4-5
ラクトの涙が落ち着くまで、ゴードンは何も話さないでいてくれた。ただそれまでやっていたように、段ボールの中から何やらを取り出してはチェックしていただけだ。ラクトにはそれがどこか心地よかった。
そしてゴードンのチェックがちょうど一段落しようとしていた頃――、ラクトは立ち上がり、工場の入り口の方へ向かった。
「おい、待てよ。どこに行く気だ?」
「ジャンクヤードだよ。AX1程じゃなくても、俺が使えるものがあればと思って」
「はぁ?」
ラクトのあまりの言葉に、ゴードンが口をポカンと開く。
「い、いやいや。戦う武器が欲しいならワシが用意した方が良いだろうが。いや、それ以前にAX1が大破してんだから、今更ジャンクを探したってどうにもならんぞ? それだったらワシがギルドや軍に頼み込む方がまだいい。お前さんよりは信用あるだろうからな」
「ゴードンが頼む――ああ、そういうのも確かにあるのか。でも、そうじゃないんだ。俺が、やりたいんだ」
「あぁん?」
そういうラクトの顔には、先ほどまでとは違う強さが宿っているようにゴードンには見えた。
「俺が本当にやりたかったのは……皆を守るって事だったんだ。それが良くわかった」
「……復讐は、間違ってたってのか?」
「いいや。復讐は正しかったさ。何せ相手は盗賊だし鬼なんだぜ? 仇はどうかは置いておいても倒すべきだったさ。復讐って念がそれを成功させたなら……間違いじゃなかったって、胸を張れる」
「じゃあなんだよ。守るって事と、復讐相手探し回るってのは、違うことだろうが」
「同じことなんだよ。……守るってことはさ」
言いながらラクトは思い出す。かつて自分はラーグに憧れた。好きだった。
何故か? それはラーグがケイブの皆を守って、その笑顔を守ってくれていたからだ。
そんな仕事の戦闘でラーグが戦い、活躍している。それが誇らしかった。だから、自分も皆を守れる人になりたいと思った。
だが、その時点で”皆を守りたい”という思いが”父への憧れ”で隠されてしまった事にラクトは気が付いていなかった。
そして――運命の日。父ラーグを失ってラクトは、復讐を誓う事になった。その後ろにあった筈の、皆を守りたいという思いを忘れて。
「本当はさ、復讐だけじゃダメだったんだよ。だって俺は皆を守りたいと思って父さんに憧れてたんだ。だったら……皆の笑顔を守りたいって思ってたんならば、復讐にかまけてちゃダメだったんだよ、本当はさ」
しかし父の仇を討つという思いは強固で。疑いようもなく正義に溢れていて。――そして、他の何かを見落としている事を忘れさせてしまうくらいには甘美で。
強すぎる思いに、その困難さに。復讐と言う目標に向かって努力することを他のものを見ない事の言い訳にしてしまった。そうでなければ届かなかった目標だった。しかしそれは、言い訳にして良い理由にはならない。
――本当は、忘れてはいけなかったことがそこにはあったのに。
「俺はさ、守るよ。AX1を失ったとか、軍やギルドに信じてもらえないとか関係ない。だって、俺が守りたいと思うから。だから――守らずに逃げたり、任せたりするのは違うと思うから」
だからラクトは今だったらハッキリと言える。
復讐は間違ってはいなかったと。仇は討って良かったし、その為の努力も嘘では無かったと。
でもたった一つ。
復讐を言い訳にしすぎた事。それだけが唯一間違っていた。
「本当は分かってたんだ。復讐を果たして鬼を倒した所で、その瞬間に世界がハッピーになるんじゃないなんて事は。ただの出発点に過ぎないんだと言う事は。……でも、それを忘れたふりをしてしまった。それが、俺が馬鹿やった事。”鬼狩り”ラクトの復讐の、正しくて、間違っていた事だったんだよ」
そう言葉にするラクトの姿はどこか清々しくて――。
ゴードンは自分の感じた何かを誤魔化すように頭をガシガシと掻いた。
「それで? ジャンクヤードに行くのとどう繋がるんだよ」
「言っただろ? 人任せにはできないって。俺も戦う。戦いたいんだ」
そう言ってラクトはギュッと握った手を見た。この数年間、AX1を操縦して得た力がそこには宿っている筈だった。
「理解されないかもしれない。馬鹿にされるかもしれない。ただやられるだけなのかもしれない。――それでも、皆を守る為に戦う。それが俺のやるべき事、やりたい事だったんだ」
脳裏には家族の、仲間の、友達の、そして――ただの知り合い、いや顔を見ただけの人達すらも含んだ、笑顔が見える。
ラクトの為に笑ってくれなくても良い。他の誰の為でも良い。
だけど誰かの為の誰かの笑顔の為に――それを守る為に戦うと、ラクトは決めたのだ。
そのラクトの言葉の強さに。そしてもう何を言っても引き返さないのだろうなということに、ゴードンは気づき――。
「仕方ねぇなあ。おい、ちょっとこっち来い」
そう言って疑問を顔に浮かべるラクトを誘い、隣の工場の方へと足を向けた。
***
「なぁ、なんだよ。こっちは趣味の倉庫だろ」
「うるせぇ。黙ってついてこい」
ラクトはゴードンに連れられて、第二倉庫の入り口にまで来ていた。ここはゴードンが、ラクトが守銭奴と彼を呼ぶ程にまでお金を搾り取って作った、ゴードン曰く”趣味”の倉庫だった。
これまでラクトは入った事がないし、そもそも入るつもりも無かった。それよりもAX1を駆り鬼を倒す事で頭が一杯でありすぎたからだ。
ラクトの疑問を無視して、ゴードンが入り口横のスイッチを押す。と、工場の搬入口、つまり人ではなく機械を出入りさせるためのシャッターが音を立てて上がり始めた。
「ったく何だって、んだ…………」
次第に明らかになっていくそれを見て――ラクトは、絶句した。
AX1が、そこにあった。背後には全壊したAX1が転がっているのは分かっている。だがらそれではない。今まで乗っていたものとは違う、新しいAX1がそこにはあった。
「いや……AX1じゃない?」
ラクトが言葉を零したように、よく見ればAX1では無かった。
そもそも大きさが違う。AX1は小型魔導機装であり4m強という大きさだったが、この新型は正確には分からないが恐らくその倍、およそ8mくらいはあるように見えた。大きさの規模で言えば中型ないしは大型の魔導機装に分類されるクラスだ。
いかにもジャンクの寄せ集めであるという風体だったAX1とは違う、完成された流麗なフォルム。白をベースカラーとして、赤いラインが走った姿は、一種の美しさすら感じる。
それでもAX1かと思ってしまったのは、左腕の前腕に装備されたもの。明らかにAX1の左腕のアンカーを洗練させたような装備が括り付けられていた。
そしてAX1最大の特徴である巨大な斧。AX1が装備したのはAX1のサイズを基準とした大きさだったが、この新型がもつ巨大斧も同じ。つまり長さにしろ体積にしろ、圧倒的な破壊力を込める事に成功した巨大斧が、この新型機の側には立てかけられていた。
脳でうまく処理できず、ラクトの喉が思わずゴクリと音を鳴らす。
「こ……これは、何だ」
「AX2だよ。AX1の正式な後継機。AX2だ。」
ゴードンはすっかり開き切ったシャッターのスイッチから手を放し、AX2と呼んだ機体を見上げた。
「機体コンセプトは見たままだ。つまりAX1のコンセプトをそのまま引き継いだ上での大型化と強化。どこかの魔導機装をベースにした訳じゃなく、0から部品を選定して作り上げた完全なオリジナル機。AX1に出来る事は全てできるよう、AX1の修理の度に得たデータをフィードバックさせて――」
「ち、違う。そうじゃない。いや、それも聞きたいんだがそうじゃなくて……」
淡々とAX2の説明をするゴードンの言葉を思わず遮ってしまうラクト。聞きたいのはやまやまだ。興味深い内容に心が躍る部分が無いとは言わない。
だがそれ以上に。
「なんでこんなものが、ここにある――?」
ラクトの疑問に、ゴードンがまた淡々と答えた。
「そりゃ、俺が作ったからだ」
「そうだろうけど、違う。そうじゃない。何でだ。何でこんなもの作ってた。だって、だってあんたは趣味だって。趣味の為に残りのお金を全部使うって――」
そう。だからこそラクトはゴードンの事を守銭奴とまで呼んだのだ。
それなのに。それなのに、ゴードンのお金は全て、AX2を作る為に使われていた――?
「軍での仕事一辺倒だったワシにとって、機械いじり以外の趣味がある訳が無いだろう。なら、趣味と言ったら魔導機装を作るに決まってるだろうが」
「ご……誤魔化すなよ。それなら、もっと違うもので良かった筈だ。それこそもっと違うコンセプトで、沢山の機体を作って。それで遊んでれば良かった筈だ。でもこれは……」
「まあそうだ。これは――お前の為に作った機体だ」
AX1はそもそもラクトの適正に合わせて作った機体だ。その後継機であればAX2がラクト専用であるのも頷ける。
だが、ラクトが聞きたいのはそこでは無い。そこでは無かった筈だ。
「ゴードンは……俺の復讐に、反対だった筈だ。俺が向う見ずに馬鹿な素人魔導機装を作って死ぬのを止める為に、いやいやAX1を作ってた筈だ。そりゃ、新しいコンセプトで作った事は職人的に楽しかったかもしれないけれど……こんな豪華なAX2を作る理由なんて、なかった筈だ」
魔導機装にかかるコストに詳しく無いラクトにだって分かる。ジャンク品でくみ上げられたAX1ならともかく、この機体はメーカー製の部品をふんだんに用いられており、その分製作にかかるコストは半端なものではない。
それこそ、ラクトがこれまで稼いだお金全てを使ったとて足りるかどうか。いやそれ以上にもしかしたらゴードンの退職金すら注ぎ込まれて作られているのかもしれない。
そう思ってしまう程に、このAX2は立派すぎた。
「まぁなんだ……ワシが大人で、お前がラーグの息子で子供だから、かな」
しばらく無言で通そうとしていたゴードンだったが、ラクトの強い視線に根負けしたように口を開き始めた。
「ワシは……AX1を作ったのは確かにお前を死なせないためだ。だがそれと同時に、ラーグへの贖罪という意味もあった」
「贖罪?」
「ワシがちゃんとメンテしてればラーグは死ななかったかもしれない。そういう奴だよ」
「馬鹿な、別にゴードンのせいじゃ」
「そうだな。冷静に考えればきっとそうなんだろう。だが、その可能性を考えただけでワシは手足が震えた。ラーグがあんな死に方をするのはそれくらい信じられない事だった」
「だから……俺を助けるのが、贖罪?」
「そうだな。子供は独立しちまったし、お金の使い道も無い。そして復讐に燃えて道を踏み外しそうになっているお前を止める言葉すらかけてやれない、情けない大人だ。だから――技師としての自分に全てを費やす事にした」
それはラクトが初めて聞くゴードンの心の内の吐露だった。
いや、ラーグの死に思う所があったかもしれない、くらいは想像はしていた。しかしそれにしたところでラーグについて思う所であり、その息子である自分についてこうも考えてくれているとは思っていなかった。
ふと気づく。先ほどゴードンは、ラクトから復讐を取ったら何も残らないと。誰も信じてはくれないと。
しかし、確かにゴードンは信じてくれていた。本当かと確認することも、嘘だろうと疑う事もせず。ラクトの言う荒唐無稽とまで周りに言われた言葉を、何も言わずに信じてくれた。
(なんで、それに気づいていなかった――!?)
「趣味と言うのも嘘ではない。楽しかったよ。AX1のデータをフィードバックし、いつかこれに乗るかもしれないお前を想像しながら作っていくのは。ハハ、お前の実力をAX1のデータを通じて見るたびに、年甲斐もなく胸躍ったとも。こんな老人に良くも逸材を割り当ててくれた、とな」
そんな事を言うゴードンの目は、優しさに溢れているように見えて――。
「さっき復讐を抜いたらお前には何も残らんと言ったがな。それでも残ってるものがある」
「……仲間、とか?」
「そんなこっ恥ずかしいことどこで覚えた。そんなんじゃない。この五年間、AX1で培ったお前の機装士としての腕だよ」
「俺の、機装士の実力……」
「確かに小型魔導機装ではあっただろうが、それでも沢山の戦いを潜り抜けて来た。ラーグが負けたジンガにだって勝って見せた。……なら、それを表現できる機体を用意してやらなければ、技師としての存在意義がなくなるわい」
だからな、とゴードンは言った。
「これに乗れ、ラクト。乗ってヴァルガドを助けて見せろ。軍でもない、ギルドでもない。お前が培った、お前の力で。復讐ではなくて、皆を守る為の力とやらを見せて見ろ。……ワシに出来る事は、これくらいが精一杯じゃ」
「ああ……ああ……ああ…………」
両の目から溢れる滂沱の涙を止められない。先ほど流した悔恨のそれとは違う。歓喜と感謝に満ちた涙を。
――泣き止まないラクトに、”AX1と同じに動かせるとは言ったが、大きくなった分変わった分もある。これに書いておいたから見ろ”と、マニュアルとも言えないメモの束を押し付けて、ゴードンは工場の外に出た。一人にする時間も、一人になる時間も必要だと考えて。
「おわっ!?」
と、出た所で扉の横にイーシャが立っていたことに驚いてゴードンは声を出してしまう。
「なんじゃ、盗み聞きか? 趣味がわるいの」
「ちゃう。聞こえただけや」
「……何をしとるんだ。言いすぎたって思って追いかけて来たのか?」
言われて少しバツの悪そうな顔をしたイーシャに、ゴードンは続けた。
「あのなぁ。お前さんが何を考えてるか知らんが、あまりいじめてやるな」
「――いじめてへん。ラクトはんが答えも出さないのに、何も考えんと流されて動こうとしたからや」
「考えなしに動こうとしたから、いじめたんだろ?」
「…………いじめてへんもん」
頬を膨らませて不満げに唇を突き出してそっぽを向くと言う子供じみたイーシャの顔を見て。
「ブハッ」
ゴードンは耐えきれずに吹き出してしまった。そして、久しぶりに腹を抱えて笑う事になり、その笑い声が倉庫の内外に響き渡る事になった。




