかった。――そこを引っ張り出し、魔導機装に触れ続けさせる事で技術が錆びないようにしてくれた。それだけはお前に感謝してもしきれないぜ」

「だから……俺に会いに来たというより、ゴードンさんへの縁が切れないようにしたかった、と?」

「当たり前だろうが。なんでお前のようなガキにわざわざ会いに、ヴァルガドの英雄が自分で足を運ばなきゃいけないんだよ」


 ロイドはこまめに連絡を取ってくれる、とゴードンが言っていたことがラクトの頭をよぎる。だからこそ、ジンガを倒し復讐を終えてAX1が無くなったことを機に、ロイドは再度勧誘をかけ、ゴードンも前向きに検討するかのような返答をしていたのだ。

 全てはゴードンを手に入れ、自分の機体を強化する為――。


「この機体は傑作機だよ。俺の特性を理解し、それを最大限に活かす形に作り上げてくれた。今もなお、これ以上に俺に合っている機体は無いと断言できる。……だが、そうであってもこれはもう五年以上前に作られた機体だ。そして、魔導機装の技術だって年々進歩しているんだ。そんな新しい魔導技術により刺激を受けたゴードンさんが新しく作ってくれる俺専用機――。それさえあれば、俺は世界最強にだってなれる!」

「それが……お前が、俺に関わってた理由?」

「ああ。イーシャという美人を連れて来た時には更なる感謝をしたがね。あれは俺の横にいるにふさわしいと思ったさ。……結局は、価値が分からん馬鹿女だったがね」


 先程イーシャにこっぴどく振られた事を思い出したのか、ロイドの声に苛立ちが混じる。


「……自分の手に入らなきゃ、馬鹿呼ばわりするのかよ、お前」

「言っただろう。人は成長し前に進んでいかねばならない生き物だと。停滞と怠惰を選んだ時点で負け犬に過ぎない。そしてそれらを振り切って力を手に入れる一握りの成功者が世界を変え、動かすんだ。その偉大さを理解できないならば、愚かとしか言いようがない」

「儲けたり、新しい技術を作ったり、社会で成功したり。そういった道を選ばない人間を馬鹿というのか」

「それが分からないから負け犬なんだよ。頭が悪いんだよ!」


 気合一閃。

 ロイド機が後ろに引いた剣を一気に振る。人間の動作で言えば、侍の居合にも似たそれは、ロイド機の上半身を捩じり、そこに下半身からの動きも伝えて、剣速と威力を高める事ができる一撃。

 素早く、重い一撃にラクトはAX2に地面を蹴らせ間合いを取る方向に飛びながらできた隙間に巨大斧を捩じりこませる。なんとか防御できた一撃は、しかし完全に威力を止める事ができずに、AX2の機体が後ろに吹っ飛ばされる。が、そこをラクトは持ち前のバランス感覚で制御し、地面に無事に着地してみせた。

 ロイドが更なる追撃をしようとしたようだが、それにはやや間合いが空きすぎた為に巨大斧で牽制する事に成功する。小回りや剣の取り回しの速度などについてはロイド機が優れていたが、一回の動作の出力ではラクト機に分があるようで、ロイドの想定していたよりも間合いを作る事に成功したらしい。

 そこで漸くラクトは一息を付けた。


「……自分の価値観が望む方向に思考しない人間を馬鹿呼ばわりか。なるほど、ロイド。あんたの事が分かって来たよ」

「なんだと? ガキが偉そうに」

「あんたさ、怖かったんだろ?」

「――何だと?」


 一瞬、ロイド機の動きが止まった。想定していなかった角度で心を刺され、身体を動かす事を忘れてしまったかのように。


「俺がお前を怖がった、だと? ふざけるな。そんな筈が無いだろう。まだ何者でも無かったお前を怖がる筈も無い」

「厳密には俺じゃない。――父さんの血を引いた俺が、あんたが敵わなかった父さんの力を受け継いで、あんたを越えやしないか恐怖したから、監視することにしたんだろ?」

「馬鹿な。図に乗るのもいい加減にしろ」

「ゴードンもそうだ。軍を去ったゴードンがどこかの誰かに見出されて、自分の脅威となる機体を作ってしまうかもしれない。それが怖かったんだろ?」

「…………」

「上昇志向だなんだと、自分が上に行くのを邪魔するなとか。偉そうな事を言っておいて、自分の後ろから脅かしてくる存在に恐怖する。それがお前だ」

「小僧が、何を根拠に!」

「だってあんた、さっきから他人の事ばっかり言ってるじゃないか」

「――なんだと?」


 それはロイドにとって意識もしていなかった事なのだろう。何を言っているのかという戸惑いが声に滲む。


「自分には実力がある、認めないなら世界が悪い――みたいにはお前は言わなかった。それどころかその実力もゴードン任せなんだろ? 上昇志向を持つべきだとか言ってるが、その為の具体的な方法は鬼と協力して、こそこそと暗殺する事。……言ってる事は立派だし、名声は手に入れたのかもしれないが、自分の事を誇るばかりか、そんな自分が理解できない他人を馬鹿呼ばわりばかりしている。ほら、あんたはさっきから自分を何一つ誇ってない。それどころか否定される事にばかり敏感だ。――小心者としか言えないじゃないか。図星を刺されたから怒ったんだろ?」

「き……貴様………っ」

「ああ、もしかして本当にやばかったら、また殺せばいいと思ってたか? 俺やゴードンを殺して軍の権力でもみ消せば、また安心して英雄面できるもんな?」

「ふざけた事を抜かすな、なんでお前なんぞ!」


 一応かぶっていた筈の、人のいい顔など脱ぎ捨てて。ロイドの怒りが、怒号が、それを載せられた攻撃がラクトに向かって突き刺さっていく。


「ああそうだ、さっき俺に感謝とか言ってたな。俺もあるよ、お前に礼を言っておきたい事」

「この期に及んで、貴様が俺にだと?」

「ああ。――悪党としての正義も大義もなく、本当にただの軽薄で浅薄な悪役で居てくれてありがとう、ロイド。これで俺は、正義面したままで復讐者で居られるよ」

「こ、こ、こ、このクソガキがぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ロイドの怒りと共に剣が地面に叩きつけられ、高い雪煙が上がり、辺りを白く覆う。


***


「俺っちは、鬼の中じゃ頭が良いんだ。だから誰もが俺っちに騙された。そして俺っちの掌で踊って、死んでいったんだよ。だから俺っちの方がすげぇ!」

「まだその話するん?」


 怒りを込めたボロの右腕の振り下ろしを、イーシャは後ろに飛んで避けてからそのお返しにと縦拳を繰り出す。ボロはそれをもう一本の腕で防ぎながら前蹴りを繰り出してきたため、イーシャは仕方なく再度間合いを取る為に後ろに飛んだ。


「当たり前だ、お前が認めないからだろ。実際俺の言葉に乗って踊ったんだよ。じゃあ俺の勝ちだろ。認めろよ。俺っちは上にいるからこそ、奴らを見て楽しんでたんだ。それでなんで俺がお前に馬鹿にされなくちゃならないんだ!」

「やけど……あんさんの言葉って、全部受け売りやろ?」

「う、受け売り?」

「ロイドはんから教えてもらった事やないの? 次にここに敵が来るよーって。あんさんはただそれを伝えているだけ。ただのメッセンジャーやん。あんたの知恵で踊ったんちゃう。あんたも含めて、ロイドはんに踊らされてただけやないか」

「ち、違う! 俺とロイドは対等だ。だからこれまでうまくやってこれてんだろうが!」

「そう言われてただけやろ? 煽てられて気分が良くなって、自分が知らん言葉を聞きかじったまま使って自分の頭が良くなった気がして。そんなん子供の頃に卒業しといてや? ……ちゃうか。卒業でけへんかったから、小悪党にすら成れへん雑魚なんやなぁ?」

「こ――殺してやる殺してやる殺してやる!」

「ああ、それくらいの語彙の方が似合っててええで?」


 ――煽る。

 イーシャは徹底的にボロを呷煽っていた。それに乗ってボロはますます怒り、イーシャに苛烈な攻撃を加えて来る。イーシャはそれをなんとか捌きながら、反撃のチャンスを狙っていた。

 心に怒りが溢れ、それで攻撃が荒くなって付け込む隙が出来ればいい。

 そう思って会話に付き合ったが――それでも、イーシャはボロに勝つビジョンをまだ抱けないでいた。


(強い――)


 そう、ボロは強いのだ。彼は自分では卑下していたが、それはジンガやロダに対してコンプレックスを抱いていたからだろう。少なくとも先日戦ったブラスと同程度の強さには思えた。

 ではブラスに勝てたイーシャならば、ボロにも勝てるのか? ……答えは”このままではNO”だ。

 何しろ、イーシャとボロは徹底的に相性が悪かった。


 先日戦ったブラスの場合、イーシャは勁力では結局彼を倒す事が出来なかった。が、素早さという一点においては勝っていた。だからこそ、唯一の勝てる手段である仙術<水透掌>を当てる事ができたのだ。

 が、ボロはむしろ素早さのパラメータが高い鬼だった。先ほどから戦っていた感じ、ブラス同様に勁力は通らなかったが、それでもブラス程の跳ね返りは無かった。

 しかしボロはそれを補って余りあるほどの素早さを持っていた。自分のそれを超越しているボロに対して、イーシャは<水透掌>を当てられる自信が無かった。


「そうだ! これでもくらえ!」


 ボロは突如、イーシャの周りをグルグルと回り始めた。と同時に地面の雪を蹴り上げて辺りに雪煙をばら撒く。そして自分の姿を隠していく戦法に、イーシャは覚えがあった。


「あ、これは……」

「そうだ、ガラに俺っちが教えた奴だ! それくらい俺っちは凄かったんだぞ!」

「何言うてんの。これ、ロイドはんがやっている隠密戦法と同じやないか。それを猿真似しとるんやろ? さも自分が考えたみたいに言うなんて、浅ましいんちゃう?」

「ま、まだ言うか!」


 次第に白くなっていく視界の中で、イーシャは両手を前に突き出し、構え始めた。仙術<水透掌>の構えだ。

 どう当てるかはともかく、結局のところイーシャはこれを当てる事でしか勝機がないのだ。


("肉を切らせて骨を断つ"言うけど、ウチの場合は肉を切らせたら骨まで断たれてまうやろな……)


 それでも覚悟は決めなければならない。イーシャは心を落ち着け、ボロの出方を待った。

 雪煙で視界が遮られる中、時折姿をわざと見せたり声を出したりして攪乱してくる。そんなボロの動きが少し止んだかと思えば――。


(来たっ!)


 ボロが襲い掛かってきたのはイーシャの左後方。それを感じ取ったイーシャは左脚を軸に身体を回転させ、ボロと正対した。そして突き出されたボロの腕に対して<水透掌>の掌底を繰り出す――。


「遅せぇっ!」


 だがその動きはボロの速度を越えられなかった。突き出されていた筈の腕は、イーシャの手の延長上から消え失せたかと思うと、いきなり真横から現れる。そしてガッチリとイーシャの左腕を掴む。


「まずは一本!」


 ボロに掴まれたままイーシャは引っ張られ、身体が宙を振り回される。と同時にイーシャの腕を握ったボロの手に、一気に握力が襲い掛かる。


「ああっ」


 襲って来た苦痛にイーシャの口から苦鳴が零れる。そしてイーシャは激しい痛みと共に、ボキリ、という自分の腕の骨が折れる音を聞いた。


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