5-3
パチ、パチ、パチ。
まだ雪が煙る戦場に、乾いた拍手が散発的に響く。
AX2のセンサーで周囲を探っていたラクトは、少し離れた場所で岩に腰かけながら拍手をしている鬼に気が付いた。
昨日会った、ジンガの弟と名乗った鬼――ボロであった。
「いやーすげぇ。そんな機体があったなんて、昨日は気づかなかったよ。前の機体、AX1だっけ? あれと比べてもすげーじゃねぇか。ジンガの兄貴とまともに殴り合えるんじゃねぇか、それなら」
何が楽しいのか、ボロは口角を上げながらひたすらに掌を打ち合わせていた。表情の作り方がジンガに似ている癖に、その軽薄さがラクトには違和感を覚えさせる。
「なんだお前、楽しそうだな。仲間がやられたってのに。復讐に来たんじゃなかったのか?」
「ああそうだ、復讐に来たんだった。なんせ感情ですぐブレブレになっちまうのが鬼の悪い所だからさ。あーそうだ、仲間がやられちまったんだ。それにあそこにはロダの姉貴もいたんだぜ? 死んじゃったかなぁ。可哀そうになぁ」
ロダの姉貴、つまり自分の肉親が死んだかもしれないと口にしながらも、ボロの態度は一向に変わらなかった。――さも、面白い事がまた起こったとでも言わんばかりに。
「お前……なんだ? 仲間が殺されて、だから復讐に来たっていう話なら分かる。だけど、お前は違うな。仲間が死んだってのに楽しんでる――いや、喜んでるなお前」
そう言った次の瞬間。ボロは拍手をピタッとやめて、上げていた口角も戻して真顔になる。そして、自分の顔をペタペタと触りながら「そんな訳ねーだろ」と言って来た。
「俺っちだって復讐に来てるんだぜ? その為の仲間がやられて、喜ぶ訳ねーだろ」
「じゃあなんだお前。物陰に隠れて自分だけ助かっておいて、何を拍手して姿を現している。折角姿を隠してたんなら、騙し討ちでもすりゃいいだろ」
「あー、それは考えつかなかったなぁ、俺っち痛恨」
ペシッと額を叩いてまでお道化てみせるボロの姿に、ラクトの違和感はどんどんと大きくなってくる。
(なんだこいつ……いや、情報収集担当って言ってたっけか? ならジンガ達の動きは全部こいつの情報を元にしていた? ――だとしたらもしかして……)
「じゃあやろっか」
混乱するラクトの思考を無視するように、ボロが立ち上がるとラクトの方に歩いてきた。その体格は記憶にあるジンガと比べると二回りほど小さく見えるし、ひょろ長く見えてしまう。いや、実際には筋骨隆々ではあるのだ。しかし比較対象がジンガである以上、相対的にそう見えてしまう。そして、そんな状況であるにも拘わらず、自分がラクトに勝てるとでも言うように、自信満々で向かってくる様子にラクトは違和感を覚えずにはいられない。
「本当に……戦うのか?」
「あん? そりゃそうだろ。なんたってこれは復讐なんだから。復讐の連鎖って奴だ」
ボロから聞こえてくる言葉は、確かに理屈としては分かる。が、その軽薄さ。そして”聞きかじっている言葉”をそのまま口にしているだけのような浅薄さ。それらがラクトの中で警鐘のようにうるさく響き続ける。
「簡単に勝てると思うなよ? こっちはこっちで、本気なんだからさ」
言った直後。ボロが素早く走った。AX2の周りを駆けまわりながら、地面の雪を蹴飛ばしていき、視界を白く染めていく。やがてAX2はすっかりと白い雪煙に覆われてしまう。
「この戦法は――」
「ああ、オライガの時に戦ったのはお前なんだっけ? そうだよ、ガラの奴にこれ教えたのは俺っちなんだよね」
話しながらもボロはAX2の周りを走るのを辞めない。雪煙による視界ジャックを途切れさせないようにしつつ、しかも時折は白いモヤの中から顔を突き出して、こちらを煽るように攪乱してくるような事までしてくる。なるほど、あの時の敵と比べたらもう一段だけは上らしい、とラクトは一人納得する。
が――。
「そろそろ――決着か?」
「そうだな。これで終わりにする」
ラクトはAX2のセンサーを総動員して自分達の周囲を探る。ガラのそれに比べてうまくやっているのか、彼よりは探るのは難しいが、それでもAX2のセンサーはボロの位置を察するに足る情報を集めてくれていた。
離れては近づき、近づいては離れて、とボロはラクトを攪乱しつつ機会を見計らう。
「死ねやっ!!」
あるタイミングで真横から雪煙を突き破ってくるボロ。
ラクトはそれを見て――急速反転。
ボロに背中を見せる愚をあえて犯しながら機体の前に翳した巨大斧は――白い煙を突き破って来た巨大な人型が振り下ろしてきた剣を完璧に受けきっていた。
「……来ると思ってたよ、ロイド」
そう、ボロが襲い掛かろうとしたタイミングでラクト機を背後から襲おうとした存在。次第に晴れていく雪煙の中から姿を現したのは、ゴードンが作成した白いカスタム機。ロイド機であった。
***
ロイド機の剣をラクトのAX2が巨大斧で防ぎ切った後。ロイド機は慌てて引き下がっていった。
「す、すまないラクト! 鬼を攻撃しようとしたんだが、雪煙のせいで視認性が悪かったんだ。もう少しで大変な事をしてしまう所だった。謝罪する!」
そんなロイドの声が聞こえて来たが、ラクトはそれに驚きなどは感じなかった。むしろどんどんと心が冷静になっていく自分が分かっていく。”ああやっぱりそうだったんだ”という確信が強くなっていく。
「もう、芝居は良いよロイド」
「芝居? 何を言って――」
「ボロと協力関係なんだろ? 分かってるんだよ、もう」
その言葉を出した瞬間。ロイドの声が消えた。そして奇妙な静寂を辺りが包む。
ラクトはそんなロイドを無視して、背後にいるボロに声を掛ける。当然、AX2の背面についているセンサーで、ボロにはすぐには攻撃されない程の間合いがある事は確認した前提でだ。
「なあボロ。失敗だったな」
「は?」
「お前、ビビったんだろ。この機体、AX2の斧の攻撃の速さがいまいち分からなくて。だからロイドから、俺の気を引けって言われてたのに腰が引けてつい中途半端になっちまったんだろ? だから俺がロイドの攻撃を防げちまった。これはお前の失敗だろ?」
「な、なんだと? 俺は失敗してねぇ!」
ラクトの煽る言葉に、ボロの方が頭に血が上ったのか声が大きくなってくる。それに不穏なものを感じたのか、ロイドが「ま、待て」と割り込もうとしたがラクトはそれを無視し、ロイド機への警戒はとかないままにボロとの会話を続けた。
「じゃあやっぱりロイドの失敗か? ロイドがもうちょっとうまくやってれば良かったのか? ああそりゃそうだよな。何せ背中から攻撃したのはロイドの方だもんな」
そして。
その言葉は、ボロの口から放たれた。
「そうだよ! 元々注意を引くだけで良いって言ってたんだ。だから俺っちがあんまり距離を詰めなくても良い筈だったんだ。約束通りできなかったのは俺っちじゃない。そいつだ!」
それは、明確にボロとロイドの繋がりを示す言葉で。
ラクトが意図して引き出そうとしていた言葉だった。
「な、何を言っている? 巫山戯たことを言うな!」
「もう遅いよ、ロイド」
「な、なんだと?」
「あんたは、使い方を間違ったんだ」
はぐれ鬼と盗賊がWin-Winの関係を築ける様に。人と鬼とが繋がりを持つ事は、決して不可能ではない。
ただし人間社会と鬼社会が交わる事が無理だと言うだけで、どちらかに偏重したもの、もしくは個人個人での関係を作り上げる事ができるのであれば問題はない。
はぐれ鬼と盗賊との関係は、盗賊ははぐれ鬼の強さを求め、はぐれ鬼は盗賊に食料と寝床、そして暴れ場所を求めた。
しかし勿論、構築できるのであれば理屈上、それ以外の関係だって存在しえる。
そして、ロイドとボロとを繋げるWin-Winの関係性こそ――情報のやり取りだった。
ロイドはボロに、”次にターゲットとしやすい場所”という情報を伝える。
その代わりボロはロイドに”次にぶち殺していい、良い感じの獲物”の情報を伝える。
こうした繋がりによって、ボロはジンガ達一行の情報収集担当に収まり、ロイドはボロの情報からピンポイントに厄介なボスだけを倒す事を成し遂げヴァルガドの英雄にまで成り上がっていったのだ。
ラクトはそう想像し、ボロを引っかけたのだ。
確かにボロは鬼としては頭が回るだろうと。しかし、元来鬼は感情を抑えない生き物だ。であれば煽られれば冷静に”話してはいけない情報”などを抑えて話す事など不可能だと。故にラクトはボロを煽り、その口を滑らせる事に成功したのだ。
故にラクトはロイドに伝えたのだ。
ボロの情報を当てにするのは良い。だが、その理性が人間と同程度に信用できると期待するのは間違っているのだと。つまり、ボロとラクト間での会話を許してしまった時点で、こんなやりとりができてしまった時点で、ロイドはボロの使い方を間違ったのだ、と。
「ま……待て待て、ついていけない。話が飛躍しすぎだラクト。俺にはお前さんが何を言っているのかわからん」
いつもの様なノリで誤魔化そうとしているロイドに、ラクトは淡々と告げる。
「最初は小さな違和感だったんだ。だけど考えてみれば、昨日あんな時間帯にこんな図体をした鬼がヴァルガドに入り込むなんて、確かに無理だったんだ。だけど……軍関係者が見回りの時間を伝えたりしているのなら話は変わる。なんだったらロイドが”その時間は自分が見る”とか言ったって良いだろうよ。なんたってあそこは、ロイドが住んでいた家の近くだったんだから」
「こいつがヴァルガドに入り込んだのか? 俺はそんな事知らな――」
「それにこいつは、いくらなんでも内部情報に詳しすぎた。ヴァルガド軍がいなくなり手薄になるなんて情報、どこで手に入れられる? 俺の顔を見知って”鬼狩り”のラクトだなんて判断できる情報、誰がもつことができる? 軍の相当上の方に情報源でも無いと無理だ」
「だが、だがそれが私だと言う話には――」
「あんたがここに居るというのも、重要なピースの一つだけどな」
軍の作戦があるとかでいなくなった筈のロイドが今ヴァルガド近くにいる事自体がおかしいのだ、とラクトは指摘した。
「いやいや、それこそ誤解だ。俺は鬼達がおかしい、報復を狙ってるっぽいという話を聞いて急いで帰って来たんだよ。さっきお前が軍に伝えに来てくれたんだろ?」
「だとしても、”被害妄想のある市民からの通報”として処理されてるなら、あんたの耳に届くとは思えないよ。それに軍事作戦中だったんだろ? あの副隊長があんたに伝える訳がない」
ロイド隊長の邪魔をしてくれるな、とラクトに怒鳴りつけた副隊長がラクトの言っている内容をロイドに伝え、更にそれに従ってロイドが単独で動くのを許可する訳がない。
「あんたは知ってたんだよ。ボロから、残党がここにヴァルガドを攻めるって聞いていた。そして残党程度ならば自分一人で大丈夫だからと、一人で取って返してまた英雄的な行動をしてやろうと思ってたんだろ? 単独行動で活躍するのがヴァルガドの英雄だもんな」
「馬鹿な。俺はオランドから情報を聞いたからここに来たんだ。遠くから見てたら分からなかったから、白い煙で訳がわからなくてお前を攻撃してしまっただけだ。それに大体その鬼が属していた鬼の集団なんだろ? なんで自分の集団が全滅するような情報を俺に教えるんだ。おかしいじゃないか」
「ああ確かにおかしいさ。こいつが普通の鬼ならな。だけど、こいつは普通の鬼じゃなかった。多分こいつは……強い奴が自分の掌で踊るのを見ているのに快感を覚える鬼なんだよ」
ボロはジンガ一党の情報担当と言った。次の獲物を見つけて来るのもボロの仕事なのだ。
であれば、自分がもたらした情報でジンガが動き、ロダが戦い、強い鬼達が死んでいくのだ。自分が口先で言うだけで。
恐らく、ボロはジンガやロダと言った血縁にすら情が薄いのだろう。それは先ほどのボロとの会話から良く分かる。血縁が死ぬことよりも何よりも、彼の感情を大きく揺さぶるものが彼にはあったということなのだ。それを考えれば、ボロの行動にも説明がつくとラクトは先ほどの言動から考え付いていたのだ。
勿論、多分に推測を含む。だからこそあえて”解ったふり”をしてボロを引っかけたのだ。普通の人間相手だったら絶対に通じなかった。相手が冷静な思考よりも感情の動きを優先するからこそ引き出す事ができた、ボロの致命的な言葉。
「だから……全部に説明がつくんだよ、ロイド」
「飛躍だと言ってるだろうが!」
ロイドの声からは余裕が無くなり、次第に怒気が混ざりこんできた。長い付き合いになるラクトでも聞いた覚えがない声だった。
「さっきからお前が言っているのは全て、推測にすぎない。証拠が何一つ無いじゃないか。いいかげん、怒らせないでくれ」
「証拠ならあるよ」
「何?」
「イーシャ」
「はいな」
どこに隠れていたのか。その場にイーシャが忽然として現れ、上に向けられたAX2の掌にヒョイと飛び乗って来た。
その手にはビデオカメラが握られていた。
「ビデオカメラ?」
「そや。しかもサーモグラフィーつき。ロイドはんの機体がちゃんとボロはんもラクトはんも認識した上で、ゆっくりとラクトはんを襲う位置に移動しているのがバッチリ映ってるで。ついでに言うなら、そのボロはんと合図を交わしてるのもな」
「なっ……」
ラクトとて確信があった訳ではない。しかしどうしても違和感を振り切る事ができずに、隠れてAX2の戦場を録画しておいて欲しいと頼んだのだ。そこに何かしらで介入してくる存在がいるかもしれないから、見つからないように、と。それができるのはイーシャくらいだ、と。
そうして頼まれて録画したイーシャの端末には、しっかりとした記録として残されたという事だ。
「……ラクト、いい加減にしろ。大人の世界はもっと複雑で、子供が勝手に邪推してどうにかするものじゃないんだよ。さあ、今なら許してあげるからそのカメラを渡すんだ」
「許す?」
「ああ、子供が大人を馬鹿にしているんだ。それを寛大にも許すと言ってるんだよ?」
「何を言ってるんだよ。お前に許す許さないを言う資格なんてないだろう。それにどっちかというとそれは、俺がお前に言う事だろ」
「……何?」
やはりラクトは淡々と。静かに。ロイドにそれを告げた。
「あの日……。父さんの機体にあれこれ細工をして、後ろから襲って。そうやってジンガに殺されるように仕向けた、もう一人の仇。――それがお前だろ、ロイド」
***
違和感の出発点は、勿論ジンガの言葉だ。
自分は背中から攻撃していない。会った時にはもうそんな状態だった、と。
更にゴードンの言葉もそれに重なる。あんな負け方をする人間では無かった、と。
それを掛け合わせて考えると、見えてくるものがある。ある悪意がそこにある、と仮定すると辻褄が合ってしまう。
出撃前のラーグ機に細工をした人間がおり、それでラーグ機は本調子で動く事ができなかったのではないか? もしくは脱出ポットが働かないようにされていたのではないか?
一党の最強だったジンガに片目を失わせる程の痛手を与える事ができたラーグを、背中から攻撃して損傷させる事ができる鬼がいたのか? 本当は”攻撃されない”とラーグ本人が信じていたからこそ入り込めた間合いを悪用していたのではないか?
では、誰が一体それを出来たのか?
では、そんな事をして得する人間が本当にいたのだろうか?
……たった一人だけいた。
ラーグ機のメンテナンスをしていたのは基本的にゴードンだけだが、ゴードン以外に一人、彼のやりようを見ていたからこそ、ラーグ機に接触でき、そして何かの細工を出来る人物が。
ラーグの油断を得る事ができ、更にその上にラーグが避ける事もできない程の攻撃を繰り出す事が出来るほどに、戦闘力をもった人物が。
ケイブ内の安全や守備を第一にする人間であれば思いつかない中、自らの上昇志向のあまりラーグの事を目の上のたんこぶと考えており、ラーグがいなくなると得をする人物が。
推測に推測を重ねた話である。
が、自分の思考を組み立てていけばいく程に、ラクトには全てがたった一人の人物を指し示しているとしか思えなかった。
「――つまり、あんただけなんだよ。父さんの機体に細工を出来たのも、攻撃し損傷を負わせる事もできたのも。そして、それによって得をした人物も。……ロイド。あんただ。あんたが、父さんを殺したんだ」
「……ラーグさんを殺したのは、ジンガだ。ラーグさんは俺の師匠だ。殺す訳が無い」
「上昇志向が強かったから、損得でしかものを見なかったんだろ? だから、ある程度学んだから自分以上の実力をもっていた父さんが邪魔になったんだろ?」
「馬鹿な」
「そうか、時期的な事を考えれば、ボロとあんたが出会ったのも同じ日なのかもな。あんたが父さんを攻撃したのを目撃し、それを面白がって接触してきたボロを、利用しようと思いついたとかな。……全くお似合いだよ、あんたら」
「さっきから、何を言ってるんだよ。証拠でもあるのか? 何か俺を悪役に仕立て上げる証拠でも、あるってのかよ! ある訳ねぇよな。だってもう五年前の話だ。ラーグさんの機体だってもう残っちゃいない。お前がどんなに言ったって、新しく調べるなんて事もできない。お前の言ってる事は何の説得力も無い与太話なんだよ!」
「……そうかもな。だけど、それは関係ないんだよ」
「は?」
確かに、ラクトの語った事はただの推論だ。邪推と言われても反論など出来ない。用意できたのは状況証拠だけであり、決定的にロイドを父の仇だと示す物的証拠などありはしない。
――だが。
「俺の目的は、ここであんたに証拠を突きつけなくても達成できるんだよ」
「なんだと?」
「簡単だよ。今ここで交わしている会話、そしてさっきの録画映像を流せばいいんだ」
「なっ!?」
今まで虚勢と怒りで誤魔化して来たロイドの声に、初めて焦りが混じった。それこそがラクトの睨んだ通り、ロイドの急所。
「軍の上層部でも良い。ギルドでも良い。ああマスコミには必須かな。若きヴァルガドの英雄の隠された新情報だ。スキャンダルな事には成ってくれる」
「ば――馬鹿な事は止せ! 虚偽情報を流して、訴えられでもしたいのか!」
「まあそれでもいいさ。俺の名誉なんて無いようなもんだ。……でも、あんたは違うよな?」
「き、貴様」
「この国の最高指導者である、議長にも目をかけられているんだって? 俺はあまり詳しく無いけれど、多分政治的アピール的にも若き英雄と繋がる事は政治的メリットが大きいとか思ってる所もあるんだろうな? けど、そんな英雄様にこんなスキャンダルが発覚したらどうなると思う? この国の人気取りをしたいと考える議長様が、あんたに近づこうとすると思うか?」
「こ、こんな嘘っぱちでインチキで不十分な情報、誰が信じるものか!」
「それならそれでいいさ。ロイド、あんただって焦る必要は無い。俺がマスコミに流した情報を、あれは嘘だ真実じゃない自分は清廉潔白だと正々堂々と語ればいい。あんたはいつだってそうして来たじゃないか。そうやって、陰では父さんを殺し情報を受け取って美味しい所だけを殺すなんてしておいて、表では自分はただ一所懸命に努力しているだけの若者だって顔を見せて来たじゃないか」
「ぐっ……」
「でも、さすがにやばいと思ってるんだろ? だからそこまで必死になって否定して、なんとか握りつぶそうとしてるんだろ? 上昇志向を何よりも大切にしてるあんたにとっては、とても困るだろうからな」
確かにラクトには証拠が無い。裏付けも取れない。裁判などに持ち込まれたら、ロイドのコネなど関係なく、一方的に名誉棄損で負けるだろう。
だが、それでもラクトには問題が無い。自分が得た確信を、裁判長に理解してもらう事など必要はない。
命を懸ける訳でもないが、それでもこれはラクトの戦い方の一つに違いは無かった。
「……なんなんだよ、お前。強迫したいのか? 何が望みなんだよ」
しばし無言が続いたかと思ったが、ロイド機から低い、とても低い声が響いて来る。何かの覚悟を決めたかのような声が。
「脅迫? 違うさ。あんたにしてもらいたい事は無い。俺はただ、自分が正しいと思った事を世間に判断してもらいたいと思っているだけさ」
「だから、それをしてお前に何になるんだよ。そんな事をしたところで、ラーグさんが帰ってくる訳でも、お前にお金が入ってくる訳でもないだろうが。それにここ数年お前が振りまいた不始末が消えてなくなる訳でも無い。何にもない。お前がそんな事をする理由なんて、何一つないじゃないかよぉ」
「何を言ってるんだよ。あるだろうが。お前も良く知っている、たった一つの理由が」
「あ?」
「――復讐だよ。ロイド、これは俺の復讐なんだよ」
全てはこの一言に帰結する。
自分が正しいとか、相手が憎いとか。それでもって主張する正義もあるのだろう。
だがここ数年追い求めていた、そして父の仇としての在り方を望むのならば。――その先にあるのは結局それでしかないのだ。
過去との決別の為に。未来へと進む為に。そして、自分を害そうとする悪を倒す為に。
――復讐。
それが、ラクトがロイドを追いつめる為の動機の全てであった。
「復讐……ふふ、復讐か。そうか、結局そうなるか。そうだよな……」
それを聞いたロイドはしばしそう小さく呟いていると――やがて大きな声で笑い始めた。
「ガハハハハハハハハハ! 結局そうだよな、お前は。お前は結局、復讐に閉じ込められて一歩も抜け出せていないただのクソガキに過ぎない! そんなてめぇが、俺の邪魔をするな。俺は、俺はな、もっと上に行くんだ。お前程度が邪魔して良い人間じゃねぇんだよ!」
立て続けに迸る言葉は、悪意。これまでヴァルガドの英雄の仮面で覆い隠されていた、ロイドの中で溜まり大きくなり果てた悪意の奔流。
「いいだろう、クソが。ここで殺してやる。それがお望みなんだろ? お前を殺せば、その証拠を俺が握りつぶせる。シンプルな話だ」
「まぁそうだな。お前がジャミングしてるんだろ? 俺からもイーシャの端末からも、証拠データは外に送れてないからな」
ロイド機は隠密性能をカスタムで追加した機体だ。気づかれない事に特化するために電波ジャミングの機能も織り込まれていることは、ラクトもゴードンに聞いていた。対魔物はともかく対盗賊には良く効く機能だろうよ、と。
ロイドは最初からラクトを逃がす気が無かった。だから最初からジャミング機能を発動して、外部との連絡を絶っていたのだ。これもまたラクトがロイドを疑う状況証拠の一つだ。だがこれも積み重ねれば、ラクトの中の確信の色を強める一助には成っていた。
と、イーシャの事を言われて思い出したのだろう。ラクトに対するそれとは違い、どこか猫なで声にも聞こえるいつもの声でロイドは、イーシャに話しかける。
「イーシャさん。愚かなラクトは見捨てて、私にその証拠を差し出しませんか? 私はあなたを買ってます。あなたには私の妻になってもらいたいとも思ってたんですよ?」
「願い下げや。どうせ嘘の癖に」
「嘘じゃありません。あなたのような美しい人を、私はずっと妻として欲しかった」
「正確には、美しい妻を娶った自分を周りに見せたいだけやろ? ウチの事を大事にしようなんて思った事無かった癖に。せやからロイドはんの言葉は響かんかったんよ」
ロイドにあしざまに言いながら、イーシャはカメラから記録カードを取り出して自分の懐に入れた。
「さ。これで証拠は転送されたラクト機の中と、ウチが持ってるだけになった。つまり、ウチら二人を倒せば良くなった訳や。シンプルになったな?」
「……ボロ。その女を殺せ。必要無くなった」
今までイーシャには決して見せなかった冷たい声、冷たい態度でロイドがボロに命令する。それはロイドがボロに命令をする、あまりにも決定的な言葉。そしてそれは同時に、ロイドが覚悟を決めたという事でもあった。
「あ? 殺しちゃっていいのか?」
「ああ。……いや、できるなら手足だけ潰して生かしておけ。散々楽しんだ後、あの綺麗な顔を壊してから殺してやる」
「ケケケケケ、いいねぇ、やっぱりいいねぇお前。その性格の悪さ」
ロイドの言葉にボロが楽しそうに手を叩いて笑う。この二人は二人で良いコンビなのかもしれないな、とラクトは思った。
裏で暗躍し、己の欲望の為に周りの全てを犠牲にしていくという、最悪の組み合わせの二人だったが。
イーシャがAX2の手のひらから降りると、その前に寄ってくるのはボロ。
ラクトがイーシャを巻き込まないように離れると、それについてくるのはロイド機。
「さあ、それでは始めようか。――これが俺の復讐の、最後の戦いだ」




